異端児が異世界から来る。   作:全智一皆

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この人は証の為に来た。光について証をし、彼によって全ての人が信じる為である。
彼は光ではなく、ただ、光について明かしをする為に来たのである。
全ての人を照らす真の光があって、世に来た。
彼は世に居た。そして、世は彼によって出来たのであるが、世は彼を知らずに居た。

ヨハネによる福音書 第一章 七~十節


狂人の説明

            ✻

 巨木が燃え盛る野原に、鋭い暴風が幾度も吹き荒れ、地面を抉る。

 刃物の如き鋭利な翼が大きく羽撃き、日本刀を振るうように白蛇へと振り下ろす。

 ガキィッ―――と、白蛇は振り下ろされた刃翼を、己が握る戦斧で以て受け止める。

 火花すら散る。だがそれこそ、それ程までに刃翼が硬く、それでいて鋭いものであり、それを受け止めた白蛇の戦斧もまた硬度かつ鋭利である事の証明だ。

 白蛇は戦斧を握る両腕に力を込め、斬り捨てんと強く押し続ける翼をあしらうように押し返す。

 同時に、一閃。一瞬の隙をも逃さず、返した翼へと戦斧による鋭い一撃を叩き込む。

 ザシュ、という音と共に肉が裂け、鮮血が跳ねる。だが、それで終わらず。その一撃を期とばかりに白蛇は颯爽と竜の懐へと駆け出した。

 疾走ではなく瞬速。白蛇は瞬く間に竜との距離を詰め、がら空きの竜の体へと戦斧を大きく振り下ろす。

 ザンッ、と竜の体に大きな斬傷が刻まれる。だが竜は顔を顰めるでもなく、平然としたまま鋭い爪を持った巨腕を風の如く白蛇へと振り下ろした。

 ゴウッッッッ!!!!!

 再び暴風が吹き荒れ、抉れた地面が更に抉れて土が舞う。だが、既に其処に白蛇の姿は無く、

「よく見ろ」

 白蛇は竜の真上へと飛んで、戦斧を振り翳していた。

 白蛇は、竜が腕を振るわんとした一瞬すら見逃さなかった。夕焼け空のような赤い瞳で俊敏な腕撃を捉え、即座に竜の腹を壁のようにして蹴って空へと舞ったのだ。

 流星の如き勢いを付け、白蛇は高台から落ちる刃のように竜の三つ首を切り落とさんと戦斧を振り下ろした。

「〝アヴェスター〟起動――相剋して廻れ」

 だが、その言葉によって首切りは防がれた。

 拝火教の聖典、ゾロアスター教の秘奥―――二元論の最速構築の『疑似創星図』。

 相手の恩恵を含めた額面上の性能を全てそのまま己に上乗せする恩恵であり、彼が数多の神霊に勝利した理由。

 弾かれた戦斧と共に、白蛇もまた宙に浮く。

「…」

 だが、白蛇は焦りなど浮かべず。ただ、にやりと笑っていた。

「見付けたか――此処を。」

「…あの狂人か。」

 思い浮かぶのは、ただ一人。

 元ある世界、〝箱庭〟の世界から隔絶された別次元的空間に創り出された世界を観測する事が出来る“人間”など、実に少ない。

 この箱庭において、そんな事が出来る人間は、彼――「詰路諦」以外に存在しない。

「諦は、真のイレギュラーなんだ。このくらい出来ても、何ら不思議は無い。」

 地面に降り立った白蛇は、まるで自分の事のように誇らしげに言う。

 詰路諦は本来ならば絶対に生まれ落ちる事など無かったイレギュラーであり、それ故にこの程度の事は容易である…と。

「詰路諦。〝原典(オリジン)候補者〟ではなく〝原典探索者(オリジン・シーカー)〟にして―――〝物語の特異点(主人公)〟。」

「主人公…だと?」

 白蛇の言葉に、竜は疑問を抱いた。

 主人公。詰路諦が、物語における主人公だ、という白蛇。竜には、全く訳が分からなかった。

 イレギュラーである事と主人公である事に、何か関係があるとでも言うのだろうか?

