もしも秋名スピードスターズが北関東最速クラスのチームだったら 作:にしむー
〜真子の約束の日当日、夜8時〜
例の釜めし屋の看板の下にて……
真子「(池谷さん……来ないなぁ……)」
時間になっても現れない池谷。
まだ携帯電話など普及していない時代だ。個人間でリアルタイムに連絡を取り合うことは不可能だ。
綺麗なワンピースに見をまとい、ハイヒールのサンダルを履く姿は、天使そのものだった。誰が見ても一目惚れするような、最も美しい姿で待ち続ける、一人の女性。
…………しかし、30分経っても、池谷が姿を現すことはなかった。
連絡の取れないこの時代、まだ交通渋滞や不測の事態など、許容できる範囲内だ。真子は待ち続ける。
その頃………
店長「何ィ!?8時ィ!?もう30分も過ぎてるじゃないか!!」
池谷「!?」
店長「どうしてお前はいつもそうなんだ!!女の子はそんな単純なもんじゃないんだぞ!!行かなきゃクビだ!!お前も走り屋なら、全力でかっ飛ばして行け!!説教はその後だァ!!」
池谷のあまりの鈍感さに、激昂する店長。
ようやく池谷は、事の重大さに気づいた。
池谷は、真子の水着姿を見れただけで、そしてそんな子と横で会話できただけで、もう満足だと思っていた。しかし、気付くのが遅すぎた……
\キューキュキュキュキュキュキュ/
\フォアアアアアア/
池谷のS13の、スペシャルチューンのCA18DET-Rが、マフラーから全開のエキゾーストノートを奏でる。まるでそれは、池谷が真子に申し訳ない気持ちと、待ち続けてほしいと願う気持ちを届けるようだった。
渋川から釜めし屋の看板のある横川までの所要時間は、およそ1時間だ。そこを、全てを賭けて高速道路を全開で走る池谷。スピードメーターはとんでもない位置を示していた……!!
\フォアアアアアアア/\プシュー/\フォアアアアアアア/
池谷「たとえオービスに引っかかってもいい……警察に見つかってもいい……とにかく間に合ってくれ……!!」
愛車のS13にすべてを委ね、全開でかっ飛ばす池谷。
\シュン/
\シュン/
\シュン/
まるで他の車を、止まっているかのようにパスしていく池谷。
今まで培ってきた全知全能を、全て真子への願いに託す。
ところが………
不幸にも、池谷に最大の試練が訪れる……
\パパァーー/
\ピーッピーッピーーー/
池谷「ウソだろ!?事故渋滞!?何でこんな時に限って……クソっ!!」
池谷は自分のしでかした過ちを心底悔いた。
一方……
真子「もうすぐ9時……池谷さん……何かあったのかな……それとも……」
いよいよ不安になり始める真子。さすがに予定時刻から1時間経っても現れないのだ。不安はどんどん深さを増していく……
池谷「どうか神様仏様、お願いします!!俺にチャンスを……他はどうなってもいい……今日だけはチャンスを下さい……!!」
渋滞から抜け出せないでいた。非常にもどかしい。
事故の処理が終わり、ようやく流れが正常に戻った高速道路。
再び全開で走り、予定の高速道路を降りた。
その時、既に9時30分。予定から1時間半も遅れていた……!!
下道も片側1車線の道路で、前の車をパスしてでも飛ばす池谷。
もう周りのことなど見えていなかった。
真子のことで頭が一杯になっていた。
池谷「頼む……真子ちゃん……待っていてくれ……!!」
真子「…………」
時計を見る。時刻は9時40分を示していた。
真子「サンダル……痛い……」
普段はしないくらい、美しい装いをしていた真子。だが、美しさの代償には痛みが付きまとう。
足は赤くなり、靴擦れを起こしていた。こんな姿、池谷に見られる訳にはいかない。
そして、とうとう真子は決心した。
真子「(私、もうサンダルなんて、二度と履かない……!!)」
元の靴に履き替える真子。そして……
\フォンンンン フォン フォンンンンンン/
\ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア/
\フォン フォン フォアアアアアアアアア/\プシュー/\フォアアアアアアアアアア…………/
釜飯屋の看板の下で、全ての想いを拭い去るかのようにドーナツターンを決め、そして走り去っていった。
池谷はとうとう、自分の過ちから、真子の気持ちを受け止めることができなかった。
\フォンンンンンン フォンンンンンン/
釜めし屋の看板の下。そこには、真子の姿はなかった。
池谷の眼前にある、ドーナツターンを決めたブラックマークには、タイヤの焼けた匂いが、かすかに残っていた……
池谷「俺の……俺の……バッカやろォォォォォォ!!!!!!!」
\キューキュキュキュキュ/
\フォアアアアアアアア/\プシュー/\フォアアアアアアアア/
旧国道18号線、碓氷峠へ向かう。
\ギャアアアアアアア/
\フォン フォン フォアアアアアアア/
ヤケになり、キレた走りをする池谷。
もはやそれは、真子と沙雪のコンビ、インパクトブルーの走りと、ほぼ変わらなかった。
普段では考えられないステアリングの切り返し。豪快かつ的確なアクセルワーク。ブレのないシフト操作とヒールアンドトゥ。全てが完璧だった。いや、完璧を通り越していた。
土曜日の夜だ。ギャラリーや他の走り屋がいてもおかしくない。
ギャラリー1「おっ、この180の音……インパクトブルーのシルエイティか……?」
ギャラリー2「シルビアの顔!シルエイテイだ!」
しかし……
\フォンンンンン/
\ギャアアアアアアアアア/
ギャラリー1「何!?ツートンのS13!?」
ギャラリー2「ここいらでは見たことないマシンだぜ!?」
前を行く他の走り屋に追いついた池谷。
走り屋「後ろから迫ってきてる……この排気音……あのヘッドライト……インパクトブルーのシルエイティ……?」
池谷「………っ!!」
前を行く走り屋のインに飛び込む池谷。
走り屋「うわっ!!突っ込んできたァ!!」
\ギャアアアアアアア/
\フォン フォン フォフォン フォアアアアアア/
走り屋「何……!?S13……!?」
池谷「……………」
S13を無理やりインに飛び込ませ、スピンモード直前のオーバーステアから一気に立ち上がり、前の走り屋をオーバーテイクした。
もはやこの時の池谷は鬼神と化していた。もはやビジターの走りではなかった。周りのギャラリーや走り屋は、ヘッドライトの形状からインパクトブルーのシルエイティと勘違いした。それほど、池谷の走りはキレていた。
これまでモヤモヤしていた鬱憤、手が届きそうだった幸福を自ら手放してしまった後悔。池谷はその全てを碓氷峠に捨て去るような、そんな走りだった。もはや誰にも手が付けられなかった。
そして、碓氷峠を走り切り、車通りの少ない路肩に愛車を停める池谷。
池谷「グスッ……グスッ……うぁあああああああああああああ!!!!!!!!!」
言葉にならない雄叫びを上げる池谷。池谷の精神錯乱状態は、相当なものだった……
自らの不覚と不運から、とうとう真子の想いを受け止めることができなかった池谷。その悔しさから、碓氷峠でとんでもない走りで周囲を圧倒した池谷。まさかこの鬼神の走りが、後の北関東最速伝説、ましてや関東全域にまで影響を及ぼすとは、誰もが知る由もなかった……!!