フランスの哲学者、ルネ・デカルト。
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そして、物語の冒頭へと戻るのだ。
『ヴォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!!!!!』
喧しい、雄叫びの如き咆哮がアンダーウッドに轟く。
地響きが街を、水樹を、世界を揺らす。人すらも揺らし、もはや逃げる事は出来無いと断言するかのように、巨人達が大きな歩幅で迫っている。
だが、そんな巨人達に恐れる事もなく。
「見るのは初めてだな。」
狂人は、恐怖する事も、緊張する事もなく、ただ余裕を保ったまま巨人に立ち塞がっていた。
最初に断言しておこう。この戦いにおいて、詰路諦は『超能力』に分類される自身の力を、一寸も一文も使わない。絶対に使う事はなく、そして使わずに眼の前に群がる巨人を一掃するのだ。
今ここで、漸く使われる。漸く披露される。
詰路諦が詰路諦である所以を。詰路諦が白夜王に警戒される最大の理由を。詰路諦がラプラスの悪魔に勝利した原因を。
詰路諦が―――『正体不明』の逆廻十六夜をも越える、『理解不能』である事を。
「さて。それでは、始めるか。」
そう口にした、次の瞬間の出来事だった。
―――地面が、隕石が落ちたのではないかと錯覚してしまう程に凹み、そしてソニックブームに勝るとも劣らない勢いの風圧が発生した。
ぶち、と。赤い液体と桃色の肉塊が溢れると共に、何かが彼方の方向へと呆気なく吹き飛ばされる。
巨人の動きが停止する。何が起きたんだ? と。一体、どうしたんだ? と。そんな疑問で、巨人達の頭が埋め尽くされた。
視線だけを、横へと送る。
其処に“有る”のは、勿論の事、彼らの同士である巨人―――などでは、なく。
首から上が無理矢理“蹴飛ばされ”、その勢いで脳味噌と脳漿、血液をぶち撒けた、物言わぬただの死体であり、ただ立ち呆けるだけの肉塊であった。
唖然とした。だが、それこそが過ちであり、そして自分を殺す隙だった。
その屍の肩に乗っていた諦が、屍の右肩を踏み台に、その屍の後ろに立っていた次の巨人の肩目掛けて拳を振り翳し、勢い良くその肩へと拳を振り抜く。
直後、ゴリゴリゴリゴリゴリッッッッッッ―――と、まるでかき氷機が氷の塊を削る時のような音が鳴らされる。だが、それは決して夏を代表する爽やかな物などではなかった。
巨人の体が、体そのものが、本来ならば回らない筈の方向に、180℃の方向に回っていた。
かき氷を削るかのような音、それは―――“巨人の脊髄が無理矢理に回された音”だったのだ。
諦の拳によって、巨人の肉体は捻じれてしまった。そして、そのまま息絶え、体が歪んだまま地面へと斃れる。
脳から連続する中枢神経であり、人間を支えている骨でもある脊髄。それは巨人であろうと例外ではない。
だが、肩に放たれた想像を絶する威力の衝撃によって、回転する球体の玩具の如き速度で無理矢理に回転した肉体の負荷を受け止め切れなかった脊髄は、完全に歪なものと成り果てた。
それが何を生み出すのか? 『死』と『屍』。それ以外には、何も生み出さない。
『―――』
世界が、停止した。そんな錯覚が訪れる程に、その場は静寂に包まれていた。
その場面を見たフェイス・レスも、グリーも、そして巨人も。その場に居た誰もが、そのたった一瞬の内に起きた惨い出来事に、絶句する他無かったのだ。
だが、そんな事など知った事ではないと。狂人は、再び屍を蹴って巨人の頭上へと舞う。
瞬速で落下する諦は、巨人を潰さんとする勢いで踵を振り翳し、
「死ね。」
短い言葉を吐き捨て、巨人の脳天へと踵落としを叩き込んだ。
ぶちゅ、と。巨人の頭蓋が砕け、そしてその中身である柔らかい脳味噌をも踵が無情にも粉砕する。脳漿と血潮をまき散らし、そしてその惨状が、更に巨人共の恐怖を煽る。
速く殺さねば、と。眼の前で同士を次々と惨殺していく狂人を今すぐ殺さなければ、と。そう決意し、一人の巨人が狂人へと拳を振り下ろす。
だが、狂人はまるで予知していたが如く、軽々とその拳を躱して巨人の腕に乗り、颯爽と巨人の耳元まで駆け抜ける。
「“巨人共を殺せ。殺し終えた後は自殺しろ。”」
『ヴァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ―――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!』
響き渡るのは、絶叫。目を縦横無尽に泳がせて、巨人が同士討ちを始めたのだ。
目を潰す。口に拳を入れ込む。喉を掴む。腹綿を抉り出す。
狂気的な行動で、一人の巨人が数多の巨人を次々と殺していく。