 心に芽生えたその疑心を見透かしたように、白蛇は続ける。

「何故、詰路諦は人間でありながら人間以上の恩恵、叡智を持っていると思う? 何故、詰路諦は人間でありながら神や星にすら屈しないと思う?」

「……人間ではないから、か。」

 竜は考えた末、答える。

 詰路諦は人間ではない、と。その答えは実に妥当であり、ある意味では正解に近しいものでもあった。

 人間でありながら人間以上の、神霊や星霊すらも殴り飛ばす上に蹴飛ばす事が出来る強度と膂力と全知の神と同等の叡智を持った人間。

 それはもはや人間などではない。人間という、愚かだが美しいような素晴らしき生物ではないのだ。

 それは、ただの化け物だ。ただの怪物でしかない。

 人でありながら人に非ず、人である故に神でも星でもない曖昧な存在。それはまさしく―――〝理解不能〟の、化け物にして怪物である。

 だが、白蛇は首を横に振った。

「彼は人間だ。だが、ただの人間ではない。平凡普通の凡人などでは、断じて無い。言ったろ? 諦は、イレギュラーだと。主人公だと。即ち、だ。詰路諦という存在は人類におけるイレギュラーであり、箱庭における『決して触れてはならない禁忌』なんだよ。」

「……」

 イレギュラー。不規則、変則などの意味を持つそれが人に対して意味するのは、『世界の法則に則られない人間』。

 アンタッチャブル。触れることが出来ないという意味のそれは、転じて言及したり関係を持ってはいけない存在の事を指す。

 人類におけるイレギュラー、〝箱庭〟とってのアンタッチャブル。

 それが、詰路諦という存在。

「イレギュラーであるが故に強力なんだ。何故イレギュラーなのかどうこうじゃない。『イレギュラーだから』―――全てはこれだけで事足りる。あの十六夜ですら、人類の原典候補者である十六夜ですら、人類にとっねのイレギュラーではなく、箱庭においてのアンタッチャブルでもない“能力などの正体が未だ分からないだけ”の人間だ。

「でも、諦はそうじゃない。何故なら諦は、本来ならどうやったって“現世”にも〝箱庭〟にも生まれ落ちる事など無かった筈の存在なのだから。しかし、それ故に、本来なら存在しない筈なのに存在しているが故に、世界はどうにか修整しようと、詰路諦という人間を消そうと抑止力を働かせようとする。

「諦が真に狂人であったなら、どれだけ良かっただろう。だが現実はそうじゃなく、諦はただ人と関わる事が出来なかったが故に歪んでしまっただけの哀れな子供だった。そして、それをノーネームの面々が変えつつあるんだ。

 

「俺は箱庭と、俺の友の為に自殺する。皆の糧となる。そこには勿論、諦も含まれている。例え諦がイレギュラーであろうと何であろうと、諦が俺の友であるから。」

「……いい加減、聞き飽きるぞ。」

「だろうな。だから、これが最後だ。ここからは―――無様に殺し合おう」

 爪と戦斧が交差する。

 迅風が、吹き荒れた。

 

            ✻

 歪な音が、王宮のような室内に響き渡る。

 奏でられるのはフルートと太鼓。だが、それらが奏でる音は全てが冒涜的で歪なものであり、人が聞けば数分も保つことなく発狂し、自壊し、脆くも崩れ去るだろう狂気的演奏だ。

 そんな狂気的かつ冒涜的な演奏が響く王室には、人の姿を取った二柱の神が存在していた。

 片方は神々しき神秘的な虹色を放つ女。

 片方は王室の中央、本来なら玉座があるべき場所に有る丸いソファに寝そべる一人の少年のような少女のような人間。

 女は、誰もが識る窮極的存在―――全能の逆説という箱庭屈指の枷が有るにも関わらず、その逆説すら内包して逆説に縛られず全能を行使する事が出来る唯一無二の神「ヨグ=ソトース」である。

