ここからは、単純だ。
✻
バゴッッ、グッッッ!!!!!
強烈な暴風と共に、地面が凹む音、得物を勢いよく殴る音が爽快に草原へと響き渡る。
互いが吹き飛ばされ、しかしその吹き飛ばされた際の勢いすらも利用して地へ留まり、ボールを蹴るように地面を蹴って再び相対する。
青年が拳を振り翳し、白蛇が戦斧を振り上げる。
片や、300km/hオーバーの車が一斉に轢きに来るが如き勢いで殴ろうとする者。
片や、一度斬り裂かれれば肉を腐らせ魂を蝕む英雄殺しの毒の恩恵を付与した刃で殺そうとする者。
青年が拳を振り抜けば、それは真っ直ぐ戦斧の刃へと飛んでいく。
本来、それはザシュ、という肉を切る音を立てて青年の拳を切り裂く。だが、現実はそうではない。
ギィンッ! という鈍い音と共に、戦斧が白蛇の手元から離れ、真上へと跳ね返されたのだ。
「ふっ!」
振り抜き、戦斧を上空へと吹き飛ばした拳を、青年は引くことなくそのまま右方向へと薙ぐ。
グキィッ――と、首と頬の骨が軋む音を鳴らして手の甲が白蛇の頬を捉え、凹ませ、バンッッッ!!!! と弾丸の様な勢いで白蛇を彼方の方へと吹き飛ばした。
「ったく、容赦が無いな…!」
動揺せず、態勢を整えて地面へと足を付けた白蛇が、衝撃に引っ張られるように引き摺られながら吐き捨てるように愚痴を零す。
だが、白蛇が浮かべている表情は決して憂鬱的なものでも鬱陶しく思うものでもなく、ただ純粋な笑顔であった。
目的達成に近付きつつあるのならば、それが誰であろうと必ずしも喜びというものが湧くだろう。
白蛇も例に漏れることはなく、己が目的、宿願が成就される事が近付きつつあるのだから、白蛇とて笑いもする。
だが、
「何を笑ってるんだ?」
青年は、それをも隙と見て攻めを絶やさない。
自ら真上へと吹き飛ばした白蛇の戦斧を握り締め、真上から台風時の雨粒の如く戦斧を振り下ろす。その姿はまるでギロチンの刃を思わせる。
白蛇は「ホントに容赦ねぇな!」と叫びながら、バックステップで後ろへと下がって振り下ろされた戦斧を何とか躱す。
「容赦などするか。…というか、この戦斧、重すぎだ。人が扱える重さじゃないぞ。」
「そりゃ俺しか扱えないからな。…あれ、なんで諦扱えんの?」
「いや扱えん。振り下ろせたのは自由落下の法則のお陰だ。」
振り下ろし、地面へと突き刺さった戦斧から手を離した青年―――「詰路諦」は再び腰を降ろし構え
「諦、キャッチぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!!!!」
「は?」
た…にも関わらず、突如として諦の方へと吹き飛ばされてきた耀をキャッチする為に、直ぐ様構えを解いて抱き締めるように耀をキャッチする。
十六夜と共にアジ=ダカーハと双頭竜と戦っていた耀。それが諦の方へと吹き飛ばされた。
察するに、恐らくアジ=ダカーハか双頭竜のどちらかの攻撃で吹き飛ばされ、それが偶然にも諦とエデンが居た方向だったのだろう。
グググッ――と、衝撃に引っ張られながらも踏み留まりながら、諦は何とか耀を傷付けることなく、無事に受け止める事が出来た。
「ご、ごめん諦。ありがとう」
「問題無い。」
耀を離し、諦は再び構えを取る。
アジ=ダカーハか双頭竜に吹き飛ばされた耀は、しかしアジ=ダカーハの方へと向かわずに諦の隣へと並んでエデンと相対した。
「行かなくて良いのか? 幾ら十六夜でも、二対一はキツイと思うが…」
「大丈夫、黒ウサギ達が協力してくれてたから。それに、私もエデンを殴りたい。」
