異端児が異世界から来る。   作:全智一皆

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「あらゆるものは毒である。あるものを無毒とするのは、その服用量のみによる。」
スイスの医者、パラケルスス。


黒い狂気

            ✻

 黒死病。それは、1346年から3653年にかけてアフロ・ユーラシア大陸でパンデミックを起こした腺ペストの俗称である。

 症状が進行すると敗血症による皮膚の出血斑で体が黒ずんで見え、発病から2-3日で死亡してしまうが故に黒死病と呼ばれるようになったその病は、現代のコロナウイルスと同じく、人類を恐怖させた絶望だ。

 ユーラシアと北アフリカで7500万-2億人が死亡した、人類史上最も死亡者が多いパンデミック。この病だけで、当時の欧州人口の30-60%が死亡したと推定されている。

 その歴史は、この箱庭にすら影響を及ぼし、その証拠として現在のギフトゲーム“The PIED PIPER of HAMELIN”の主催者である魔王ペストは、その黒死病の魔王である。

「でも、そうね…貴方も欲しいけど―――私が一番欲しいのは、ソイツよ」

 審議決議の実行による話し合いで、"ノーネーム"のリーダーであるジンを玩具にしてみせると豪語したペストは、邪悪な笑みを浮かべて、柱に背を預けながら話しを聞いていた男―――"ノーネーム"の異端児、詰路諦を指さして、そう言った。

「白夜叉に攻撃を入れ込み、力の一端を出させただけでなく、例外の魔王ヨグ=ソトースからも認められた狂人。私は貴方も欲しいわ。」

「黒死病の化身にそう言ってもらえるとは光栄だ。俺としても君個人に興味がある。負けるつもりなど一切無いが、負けたら負けたで潔く君に付くとしよう。」

 ペストの言葉に対して、諦は悩む事もなく呆気なく答えを返した。

 もしもノーネームが敗北したならば、文句一つ言わずにペストの下に着くつもりである、と。

 己の探究心と好奇心を満たしたいが為の言葉、その真意は最悪かつ災厄に等しいものであった。

 しかしペストは

「あら、そう? やっぱり面白いわね、貴方。」

 そんな真意に気付く事なく、笑ってみせた。

(諦さん…)

(諦くん…)

(どっちにしたってペストはご愁傷さまだな。)

 その場に居たノーネームの者達は、全員揃って内心でペストを哀れんだし、諦に呆れ果てた。

 ノーネームの主戦力の一人であり仲間である耀は黒死病の初期症状に苛まれ、その他の民達も黒死病に苛まれている。

 諦にとって、北の領域の民達は割りとどうでも良いのだ。否、割りと、ではなく心底、どうでも良い。

 耀とギフトゲームを行ったハロウィンの連中については興味を唆られたが、ジンの友人であるサンドラという少女についても、サラマンドラというコミュニティについても、諦にとっては心底どうでもいい事でしかない。

 魔王を研究する為に必要不可欠な戦力である耀を苦しめている事、そして眼の前の少女に単純な興味を持っている事。それこそが、諦がギフトゲームに参加する理由である。

(いつか魔王の研究をしてみたいと思っていた。それに、黒死病についても試したかった事もあった。実に丁度いいタイミングだ。)

 ふっ…と、諦は微笑みを見せた。

 やりたかった事が出来るようになる。これに喜びを感じるのは、子供だけではない筈だ。

 大人であっても、やりたかった事が出来るようになるというのは嬉しいことの筈だ。それがゲームであれスポーツであれ仕事であれ、嬉しいという一点は変わらないだろう。

 研究する事が出来る、実験が出来る。諦にとって嬉しい出来事の二つがある。

 まぁ、しかし。

 溢れた笑みからは――凶悪さが、感じ取れた。

 その笑みを見たペストが、一瞬だけ身を震わせ、冷や汗の一つをかいたのが証拠だ。

 

(まぁ、それに…少しばかり、気になる事もある。それを調べる為にも、事は早急に終わらせなければな。)

 

