異端児が異世界から来る。   作:全智一皆

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『好機は去りやす、経験は過ち多し』
古代ギリシャの哲学者、ヒポクラテス。


狂気とは、気分である。

■  ■

「そういえば、詰路くんは研究者だって、言ってたわよね?」

「ん、あぁ。職業に就いていた訳ではないが、一応な」

「ジンくんに使った『量子力学的空間固定』は、貴方が量子力学を研究したから出来たものなの?」

 サウンド・アイズの店へ向かう道を歩きながら、飛鳥が諦へと問い掛けた。

 研究心と探究心に満ち溢れた研究者もどき。それが、諦が彼らに自己紹介した時に言った自分の素性の一部。

 飛鳥の問いに、諦は平然と答えた。

「あぁ。量子力学系の理論を少しばかり調べるついでに出来上がったものでな。そう時間は掛からなかったな」

「へぇ、研究者ともなるとやっぱり頭が良いの?」

「そうだな。常人以上には良いだろうな。量子力学以外にも、小説などの創作物も実際に作れるのかを研究した事もあるな。嫌われ薬とか」

「嫌われ薬?」

 嫌われ薬、という聞き慣れない単語に飛鳥は首を傾げた。

「それ、どんな薬なの?」

「文字通り、飲んだ者はあらゆる全てから嫌われるという代物だ。対象は動物も含まれ、相手が恋人や親友であろうと必ず嫌悪される。詳しく説明されている訳ではないが、俺は仮説として“飲んだ者の体から生命に嫌悪される物質のようなものが発生しているのではないか?”と考えた。実際、この仮説が合っていた訳だ」

 嫌われ薬。

 それは様々な小説で扱われる想像上の薬であり、惚れ薬の対極に位置するものである。

 飲んだ者はあらゆる全てから嫌われる。それがペットであれ、恋人であれ、親友であれ、誰であろうと必ず嫌悪されるという恐ろしい代物。

 諦はこれを真面目に研究し、そして発明してみせた。

 

 惚れ薬が人間の性的興奮を高める作用を持つ薬であるならば、嫌われ薬は人間の嫌悪的感情を高める作用を持つ薬。

 交尾のために自分の居場所を知らせる匂いを性フェロモンという。

 諦はその性フェロモンの性質を反転させて、『飲んだ者の体から嫌悪的感情を刺激する匂いを発生させる作用を持つ薬』である嫌われ薬を作り出した。

 しかし、諦にとってこれはあくまでも副産物のようなものでしかなく、諦の研究の本命は『現代科学や化学を以てして創作の薬を作る事は出来るのか』という検証である。

 その副産物として『嫌われ薬』が出来上がったのだが、これがまぁ意外にも売れたもので―――お陰で、街が一つ無くなったのだが、それは黙っておこう。

「この箱庭も、興味が尽きない。いつかは久遠達に襲い掛かった虎紳士の言う『魔王』とやらの存在も、隅から隅まで研究したいものだな」

「マッドサイエンティストかしら…」

「笑みが邪悪…」

「失礼だな。研究心があると言ってくれよ」

 そうして話していると、諦の頭に桜の花びらが止まった。

「桜…? おかしいな。冬の筈だが」

「何を言っているの? 今は夏でしょ?」

「まだ桜の咲き始めじゃ?」

「いや、まだ初夏に入ったばかりだぞ。気合いの入った桜が残っててもおかしくないだろ」

 四人が揃って首を傾げたが、しかし諦はすぐに何かに気付いたようにハッとして、

「立体交差平行世界論…俺たちは、違う世界から召喚されたのか」と呟いた。

 諦の答えに、黒ウサギが感心したように声を上げた。

「おぉ、凄いです素晴らしいです諦さん! 諦さんの言った通り、皆様はそれぞれ違う世界から召喚されたのデス。歴史や文化、生態系等細やかな部分に違いがあるんです」

 立体交差平行世界論―――それは、『仮に2つ以上の世界軸があるとするなら、その全てが独立しているわけではない』という考え方。

 平行世界、もといパラレルワールドとは世界軸が常に並行なため、お互いの世界が交わることがない。

 世界軸AにXという人物が居るとし、世界軸BにYという人物が居るとする。

 平行世界では世界軸が平行な為に二人は決して会う事が無いのだが、立体交差平行世界だった場合はある一点で世界が交わる為に二人は出会う事が出来る。

 複雑なもの故に説明が難しく、説明するとなれば二日程度時間を有する。

 解説はいつかしよう。諦と黒ウサギがそう言ってから、前を振り向く。目当ての店に着いたようだ。

 だが、向かい合う双女神の旗を揺らしたその商店は、今まさに従業員が暖簾を下ろしている所だった。

「待っ――――――」

「待ったは無しです、お客様。本日の営業は終了しました」

 淡々と下ろされる暖簾に、黒ウサギは恨みがましく見ているしか出来なかった。

 文句の一つでも言いたい所なのだが、しかし相手は超大手の商業コミュニティ。押し入りなど出来ないし、やってしまったら不利益になる事は確かだろう。

「……黒ウサギ。備えておけ」

「はい?」

「―――来るぞ」

 

 

「いぃぃぃぃぃぃやっほぉぉぉぉぉぉぉぉおおおお! 久しぶりじゃな黒ウサギぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

「きゃぁああああああ!? 白夜叉様なぜここに!」

 突如として店内から現れ、颯爽と駆け抜けて来た白髪頭の和装幼女は黒ウサギに抱き着くように飛び込んで、そのまま水路へと黒ウサギごと突っ込んでいった。

 その光景に店員は頭を抱え、十六夜は興奮した様子で店員に近付いた。

「……………おい店員。この店にはドッキリサービスでもあるのか」

「ありません……」

「なんなら有料でも」

「いたしません」

 真面目な表情を浮かべている十六夜と、同じく真面目な表情の店員。

 中々に面白い店だな、と諦は思いながら笑う。

「し、白夜叉様! ちょ、ちょっと離れてください!」

 水路に飛び込まれた黒ウサギが、頭を掴み力を込めて和装幼女を投げ飛ばした。

 くるりくるりと回転しながら十六夜の方へ投げ飛ばされた幼女を、

「詰路パス」

「了解だ」

 蹴飛ばして諦へと渡したのだ。

「お、おんし、飛んできた初対面の美少女を足で蹴り飛ばすとは何様だ!」

「十六夜様だぜ。以後よろしく和装ロリ」

「何たる小僧だ…まぁ、それはそれとして。受け止めてくれたおんしには感謝するぞ」

「気にするな。人の形をした星霊は肉体まで見た目相応なのか試したかっただけだ」

「…! おんし」

 驚きの表情を顕にし、警戒の意が入った目線を刺すように諦へと白夜叉は向ける。

 だが、当の本人は知った事ではないと言った感じで白夜叉を地面へと降ろした。

「それで、君が店のオーナーで間違いはないか?」

「う、うむ。そうだとも。この"サウザンドアイズ"の幹部、白夜叉だ。」

「本日から"ノーネーム"に所属する事となった詰路諦だ。金髪が先程も名乗ったのように逆廻十六夜、猫を抱いた少女が春日部耀、御令嬢が久遠飛鳥だ。」

「ほぉ…お前達が黒ウサギの新しい同士か。異世界の人間が私の元に来たという事は……遂に黒ウサギが私のペットに」

「なりません! どういう起承転結があってそんなことになるんですか!」

 うさ耳を逆立てて怒る黒ウサギ。何処から何処までが本気か分からない白夜叉は、笑いながら店に招く。

「まぁいい。話があるなら店内で聞こう」




危機は突然であり、成果は乏しい。
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