イタリアの天文学者、ガリレオ・ガリレイ。
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境界の門を通り、そして辿り着いたるは“アンダーウッドの大瀑布”フィル・ボルグの丘陵。
ビュゥ、と吹き込んできた冷たい風に、飛鳥と耀は小さな悲鳴を上げる。
諦はただ静かに風をその身に受けて、「心地良い風だな」と、文字通り涼しげに言った。
外門を出た彼らの目に飛び込むのは、樹の根が網目模様に張り巡らされた地下都市、そしてそれを彩る飛沫の舞う水舞台である。
「驚愕する他無いな…日本の神社で数多の御神木を見てきたが、この水樹はその全てを上回っている。」
「箱庭でも上位に食い込む大きさを持っていますからね。」
「なるほど。しかし、なんだろうな…こうも大きいと、俺としては切断、もしくは燃焼出来るか試したい所なんだが…」
さらっととんでもない発言をする諦。今日もやはり科学者としての悪い癖が出てしまっているようだ。
勿論の事、そんな発言を聞いた黒ウサギは「駄目に決まっているのですよ、このおバカ様!」と、いつもの如く伝家の宝刀たる『ハリセン』を以て、全知的頭脳を持つ諦の脳天を引っ叩く。
「やはりダメか。」
「当たり前でございます! どういう思考回路の元そのような結論に至るのですか!?」
「日本で数多の御神木を切断し燃焼させたからだが?」
「なんと罰当たりな!」
御神木というのは、特別に神聖視されている樹木の事であり、古来より日本は自然にこそ神が宿るという信仰の中で樹木、岩、山、滝といった自然の代表を神の依り代として崇めてきたのだ。
一説によれば、神が人を生むのではなく人が神を生むのだと言う。元々、神というのは世界が誕生した際に生まれたものではなく、人類が誕生して遥か先の時代で創り出した空想の産物である。
しかし、人は神こそが万物を創ったと言う。決して自分達が神を創り出しました、なんて事は言わない。
人々が神を想えば、神はそれに宿る。妖怪といった存在が人々が妖怪という存在を恐怖しなければ存在出来ないのと同じように、神もまた人に崇められなければ、人が覚えていなければ、存在する事は出来無いとも言われる。
ここで言いたいのは、御神木という古から伝わり、既に神が宿っているであろう神の如き樹木を、異端児である彼が切断し、あまつさえ燃やしたという行為が箱庭から見てもあまりにも狂気的な罰当たりであるという事だ。
「伊邪那岐様が知れば激怒する事は間違い無しでございますよ…」
「だろうな。その所為か一時期、何度も死にかけた。雷に打たれたのはとても痛かった。」
「もう既に手遅れだったのですよ!?」
大丈夫でございますか…?、と今頃の諦を心配する黒ウサギ。
だが、諦は何の問題も無い。と言ってアンダーウッドの地下街へ行く為、白夜叉の時に耀に試練を持ちかけ、そして耀と友になったグリフォンに乗る飛鳥達と共に、『未元物質』を発動させて空を翔ける。
雷に打たれても平気だったのは、ひとえに『ベクトル反射』という攻防一体の最強とも言える能力を持っていたからである。
とは言え、流石は神の雷。その能力を以てしても、完全に防ぐ事は出来なかったのである。
だが、そのお陰もあって諦は神の雷の性質を理解するに至ったのだ。それ即ち、神が起こす事象の性質に、理解が及んだという事である。
そしてそれ故に、諦は白夜叉の攻撃を防ぐ事が出来たのだ。星霊の最強種、元人類最終試練「天動説」こと、白夜王の攻撃を防ぐ事が出来たのだ。
まぁ、それはともかく。
『驚いた。まさか生身で私に追い付くとは。』
「まぁ、そうだな。少し訂正すれば、完全に生身という訳ではないのだがな。」
