古代ギリシャの哲学者、ピタゴラス。
異端の狂人
■ ■
彼を含めた四人は、突如として上空に喚び出され、その挙げ句に上空から池へと高速で落下した。
大きな水飛沫が上がり、服はびしょ濡れになってしまった。
だが、彼はそんな事を気にしなかった。
上空から落下したというにも関わらず、彼と一人の青年はまるで何事も無かったかのように立ち上がり、陸へと上がったのだ。
「なんだ、お前は平気そうじゃねぇか」
「たかが上空から落下した程度で慌てるものでも無いだろ。こんな地味な被害を被るなら、石化した方がまだ新鮮だった。」
「意見が合うじゃねぇか。俺も石の中に呼び出された方がマシだったぜ」
ヤハハ、とヘッドフォンを付けている金髪の青年が笑う。
彼は水が滴る自分の髪を乱暴に掻き乱し、辺りを見回して一人の青年と二人の少女と一匹の猫を目視する。
金髪の青年。見た目は明らか不良のそれ。
黒髪の少女。見た目は明らかお嬢のそれ。
茶髪の少女。見た目はかなり普通のもの。
三毛猫。何の変哲もない、ただの三毛猫だ。
「…石の中じゃ動けないでしょ?」
「俺は動けるから問題無ぇよ」
「同じく。自分が動ければ問題無い」
「そう、野蛮ね」
お嬢様であろう少女から野蛮だと言われても、しかし二人は気にせずの態度だった。
二人の少女と一匹の猫も陸へと上がり、自分達の現状を再認識している。
突如として喚び出され、上空から池へと落下するとはこれ如何に。
「一応確認しとくが、もしかしてお前らにもあの変な手紙が?」
「そうだけど、そのお前って呼び方を訂正して。私は久遠飛鳥よ。以後気を付けて。…それで、そこの猫を抱き抱えている貴方は?」
「春日部燿。以下同文」
「そう。よろしく春日部さん。で、野蛮で凶暴そうな貴方は?」
「高圧的な自己紹介をありがとよ。見たまんま野蛮で凶暴な逆廻十六夜です。粗野で凶悪で快楽主義者と三拍子揃ったダメ人間なので、用法と容量を守った上で、適切な態度で接してくれよ、お嬢様?」
「取り扱い説明書を書いてくれたら考えてあげるわ…。それで、最後の貴方は?」
「異端児、狂人、罪人の三つが呼び名の探究心と研究心に満ち溢れた、好奇心旺盛で年頃の少年のような性格をした研究者もどきの詰路諦だ。人生詰みの詰に、袋小路の路、諦観の諦で詰路諦だ。気になる事があればその事に集中して周りを気にしない危険性がある事が特徴だ。よろしくしたいのだがよろしく出来る確証はない。が、それでも構わないというのならば以後よろしく」
「長々とありがとう、詰路くん」
「ヤハハ、面白ぇじゃねぇか」
心からけらけらと笑う逆廻十六夜。
傲慢そうに顔を背ける久遠飛鳥。
我関せず無関心を装う春日部耀。
手を顎に当てて思考する詰路諦。
そんな彼らを物陰から見ていた黒ウサギは思う。
(うわぁ……なんか問題児ばっかりみたいですねぇ……)
召喚しておいてアレだが………彼らが協力する姿は、客観的に想像できそうにない。黒ウサギは陰鬱そうに重たくため息を吐くのだった。
✻
十六夜は苛立たしげに言う。
「で、呼び出されたはいいけどなんで誰もいねぇんだよ。この状況だと、招待状に書かれていた箱庭とかいうものの説明をする人間が現れるもんじゃねぇのか?」
「そうね。なんの説明も無いままでは動きようがないもの」
「全く以てその通りだ。」
「……。この状況に対して落ち着き過ぎているのもどうかと思うけど」
(全くです)
黒ウサギはこっそりツッコミを入れた。
もっとパニックになってくれれば飛び出しやすいのだが、場が落ち着き過ぎているので出るタイミングを計れないのだ。
(まぁ、悩んでいても仕方がないデス。これ以上不満が噴出する前にお腹を括りますか)
三者三様ならぬ四者四様の罵詈雑言を浴びせている様を見ると怖気づきそうになるが(特に十六夜と諦に)、此処は我慢である。
