はるかなるワンダーランドに向かって   作:アンセンブル

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第2話 信じて We can FLY

 

 近江さんの辞める騒動のあと、錯乱した彼方先輩を落ち着かせていたら下校時刻になってしまった。

 

 先輩のことも心配だけど、女装したまま長居するわけにはいかない。僕はもやもやが晴れぬまま帰宅した。

 

「ただいまー」

 

「おかえり~」

 

 姉ちゃんは熱も引いたようでのんびりと雑誌を読んでいた。これなら明日から復帰できるだろう。

 

「歓迎会何かあったの? グループチャットの空気がお通夜みたいだったんだけど……」

 

「近江さんがスクールアイドル辞めるって」

 

「へー……はああああああ!?!?!!!?」

 

 姉ちゃんのうるさい絶叫が家に響き渡る。まあ気持ちは分かる。

 

「え……ちょ、近江さんって遥ちゃんのこと!?」

 

「うん」

 

「ええ!? なんで? かず何かした!?」

 

 人聞きの悪い。そんなことするわけないでしょ。

 

 誤解を生む前にさっさと話した方がいいと思い、今日あったことを簡単に姉ちゃんに説明した。

 

「そんなことが……」

 

「実際姉ちゃんから見て彼方先輩って大変そうだった?」

 

「それは……確かに練習中に寝ることがあって忙しいのかなとは思ったけど……」

 

 姉ちゃんは口を噤む。思い当たるふしがあるのかもしれない。

 

「だとしてもスクールアイドルを辞めるだなんて……」

 

「よっぽど彼方先輩のことを大切に思ってるんだね」

 

「彼方先輩も遥ちゃんのこと溺愛してるんだけどなぁ」

 

 お互いがお互いの幸せのために身を引こうとしている。本当に仲良し姉妹だ。兄弟なんて僕と姉ちゃんくらい雑な仲でいいと思うのに。

 

「ここは部長として、かすみんが一肌脱ぎますか!」

 

「なにするの?」

 

「まずはアイドルを辞めることをやめるように遥ちゃんを説得する!」

 

「まずはそれだよね」

 

 でもそんな簡単にいくのかな? 近江さんの悲痛な叫びを思い出す。近江さんの決意は固そうに見えた。

 

「かず頼んだよ!」

 

「任せて! ……って僕が!? なんで!?」

 

 大声が出る。いや、本当なんで僕?

 

「だって学校も一緒だし現場にもいたんでしょ? かずにしかできないミッションだよ!」

 

 姉ちゃんはビシッと親指を立てる。悔しいが確かに一理ある。まったく調子のいい姉なんだから……。まあ僕も近江さんたちのことでモヤモヤしてるからやりますけど。

 

 とりあえず明日学校で近江さんと話してみよう。

 

 

 

 

 

 

 次の日の東雲学院の4限目。後数分で授業が終わり昼休みになる。そしたら近江さんに声をかけてみよう。

 

 チャイムが鳴る。よし、今だ。

 

 ……と思っていたが、近江さんもチャイムと同時に席を立ち上がり教室を出て行ってしまった。……トイレかな?

 

 そして十分後、暗い表情の近江さんが重そうな足取りで教室に戻ってきた。

 

「うぅ……」

 

「近江さんどうしたの?」

 

 とりあえず目的のために話しかける。近江さんの手には菓子パンが握られていた。

 

「中須君……、購買でパンを買おうと思ったんだけど……」

 

「あー、いいの取れなかった?」

 

「うん……」

 

 近江さんは頷く。東雲学園の昼休みの購買は酷く混んでおり、毎日激しいパン争奪戦が繰り広げられている。敗れると小さな蒸しパンくらいしか得られない。

 

「あれ、近江さんいつもお弁当じゃなかったっけ?」

 

 近江さんと特別親しい訳じゃないけど、僕が記憶している限り近江さんのお昼はお弁当だったはず。彼方先輩の作るやつですごくおいしそうな……。

 

 ……あっ、そうか。昨日のことがあったからだ。彼方先輩からお弁当を受け取らなかったか、お弁当はいらないから作らなくていいと言ったか。

 

「そうなんだけどその……」

 

 近江さんは言葉を濁す。そしてタイミングがいいのか悪いのかお腹のなる音が聞こえてきた。僕ではないということは……。

 