「しかし、エデンも大胆な事をするよねぇ…態々、私達に、『オムニス』にサインを書かせてまで誰にも邪魔されず、自殺したかったなんて。」まぁ、全部知ってたけど。

 嘆息と共に、己を神ではなく人として扱った愚かで愛おしき友人―――エデンに呆れ果てるソトース。

 ヨグ=ソトースは全知にして全能の存在であり、故に何もかもを知る超越者だ。

 だが、そんな彼女をエデンは人間として扱った。全知全能の神としてではなく、外なる神としてでもなく、『ただ何でも出来るだけの人間』として扱った。

 それが、どれだけ滑稽かつ愚かなもので、誰一人としてやってこなかった事なのかをエデンは知ることも無かった。

 何故なら、それを知る前にエデンは死ぬのだから。人類のイレギュラーと人類の原典候補者に、〝人類最終試練〟諸共殺されてしまうのだから。

 だが――

「ソトース」

 それを良しとしたくない者も、居た。

 静かに開かれた扉。そして、ソトースの名を呼んで入って来るは―――平安時代に生きていた姫君のような、綺麗な和服を身に纏った白髪の美女であった。

「あら、白夜叉。随分と懐かしい姿で来たわね。」

 そう。

 その美女は白夜叉―――かつて、最古の魔王〝人類最終試練・天動説〟として、『白夜王』として、数多の神霊、コミュニティから恐れられていた時の白夜叉の姿である。

 その白夜叉の姿を見て、懐かしい姿だ、とソトースは零す。驚くこともなく。

 白夜叉は静かに、されど早くソトースの方へと歩いて行き、

「エデンについて、詳しく教えろ。」

 短く、しかし神威を込めて言霊を放つ。

 それは、自分だけが付き合いの長い大切な友の事を知らぬが故の嫉妬心が故か。

 それとも、同じ大切な友が死ぬという事を知っていたのに何故止めなかったという怒り故か。

 まぁ、どちらにせよ。今の白夜叉が、誰よりも憤っていたという事に変わりはない。

「ちょいちょい、此処でそんな怒らないでよ。父様が起きちゃうから。」

「知ったことか。早く教えろ、ソトース。何故、エデンは、エデンは…」

「…(あの白夜叉が、こんな乙女みたいになっちゃって…エデンも罪な男ね。まぁ多分、エデンなりに白夜叉をこうさせなくなかったから言わなかったんだろうけど)分かった分かった、教えるから、取り敢えず神威を抑えてくれる?」

 神威出しっぱなしだと本当に父様起きちゃうから―――ソトースの言葉を聞き、白夜叉は素直に己から溢れ出していた神威を収めた。

 そうじゃった…危なかった。白夜叉は、今更ながら落ち着き、そして自分が箱庭を崩壊させんとしていた事を自覚した。

 丸いソファに寝そべる、少年のようで少女のような人間―――外なる神の王にして、箱庭創設に関わった神々の一人。

 曰く、『盲目白痴』。

 曰く、『白痴の魔皇』。

 曰く、『万物の王』。

 曰く、『全ての父』。

 その神の名を、「アザ=トース」。

 箱庭の二桁で活動するコミュニティ『オムニス』の創設者にして実質的なリーダー、そして箱庭の『一桁』に属するべきであるにも関わらず属さぬ魔皇である。

「で、エデンの話しだっけ…。となると、白夜叉はエデンの正体は知らないんだ?」

「あぁ。長い間、あやつと共に居たが…知らん。」

「じゃ、まずエデンの正体からか。…ま、単刀直入に言うとエデンは〝魔王〟だよ。しかも〝人類最終試練(ラスト・エンブリオ)〟よりも馬鹿げてる類の魔王。」

「…エデンがか?」

「そうだけど。なんでそんな『何を言ってるんだコイツは?』みたいな顔してるのよ…」

「いや、だって…エデンじゃぞ?」

 心底不思議なように、白夜叉は首を傾げた。

 エデン。あの子供っぽい、ガキっぽいエデンが魔王。しかも、〝人類最終試練〟という類よりも桁外れな魔王。

 それを聞いても、白夜叉にはそんなエデンの姿が思い付かなかったのだ。

真性魔王(しんせいまおう)―――箱庭に生まれ落ちた、その瞬間から魔王として在り方を確定された存在。何故ならエデンは、キリスト教・ユダヤ教で聖典とされている旧約聖書に登場する最古の生物の一体にして、人類に『罪』という概念を背負わせた元凶だから。〝真性魔王・原罪の源(オリジン・クライム)〟―――そして、原初の蛇。世界で初めて創られた太古の蛇。」