ふと十六夜がため息交じりに呟く。
「―――仕方がねぇな。こうなったら、“そこに隠れている奴にでも”話しを聞くか?」
物陰に隠れていた黒ウサギは心臓を掴まれたように飛び跳ねた。
四人の視線が、黒ウサギに集まる。
「なんだ、貴方も気付いていたの?」
「当然。かくれんぼじゃ負け無しだぜ? そっちの猫を抱いてる奴も狂人くんも気付いてたんだろ?」
「風上に立たれたら嫌でもわかる」
「この空間に存在しているのならば、生命の認識は容易だろうさ」
「……へぇ? 面白いな、お前ら」
軽薄そうに十六夜は笑う。だが、その目は一切笑ってはいなかった。
三人は呼び出されて早々びしょ濡れにされた理不尽さを腹いせに殺気の籠もった冷ややかな目線を黒ウサギに向ける。…一人だけは、少しばかり目を輝かせて黒ウサギを凝視していた。誰なのかは、言うまでもないだろう。
黒ウサギはやや怯んだ。
「や、やだなぁ御三人様。そんな狼みたいに怖い顔で見られると黒ウサギは死んじゃいますよ? えぇ、えぇ、古来より孤独と狼はウサギの天敵にございます。そんな黒ウサギの脆弱な心臓に免じてここは一つ穏便に御話を聞いていただけたら嬉しいでございますヨ?」
「断る」
「却下」
「お断りします」
「ふむ、ではティンダロスの猟犬でも呼んで事実性の確認でも…」
「あっは、とりつくシマも無いですね♪ って、一人だけ有りとんでもない事を宣言しましたね?!」
「孤独と狼に対する恐怖心が絶対である事を試すにはティンダロスの猟犬が最適だろうよ。」
「ひぃぃ!」
顔を真っ青にして、自分の体を守るように自分の手で体を抱いてガタガタと震えて見せる黒ウサギ。
しかし、その目は冷静に彼ら四人を値踏みしていた。
(肝っ玉は及第点。この状況でNOと言える勝ち気は買いです。まぁ、扱いにくいのは難点ですけども…特に最後の御方! 魔導書無しでティンダロスの猟犬を喚び出せるなんて恐ろしいにも程があります!)
ティンダロスの猟犬。
それは、米国ことアメリカで生きていた有名な小説家の一人であるハワード・フィリップス・ラブクラフトが書いた宇宙的恐怖を題材とした小説『クトゥルフ神話』に登場する獣の事である。
異次元に巣食う独立種族。出会えば最後、その者は死ぬ事が決定されている。
一度でも出会えば、逃げ込んだ先が次元の間であろうと追い掛けてくる執着性を有しており、更には時間の角を通り過去、未来を自在に行き来する事が出来るという理屈不明な能力すら有している。
修羅神仏が生きる箱庭においては大して珍しいものではないが、しかし厄介である事には変わり無いし面倒な事にも変わりはない。
黒ウサギにとっても、大変恐ろしいものである。
それを容易く呼び出そうとしている彼、もとい諦とその他問題児をどう扱ったものかと黒ウサギは震えながら(まだ呼び出していないとは言えども恐ろしいものは恐ろしい)思考する…と。
春日部耀が黒ウサギの隣に立ち、黒ウサ耳を根っこから鷲掴み、
「えい」
「フギャ!」
力いっぱい引っ張った。
「ちょ、ちょっとお待ちを! 触るまでなら黙って受け入れますが、まさか初対面で遠慮無用に黒ウサギの素敵な耳を引き抜きに掛かるとは、どういう了見ですか!?」
「好奇心の為せる業」
「自由にも程があります!」
「へぇ? このウサ耳って本物なのか?」
今度は十六夜が右から掴んで引っ張る。
「………。じゃあ私も」
「ふむ…では、俺はその様子を観察させてもらうとするか」
「ちょ、ちょっと待―――!」
今度は飛鳥が左から。そして真ん中には諦が座り込んだ。
左右から力いっぱい引っ張られた黒ウサギは、言葉にならない悲鳴を上げ、その絶叫は近隣に木霊した。
私が語ろうとする事は、少しの言葉では語れないのです。