「ぅぅ……」

 

 お腹の音の主は近江さんだった。近江さんは恥ずかしそうに顔を赤くして手で顔を覆う。

 

「コッペパンいる?」

 

 いたたまれない気持ちになってそう提案した。聞かなかったふりをしようかと思ったけど、近江さんと話すきっかけとしてはちょうどいい。

 

「いいの?」

 

「うん。多めに作っちゃったから」

 

「ありがとう……」

 

 コッペパンを渡す。今日持ってきたのは『サルサミートボールコッペパン』。コッペパンにサンチュとミートボールをのせ、サルサソースをかけたシンプルなもの。がっつり食べたいときにぴったりだ。

 

「おいしい……!」

 

 女の子受けは悪いかなと思ってたが、近江さんは一口食べて喜んでくれた。自分の作ったものを『おいしい』と言われるのはやっぱり嬉しい。

 

「昨日も思ったけど、パンが普通と違う気がする……」

 

「分かる!?」

 

「うわあ!?」

 

 まさか違いを分かってもらえるとは思ってなかった。興奮して前のめりになる。

 

「そうなんだよ! メインはあくまでミートボールでサルサソースなんだけど、それでパンの味が隠れないように、でも主張しすぎないように、そしてミートボールの食感と喧嘩しないように何回も小麦粉の配分を試行錯誤して到達した自信作なんだよ! だけど正直まだ納得いってなくて昨日のコッペパン同好会のパンだったら……」

 

「近い近い! 中須君近い!」

 

 そこまで言って気がついた。近江さんが目を白黒させて固まっている。クラスメイトたちも何事かとこちらを見ていた。

 

 ……やってしまった。コッペパンのことを話すとついこうなってしまう。というか今コッペパン同好会のこと話しかけたな。墓穴を掘るところだった。危ない危ない……。

 

「……そういえば昨日ニジガクに行ったんだよね? 姉ちゃんに会った?」

 

 恥ずかしくて強引に話を変えることにした。

 

「……うん。中須君に似ててすごく可愛かったよ。コッペパンもおいしかったし」

 

 実はそれ僕だったんだよ〜……なんて言えるはずもなく。僕はただただ苦笑いをした。コッペパンがおいしかったのは嬉しいけど可愛いと言われるのは複雑な気分だ。

 

「それで風の噂で聞いたんだけど……」

 

「ところで中須君コッペパン以外も料理できるの?」

 

「え?」

 

 本題に入ろうとしたけど言葉を重なってしまった。まあそういうときもあるだろう。

 

「作れるよ。ハンバーグとか唐揚げとかクッキーとか、いろいろ」

 

「そうなんだ」

 

「うん。それで昨日のことなんだけど……」

 

「中須君って部活入ってるんだっけ?」

 

「え? えっと、調理部に入ってるよ。週に一回行くか行かないかだけど……」

 

「そうなんだ。部活ではやっぱりコッペパン作るの?」

 

「そうだね。たまに他の部の差し入れとして……」

 

 近江さんが矢継ぎ早に話しかけて僕から話す隙がない。

 

「ごちそうさま。ありがとうね、中須君」

 

「う、うん……」

 

 午後の授業の時間が近づき、近江さんは自分の席に戻った。情けないことに近江さんの勢いに気圧されて何も聞けなかった。近江さんも昨日のことを聞かれるのだと感じていたんだと思う。とても話せる雰囲気じゃなかった。

 

 

 

 

 

 

 放課後。近江さんはスクールアイドル部へ行き、僕は部活も休みなので家に帰ることにした。

 

「あれ?」

 

 そして校門近くに見覚えしかない顔をした不審者を見つけた。

 

「中須かずまでーす! スクールアイドル部の部室知りませんか〜?」

 

「近江遥ちゃんに会いたいんですけど〜、どこにいるか知りませんか〜?」

 

 その不審者はあろうことか僕と似た顔をしており、東雲学院男子の制服を着て甘ったるい声を張り上げていた。

 

「おい、かす姉」

 

「かす姉言うな! ……って、なんだかずか」

 

「なんだじゃないよ。何やってんの?」

 

 僕に見つかったというのに姉ちゃんは悪びれる様子もない。いや、本当なにやってんの。

 

「説得だよ、説得! かずじゃ心配だから私が直接話をしにきたの!」

 

「だからその格好?」

 

「うん。いい案でしょ」

 

 姉ちゃんはドヤっと胸を張る。僕の胸にそんな膨らみはないからやめて欲しい。最近ようやく着替えのとき男子からの視線を感じなくなったのに……。

 

「中須君……?」

 

 そんな馬鹿なやり取りをしていたら、ランニングから戻ってきたと思われる近江さんに出会してしまった。ナイスタイミングだ。いやナイスか?

