【完結】流れ星の転校生~とある武術家ウマ娘がトレセン学園に転入する話~ 作:カンヌシ
シンボリルドルフとの最後の個人レッスンを終えて、マリンアウトサイダは美浦寮へと帰宅した。
道中、彼女の頭の中にはルドルフの言葉が反響していた。
『恐らく君の言う敗北は、レースでの敗北とは……
『違うもの』だ
マリンアウトサイダ』
(…………どういう意味なんだろう? 私がレースを経験すれば理解できるのかな)
だったら今それを考えても仕方ない、と割り切りたいが、どうしてもその言葉は胸に一抹の不安を残した。
ガチャリ、とマリンはドアを開ける。
すると、机で勉強をしていた栗毛のウマ娘がマリンの方を向いた。
「お帰りなさい、マリンちゃん! 今日はルドルフ会長とのトレーニングだったのかな?」
彼女はマリンと相部屋となった先輩ウマ娘だ。快活で面倒見の良い彼女はマリンの1つ年上だ。
以前は別のウマ娘がこの部屋にいたが、ある事情でこの学園を去ったそうだ。そして1人でいたところにマリンが転入して来て、去ったウマ娘と入れ替わる形で相部屋となったのだった。
ちなみに戦績はOPレースを4勝している。
「はい、ただいま戻りました、先輩」
マリンはバッグを机に置く。
「ルドルフ会長とのレッスンは今日が最後でした。私、チーム『シリウス』の仮メンバーになると決まりましたから」
先輩ウマ娘が椅子を引いて、マリンに向き直る。
「えっ、そうなの!? マリンちゃん、『シリウス』に入るんだ、おめでとう! これで『レースウマ娘』の仲間入りだね」
「はい、ありがとうございます。先輩に色々と教わっていたお陰です」
「私なんか、大した事してないよ。ちょっとアドバイスしたくらいだし。にしても、ルドルフ会長の指導を受けられるなんて、本当にラッキーだったね。私も受けたいくらいだよー」
マリンは転入初日からこの先輩ウマ娘に色々と世話になっていた。気さくな性格で、あまり社交的ではないマリンも彼女とすぐに打ち解けた。
「実はマリンちゃんを私のチームに誘おうかとも考えてたんだけど、そこはホラ、『運命』って奴に任せた方が良いと思って言わなかったんだ」
「そうだったのですか? 『運命』って……先輩って時々ロマンチストみたいなこと言いますよね」
「そりゃそうだよー、これでも夢見る乙女なのよ、私」
先輩ウマ娘は微笑みながら語る。
「『夢見る乙女』、ですか。……先輩」
「ん?」
「先輩の『夢』って、何ですか?」
マリンは真っ直ぐ先輩ウマ娘の目を見つめた。
「なんだよー藪から棒に。でも、そうだね……月並みだけど『GⅠレースで勝つ事』だよ。応援してくれる家族の為にね」
「そう……ですか」
少し暗い表情をしたマリンに先輩ウマ娘は優しく尋ねる。
「『夢』が、どうかしたの?」
……こんな事を言ってしまうと叱られるかもしれませんが……と、マリンは躊躇いがちに口を開いた。
「私は……正直に言うと、『夢』というものが良く分かりません。この学園で度々耳にする『ウマ娘は夢を乗せて走る』という言葉……その『夢』とは何なのか、心にしっくりくる答えが見つかっていません……」
先輩ウマ娘は真剣な顔で黙って聞いていた。
「あるウマ娘から、『夢』を見つけなきゃいけないと忠告されて、私には他のウマ娘たちのように走る理由……『夢』がない事に気付かされました」
「ふーん、マリンちゃんが格闘ウマ娘から転向したのは『夢』があるからじゃなかったって事?」
マリンは俯く。
「はい……人からするとおかしな事だと受け取られると思いますが、別の理由があります」
先輩ウマ娘は腕を組む。
「そっか……こればかりは、私もアドバイス出来ないかな。『夢』は自分で気付くものだからね」
「そう……ですよね……」
「だからさ」
先輩ウマ娘はまた微笑んだ。
「自分の『夢』が見つかるまで、誰かの『夢』を応援すれば良いんじゃないかな?」
「誰かの『夢』を……応援?」
「そう、例えば……私を応援してみたら? マリンちゃんが応援してくれるなら、お姉さん頑張れちゃうよ!」