ぎりぎりと握り締めた拳を見せ付けながら、耀がじろ、とエデンを睨む。
「そうか。なら一緒に殴ろう。顔面ストレートで。」
「うわぁ、諦だけじゃなくて耀まで容赦無いのねー…」
友であろうとも、しかし敵であるなら殺しはせずとも容赦無くぶん殴る。そんなスタンスの諦と耀にはエデンも苦笑いを浮かべる他なかった。
「…そういえば、耀。」
「なに?」
「受け止めた時に気付いたんだが、耀は髪質がふわふわとしているんだな。あと良い匂いがした。なんのシャンプーを」
「エデン覚悟ー!」
「照れ隠しに俺を攻撃すんな!」
颯爽とした勢いでエデンへと蹴りを放つ耀。そして華麗にそれを躱すエデン。
「あいつら何してんだよ。」
「最終決戦なのに緊張感に欠けるわね…」
「全くです! 耀さん羨ま…じゃなくて、けしからんのですよ!」
(今羨ましいって言おうとしたよな)
(今羨ましいって言いかけたわね)
「…ふん。やはりあの白蛇の仲間、か。」
いつだって、緊張感も無い。
✻
ある街に、一人の天才が居た。
その天才は、その街で数多の発明をして、そしてその街に自分の発明の成果を貢献していた。
街は大きく発展し、都会でもなければ田舎でもないような区別の街は進化した。
それからある時、天才は一人の女性に惹かれた。
特別頭が良いという訳ではないが、しかし体力といった面には他の人よりも自信を持った元気な女性に。
天才は、ただ純粋に凄いと思った。女性の持つ身体能力ではなく、その人柄を。
女性は、ただ純粋に羨ましいと思った。天才の持つ才能ではなく、その人望を。
互いに似ているようで、しかし所々違う。そんな二人だからこそ、共に興味を惹かれ合ったのだろう。
二人は邂逅し、会話し、遊戯し、密接し、そしてその果てに結ばれた。
それを誰もが祝福した。一切の例外などなく、誰もが喜んだ。
片や街随一の天才。
片や街一番の女性。
お似合いな二人を、皆が祝福した。
そして、その二人の間に子供も産まれた。
子供には、「諦」という名前を付けた。
その文字は、他からすれば良い意味のものではないように思えるだろう。
だが、博識な天才と、その知識を知った女性はその文字に込められた意味を承知で子供に授けた。
「諦」という文字は、仏教においては見極められた道理や真理といった意味を持つ文字なのだ。
もし二人の才能を授かったのであれば、自分の才能を正しく見極め、それを正しく善い道へと扱って欲しい。
そんな願いを込めて、二人は「諦」という名前を付けたのだ。
「だが、彼は二人が思う以上の才能を持った怪物だった。」
巨大なフラスコのような、そんな容器に液体と共に逆さまとなっている『人間』が声を発する。
その『人間』は、大人のようで子供のようでもあり、男のようで女のようでもあり、聖人のようで囚人にも見えた。
『人間』は、誰も居ないであろう場所で、しかし誰かが居るか如く言葉を紡ぐ。
「全知と称される程の叡智、幼年であるにも関わらずアスリートにも勝る身体。彼は、彼らが思った以上の才能を、恩恵を身に宿していた。幼いにも関わらず、証明されていなかった論理を証明し、数多の記録を塗り替えた。子供であるにも関わらず、それまで最高とされていた記録を塗り替え、霊長類最強と名高き人間すら打倒した。」
「だが、それを自慢もしない。さも、それが出来て当たり前であるかのように振る舞い、彼は歓喜も抱かない。さらなる好奇心、探求心を抱くだけだった。それ故に、誰もが彼を恐れた。皆等しく彼を畏怖した。その果てに、彼は『異端児』と呼ばれ、『狂人』と呼ばれるようになった。挙げ句、親にすら見捨てられた。」