 

「あ! 遥ちゃん!」

 

「えっと、かすみさん……なのかな?」

 

 困惑している近江さんを見て思った。今姉ちゃんは東雲の制服を着ているわけだから、知らない人からしたら本当に見分けがつかないのかもしれない。近江さんには頑張って鞄とか胸とかで判断してもらおう。

 

「姉ちゃんが近江さんに話があるんだって」

 

「話?」

 

「うん。遥ちゃんを説得しにきたんだよ」

 

「……説得も何もないです。もう決めたことですから」

 

 近江さんはきっぱりと告げる。

 

「〜〜〜っ! 頑固! ちょー頑固! まさか初めから聞く耳すら持たないなんて!」

 

 姉ちゃんが地団駄を踏む。僕も同じ気持ちだけど、初っ端からこんな様子ではとてもうまく行く気がしない。というか男装してそれやるな。僕と見間違えられたらどうする。

 

「いい? お姉ちゃんというのは下の子を心配する生き物なんです! 彼方先輩はちょっと心配しすぎなところもありますが、それは遥ちゃんのためを思ってですね……」

 

「下の子は黙って守られてろってことですか?」

 

「え?」

 

 姉ちゃんの言葉を遮り、気持ち低い声で近江さんが割り込んだ。

 

「近江さん?」

 

「私だってもう子供じゃない! お姉ちゃんの代わりだってできる! それでも何もさせてくれなくて、倒れそうなお姉ちゃんを見てるだけなんて私は耐えられないんです!」

 

 そう叫んだ近江さんは走って校舎の方へ走っていった。姉ちゃんは呆然と立ち尽くし、その場から動けずにいた。

 

 

 

 

 

 

「はぁ〜……」

 

 姉ちゃんと僕は気まずい空気の中帰り道を歩いていた。

 

「まさかあんなに声を上げられるなんて思わなかったよ……」

 

「姉ちゃん何も言えなかったよね」

 

「本当、言いたかったこと全然言えなかった……」

 

 僕の嫌味にも姉ちゃんは何も反応してこない。本当に落ち込んでいるようで僕も調子が狂う。

 

「今日同好会の練習は?」

 

「あったよ。でも私は病み上がりだから顔だけ出した」

 

「彼方先輩はどうだった」

 

「一生懸命練習してたよ」

 

「へー、意外」

 

 昨日の彼方先輩の様子からして練習もできないんじゃないかと思ったけど、そうではないようだ。

 

「みんなで作戦考えたからね。そのためのだよ」

 

「作戦?」

 

「あ、これかずには秘密なんだった」

 

 姉ちゃんはそう漏らす。秘密? なんでまた僕には秘密なんだろう?

 

「姉ちゃんが東雲に来たのもその作戦?」

 

「いや? ただ家にいても暇だったから来ただけ」

 

「えぇ……」

 

 なんとまあ姉ちゃんらしい。まあそれが同好会の作戦じゃなくてよかった。無事うまくいくことを祈ろう。

 

「あっ、彼方先輩から電話だ……もしもし?」

 

 姉ちゃんがスマホを出して通話を始める。噂をすればなんとやら。彼方先輩からだそうだ。

 

「かず〜彼方先輩がお話したいんだって」

 

「え!?」

 

 慌てて姉ちゃんからスマホを受け取る。

 

「も、もしもし、彼方先輩!」

 

『こんばんは〜』

 

「こんばんはです。本日はどのようなご用件で……」

 

『あはは〜そんな緊張しなくても大丈夫だよ〜』

 

 スマホから聞こえる彼方先輩の声はのんびりとしたものだった。落ち込んでいないか心配だったからホッとした。

 

『今日の遥ちゃんどうだった〜?』

 

