彼は世にいた。そして、世は彼によってできたのであるが、世は彼を知らずにいた。
彼は自分のところにきたのに、自分の民は彼を受けいれなかった。
しかし、彼を受けいれた者、すなわち、その名を信じた人々には、彼は神の子となる力を与えたのである。
新約聖書 第一章
✻
最終決戦。
巨木は、切れて倒れていた。
野原は、焼け切っていた。
黒ずんだ野原、ただただ黒い荒れ地。
だが、空は快晴であり、綺麗な青色が太陽を抱いている。
そして、その場に二人の魔王と五人の英雄が立っていた。
「来たな、皆。」
白髪赤眼の青年が柔らかく笑う。
〝
「来たか、人類の英雄よ。」
三つ首の白竜が、漸くか…と重い腰を上げるように立ち上がる。
〝
「喧嘩しようぜ、魔王サマ。」
金髪の青年が、戦意満々の笑みで挑戦の意を上げる。
〝ノーネーム・主戦力〟―――逆廻十六夜。
「倒させてもらうわ、貴方達を。」
赤いドレスを纏う長い黒髪の少女が鋭い目で宣戦布告する。
〝ノーネーム・主戦力〟―――久遠飛鳥。
「ごめんね、エデン。」
翼が付いたブーツを履いた茶髪の少女が白髪の青年に謝罪する。
〝ノーネーム・主戦力〟―――春日部耀。
「アジ=ダカーハは兎も角、エデンは覚悟していただくのですよ!」
黒髪にうさ耳を生やしたディーラー服を着た女性が、白髪の青年に覚悟しろと言う。
〝ノーネーム・審判者〟―――黒ウサギ。
「…行くぞ、エデン。」
黒髪の青年が、構える。
異端児・狂人…否、今はもう、そんなものではない。
今の彼は、周囲を狂気に陥れる異端児でも、己が都合の為に遍く全てを利用する狂人でもない。
〝ノーネーム・主戦力〟―――詰路諦だ。
「――来い。数多の罪を背負う者よ。その異能を以て、事の元凶を狩ってみせろ!」
高らかに声を上げ、白蛇は生き生きとしながら戦斧を構え、颯爽として諦へと攻め入る。
先程までの、アジ=ダカーハとの戦いでの殺伐とした雰囲気は何処へやら。白蛇は、エデンは、とても生き生きとしていた。とても、楽しそうであり嬉しそうでたったのだ。
眼前へと迫り、下から諦を切り上げようと、白蛇は勢いよく戦斧を振り上げる。
ブンッ! と戦斧が空振る。掠りもせず、戦斧はただ誰もいない空を空振ったのだ。
「其処には誰も居ないぞ。」
背後から、諦の声が聞こえた。
何故だ。諦は、眼の前に居た筈なのに…と、エデンは自らが体験した謎の現象を考えながら声のした背後へと振り返る。
其処には、傷ひとつ負っていない諦が立っていた。だが、それも当たり前だ。
何故なら、諦は白蛇が自分の下に駆けた時から既に体を横に逸らして、白蛇の特攻を回避していたのだから。
しかし、それでは疑問が浮かび上がるだろう。何故、エデンはそれに気付かなかったのか? という疑問がだ。
エデンが駆けた瞬間に諦は体を横に動かして、エデンの特攻を回避した。しかし、それはつまりエデンが自分の間合いに入る前に避けたという事である。
特別素早く動いた、という訳でもないのだから、エデンがそれを目視する事が出来ない理由など無い。
本来ならば、エデンはそのまま戦斧を振り上げるのではなく、回避があまりにも早かった諦の体を斬り捨てようと戦斧を横に薙ぐように振るう筈だ。
だが、エデンはそうしなかった。
それは、その行動は、まるで、エデンの目に映る諦は回避などしていなかった、かのようでもあった。
「『
過去に、「学園都市」という科学が大きく発展した街では科学による超能力の開発が行われている、という話しをしただろう。
そんな学園都市の能力には『LEVEL』というものが設定されている。
LEVEL0―――無能力者。
正確には、能力を持っているが演算能力や自分だけの現実の不足によって能力を駆使する事が出来ない者達の事だ。
LEVEL1―――低能力者。
発火能力を持つものであれば、ライター程度のものしか出せないレベルだ。
LEVEL2―――異能力者。
