伝道者は言う、空の空、一切は空である。
日の下で人が労するすべての苦労は、その身になんの益があるか。
世は去り、世はきたる。しかし地は永遠に変わらない。
旧約聖書 口語訳 「伝道の書」一節〜四節
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場所は空に浮かぶ一つの城。その中で、諦を探す為に動き出した黒ウサギ達を抜いて、人類最終試練『絶対悪』アジ=ダハーカと真性魔王〝原初の罪〟エデンを打倒するべく集まった強者達が共に作戦を練っていた。
「アジ=ダハーカの対策もそうだけどよ…俺としては、エデンの方の対策も重要だと考えてる。」
“契約書類”を手に持ち、少し怒ったような目線を紙切れに向けながら十六夜は腹立たしげに言う。
『ギフトゲーム名“CONVICTION OF ORIGINAI SIN”
プレイヤー一覧
箱庭に存在する全てのコミュニティ(コミュニティ『オムニス』を除く。)
・クリア条件
一 己が罪を認め、自決せよ。
二 原初の蛇を狩り、己の罪を受け入れよ。
三 己が罪ある者である事を否定し、自らの無罪を証明してみせよ。
・敗北条件
参加するコミュニティの全滅
宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、箱庭に存在する全てのコミュニティはギフトゲームに参加します。
“オムニス”印』
博識である十六夜は、『原初の蛇』という単語が何であるのかも、全て見抜いていた。
「原初の蛇ってのは、旧約聖書の第三章『失楽園』に登場する蛇の事であり、そして俺たちの知る白夜叉の旧友「エデン」の事だ。クリア条件に書かれてある“己の罪”ってのは、蛇の所為でアダムとイブが禁断の木の実を食べた事によって背負うことになった人類最初の罪、要するに“原罪”だな。」
深く考えれば最初から分かる事だったんだ…。と、十六夜は後悔するように吐き捨てる。
東の〝階層守護者〟である〝覆海大聖〟蛟劉。
南の〝階層守護者〟であるサラ=ドルトレイク。
北の〝階層守護者〟であるコマンダーラプ子Ⅲ。
そして救援に駆け付けた、〝混天大聖〟鵬魔王と、女王騎士フェイスレス。
彼らもまた、その表情を苦いものに染めていた。
此処に居る全員が、エデンと面識があり、かつ友人であった。
十六夜は用意された薬湯を飲みながら、改めて問う。
「そもそも、白夜叉の旧友って時点でエデンが普通じゃないって事を物語ってたんだ。そうだろ? 蛟劉さんよ。」
十六夜の問に、蛟劉は苦い顔をしながら腕を組み、頷いた。
「…あぁ、その通りや。僕が白夜王を知る前から、エデンは白夜王を旧友言うとった。もうその時点で、エデンが只の蛇なんかじゃないって事を物語っとった。」
「元〝
クロアの言葉に、全員が頷く。
元東側の階層守護者である白夜叉。ノーネームも度々世話になった彼女ではあるが、しかしその正体は箱庭でも屈指の実力者にして箱庭が創造される前では最強の存在であった。
白夜王―――神々としての神威と、魔王としての王威を生まれながらにして持つ星霊最強個体にして箱庭席次第10番。“白き夜の魔王”と恐れられる太陽と白夜の星霊。
元は不変の象徴にして天地の概念が生まれる以前の天体法則であり、世界の創造に於いて星々の全ての質量を飲み込んでしまった原初の星。
〝サウザンド・アイズ〟の
そして、エデンはその最古参の魔王と旧友であると言った。白夜叉本人もまた、エデンの事を「信用出来るし信頼する事が出来る腐れ縁じゃよ。」と言っていた。
つまる所、皆が言いたいのは、“白夜叉の旧友であるという時点でエデンという存在は既に理解し難い謎多き存在であった”という事である。
魔王の旧友が、ただの蛇に務まるものか? 原初の星の友人に、ただの蛇如きがなれるものか?
