「あぁ…ハハッ」
乾いた笑いが、闇へと響く。
焼き払われた草原に、もはや草一つすら生えない荒れ地に、大罪人は仰向けで倒れ伏す。
愛用し続けた戦斧は呆気なく折られた。最終手段の疑似創星図は向こう側の切り札に敗れた。
完膚無きまでの敗北だ。この場所で、この時間に、人類に罪を押し付けた白い蛇は一人の人間に倒された。
「強いなぁ…全く。俺を倒す為に、わざわざ〝カイン〟の恩恵を取りに行ったのか?」
「あぁ…そうだ。お前を倒す為だけに、命投げ捨てる覚悟で取ってきた。」
荒れ地へと腰を降ろす諦は、自身が疲弊しているを隠さず態度で表しながら答えた。
カイン―――人類最初の殺人者にして、人類最初の大罪人。
人類の親であるアダムとイブが生んだ最初の子供。人類における最初の罪人。
それまで誰一人として殺人を犯した事のない世界で、初めて殺人という罪を犯した男。ある意味、人間における『死』を証明した人物。
諦が使用したのは、そんな〝カイン〟の恩恵である。
“あらゆる恩恵を殺し切るギフト”―――放つ攻撃の全てが初見殺しであるカインのギフトゲームをクリアした暁に得る事が出来るそのギフトは、罪の源であるエデンに効果抜群の代物だった。
その証拠として、その恩恵の攻撃を喰らったエデンは死にかけていた。
「そりゃ、ご苦労さまだ…だが、俺もよくやった。その切り札を使わざるを得ない状況になるまで、追い詰める事が出来た。」
「あぁ、そうだな…本当、しつこい程に粘ったよ、お前は。やっさと倒されてほしかった。」
「そんな事、出来る訳がない。こちとら仲間も友達もみーんな裏切って箱庭に宣戦布告したんだぞ? そんな簡単にやられてやるか。」
「それは意地か?」
「あぁ、そうさ。意地だよ。どうしもない、格好付けの意地だ。魔王としてではなく、俺個人としての酷い意地だよ。」
悔しそうという訳でもなく、ただただスッキリとしたように。もう何もかも出し尽くしたと、快晴の如き笑みでエデンは自分の意地を語る。
仲間を、友人を、自分の関係の何もかもを裏切って、彼は箱庭の敵になった。この世界の絶対悪になった。
全てのコミュニティを無差別に巻き込み、全ての種族を無理矢理に巻き込んだ。
真性魔王と人類最終試練の二匹を相手取らなければならないという過去最悪のギフトゲームを彼は開催し、箱庭を襲撃したのだ。
そんな自分が、そんな大罪人が、簡単に敗北する訳にはいかないのだ、と。
それは魔王としての心ではなく、エデンという個人としての心であり、そして意地というよりは切望だった。
自分が敗北してはならないというそれは、どちらかと言えば自分が負けたくないというよりも相手に負けてほしくない、という切ない望みの方が近しい想いだった。
人類愛? 否、これは人類に対する愛では、そんな大きな枠組みに当てはまる愛情では、ない。
彼が抱いていたのは、彼が意地の内に秘めていたのは、友人に対する親愛だ。
「どっちにしたって…オレは、お前達に負けた。ギフトゲームはクリアされて、オレはやっと死ぬ事が出来る…どうだい、諦。お前の対策を全部、ひっくり返してやったよ。強かったろ? オレはさ。」
「あぁ…本当に、忌々しい程に強かった。インフレも良いところだ。もう少し弱くても良かったんじゃないか?」
「そんなんじゃラスボスが締まらないだろ。ラスボスなんだから、圧倒的じゃないとな。それこそ理不尽な程に。」
「理不尽にも程があるだろ。無効化される事のない人間特攻なんてラスボスが持っていて良い代物じゃないぞ。どんなバフだ。」
「だから良いんだろ。それに、俺なんて魔王の中じゃ下の下だ。ソトースや百夜に比べたら弱いぞ? 俺は。」
「比べる対象が桁違いだ。ソトースは第一層の魔王に匹敵するし、白夜叉は原初の星だ。それに、お前はニャルラトテップを倒してるだろ。」
「それは間違いだ。ニャルには倒す倒されるなんて概念は無いぞ。アイツの残基は無限だからな。」
「…やっぱオムニスのメンバー狂ってるだろ。」
「それがクトゥルフ神話だからな。」
他愛のない雑談。何でもない雑談。
ただの雑談。何か含みがあるという訳でも、何か策略があるという訳でも、何か意味があるという訳でもない―――ただの、楽しい会話。
