ルネサンス期の芸術家、万能の人レオナルド・ダ・ヴィンチ
人を狂わす灯り
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冷えた大地の上、脆くも崩れ去るが如く呆気なく荒廃してしまった綺麗だった大地の土を踏んで、狂人は立っていた。
狂人にして異端児である研究者もどき、『ノーネームの頭脳?』詰路諦の朝は早い。
諦はノーネームの大地を一般的な大地へと回復させるべく、十六夜達がギフトゲームを行って金銭を集めている中でも一人部屋に籠もって研究をし続けている。
ノーネームの大地は魔王によって荒廃させられてしまい、その土は『土という物質』を構成する因子が紙屑も同然のものとなってしまっている。
所謂、『死んでいる』状態なのだ。
一応、水を吸い込む事は出来る。そして、それが作用して酸素やらも取り込むようになり、花の芽を出す。
新鮮かつ神聖な水が有れば一ヶ月も掛からない。だが、そのような水がそう簡単に手に入る訳もない。
ギフトゲームを続けているが、未だそのような水は手に入っていない。
故に、諦は一人で大地を回復させる為に研究に研究を重ね、自分のギフトを使用しながら試行錯誤を繰り返しているのだ。
("万全の能"を使用して、構成因子を全盛期のように再構成するまでは良い。そこまでの課題は終了している。だが、残る問題は、この広大さと魔王の残滓だ。広大さは"異端の狂力"でカバー出来るかもしれないが、魔王の残滓が厄介だな。ちっ…魔王め。まさか土地を回復させようとする奴の事も想定していたんじゃあるまいな? だとしたら桁違いだな。俺のようなギフトを持つ人間を想定して残滓を置いていったとするなら、未来予知かラプラスの悪魔並の頭脳を持っているぞ。)
"万全の能"―――アリストテレス。それは諦の持つギフトの一つであり、諦を諦に足らしめるギフトでもある。
そのギフトの能力は、『万物理解』と『万象使用』の二つに別けられる。
“万物理解”とは文字通り、『ありとあらゆる全ての物の性質、根底を理解する』というものである。
全ての物の性質と、その根底を理解するという能力によって諦は土の構成因子を見透かし、どう工夫すれば構成因子を再構成出来るか、修理する事が出来るのかも理解出来る。
次に、“万象使用”。これもまた文字通り『理解したありとあらゆる事象を使用する』というものである。
“理解した事象”と限定されてはいるものの、“万物理解”によって物の性質、根底を理解した事によって『その物が何を発生させるのか』、『その物を利用すればどんな事象が引き起こされるのか』すら理解している為に、制限など無いも同然だ。
これらは論理学、自然学など数多くの事を研究し、かつ『アイテール』という天の物質を提唱した偉大なる哲学者『アリストテレス』に由来する。
一説によれば、クトゥルフ神話のヨグ=ソトースはアイテールの集合体でもあるらしい。
万物を理解し、万象を使用する事が出来るのはそれも由来しているのだろう。
だが、それすら払い除けるのが魔王の残滓。
白夜叉を少しとは言えど圧倒した諦のギフトすら払い除ける魔王の残滓。一体、どんな力を持った魔王が襲来したというのか。
「考えられるのは…『退廃の風』か。」
"退廃の風"―――エンド・エンプティー。
それは魔王という存在が『天災』と表現されるようになった元凶にして、最古最悪の姿無き無貌の魔王。
それは、“時間の流れ”という抗いようの無い概念。いつかは必ず訪れる終焉の形、その一つ。
どの魔王が襲来したのかは諦にも分からない。だが、考えられるのは"退廃の風"だと、諦は思っている。
だが、これもあくまで予測である。
退廃の風が来たならば、一体何故、ノーネームの館は無事なのか。館が無事である説明がつかないからだ。
…まぁ、魔王に関しては考えても仕方が無い。元々そういう存在なのだから。
「よく分かってるじゃん、狂人くん。」
突如として、背後から聞き覚えのある声がした。
諦は振り返り、そして再び目視する。
二桁の門に属する魔王、二桁の中心部で活動するコミュニティ"オムニス"の副リーダー―――「ヨグ=ソトース」だ。
「ヨグ=ソトース…何故、此処に」
「レティシアが戻ってきたらしいから久々に会おうと思って。その過程で貴方とも話そうかなーって。」
良いでしょ? と笑うソトースに、諦は少し戸惑いながらも「それは構わないが…」と返した。
「で、退廃の風のこと、どこで知ったの?」
ソトースは、諦へと素朴な質問を投げた。
しかし、ソトースの質問は実にもっともである。
諦は“箱庭”に来てから日は浅い。十六夜達もそれは同じだ。
だが、諦は白夜叉と出会った時から白夜叉が星霊である事も、元魔王である事も、人類最終試練『天動説』であった事も見抜いていた。
ソトースには、それが不思議で仕方なかった。
「…俺が答える必要があるのか?」
「どういう事?」
「だって、貴方はそれも、その先の事すら『知っている』のだろう?」
諦は、ヨグ=ソトースという神がどのような神であるのかを知っている。
ヨグ=ソトース。クトゥルフ神話に登場する外なる神の一柱にして外なる神の副王。
全知全能の神、ありとあらゆる全てと等しい者。一にして全、全にして一、門にして鍵、アカシックレコードそのものと呼ばれる超越的存在。
アカシックレコードとは、元始からのすべての事象、想念、感情が記録されているという世界記憶の概念。
ヨグ=ソトースは、それそのもの。元始であり、事象であり、想念であり、感情である制限を知らぬ存在にして大いなる概念。
故に、知っている。諦の答えも、そこから先の事も、全て。
「――ふふっ。そうね、その通り。私は『なんでも知っている』わ。貴方の答えも、その先の質問も、行動も、全てね。」
柔らかく、彼女は笑う。全てを見通した目をして、諦を笑う。
万全の能という力を持つ諦ですら理解する事が出来ない偉大なる全知全能の存在は、人でありながら全知全能の領域に片足を突っ込み、転けそうになっている諦を嘲笑っている。
諦は目を背けるように無視して、それを紛らわせる為にソトースへと質問を投げた。
「何故、貴方のような存在が一桁でないのか分からないな。」
「だって、私は極論してしまえば所詮は全と無でしかないもの。一桁に存在しているのは、究極的で局所的な能力しか持っていない不完全。"退廃の風"は、ただ壊す事しか出来ない存在だから一桁に居るの。対して、私は全てであり、そして無でもあるだけ。窮極の無って異名もあるにはあるけど、その他として全ての要素が詰まっている。だから、私は一桁じゃない。1にしかなれない一桁の奴らと違って、1にも0にもなれる私は一桁に相応しくない存在だからね。」
ま、父様は違うかもしれないけどね。ソトースは最後に、そう言った。
が、それはとても小さかったが故に、諦には聞こえなかった。
皮肉な事だな、と諦は呟いた。
全にして一、一にして全であるが故に、最強の一桁には当てはまらないとは。
「まぁ、そうとも言えるね。でも、そのお陰で二桁に居られているとも言える。一桁の魔王なんて、碌なの存在してないし。私はあそこの仲間にはなりたくないね。」
「俺も、出会いたくはないな。」
雑談よりも花は咲いていたのだろうが、しかしその会話は雑談よりも殺伐としていた。
終焉やら、魔王やら。恐ろしい単語ばかりが飛び交っていた。
一人の狂人が浮かべる笑みは、凶悪に近しいもの。
一柱の神が浮かべる笑みは、虚しさが籠もっていた。
今の場所から離れなさい。仕事が大きくなって、何もかも見えなくなってしまうけれも。