            ✻

 場所は本陣営のバルコニー。

 その真ん中で、白夜叉は一人ぽつんと、黒い風の中で寂しく座り込んでいた。

「ふわぁ…暇じゃのー。こうも暇だとやる気すら起きん…」

 独り言を吐き捨てて、白夜叉は仰向けになって寝転んだ。

 小さな体に地面の冷たい感触が伝わって来るが、別に気にする程の事でも無し。白夜叉は、平然と瞼という幕を下ろした。

 …そんな、時に。

 シィ…と、舌が鳴らされた。

 白夜叉は下ろした瞼を直ぐに開き上げ、寝転んだ体制から体のバネを利用して立ち上がる。

 音が鳴った方向へと視線を向ければ―――

「やぁ、白夜。随分と寂しい檻だな?」

 其処には、紅い瞳を持った白髪の少年が、「エデン」が立っていた。

「エデン…」

「どうせ暇してるだろうなーと思ってさ。話し相手ぐらいにはなってあげようかと思って。良かったなー、こんな優しい友達が居てさ。」

「…うざっ」

「はぁー?! わざわざ来てやったのに返す言葉がそれかよ!」

「事実だしのう。」

「んだと…? …はぁ。まぁ良いや。そんだけ元気があるなら来なくて良かったかな?」

「いや、正直助かった。おんしの言う通り暇じゃったからの。暇過ぎて死にそうじゃったよ。」

「白夜なら、暇程度じゃ死なないだろ?」

「おんし、私を何だと思っとるんだ?」

「言論弾圧を楽しみ、ゴリ押しを好むし楽しい事を好む快楽主権の一面を持ったセクハラ大好きな問題児。」

「容赦無いの…私はあやつらに比べれば幾分もマトモじゃろうに。」

「そりゃ、クイーンハロウィンとか“閉鎖世界”とかアジ=ダハーカに比べればマシだろうけどさ。」

「おんしが入っとらんのじゃが?」

「おいおい、俺のどこが問題だってのさ。白夜みたいに心優しいだろ、俺は? 過去の白夜みたいに人類最終試練じゃないよ、俺。」

 何を言っているのやら。白夜叉を小馬鹿にするように、やれやれといった仕草をしながらそう言うエデン。

 だが、白夜叉の表情は良いものなどではなかった。決して、悪いものだったという訳でもないが、しかし良いものでもなかった。

 迷っているような、そんな表情を浮かべていた。

「…まぁ、おんしがそう言うのであれば、それで良い。今更、変わるものでもないしの。」

「何か言った?」

「いいや、何も。それより、エデンよ。おんしから見て、ノーネームの童達はどうじゃった?」

 小さな呟きを虚空へ消して、白夜叉は話しを逸して十六夜達の事についてどう思うかを、エデンと聞いた。

「どう、ねぇ…まぁ、そうだな。期待出来るか出来ないかで言えば期待出来る奴らだった。現段階じゃ成長途中だ―――あの狂人を除いて、な。」

「おんしにも、諦は違って視える、と?」

「あぁ。ありゃ本当に次元が違う。人間という枠組みからかけ離れた人間だ。そりゃ狂人とか異端児とか呼ばれる訳だ。これまで数多くの人間を見てきたけど、ああいう…なんて言うか、裏表じゃなくて全体そのもの、って感じの人間は初めてだ。あれは一方の側面が特徴的って訳でも側面が水平なのが特徴って訳でもなく、あらゆる側面を内包してる人間だ。喋る事の全部が表で動く事の全部が裏でもある。なんかソトースに似てるんだよ。」

「そう言われてみると、確かにのぅ…」

 善性や悪性といった一般的な人間性の側面、その一方が特徴的な人間というのは意外と多い。

 善性という側面が特徴的な人間というのは、いわゆる善人だ。人の事を考えられる、無条件に人を助ける事が出来る人達だ。

 悪性という側面が特徴的な人間というのは、いわゆる悪人だ。人の心を理解しない、汚い条件で人を翫ぶ事が出来る人間だ。

 そして、善性と悪性が中立的、平均的で両方が丁度良い具合の人間というのは然程多くない。

 善悪の中立化がこなす事の出来る人間。人の事を考えようとする事が出来る、人を助ける事も出来れば、その逆で無慈悲に人を殺す事が出来る、人を見捨てる事が出来る人間というのは、本当に稀だ。

 だが、エデンから見て詰路諦という人間はそのどちらでもなく、そのどちらもを内包した人間であるのだと。

 善性の中に悪性が含まれ、悪性の中に善性が含まれている。片方に傾けば、もう片方にも傾くという本来ならば有り得ない現象を引き起こすような人間性。

 コインの表裏ではなく、そのコインそのもの。表裏一体なのではなく、表裏を持った物そのもの。

 左に善、右に悪と書いた透明な管があるとしよう。

 左の方に蓋をした後に、管の中間辺りまで水を入れてから、右の方に蓋をして、持ち上げたとしよう。

 左を下に向ければ、当然の事ながら水は自然法則によって変わる事なく左の善の方で停止している。

 では、向きを変えて右の方に傾けてみればどうなるか? それは勿論の事、法則のままに水は右の方へと流れて、右の一番下から管の中間までを水が埋める。

 それなら、管を両手で持って、綺麗に中間で維持すれば水はどうなるか?

 水は左右へと流れる。綺麗ぴったりに左右へ行く訳ではないが、ほぼ同じ量になる筈だ。

 しかし、少し右か左のどちらかに傾ければそれだけで水は傾けた方へと一方的に流れて片方から無くなる。

 それが普通。だが、諦の場合はそうではない。

 右方向に傾けたにも関わらず、水の半分が左方向へと流れていくのだ。

 その逆もまた然りで、左方向に傾ければ右方向へと水の半分が流れていく。

 つまり、エデンが言いたいのは、詰路諦の人間性というのは底が見えない、理解する事が出来ないものであるという事だ。

「ラプラスですら理解する事が出来ない存在なんて、ソトースやアザぐらいなものだとばかり思っていたけど…人間でもあんなのが居るもんだね。正直、度肝抜かされた。まだ逆廻十六夜の方が可愛かったよ、あれに比べれば。全く、いつの時代も」

 人間っていうのは、恐ろしいなぁ。

 

 それから、少しの雑談を交えて。

「じゃ、白夜。残念なんだけど、俺はもう帰らなきゃ。やる事もあるしね。」

「…東までか?」

「うん。長いけど、まぁ大丈夫さ。いざとなれば誰かを頼る。」

「そうか。では、気を付けての、エデン。」

「おう、じゃ、またな、白夜。」

 笑って、手を振りながらその場を去っていくエデン。

 

 こんな事を思うのは、柄ではないと分かっている。

 だからこそ、なのだ。

 寂しいなんて、白夜叉は言えなかった。

 




その毒は、一滴垂らせば全体に廣がる致死である。
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