時間は、素早く過ぎていく。
「………………なぁ、諦」
「どうした、エデン。」
「蠍座の太陽主権…百夜に返しといてもらえないか」
「……自分で返せよ。じゃないと…白夜叉が、可哀想だ。」
「出来たらやってる……けど、無理だ」
「自分で、そう決めたくせして何を言ってるんだ…」
「はは………そういえば、そうだっなぁ……」
朽ち果てる、朽ち果てる、朽ち果てる。
魂が朽ち果てる。命が朽ち果てる。一匹の蛇が、徐々に徐々に朽ち果てていく。
最初から、この戦いはエデンの敗北で終わっていた。エデンの死亡で、決定していた。
エデンは最初から、生きて帰るつもりなどなかったのだ。勝っても負けても、消える事が定められていたのだ。
「……巫山戯たゲームだ…クソゲーも良いところだ…」
「……そりゃ、悪かったな……」
「あぁ…本当に……巫山戯るなよッッ!!!」
諦は、叫びを上げた。
「自分勝手な莫迦野郎が! 俺が言えた事じゃないが、他人の心を蔑ろにしやがって…! お前、それでも友達か!?」
「……これでも、友達だよ……」
「あぁ、そうだ! こんなお前でも友達だ! だからこそ、だからこそ……! 止めようとしたのに…………
最初から、それら全てが無駄だったなんて……」
「………………」
「だが、ただで終わらせるつもりはないぞ…! 必ず、何らかの方法を見付けてやる! 絶対にだ! それまで……長く眠っておけ。」
「………………………………そ……う………か………」
真っ赤な瞳が光を失っていく。
幕が落ちていく。瞼が降りてくる。
熱が無くなっていく。冷たさだけが残っていく。
魂が消えていく。命が無くなっていく。
蛇が―――朽ち果てていく。
あれから数ヶ月の時が経った。
〝人類最終試練・絶対悪〟アジ=ダカーハは逆廻十六夜によって倒され、〝真性魔王・原罪の源〟は詰路諦によって倒された。
多くの死者が産まれた。多くの犠牲が生れた。
しかしそれでも、其々が今を生きている。犠牲の上に、今日も生を謳歌している。
詰路諦もまた―――その一人だ。
「諦様も…旅に出られるのですか?」
ノーネーム本拠地。その玄関先。
黒ウサギは、一つの荷物を持たないまま旅に出ようとする詰路諦と話していた。
アジ=ダカーハとの戦闘を終えた逆廻十六夜も旅に出て、その次の日である今日に諦もまた旅に出ると言い始めたのだ。
「あぁ。この箱庭を、もっと調べたい。」
「…それは、エデン様の…」
やや申し訳なさそうに問う黒ウサギに、諦は「そうだ。エデンを蘇らす方法の為でもある。」と、あっさりと答えた。
「箱庭。そして箱庭の外。隅々まで調べて、調べて―――エデンを蘇らせる方法を確立させる。」
「そうですか…諦様まで居なくなると、やはり寂しくなりますね。」
「…なら、黒ウサギにはこれをやろう。」
諦は懐から黒い板を取り出し、それを黒ウサギへと差し出す。
なんだろうという疑問を浮かべながら、黒ウサギは差し出されたその黒い板を受け取った。
「えぇと…これは?」
「スマートフォン―――俺達の時代では、スマホと呼ばれていたものだ。それで、電話というものが使える。」
「はぁ…電話、ですか?」
「試してみるか。」
諦は別の板を取り出し、指でなぞるように液晶をいじり―――そして、
黒ウサギが持っていた板から可愛らしい着信音が鳴り、震えた。
「きゃっ!? って、あわわ!」
突然の着信音に驚き、落としそうになった板を何とか持ち直して画面を直視する。
画面に表示されているのは、詰路諦という名前と、緑色と赤色に別けられたマーク。
「これは…?」
「その緑色のやつを横にスライドしてみろ。」
「これを…スライドする」
細い指で、液晶に映る緑色のアイコンを赤色のアイコンの方へとスライドする。
すると―――
『聞こえるか?』
少し低くなった諦の声が、板から鳴った。
「え、」
「これが電話だ。まぁ、俺のは改造を加えているがな。〝万全の能〟で電波を共有しているから、何処にいても電話出来る。」
これで、互いに寂しくなる事はない。
諦はスマホを懐へと直し、
「じゃあな、黒ウサギ。いつかまた会おう。」
それまで見せた事のない、快晴の如き笑顔を向けてそう言った。
もしも、また会えたら―――また会おう