LEVEL1よりも幾らか上だが、日常生活ではあまり役立たない程度の能力。学園都市の能力者の殆どはこれに分類される。
LEVEL3―――強能力者。
目に見えて強く、しかし日常生活でも役立つ程度の能力。一応、能力的にはエリートとして扱われるらしい。
LEVEL4―――大能力者。
学園都市の外部の科学技術では到底再現不可能な超常現象を発生させる事が出来る上、軍隊で戦術的価値を得る事が出来る能力。
そして、最後に。たった七人しか存在しない、LEVEL5―――『超能力者』。
あらゆるベクトルを操る『
存在しない素粒子を生み出す『
電気系なら何でもありの『
何もかもを溶かす光線や盾を操る『
人間の心理を自在に操る『
己の肉体を自在に操る『
不可思議な事象を引き起こす『
諦が使ったのは、その第五位である『心理掌握』の応用技である。
『心理掌握』という能力は、人間の精神を自在に操る能力として知られているのだが、その原理は『ミクロレベルの水分操作』である。
対象の液体を介して各種伝達物質や生体電流の流れをコントロールし、間接的に精神を支配するというのが心理掌握という能力の答えである。
諦が行ったのは、エデンの体、もとい脳と眼球への水分や伝達物質をいじりエデンに『詰路諦が其処に居る』という幻覚を見せたのだ。
「フッ!」
諦にとって、エデンは友人だ。
だが、今は敵だ。故に、一切の躊躇も容赦も無い。
エデンの顔面目掛け、諦は容赦なく鋭い蹴りを振り抜いたのだ。
突如として、顔面へと襲い掛かる蹴撃。エデンは咄嗟に戦斧を眼前で構え、どうにか諦の鋭い蹴りを防ぐ。
ガンッ!!! と鈍い音がエデンの耳元に強く鳴り響く。まるで、耳元で太古を叩かれたようだ。
「『ベクトル操作』」
「ぐっ…!」
バゴッッッッッ―――!!!!!!!
何かが凹むような音が響く。
諦のベクトル操作という言葉と共に、受け止め切れた筈の衝撃が復活し、さらなる威力となってエデンの全身へと襲い掛かる。
〝理解不能〟と『ベクトル操作』の二つを掛け合わせた蹴り。それが生み出した衝撃は―――
ドゴォォォッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!! と、まるで対空砲が爆発したのではないかと思えてしまう程の風圧を発生させ、エデンを彼方へと吹き飛ばした。
「ちょっと、諦くん!? 少しは加減しなさい!」
「諦さんのお馬鹿様ー!」
『――?!』
…訂正。どうやら飛鳥と黒ウサギ、そして十六夜と耀の二戦力による戦闘で流血し、そして生み出した双頭竜も巻き添えを喰らったようだ。
耀と十六夜はアジ=ダカーハと双頭竜と戦いながら「ヤハハ! すげぇ風だな! 熱かったから丁度良いぜ!」「諦、グッジョブ」と其々が諦へと言葉を零す。まぁ、風圧の所為で全く聞き取れはしないのだが。
「す、すまない、飛鳥、黒ウサギ!」
回収しようと、諦は二人が浮いてしまった方へと駆けんとした。
だが、
「戦いで余所見は禁物だぞ、諦!」
ブォンッ! と、眼前に戦斧が振り降ろされた。
「っ!」
だが、戦斧は諦の顔面をばっさりと切り捨てる事は出来なかった。
寧ろ、戦斧は意思を宿し叛逆するかのように勢いよく後退し、エデンの顔面へと迫ったのだ。
ベクトル操作による『反射』。思えば、これを使ったのは白夜叉との決闘以来だったな、と諦は懐かしく思った。
「帰ってくるのが速いな、エデン。万kmの単位で吹き飛ばした筈なんだが。」
「俺は北側から東側まで一人寂しく帰った男だぞ? 万km単位を帰るなぞ、造作も無いさ。」
「自ら一人寂しくと言うのか…」
「事実だからな。ま、途中まではソトースも居たけど…あ、これ白夜には内緒な? アイツ俺が死んでも上の連中に文句付けて俺ん所まで来そうだから。」
「OK、伝えておく。」
「マジで止めてくれ――よ!」
―――ザシュッ!