黒ウサギ、飛鳥、ジンの三人はグリフォンの手綱を強く握って風に仰がれながらしがみつき、グリフォンの力を使う事が出来る耀はグリフォンの速度に追い付けないと理解し、急ぎグリフォンの毛皮を掴み何とか並走している。
しかし、諦はと言うと『未元物質』により創り出した6枚の漆黒の翼を羽撃かせてグリフォンに追い付いていた。
“空を踏みしめて走る”とも言われるグリフォンの速度に追い付くというそれは、生半可な苦労ではない。しかし、諦は苦にもせず並走していた。
それにも驚きだが、それより驚くべきは、『グリフォンと会話した』という事だ。
「諦、グリーの言葉が分かるの?」
グリー、というのはグリフォンの名前だろう。耀は、驚きを隠さずに諦へ問う。
「あぁ。“万全の能”を使って、言語を変換しているからな。」
言語の変換。“万全の能”の『万物理解』による、本来であれば理解する事が出来無い他言語を理解する事の出来る言語への変換。
所謂、脳内翻訳である。庶民的に言えば、『翻訳蒟蒻』のようなものだ。
「本当に便利ね、“万全の能”。言語の変換も出来て、万物の理解も出来て、更には万象の操作すら可能で。何でも出来るじゃない。」
「万能にして全能。それが“万全の能”だからな。科学者として、俺もアリストテレスを強く尊敬している。」
古代ギリシアの偉大なる哲学者、アリストテレス。
西洋哲学の基礎を気付いた人物の一人であるソクラテスの弟子の一人たるプラトンの弟子にして、しばしば西洋最大の哲学者の一人にも数えられる偉人。
科学的な探求全般を指した当時の哲学を、倫理学、自然科学を始めとした学問として分類し、それらの体系を築いた業績から「万学の祖」とも呼ばれる彼は、近代哲学や論理学に多大なる影響を与えた。
彼は善性や中庸、理性や四原因説、三段論法といった概念などの他にも『アイテール』という第五元素も提唱している。
四大元素を拡張して天体を構成する第五の元素、アイテール。これでも彼が如何に凄まじい人物であったのかは理解出来るだろうが、しかしこれだけでは万物万象の理解には及ばない。
それもその筈。何故ならば、このギフトを構成しているのはアリストテレスという人物の知能のみならず、ヨグ=ソトースの要素もあるからだ。
一説によれば、ヨグ=ソトースは第五元素アイテールの集合体であるのだという。天体を構成する元素の集合体とは即ち、世界そのものと言える超越的存在を意味する。
万物の根底を理解し、そして理解した万象を操作する事が出来る能力は、そのヨグ=ソトースの要素が関連しているのだろう。
そんな話をしている内に、諦達は地下の宿舎へと降り立った。
(此処までは問題無し、か。…確率論だが、しかしこれまでの事態から予報するに、今回も何かしらの事件が起きる筈だ。警戒しておくに越した事は無い。一応、演算も試してみるか…)
耀達が“ウィル・オ・ウィスプ”のメンバーであるアーシャとジャックと世間話をしている間、諦だけが警戒心を内で強めていた。
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「あれ、黒ウサギ達じゃないか。お前達も収穫祭に来てたのか?」
無事に南側の七七五九一七五外門、“龍角を持つ鷲獅子”が主催する収穫祭の舞台へと辿り着いた諦達は、アンダーウッドの地下都市の螺旋階段を登っていたのだが、その途中で螺旋階段を降りていたエデンと遭遇した。
「エデン様? エデン様も収穫祭にいらしていたのですか?」
「まぁね。白夜から、御使頼まれちゃってさ。で、色々買い終えて、知り合いと話し終わって今から帰る所。」
よく頼まれるんだよ…と、遠い目をしながらそう言うエデン。どうやら苦労しているらしい。
白夜叉の事だ、足くらい自分でどうにかしろみたいな事でも言ったのだろう。何気にエデンには他人より厳しい気がするが、何故なのだろう。