否、否だ。そんな事は無い、絶対に有り得ない。現在では魔王の中では良心的であり社交的であるとして知られている白夜叉だが、しかし過去の白夜叉は最強の存在。魔王であった白夜叉だ。
そんな白夜叉を相手にして無事で居られ、あまつさえ互いに旧友と認め合うなど、そんな事は普通の種族には到底叶うこともない現実である。
では、そこから導き出される答えとは何か?
即ち、エデンという存在が只の白蛇などではないという事の、人類最終試練に匹敵する存在であるという事の、何よりの証明である。
「〝
クロアの言葉に、其々が考え込むような仕草をして答えて見せる。
白夜叉は箱庭でも最強クラスの実力者なのは分かってもらえただろう。それは、この場に居る誰もが知っている事実だ。
次に、アジ=ダハーカという存在もまた最強と言うに相応しい存在であるという事もまた、事実。
しかし、エデンはどうだろうか?
全員がエデンと面識はあるし、友人関係ではあるのだが、しかしエデンの事を詳しく知っているのか? と問われれば答えは否で、皆揃いも揃ってエデンの事を詳しくは知らないのである。
だが、一応の材料は揃っている。
「エデンについて分かっているのは、〝原初の蛇〟である事、エデンが“原罪”に関係しているって事ぐらいだが、これだけでも考察材料としては十分だ。」
「そうやね。こんくらいでも、考察するには十分や。」
十六夜の言葉に蛟劉は頷いた。
「原初の蛇って事は、つまる所、神が創り出した生物における最初の蛇って事だ。蛇という生物の祖、蛇が狡猾かつ邪悪な存在であると見られるようになった原因に当たる。」
「それでいて、人類が罪という概念を背負う事になった原因でもある…と。全く、エデンさんはとんでもない御方ですね。」
それな。
鵬魔王の言葉に、全員が頷いた。
最強種の旧友にして、蛇の祖に加えて人類が罪という概念を背負わなければならなくなった原因だと?
規模があまりにもデカすぎる。だが、そこまで規模がデカいからこそ白夜叉の友として釣り合った、とも言えるだろう。
そして、フェイスレスが次を繋ぐ。
「神が最初に創り出した生物の一体、それでいて人類に罪を背負わせた原因ともなれば、その霊格は膨大なものでしょう。それに、神格も与えられている筈です。」
霊格とは世界に与えられた恩恵であり生命の階位。そして、神格とは神霊に神として認められた位を指し、種族・物質の霊格を最高位にまで引き上げる恩恵。
霊格を得る方法は、世界に影響、功績、対価を与えるか、もしくは誕生に奇跡を伴う遍歴があるのかどうか。
エデンの場合、『外界を実質的に支配している人類という存に、罪という概念を背負わせた』というあまりにも大きな影響と功績を残している。
罪という単語を聞けば、あまり良い考えは浮かばないのだろうが、しかし深く考えれば罪という概念は人を人たらしめる為に必要な概念なのであるとも考えられる。
大抵の人間が自分とは別の人間に対して暴力を振るう、殺すといった行為をしない、躊躇する、容赦する事が出来るのは『殺人罪』という罪があるからである。
人の物を盗めば窃盗罪。人を傷つければ傷害罪。人を殺せば殺人罪。様々な罪が存在し、そして様々な罪が人を恐れさせ、その悪の道に墜ちないようにする為の抑止力となっているのだ。
箱庭の世界は、今となっては修羅神仏の遊び場となっているが、しかし元々は外界を正しく発展させる為に造られた神造世界、即ち第三点観測宇宙なのである。
神霊種が人類史と共依存している世界であり、人類の破滅が確認されれば箱庭の世界も滅びるのだ。
罪とは、人類と箱庭の為の抑止力の一つであるという見方。
実際にそう考えてみれば、エデンが人類と世界に大きな影響と功績を残した事により、膨大な霊格を得たという可能性も高いものとなる。