「近江さんですか? えっと……」

 

 僕は今日あったことを思い返す。近江さんがお昼に購買に行ったけど蒸しパンしか買えなかったこと、コッペパンをあげたこと、昨日のことを話そうとしたけど話を逸らされてしまったこと、姉ちゃんが説得しようとしたけど逆に怒らせてしまったこと、それらを彼方先輩に話した。

 

『そっか〜。コッペパンありがとうね』

 

「いえそんな……」

 

『お弁当を作ってあげたいけど、作らなくていいって遥ちゃんに言われちゃったんだよね〜』

 

 やっぱりそういう理由だったんだ。

 

「その……作戦があるって姉ちゃんから聞きましたけど」

 

『あれ、かすみちゃん漏らしちゃった? 作戦と言っても、彼方ちゃんの思いを改めて伝えるだけだよ〜』

 

「そうですか……」

 

『でも遥ちゃんの意思は相当固いようだし、上手くいくかは分からないな〜』

 

 確かに今日の様子を見る限りただ話し合っても難しいような気がする。

 

「あの、僕にできることはないですか?」

 

 本当に偶然だけどあの日現場にいた人間として何か力になりたかった。

 

『じゃあ……明日も遥ちゃんにコッペパンを作ってくれる?』

 

「コッペパンですか?」

 

『うん。それで今日みたいに遥ちゃんの隣でお話ししてほしいの』

 

「でも今日は近江さんが話しかけてくるだけで……」

 

『それでいいの』

 

「え?」

 

『遥ちゃんずっと気を張ってるみたいだから、遥ちゃんの話し相手になってあげて。昨日のことなんかじゃなくて、最近見たドラマとか恋バナとか』

 

「恋バナ……」

 

『あっ、遥ちゃんに好きな人がいたときは教えてね』

 

「あはは……わかりました」

 

 恋バナなんかで大丈夫なのかと思ったけど、彼方先輩が言うのだからそうしようと思った。彼方先輩には彼方先輩の考えがある。近江さんと彼方先輩の問題なんだから、僕は言われた通りにしよう。

 

『ありがとう。上手くいけばきっとみんなもかずま君のこと許してくれるよ〜』

 

 許す? どういうことだろう? 彼方先輩の言うことかよく分からなかった。

 

「……それは、どういう?」

 

『あれ〜、かすみちゃんから聞いてないのかなあ?』

 

 嫌な予感がする。背中から嫌な汗が流れた。

 

『昨日のかすみちゃんがかずま君だってこと、みんなにバレちゃったんだよ〜』

 

「はああ!?」

 

 外だと言うのに大声が出てしまう。姉ちゃんが何事かとこっちを見てきた。

 

「な、なんで……」

 

『昨日から怪しまれていたみたいでね〜。しずくちゃんと璃奈ちゃんがカマをかけたら、あっさりかすみちゃんが自爆しちゃったんだよ〜』

 

「かす姉……!」

 

 姉ちゃんを睨むが電話の声が聞こえないようで、ちょこんと首を傾げていた。かわいくない。

 

『まあせつ菜ちゃんは怒ってたけど、あとのみんなはむしろ会いたがっていたよ〜』

 

 会いたがってるのは僕をボコボコにするためなのでは……? 悪寒が走る。

 

『それじゃあ遥ちゃんのことよろしくね。おやすみ〜』

 

「おやすみなさい」

 

 最後に不穏な要素を残して通話を終えた。

 

「かす姉……同好会の人たちに入れ替わりバレたって?」

 

「かす姉言うな! だってしず子達がハメるんだもん」

 

「まったく……」

 

「かずだって悪いんだよ! かず昨日自分のこと『僕』って言ってたらしいじゃん! みんなそれでおかしいって思ったらしいよ!」

 

「まっじで? ……いや、だとしてもそれをフォローするのが姉ちゃんの役目だろ!」

 

「限度があるよ! 侑先輩ですら『僕っ子のかすみんもかわいいYO!』とか無理な言い訳してたからね! 侑先輩途中笑ってたよ!?」

 

「言い訳してくれるだけマシだわ! そこで素直に白状さえしなければよかったのに姉ちゃんは……」

 

「分かってないなあ! かずも一度怒った生徒会長の前に立ってみ? 絶対そんなこと言えなくなるから!」

 

「なんでそこで生徒会長が出てくるんだよ!」

 

 僕と姉ちゃんは家に着くまでそんな馬鹿な喧嘩を続けた。本当に今の近江さん達と比べたら程度の低いもの。でも姉弟の関係なんてそのくらいが丁度いいんじゃない?