ニカッと先輩ウマ娘は笑った。まるで太陽のようだ、とマリンは思った。
『夢』が無いのに、レースに挑戦しようとする自分が恥ずかしくなるくらいに、眩しくかった。
「……先輩は、私が転入した理由を聞かないですよね。他の皆はしつこいくらいに聞いてくるのに」
「んー、まあ、ウマ娘って何かしら事情を抱えてる子が多いからね。ズケズケと無神経に相手の心に踏み入るのは良くないし。でも、その理由、いつか聞かせてくれると嬉しいな」
「……はい、いつか、お話します」
マリンはニコリと微笑んだ。少しだけ、心が軽くなった。
声には出さなかったが、他のウマ娘と生活するのは初めての事だったので、その相手がこの先輩で本当に良かったと思った。
「うん、分かった。楽しみにしてる。じゃ、この話はこれでおしまい! 私はテスト勉強に戻りますよーっと」
「あ、先輩。その範囲なら私、教えられますよ。分からない事があれば聞いてください」
うぐぐ……と先輩ウマ娘は唸った。
「せっかく威厳のある先輩としてカッコよく締めれたと思ったのに……でもマリンちゃん、進学校からの転入生で超勉強できるから助かるのは事実なのよね……」
「あ、そこミスがありますよ。使う公式が違います」
マリンは先輩の手元を覗き込んでいた。
「あーもう! 助けて、マリン先生〜〜! 実は次のテスト、結構ヤバいの〜〜!」
ちょっぴり情けない先輩の声が部屋に響く。クスリとマリンは笑って、先輩の為の特別授業を始めるのだった……
ーーーーー
翌日からマリンはチーム『シリウス』の全体トレーニングに参加することとなった。教官指導トレーニングしか知らなかったマリンはここから数ヶ月で多くのことを『シリウス』のトレーナーとチームメイトから学ぶこととなる。
トレーナーは、まずはマリンのチームメイトとの交流が必要だと考えて基本トレーニングの説明はメンバーに任せていたのだが……
~グラウンドのジョギング~
体操着姿のゴールドシップがチームの先頭に立ち、マリンに真剣な眼差しを向けていた。ヘッドギアが体操着にも妙にマッチしているのはなぜだろう。
「マリン、教えてやろう。レースウマ娘はみんなジョギングする時、食べたいスイーツを思い浮かべながら『スイーツ! スイーツ!』という掛け声を出して走るんだ。レースに勝つ為にはその欲求が必要不可欠だからだ!」
「なるほど……分かりました。じゃあ私は好物の抹茶アイスパフェを思い浮かべます」
マリンは元来素直な性格な上、体育会系な世界に身を置いていたので、レースの先輩たちの言うことには素直に従うことにしていた。
あと、どうしてもゴルシの事は只者ではないと思えて仕方ないので、一定の敬意は払うようにしていた。
「おーし、行くぞお前らー!!!」
スイーツ!スイーツ!という掛け声と共にゴルシは走り出した。続いてマリンが掛け声をあげながら後について行く。遅れて他のメンバーも走り出した。
「ちょ、ゴールドシップさん!? マリンさんに変なことを教えないで下さい!」
「アハハ! なにそれ、面白そう! よーし、アタシも! 『スイーツ!』『スイーツ!』」
「確かにスイーツの事を思えばトレーニングもっと頑張れるかも……『スイーツ!』『スイーツ!』」
「え! えっと……す、『スイーツ!』『スイーツ!』」
メジロマックイーンが諌めようとするも、ウイニングチケットが楽しそうに掛け声を始めたので周りもつられてスイーツ!コールを始めた。
「スペシャルウィークさんやライスさんまで……もう! スズカさんも皆を止めて下さい。マリンさんの初トレーニングだって言うのに……」
「『スイーツ!』『スイーツ!』」
マックイーンが後ろを向くとスズカも同じコールを口にしながらビュビュン!と皆を追い抜いて先頭を目指して駆けて行った。どうやら彼女は走られればコールはどうでもいいようだ。
「スズカさんまで!? ああもう!!」