「はは、滑稽だな。」
狂人は笑う。面白そうに、愉快に、嘲笑うように。
そして、巨人達が自分達を嘲笑う狂人の方を見る。
その目に浮かぶのは、恐怖だ。自分達よりも小さい体の人間を、彼らは恐怖したのだ。
だが、それも当たり前か。
彼は、巨人の頭を蹴飛ばした。地面に隕石が落ちたのではないかと誤解してしまう程のクレーターを創り出し、挙げ句にはソニックムーブの如き風圧をも発生させた。その速度は、第三宇宙速度に匹敵する。
マッハ49という速度で、蹴りを喰らえばそうもなるのは必然だ。
だが、それとは別に彼は巨人の肩を殴り、そして体を無理矢理に回転させ脊髄を歪にさせた。
それだけでも、十分にグロテスクなものだった。そして、それだけで巨人達を恐怖させるには十分だった。
しかし、許さない。
「まだ使い足りないんだ…もっと遊ばせてくれ。」
新しい玩具を手に入れた子供のように、狂人は笑う。
だが―――問題児にも敵が立ち塞がったように、異端児にも、敵は立ち塞がる。
「まぁ、そう焦る事はないさ、幼き狂人。君の相手は私がしようじゃないか。」
突如として、諦の眼の前に紳士が現れた。
黒いスーツを身に纏う、サラリーマンを思わせる格好をした男性。見た目こそ凡人のそれであったが、しかしその赤黒い瞳には見透かす事の出来ない闇が広がっていた。
直後、諦の背筋に阿寒が走る。この世界において、初めて感じた阿寒。元居た世界でも、そう感じる事が無かった感覚―――『恐怖』。
諦は即座に距離を取り、構えを取る。
「お前…神の類だな。しかも、邪神の枠組みに入る質の悪い神。」
「ほぉ? 初見で私を神だと見抜くとは…中々、見る目があるじゃないか、幼い狂人。流石は父上が見込みし人間だ。」
面白そうに、男は笑う。だが、諦は笑わなかった。
先程までの余裕は何処へやら、諦は顔を真剣なものに変えて雰囲気を殺伐とした気迫へと変化させる。
"万全の能"を使用している筈なのに、何故なのか眼の前の存在を理解する事が出来ない。何か、モヤのようなものが脳内に掛かっているのだ。
しかし、相手が神の類である事は、ただの神などではなく質の悪い神であるという事は理解出来た。今こうして対面しているというそれだけで、気味が悪いのは十分な証拠だ。
(十六夜のようなギフト無効のギフトを持っているのか…? 可能性として有り得ない事は無いが、そう簡単に得られるギフトか、あれは?…どちらにせよ、考察するには情報があまりにも少な過ぎる。戦って、出来る限り情報を引き出さなければ…)
ポーカーフェイスを保ったまま、諦は思考を巡らせる。
会話での情報の引き出しは期待出来そうに無い。相手はそのような話し合いが出来る相手ではないのは明白だ。
相手が纏う雰囲気は異質のそれだ。明らかに異常の存在である。
「戦うかい? ラプラスの悪魔すら理解する事が出来なかった不確定要素、ノーネームの狂人にして異端児、詰路諦くん。」
「…お前は、誰だ。」
「教えても構わないけど…でも、戦って理解した方が君としても良いだろ?」
「分かったように…まぁ、その通りだが――なっ!」
即座、男の顔面目掛けて蹴り掛かる。
風圧が屍を彼方へと吹き飛ばし、再び地面が抉れ、アンダーウッドへと地震を引き起こす。
諦の蹴りは、確実に男の顔面を捉えた。第三宇宙速度に匹敵する速度で放たれた蹴りは、確かに紳士の左頬を捉えていた。
直後、ミサイルが直撃したような爆風の如き風圧が発生すると共に、空間を割りかねない程の衝撃が迸る。
グリーやフェイス・レスといった面々は、為す術もないままアンダーウッドの方へと呆気なく吹き飛ばされてしまった。
だが―――
「強いな。あまりにも強い。」
男は、吹き飛ばされてなどいなかった。そも、顔面に蹴りを直撃させてすらいなかったのだ。
諦の蹴りを、右足を、男は左腕の手のひらでがっしりと掴み、そして受け止めていた。
諦は、驚愕する。だがそれは、蹴りを受け止めた事だけにではなく、第三宇宙速度に匹敵する速度で放たれた蹴りの衝撃に微動だにせず耐えたという点も含めての事だった。
蹴りを受け止めるだけであれば、驚くことなどしなかった。何せ、神なのだから。
だが、男がしてみせたのは、それ以上に驚く事だった。
一切の衝撃を殺す事なくその場に立ち止まっている。それが、どれだけ凄まじく、そして恐ろしいことか。
「なるほど。確かにこれならば、魔王にも匹敵するだろう実力だ。しかし、しかしね。世界というのは余りにも広い。広大で、かつ残酷だ。世界を探求すればする程に、自分が如何に程度の低い存在であるかを自覚してしまうものだ。今の、君のように―――ね。」
瞬きをした、その次の瞬間には―――眼の前に広がるのは、森林だった。
僅かな悪の歴史書を読まずとも、今の罪ある人々を知る事は出来る。