 

 

 

 

 

 

 次の日のお昼休み。早速僕は教室を出ようする近江さんに話しかけた。

 

「近江さん、今日も購買?」

 

「うん、だから急いでて……」

 

「今日もコッペパン作ったから食べない?」

 

「えっ……」

 

 鞄からコッペパンを出して近江さんに見せる。近江さんはしばらくの間固まって何か考え込んでいた。

 

「……お姉ちゃんに頼まれた?」

 

 ……なんて鋭い。心なしか少し睨まれてるような気がする。

 

「ご想像にお任せします」

 

 しかしここで怯んではいけない。僕はなるべくポーカーフェイスで答えた。

 

「はぁ……ありがとう。お昼の購買って込みすぎて気が進まなかったからもらうね」

 

 近江さんはため息をつきながらも受け取ってくれた。よかった、これで受け取ってもらえなかったらどうしようと思ってたから。

 

「今日のコッペパンは名付けて『たまごハンバーグコッペパン』!」

 

「おぉ、絶対美味しいやつ……。パンってたまごサラダかスクランブルエッグのイメージだけど、これは卵焼きなんだね」

 

「そう! 今回のこだわりポイントはまさにそこなんだよ!」

 

 さすが近江さん、目の付け所がいい。何故あえて卵焼きの方を採用したのか。それは卵焼きの方が『お弁当の定番』だからだ。そしてハンバーグもまたお弁当の定番。すなわちこのコッペパンはお弁当そのものなのだ。仮に毎日お弁当を作ってくれる幼馴染がいたとする。その幼馴染の卵焼きは絶品だ。しかしたまにはコッペパンが食べたくなる。そんな贅沢な悩みをコッペパンで包み込んでできたのがこれだ。

 

「……っていうコンセプトなんだけど、分かる?」

 

「うーん……どちらかと言われたら分からないかな?」

 

「え〜」

 

「ふふっ、でもコッペパンはおいしいよ」

 

 コッペパンの魅力が伝わりきれてなくて不満だが、近江さんが笑っているからよしとしよう。

 

「近江さんってドラマとか見る?」

 

「ドラマ? 見るよ、今だったら……」

 

 その後はだらだらと会話を続けた。昨日と違って質問攻めにされることもなく、本当に至って普通のヤマもオチもない会話。これで近江さんの抱えている問題の手助けになるのかな? 分からないけど彼方先輩も考えがあるみたいだし、僕は僕にできることをやろう。

 

「……中須君はどこまで聞いてるの?」

 

 会話の区切りがついたところで近江さんが訊いてきた。なんの話かは言ってないけど、多分彼方先輩とのことだろう。まさか近江さんの方から訊いてくるとは思わなかったから少しびっくりした。

 

「だいたいは聞いてる……かな」

 

 というかその場にいました……と心の中で補足する。紛らわしいから言わないけど。

 

「そうなんだ……。じゃあ言っちゃうけど、明後日の土曜日にビーナスフォートでライブがあって、それが終わったらスクールアイドルを辞めようと思うんだ」

 

「そうなんだ……」

 

 僕と近江さんの間に沈黙が流れる。どうしよう、何を話せばいいのか分からない。明後日ってだなんてもうすぐじゃないか……。

 

「私、間違ってるのかなあ……」

 

 近江さんがそう小さく呟いた。

 

 間違ってるか……。僕個人の意見として、間違ってると思う。家庭のことなんだからもっと彼方先輩と話し合うべきだ。

 

 ……でも、それは近江さんも分かってるんじゃないかな。でも意地になってそれができないでいる。

 

「間違ってないと思うよ」

 

 だからそれ以外のことで自分の考えを伝えようと思った。

 

「姉ちゃんが言ってたけど、ここ最近の彼方先輩はいつも以上に眠そうだったんだって。だから負担を減らすっていうのは間違ってないと思うよ」

 

「中須君……」

 

