異端児が異世界から来る。   作:全智一皆

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先にあったことは、またも後にもある、先になされた事は、叉後にもなされる。日の下には新しいものはない。
「見よ、これは新しいものだ」と言われるものがあるか、それは我々ノ前に世々に、すでにあったものである。
前の者のこもは覚えられることがない、また、来たるべき後の者のことも、後に起こる者はこれを覚えることがない。


仲間

            ✻

 詰路諦は寝室に運ばれ、ベッドに倒れたままだった。

 だが、黒ウサギが居なくなったその瞬間、今までの沈黙を破った。

「…『滞空回線(アンダーライン)』、展開」

 その一言と共に、幾万もの極小の鉄線が顕現し、部屋の中を雲のようにふよふよと漂い、その部屋と開けられた窓から風に乗って街へと飛んでいく。

 『滞空回線(アンダーライン)』―――それは、『学園都市』と呼ばれる現代科学が他よりも十年先を行っているとされる程に科学が発展した文字通り学園都市。

 其処に散布されている、70ナノメートルのシリコン塊。

 それは、簡単に言ってしまえば『学園都市のほぼ全ての情報が内包されている科学的な叡智の集合体と呼ばれる総合データベース以上の情報が内包されている通信網』。

 機体自体が空気の対流を受けて自家発電を行うため、半永久的に情報収集が可能であり、収集したデータは体内で生産した量子信号を直進型電子ビームを使って各個体間でやりとりされ、一種のネットワークを形成している。

 諦はそれを使い、街全体の情報を一気に掴み取り、街の現状とエデン、そしてアジ=ダハーカの情報を搾取しようと試みたのだ。

 溢れてしまう程の膨大かつ緻密な情報量が、諦の脳裏へと流れるように叩き込まれていく。だが、諦は平然としたまま、目を閉じて頭の中で莫大な情報を纏め、丁寧に処理していく。

(エデンとアジ=ダハーカの姿は無いが、しかしその存在自体は都の中に確立されている。となれば、居るのは『ゲーム盤』か。恐らくエデンが自らのゲーム盤を開いたな。となれば侵入するのは些か難しいか…?)

 つい先程までの情けない姿をした諦は一瞬にして消え失せ、いつも通り幾万もの考えを巡らせる科学者が其処には居た。

 諦は未だゲーム盤を理解していない。

 〝万全の能(アリストテレス)〟の機能の一つである『万物理解』を使用すればゲーム盤も隅から隅まで理解出来るのだが、しかし諦は白夜叉との対面の際は未だ〝万全の能〟の存在を知らなかった。

 諦が知るゲーム盤は白夜叉のゲーム盤のみ。それ以外のゲーム盤を知らない。故にゲーム盤の事を隅まで理解している訳ではない。

 そして、だからこそ諦はどうすればゲーム盤に侵入出来るのか、ゲーム盤を外側から破壊する事が出来るのか、その他の知識を持っていないのだ。

 諦に出来るのは、少ない情報でゲーム盤についての予測を建てる事。

(白夜叉のゲーム盤を元に予測を建てるに、恐らくエデンのゲーム盤とは『その空間に別の世界を構築すし周囲を巻き込む』ものではなく、『創り出した世界に自分以外の他者を呼び出し、その空間から隔離する』ものだ。白夜叉のゲーム盤が他者を強制的に転移させる事が出来るように、エデンのゲーム盤も同じなのだろう。)

 諦の予測はこうだ。

 エデンのゲーム盤は、自分が居るその『空間』に『ゲーム盤』という別の別次元的空間を構築し、それによって周囲を巻き込むものではない。

 白夜叉のゲーム盤のようにその『空間』ではなく、元から別の空間、亜空間のような世界に別次元的空間であるゲーム盤を創って置いておき、エデンの意思で他者と自分をそのゲーム盤に転移させるものである、と。

 つまる所、空間という物理学が関与している。世界から分別して別の世界を創り出している訳ではなく、あくまでも存在しているのは「箱庭」という世界。「箱庭」という世界の、別の『空間』にゲーム盤という全体的ではなく部分的な別次元的空間を創り出している。

 であるならば、

「俺の領域だな。」

 異端児と忌み嫌われた科学者の領域である。

「演算開始。量子世界、潜水」

 諦は脳内で『量子世界』と『別次元的空間』への演算を開始し、その意識を量子の世界へと潜らせる。

 世界を構成するのは様々な粒子。量子は物理現象における物理量の最小単位。

 その量子の世界は、あらゆる物理法則や時間の流れ、果てには膨大かつ緻密な情報が内包された絶対的世界であり亜空間と何ら変わらない。

 ゲーム盤とて、量子がある。白夜叉のゲーム盤に白夜や氷山といった有機物や無機物が有ったように、エデンのゲーム盤にもそういったものがある筈だ。

 量子の世界から、その空間を探し出す。

 ゲーム盤にも粒子によって構成された物体が存在するならば、その粒子を辿ってゲーム盤へと到れば良い。

 極小だが膨大な粒の世界を、諦はかき分けながら泳ぎ、情報を探し出す。

 あまりにも膨大で緻密な情報は、人間の脳に尋常ではない負荷を掛ける。普通の人間であるならば、そのような情報量を処理する事は絶対に出来ない。

 だが、諦の脳は凡人のそれなどではない。故に、処理が出来る。幾億、何兆もの情報を一気に処理する事が出来る。

 

「見付けた。」

 目を開く。意識という顔を、量子の世界という海中から現実の世界という水面上へと出して呼吸をする。

 深く息を吐き出し、浅く吸う。

 行かねばならない。体を修復し、エデンのもとへ行かなければ。

 そうと決まれば話しは速い。

 …と、思っていた。

「元に戻ってるっぽいじゃねぇか。で、俺たちに隠し事かよ?」

 声の方へと首を向ければ、凶悪な笑みを浮かべて、十六夜が立っていた。

 話しは遅くなるのかもしれない。

 

            ✻

「量子世界に意識をダイブして、そんでゲーム盤に有る物質の量子からゲーム盤の在り処を発見して自分一人で行こうとした、って? ヤハハ、テメェ巫山戯んなよスゲェじゃねぇかぶっ飛ばすぞ。」

「褒めているのか罵倒したいのか分からんな…」

 十六夜に捕まり、かつ戻って来た飛鳥や耀、黒ウサギに問い詰められて洗い浚い白杖した諦は、現在進行系でノーネーム一行から褒められ、そして罵倒されていた。

「諦くんが前々からチートだという事は分かっていたけれど、そんな領域まで行っているとは思わなかったわ。わからず屋なのが残念だけれど。」

「うん。凄いけど、諦は馬鹿。」

「酷い言われようだな…まぁ、それは良い。」

 やるべき事は、決まっている。

 見つかったからには、巻き込まれてもらう。

「待たずして、今から向かう。…だが、俺だけではどうにかなる確率はあまりにも低い。〝理解不能〟や〝万全の能〟、〝異端の狂力〟を使っても、恐らく勝てない。だから、頼む。“一緒に付いてきてくれないか。”」

 頭を下げて、諦は頼む。

 世界で初めて、狂人は仲間を頼った。人生で初めて、異端児は友人を頼った。

 

 勿論―――仲間は笑った。




箱庭、罪の道へと

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