エデンは遠い目を止め、「じゃ、収穫祭を楽しんでくれ。俺は早く帰る。じゃないと白夜が煩いから。」と言って、螺旋階段を降りて行った。
その背中を、諦は見送った。嫌々ながら姉のお使いに行き、そして不機嫌ながら帰る弟が容易に想像出来た。
「やはり白夜叉とエデンは姉弟になるべきではなかろうか?」
「明らかな願望が滲み出てますよ、諦さん…」
「それなりに多くの創作小説を見てきたが、姉と弟という組み合わせは中々に良いものだぞ。家族ならではの距離感は、見ていて微笑ましい。」
「諦が創作小説を見る…? 想像出来ない。」
「私もよ。」
「あはは…諦さんでもそういった類の小説は読まれますよ。」
「ジン、君だけが救いだ。」
ジンだけが良い子だ。だが、ここまで言われるのも諦なれば仕方ない事である。
そんな雑談に花を咲かせながら階段を登っていた一同だが、しかし諦は何か思い付いた、足を止めた。
「? どうかしましたか、諦さん?」
ジャックが足を止めた諦へ問う。
諦は名案を思いついたという顔つきで「これ、飛んだ方が速いのでは…?」と零した。
が、その提案に一度は口を揃えて
『それが出来るのは貴方だけですよ/よ/だよ』と、一蹴した。
飛んだ方が速いという考えは確かだが、しかしこの中でそんな事が出来るのは諦のみである。
「そうか。では先に待っているぞ。」
だが、諦は彼女達の一蹴を自分の合理的判断で一蹴する。
螺旋階段から跳んで空へと落ち、その途中で『身元物質』を発動して再び6枚の翼を展開し、「エレベーターもあるんだろ? ならばそう時間は掛からん筈だ。先に行って待っている。」と言い残し、目的地まで翔けて行った。
「マジかよアイツ、マジで行きやがった?!」
「あはは…まぁ、諦さんですから。」
「諦くんだもね。」
「諦だから。」
一人は苦笑い、その他はだろうなと納得の表情で、ノーネームのメンバーは揃いも揃って、もう遠くなってしまった諦の背中を見送っていた。
「アンタらもなんでそんな納得してんの!?」
「黒ウサギが諦と一夜を明かして諦の事を知って、そしてその情報が私達に経由してきたから。」
「え…! ま、マジなの…!?」
「ヤホホ、それはお祝いしなければなりませんねぇ。」
「ち、違います! ただ黒ウサギと諦さんは夜更かしをして互いの事を話し合った、というだけであって、決してそのような意味合いなどではないのです! 耀さんも、誤解を招くような言い方をしないでください!」
ハリセンの一閃。その振りは正しく剣豪の如く。
強烈なハリセンが、耀の頭を引っ叩く。威力は自然と今までより強いものであった。
「そうでしたか。(しかし…)」
意外にも、満更でもなさそうでしたけどね。
心の中で、ジャックは笑った。もしかすれば、そんな結末も有り得るかもしれない、と。
まぁ、それはそれとして。黒ウサギ一同はエレベーターを使い登り、そして目的の場所へと辿り着いた。
其処には勿論の事、先に行った諦が飲み物を飲みながら立って待っていた。
「ん、意外にも遅かったな。」
「諦さんが速いだけなのですよ!」
「そうか? それはすまなかった。」
「謝罪を求めている訳ではないのですよ…」
「…? よく分からんな。」
きょとんとする諦に、一同は呆れてしまった。
その途端、暑い風が吹いた。暴風とも例えられる、強い風が熱気と共に現れ、吹き荒れた。
来たようだな。諦はそう呟いて、その風が吹いた方へと体を向ける。
「初めまして、サラ=ドルトレイク殿。ノーネームの一人、詰路諦だ。」
「初めまして、詰路諦殿。“一本角”の頭首、サラ=ドルトレイクだ。」
狂人と火龍、その邂逅が果たされた。
どんな虚偽も、誰が聞いても簡単には信じられない。何故なら皆、疑い深いのだから。