 最初の人間、アダムとイブの二人に禁断の果実を食べるように仕向け、人類に罪という概念を背負わせた元凶。人類が人類足りしめる要因を創り出した張本人。

 白き体と赤き瞳を持った蛇。滑稽にして狡猾、愚考にして賢能の生物。世界に初めて誕生した生物の内の一体、最初の蛇。

 蛇が狡猾な生き物であると認識され、そしてある宗教では神としても崇められる原因となった者―――それが、エデンなのである。

「あのエデンが、そのような…」

「でも、エデンはそれを許容しなかった。自分が魔王である事も、自分がいつか箱庭の人類を殺し尽くす事を―――自分の友達を苦しめる事を。だから、エデンは大規模な自殺計画と共に箱庭の強化を企てた。」

「箱庭の、強化じゃと…?」

「そう。正確に言えば、箱庭に存在するコミュニティの強化。自分が強大な存在である事を知っているエデンは、箱庭に存在する全コミュニティを巻き添えに自分を殺すギフトゲームを開催した。そうすれば、全コミュニティがエデンを殺しに掛かる。全コミュニティが協力し、エデンを殺したとすれば箱庭は今後、無関係なコミュニティが巻き込まれないようにギフトゲームの範囲を改めようとする。最終的に自殺は完遂され、更には箱庭も今後の対策が出来る―――でも、それとは別の目的もあったんだよね。

 

詰路諦の弱体化。どっちかと言えば、これの方が第二の本命かな。」




「なぁ、西郷。私は、どうすれば良かったんだ。」
 白い部屋の中、一人の老人が呟く。
 白衣を身に纏う老人は、俯いたまま震えた声で独り誰かに問い掛ける。
「私は、あの子をどう愛せばよかったんだ。あの子は私の子だ。私と妻の間に産まれた、子供だった筈だ。なのに…何故、私は、あの子を愛する事が出来なかったんだ。」
 声が震える。だが、誰も答えない。
「あの子は何も悪くない。あの子は、ただ生まれてきただけだ。何も悪くない…なのに、私はあの子が恐ろしかった。あの子の才能が、あの子の叡智が、私はただ只管に恐ろしかったんだ。」
 ぽたぽたと、涙が落ちる。
 男は泣いた。だが、誰も答えない。
「何が医者か…何が探索者か…」
 何が
「何が、偉大なる科学者かっ!」
 男は怒鳴った。
 自分自身に。たった一人の子供を愛する事すら出来ず、寧ろ恐怖して捨て去った腐れに、外道に、憤っていた。
「誰が狂人だ! 誰が異端児だ! あの子をそうしたのは私だ! あの子を狂人だの異端児だの呼ばせた原因は私達だ! なのに、何故あの子だけを責める! 何故あの子だけが責められる!? 私は、私達は! 子供を愛する事すら出来なかった私達が、見放した私達が、何故誰一人にも責められないんだ!」
 それは、慟哭であり、それでいて懺悔でもあった。
 罪の告白。自分が犯した、犯してしまった最悪の罪。
 男は叫ぶ。何故、自分が責められないのだ、と。何故、子供ばかりを責めるのだ、と。
「…西郷。私は、疲れてしまったよ。勝手にも、私は疲れ果ててしまった。」
 かちゃ、と手のひらにぎりぎり収まるサイズの黒鉄を、男は自分の頭に向ける。
「…ごめんな。こんな私を、こんな腐った父親を、どうか許してくれ―――諦。」
 ぱぁん…と、肉が爆ぜた。
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