それに加えて原初の生物の一体ということもあり、神格を宿されているともなれば白夜叉の旧友としても相応しい存在であるという考えにも行き着く事が出来るのである。
あくまでも予想ではあるが、しかしそう考えなければ魔王としての白夜叉の友として成り立たない。
そうでなければ、エデンが白夜叉の旧友として存命している事が不思議でしかないのである。
それ故に、その場に居る全員がフェイスレスの考えに納得している。
「そうなだとしてもうたなら…エデンの攻略はマジで難しいな。仮にそうでなかったとしても、エデンの攻略は難しいんよ。」
「ん? そりゃどういう事だよ?」
悩みながら言った蛟劉に、十六夜が疑問を浮かべる。
仮にエデンの霊格が膨大なものではなく、神格も宿されていないならば攻略は簡単なものだと、誰もが考える筈だ。
しかし、蛟劉はそうでなくても、どっちにしたってエデンの攻略は難しいと言った。
十六夜は、それを不思議に思った。
「エデンさんは、〝太陽主権〟をいくつか保持していらっしゃるのです。」
蛟劉の代わりに、鵬魔王が答える。
太陽主権―――それは、最も多くの神仏が宿る太陽の主権。
黄道の十二宮に記される白羊、金牛、双子、巨蟹、獅子、処女、天秤、天蝎、人馬、磨羯、宝瓶、双魚の十二星座。
赤道の十二辰に記された鼠、牛、虎、兎、龍、蛇、馬、羊、猿、鳥、狗の十二辰。
そもそも、箱庭の中では事象や概念などの主権というのは全て恩恵の上位に相当する力である。
ちなみに、白夜叉はその太陽主権の半分を持っている。
その残りのいくつかをエデンが所有しているという事。太陽主権を持っているというそれだけで、戦況は十分以上に変わる。
「持ってる言うても、殆どは白夜王から借りたもんばっかなんやけどね。でも、そうであっても太陽主権が厄介な事に変わりはあらへんよ。エデンの場合、特に警戒すべきは天蝎宮の主権―――もとい、“蠍座の太陽主権”や。」
獣帯の黄経210度から240度までの領域で、だいたい10月23日(霜降)から11月22日(小雪)の間まで太陽が留まる星座―――蠍座。
天の川沿いにある大きく有名な星座の一つであり、日本では夏の大三角形と共に夏の星座として親しまれている星座である。
其々の星座にモデルがあるように、この蠍座にもモデルとなった神話がある。
古代ギリシア、豪傑の英雄として名高い「オリオン」を殺毒殺害したサソリ。それが、蠍座の神話、伝承である。
神と人の間に生まれ落ちた英雄を殺す事が出来る程の毒を持った蠍の星座、その主権が持つ能力など、簡単に予想出来るだろう。
「蠍座…古代ギリシアの英雄、オリオンを殺したサソリの伝承か。そりゃ確かに厄介だな。」
「あれは神すら苦しめる致死性の猛毒を攻撃に付与する主権だ。相手が半人半神や英雄だったなら、もはや即死と変わらない毒と化す。鵬魔王に対しても脅威になる主権だ。」
「それに、あの主権は発動しているかどうかが全く分かへん。白羊宮の太陽主権や牡牛座の太陽主権のように武器や物体が顕現するんやなくて、〝獅子座の太陽主権〟のように武器や体そのものに影響を及ぼすものやからね。」
〝獅子座の太陽主権〟は所有者の不断の恩恵を付与する主権。
例え天地を切り裂く斬撃であろうと、神が放つ槍であろうと、所有者は決して切断されず、貫通される事も無い。
体に影響を及ぼすものである主権は、基本的に発動しているかどうかが分からない。
〝蠍座の主権主権〟も同じく。所有者の攻撃に神すら苦しめる致死性の猛毒を付与する恩恵は、攻撃という行動にのみ付与されるものである為に、発動しているのか発動していないのか分からないのである。
「…どっちにしたって、エデンの攻略の難易度はアジ=ダハーカと同等か、それ以上って訳か。」
十六夜はそう結論付けた。
その直後。
『タナハ解読。〝原罪〟裁決』
全員が、『自分はただの弱っちい人間だ。』と自覚してしまう錯覚に陥った。
全ては虚しい。全てはただ虚しいものだ。