「諦めろ、マックイーン。ゴルシのやる事なんて正そうとしても徒労に終わるだけだ」
ナリタブライアンは諦観した顔で先行する重賞挑戦組の後ろについて走る。彼女たちも同じくスイーツ!スイーツ!と掛け声を上げている。
マックイーンはブライアンと並走しながら「先が思いやられますわ……」とため息をつくのだった。
その後マックイーンは、スイーツ!の掛け声がなぜか意外としっくりくる事を不思議がっていた。どこか別の世界ではこの掛け声が普通だったのかも知れない。
ーーーーー
それから数日間、プールトレーニングでゴルシがマリンを水上疾走させようとしたり、パワートレーニングで発勁でサンドバッグを吹っ飛ばしたり、勉強を教えてあげるとチケゾーやスペシャルウィークや重賞挑戦組に泣きながら感謝されたりと、騒がしい日々を過ごしながら徐々にマリンはシリウスに馴染んでいった。
そして、シリウスのトレーナー室でトレーナーがマリンと向き合っている。今回から始める新しいトレーニングについての打ち合わせだ。
「マリン、君はダンスレッスンはまだ受けていないよね。レースのトレーニングと並行して、そろそろ始めても良いと思うのだけど、どうかな?」
「……はい、私も少しはシリウスのトレーニングに慣れてきましたし、異論はありません。ただ……」
「ただ?」
「あの、昔から疑問に思っていたのですが、レースウマ娘たちは……なぜレースの後に歌って踊るのですか?」
マリンは素朴な疑問を口にした。
その質問にトレーナーはポカンとして、あっけらかんと答える。
「え? だってレースの後は歌って踊るものじゃないか。なあ、みんな」
トレーナーは室内でトランプに興じていたスペシャルウィーク、ゴールドシップ、メジロマックイーン、ライスシャワー、サイレンススズカに話を振る。
「そうですよ、レースウマ娘が歌って踊るのは当たり前です!」
「まあ、そうだな」
「ええ、そうですわね」
「え、えっと、ライスも……そうだと思う」
「はぁ……そういうもの……という事ですか」
若干、この人たちは何か洗脳をされていないか?とマリンが疑いかけた時
「そんなに難しく考えることではないわ」
サイレンススズカが静かに口を開いた。
「応援してくれたファンにお返しをする。そして……『ただいま』と伝える為に歌うの。それだけでいいんじゃないかしら」
「『ただいま』と伝える為に……」
マリンはスズカの言葉を繰り返した。
なんだろう……とても、とても深い悲しみのような何かを感じた気がした。サイレンススズカの姿が、どこか儚げに見えるような……
「まあ、とにかくだ」
シリウスのトレーナーは声にマリンは振り向いた。
「ダンスに関しては僕が教えても良いと思っていたのだけど……あいにく他のメンバーの指導が忙しくて出来そうにないんだ。ダンス専門の指導教官も居るから、まずはそのレッスンを受けてみたらどうかな?」
マリンはコクンと頷いた。
「はい、そうします」
「うん、じゃあレッスンの申し込みは僕がしておくから、参加できるレッスンの日取りはメールで確認してね」
「分かりました。よろしくお願いします」
正直言うと、歌とダンスをする理由はまだよく分からない。だけど、多くのレースウマ娘はそれを夢見て努力している。飛び込んでみれば、何か分かるかもしれない。
マリンはそう考えてトレーナー室を後にした。
後日のダンスレッスンにて、マリンは桜色の目と髪をした、小柄だけど元気いっぱいなウマ娘が目を輝かせてダンスの練習をする姿を見た。聞いた話によると、彼女はトレセン学園に入学してから1度もレースに勝利した事がないらしい。
マリンは最初は特に彼女に興味を示さずに淡々とダンスのステップを覚えて、歌詞を暗記した。だが後々、その桜色のウマ娘が彼女にとって非常に大きな存在となることを、マリンはまだ知らなかったのだった……
マリンはその後、正式にチーム『シリウス』のメンバーとなった。
そして、月日は流れて…………
ーーーーー
ワアアァァァーーー……!!!