戦斧を振り上げ、エデンは上空から落ちてきた双頭竜の双頭を呆気なく両断して見せた。
勘違いなどしてはいけない。エデンとアジ=ダカーハは、味方同士などではないのだ。寧ろ、その真逆で敵なのだ。
故にエデンは双頭竜を切った。殺したのだ。
この戦いは、エデンとアジ=ダカーハとノーネームの、三つ巴なのだから。
「白夜に怒られない為にも、お前を斃さないとな。」
「お前が白夜叉に怒られている所を見る為にも、俺はお前を殺さず倒すぞ。」
「それが出来るもんなら、やってみろ―――!」
諦の拳とエデンの斧が、交差した。
✻
場所は変わり、『オムニス』の本拠地。
「諦の、弱体化…じゃと?」
白夜叉は、ソトースから告げられたエデンの第二の目的に首を傾げた。
詰路諦の弱体化。それが、エデンにとっての第二の目的であると。
「そ。白夜叉も知ってるだろうけど、あの子強いでしょ?」
「うむ…それは、そうじゃな。あやつの強さは確かじゃが…」
「いや、白夜叉が思っている以上だよ。それこそ、『原初の星』であった頃の白夜叉に勝る程にね。」
ソトースは断言する。
原初の星、最強の星霊種であった頃の白夜叉を倒してしまう程の強さを、詰路諦は持っているのだと。
「〝
詰路諦を象徴とするギフト、〝
ソトース曰く、今分かる恩恵は天地万物を豆腐の如く破壊する事が出来る〝万物破壊の恩恵〟と最高で光速になる事が出来る〝加速の恩恵〟、外なる神の中でも上位の実力を持ったニャルラトテップの攻撃を食らっても傷を負うだけで済ます程の〝強度の恩恵〟。だが、その他にもさらなる恩恵が眠っているという。
「〝
詰路諦の頭脳を示すギフト、〝
目にした物体の隅から隅までを完全に理解する〝万物理解の恩恵〟と、理解する事が出来た事象を自在に操る事が出来る〝万象操作の恩恵〟の二つを持った万能にして全能の恩恵。
諦の超能力も、このギフトあってこそだ。
「最後に、〝異端の狂力〟―――ま、これもう無くなったんだけどね。」
「…何?」
「詰路諦の弱体化の証明、その一つ―――ギフト、もとい狂気の消失。まぁ、弱体化っていうよりは“人間らしくなった”が正しい所かな。」
詰路諦が強いとされている理由―――それは、ギフトも関連しているのは確かだが、しかしギフトはあくまでもオマケである。
詰路諦が強い理由は、『自分以外のあらゆる全てを一切気にしない狂気』にこそあるのだ。
自分以外のあらゆる全ての存在を、詰路諦は気にしなかった。
それ故に彼は強かった。それ故に彼は狂人だと言われた。
〝異端の狂力〟は、詰路諦に内包された確か且つ悍ましい狂気で周囲を支配するギフトである。
だが、それは詰路諦の狂気があってこそ成り立つギフトである。即ち、詰路諦から狂気という部分が無くなれば、そのギフトも消失されるのである。
では、ギフトの消失が、狂気の消失が、一体何を意味するのか。
先程、ソトースが言ったように―――それは、詰路諦の弱体化、もとい『人間性の獲得』である。
「諦は自分以外の有象無象を気にしなかったから強かった。周囲の何もかもを気にせず、利用して戦うから強かった。その証拠として、彼がペストを相手に蹂躙する時も月光そのものを殺人光線に変えたでしょ? あれ、一部の月光じゃなくて月光そのものだから周りにも結構な被害被るんだよね。」
「……」
「でも、今の諦は違う。十六夜や黒ウサギは兎も角、飛鳥や耀の身を考えなきゃいけないから全力は出さない。全力だったら吹き飛んじゃうからね。周りを気にするようになった、仲間を気遣うようになった彼は弱くなり、そして人間らしくなった。エデンの第二の目的はこれだね。」
エデンの第二の目的―――それ即ち、詰路諦の人間性獲得。
周囲を気にし、仲間を気遣い、そして眼の前で困った人が居るなら損得云々ではなく咄嗟に助けんとする善性の獲得。
「エデンは原罪の象徴。人に罪を与えた本人。故に人の罪の全てを把握している。だからこそ、諦の罪を知っているからこそ、エデンは諦を救おうとしてる。」
「諦を救う…? どういう事じゃ?」
「単純だよ。
詰路諦の罪は想像を絶するものであり、それが本来なら犯される筈のものでなかったから。」
罪の証明