「勉強に部活に家事に……僕だったら壊れちゃうよ」

 

「そうだよね! だから私も手伝うって言ってるのにお姉ちゃんはいつまで経っても子供扱いして……!」

 

「気持ちはわかるよ。うちの姉ちゃんも都合のいい時だけ、お姉ちゃんに任せなさいって言って……。いや僕ら双子だろって言いたくなるよ」

 

「あはは、かすみさんらしいね」

 

 近江さんが笑う。少し思ったけど、近江さんとは話が合う。同じ姉を持つもの同士だからかな? これまでそんな話したことなかったのが嘘みたいにすらすらと会話が続いた。

 

「あ、もう時間だね。今日もありがとうね」

 

「うん、楽しかったよ」

 

 近江さんが席に戻る。昨日と比べたら表情も柔らかくなったし、僕自身も楽しかった。また明日もコッペパンをもって来よう、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 翌日の金曜日の放課後、僕は久々に調理部の活動に出ていた。調理部は月二で顧問の先生が料理の手法を教えてくれ、それ以外の日は部員が材料を持ち込んで安全の範囲で自由に料理に励む。頻繁に利用するのが運動部と兼部しているマネージャーさんたちで、今日はその手伝いとして僕が呼ばれた。

 

 調理部の活動場所、家庭科室には6つの調理スペースがある。そのうちのひとつで僕と調理部の先輩でコッペパンを作っていた。

 

 そしてもうひとり、家庭科室には近江さんが見学しに来ていた。昨日調理部の話を聞いて、興味をもったそうだ。

 

「盛り合わせて……できた!」

 

 僕が焼いたコッペパンに先輩は野菜とフランクフルトを挟んでいく。シンプル、しかしおいしさは間違いないホットドッグの完成だ。

 

「ありがとうかずま君! じゃあ私バスケ部に持って行くね〜!」

 

 後片付けをして、バスケ部のマネージャー兼調理部の先輩は鼻歌を歌いながら家庭科室を出ていく。部屋には僕と近江さんが残された。

 

「すごいご機嫌だったけど、何かあるの?」

 

「彼氏さんがバスケ部のレギュラーになれたからそのお祝いなんだって。このあと門限ギリギリまでデートだって言ってた」

 

「彼氏……うわあ……」

 

 近江さんは顔を赤くする。以外にもこの手の話に耐性がないようだ。そういえば彼方先輩から、近江さんに好きな人がいたら報告するようにって言われてたな。

 

「近江さんって好きな人いるの?」

 

「え!? い、いないよ! いないいない!」

 

 いないのか。なんとなくだけど喜ぶ彼方先輩の様子が目に浮かんだ。

 

「中須君はいないの? 好きな人?」

 

 お返しと言わんばかりに訊かれる。

 

 好きな人……。ぱっと頭に浮かんできたのは彼方先輩の姿だった。ニジガクで初めて彼方先輩を見たときは胸の奥が熱くなった。多分一目惚れだったんだと思う。ただそのあとのギロチン膝枕だったり近江さんの騒動だったりと色々ありすぎて、自分の気持ちが分からなくなっている。

 

「……いないよ、好きな人」

 

 なんにせよ、近江さんの前で『あなたのお姉さんが好きかもです』なんてこと言えるはずがない。

 

「そう……」

 

「……」

 

 お互い無言になり変な空気が流れる。うん、恋バナはダメだ。話が広がらないし相手が女子っていうのも恥ずかしい。

 

「それで? 今日はどうして調理部に? 明日ライブだけど練習はいいの?」

 

 気まずい空気を誤魔化すように話題を変えた。

 

「いつもライブ前日はミーティングだけで身体を休める日なんだ」

 

「そうなんだ」

 

「だからお料理を勉強しようと思って。私得意じゃないから」

 

「なら僕が手伝うよ。何か作りたいのある?」

 

「卵焼き……かな?」

 

 こうして始まった卵焼き作り。料理が苦手と自分で言うだけあって近江さんはかなり苦戦していた。

 

「うぅ、ボロボロになっちゃった……」

 

 近江さんは崩れた卵焼きを見てため息をつく。まあ今まで彼方先輩が料理をしていたのだから仕方ない。世の中には隠し味と言いながらタバスコ一瓶入れるような人がいるらしいので、そういう人と比べたらかなりマシだろう。