そのレース場にはメイクデビューとは思えないほどの人が集まっていた。そして、大観衆の見つめる中、1人のウマ娘がゴールした。
『今、〇〇〇〇〇がゴールイン!!! 1着は〇〇〇〇〇!!! 鮮烈なデビューを飾りましたーーー!!! 2着には………』
会場は熱狂に包まれていた。しかし、小さなどよめきもあった。あーあ、期待し過ぎたか、こんなもんだろ、とあちこちで聞こえてくる。
『注目のマリンアウトサイダは5着! 先行したバ群に追いつけず、デビュー戦は活躍できませんでした! ウマ娘格闘界の麒麟児は初レースでは勝利とはなりませんでした……』
「ハァッ……ハァッ……」
走り終えたマリンは、ゴール板を過ぎたターフの上で、膝に手を当てて呼吸を整えていた。
当然、頭では理解していた。レースでは格闘ウマ娘として培った技術を活かせる機会は少ない。長距離遠征での移動でスタミナはあったが、他のウマ娘と競いながらでは体力の消耗の仕方が全く違う、と。
しかし、いざレースで走ると、それは自分の想像を何もかも超えて、練習とはまるで次元が違った。
「ハァ……ハァ……これが……レース……」
マリンは着順掲示板を見上げる。自分の番号は1番下にあった。7人の出走でギリギリ掲示板は逃さなかった。しかし、話題となっていた彼女の活躍を期待していた人々にとっては、あまり喜ばれる結果ではなかった。
ドクンッ………!!
心臓が跳ねた気がした。今までに感じたことのない負の感情が湧き上がる。一瞬、彼女の顔に深く濃い影がかかった。
しかし、敗北は格闘技でも既に経験している。このレースでの経験を次走に活かせは良いだけだ、と無理矢理気を落ち着かせる。
マリンはグッと一瞬に目を瞑って顔を上げた。そして、ゆっくりと控室へと向かうのだった。
…
……
………
マリンのデビュー戦にはトレーナー、メジロマックイーン、ゴールドシップの3人が付き添っていた。他のメンバーはスケジュールを合わせられなかった。
「負けちまったなー、マリンの奴」
ゴールドシップがルービックキューブをいじりながら呟いた。
「……そうですわね。でも、今活躍しているウマ娘が全てメイクデビューを制している訳ではありません。一瞬暗い表情をしているように見えましたが、もう顔にその陰りはありません。きっと大丈夫でしょう。私たちは彼女を受け入れるだけですわ」
「ふーん、『大丈夫』ねぇ。マックイーンにはそう見えたのかー」
ゴルシはクルクルとキューブをバスケットボールのように回転させながら、つまらなそうに言った。
「??? ゴールドシップさん、それはどういう意味ですの?」
「……ゴルシの言う通りかもしれないな。あの教官が言ってた『迷子』って言葉の意味……少しだけ分かったかもしれない」
「え……?」
マックイーンにはゴルシとトレーナーが何を考えているのか検討もつかなかった。
「ゴルシもウマ娘の中では……何というか、アウトローな方だから気付けたのかもしれないな」
「むぅ……お2人が何をおっしゃってるのか、私には分かりませんわ。キチンとした説明が欲しいです」
「マックイーン」
トレーナーに優しい目で見つめられてマックイーンは少しドキリとする。
「今はいいんだ、今は。それはマリン……彼女自身の問題だ。僕たちはマックイーンの言った通り、彼女のことをただ受け入れてあげれば良いんだ。あの娘が自分でそれを気付くまではね……」
「……分かりましたわ。未だ釈然としませんが、トレーナーさんがそこまで言うのなら」
だけどいつか教えて下さいね、とマックイーンは付け加えた。
「僕たちも控室に向かおう。彼女の初レースだったんだ。笑顔で出迎えてあげないとね」
そう言って3人は地下道へと向かった。
行く途中でマリンについての多くの落胆の声が聞こえたが、シリウスのトレーナーは気にしない。ライスシャワーの時もそうだった。この声をいつか祝福へと変えてしまえばいい。
(……大丈夫だ、あの娘ならきっと。彼女のデビューは他と比べると遅すぎるくらいだった。あまりにイレギュラーな経歴だ。今僕がしてやれるのは、彼女を信じて共に歩んであげる事だけだ)
シリウスのトレーナーは気合を入れ直して人混みを掻き分けて進んだ。