「だが、それで良かったのだろう。それが良かったのだろう。そうやって、漸く彼は己の才能を縛ることなく、余すことなく発揮する事が出来るようになった。まぁ、その所為で街が幾つか消え去る事となった訳だがね。」
表情を変えることはなく、されど喜々としたように『人間』は語る。
「彼の才能が有れば、彼一人が居れば、私の『計画』はどれも順調に完璧へと辿る。いや、それ以上の結果、まさしく『究極』へと至るだろう。外に置いておくには、実に惜しい人材だ。」
「だが、確かに有った筈の彼の生体反応は消えてしまっている。世界の何処にも反応が無いのならば、幾ら私であろうとも探し出す事は不可能だ。それこそ、『魔神』でも無い限り、か。」
「まぁ、良い。彼も一人の『主人公』だ。いつかは此処に訪れるだろう。私は、その日が来るまで待ち続けよう。」
「『未だ掴めぬ知識を求め、その過程で人類を救う者』よ。
汝の欲する所を為せ、それが汝の法とならん。」
✻
狂気が消えていく。内側で溢れていた筈の狂気が、もはや欠片程度しか残っていない。
僅かな寂しさと共に、しかし自分が、確実に前に一歩と進む事が出来たという証でもある事を嬉しくも思う。
「
キリスト教とユダヤ教において聖典とされている書物「旧約聖書」。
ユダヤ教では、旧約聖書のことを『タナハ』と呼んでいる。勿論、内容などが変わっているという訳ではない。
旧約聖書は神々が天地と生物を創造する章から始まり、第三章にて人類の堕落を描いている。
最初の人類であるアダムとイブが、白蛇に唆されて禁断の果実である知恵の実を食べ、エデンの園から地上へと追放されてしまい、そこから今の人間らしくなっていく物語。
エデンの疑似創星図は、旧約聖書の第三章部分のみを反映させた限定的な疑似創星図であり不完全なものだ。
だが、不完全なものでありながらエデンはそれを完全かつ完璧に使いこなす。恐らくそれは、ある意味でエデンこそが、その物語の主役でもあるからだろう。
「人間に対して絶対的な力を得る疑似創星図―――それが、〝原罪裁決〟。相手が人間であるならば、俺には敵わない。」
〝真性魔王・
その決定的たる力の本質こそが、この〝原罪裁決〟である。
ありとあらゆる人間に対して絶対的な力を得る恩恵。その『絶対的な力』というは世界そのものに干渉する巨大規模の概念であり、『必ずそうなってしまう』という恩恵の現実化の象徴である。
エデンが人類という存在に対して絶対的な力を得た、という概念の記録は発動した瞬間から既に箱庭全体へと広がっている。
遥か古の昔を生き続けた原初の蛇にして、世界最大規模とも言えるキリスト教とそれに連なるユダヤ教、全能の逆説が無ければ箱庭における最大神群となっていた二つの宗教の秘奥を扱う者。
人類が必ず滅ぼさなければならない絶対敵。人類が必ず打ち勝たねばならない最悪の怨敵。
それが、今―――詰路諦の前に立っている。
「そうかな。案外、やってみなきゃ分からない。」
だが、そうであろうと。そんなものであろうとも。
詰路諦は屈しなかった。恐怖しなかった。
例えこちらの攻撃が必ず効かない敵であったとしても。
例えあらゆる攻撃が絶対に当たるものであったとしても。
そもそも諦には、最初から『勝つことを諦める』などという敗北的思考を持つつもりなど無かったのだから。
「対策は万全だ。お前に勝つ為に、どれだけ工夫して此処に来たと思ってる。」
「そりゃ、骨が折れそうだ。なら、使われる前に斃すさ」
「やってみせろ。」
一秒、構え。
三秒、暴風。
五秒、翳す。
七秒、直撃。
九秒―――相剋。
あと少し