 

「慣れてないならこんなもんだよ。菜箸だけで巻くんじゃなくて、卵焼き器を持ち上げながら巻くといいかも」

 

「うん、次はそうしてみる」

 

 なにより近江さんは素直だ。言われたことをしっかりと聞いてくれるから、料理もすぐに上達すると思う。

 

「これどうする? 持ち帰るならタッパーあるけど」

 

「ううん、ここで食べちゃう。まだお姉ちゃんに見せられるものじゃないもん」

 

 彼方先輩なら喜んで食べると思うけど……。まあ近江さんの気持ちの問題か。今近江さんたちがどういうふうに家で過ごしているか分からないから、僕が口に出すことじゃないな。

 

 

「僕も食べていい?」

 

「え、でも……」

 

 戸惑う近江さんを無視して卵焼きひときれを口に運ぶ。……うん、形が崩れているだけでしっかり味をしみていておいしい。

 

「うん。すごくおいしいよ。形なんて気にならないくらい」

 

「あ、ありがとう……」

 

 近江さんは照れたのか少し顔を赤くして卵焼きを口に運んだ。

 

 

 

 

 

 

「中須君は、どうしてコッペパンが好きなの?」

 

 食器を洗いながらの雑談、近江さんがそんなことを訊いてきた。

 

 昔の記憶を思い返す。忘れもしない、今の僕の原点であるあの日のことを。

 

「小学生のころ風邪で寝込んだときがあってね。そのとき姉ちゃんが買ってきてくれたコッペパンが本当おいしかったんだ」

 

 形はあまり綺麗だとは言えなかった。しかしその味はそれまで食べたものの中で圧倒的においしかったのは間違いない。どのコッペパンにも負けない『無敵級のコッペパン』だった。

 

「無敵級……どこのコッペパンなの?」

 

「それが分からないんだよね」

 

「え?」

 

「どこで買ってきたのか姉ちゃん忘れちゃってて、今でも探してるんだ」

 

「そうなんだ」

 

 近所のお店だと思ったから色んなお店でコッペパンを買うようになったが、今でも見つけられない。あの味なんだからもっと都内に移転したと思っているけど……。

 

「それでなんとか再現しようと自分で作るようになって……」

 

「ハマっちゃった?」

 

「うん。今ではコッペパンのお店を開くことが夢なんだ」

 

「夢……」

 

 家族しか知らない僕の夢。子供っぽく聞こえるから友人にも言ってこなかった夢の話だけど、近江さんには話そうと思った。

 

「なんか恥ずかしいな……子供っぽいよね?」

 

「ううん。すっごく素敵な夢だと思う」

 

 近江さんはそう言ってくれた。恥ずかしいけど、認めてくれたようでうれしい。

 

「ありがとう。近江さんは夢ってあるの?」

 

「私の夢……」

 

 近江さんは少し考え込んでいた。

 

「……将来何になりたいとかじゃないけど、この間まではラブライブで優勝するのが夢だったかな?」

 

「その夢を諦めてでも彼方先輩にスクールアイドル続けて欲しいんだね」

 

「うん。お姉ちゃんのやりたいことをやってほしいの」

 

 他の人のために自分の夢を諦める。そんなこと僕にはできない。

 

「近江さんは優しいんだね」

 

「優しくないよ」

 

「そうかな?」

 

「だって、お姉ちゃん悲しんでた。優しかったらお姉ちゃんにあんな顔させないよ」

 

「それでもスクールアイドルを辞めるのは止めない?」

 

「うん。決めたことだから」

 

 それが何日も考えてたどり着いた近江さんの結論なんだろう。近江さんの意思は固い。だから僕が何を言っても響かないと思った。

 

「僕は近江さんのこと応援するよ」

 

「え?」

 

「家のことをやるって言ってもいきなりは難しいと思うからさ。もし何か困ったことがあったら言って。料理とか教えるし、コッペパンならいつでも作るから」

 

「ありがとう……。でもどうして中須君がそこまでしてくれるの?」

 

 確かに。どうしてここまで近江さんに肩入れしているんだろう。彼方先輩に頼まれたから? いや、彼方先輩には少しお話しして欲しいと頼まれただけ。

 

「うーん……多分、近江さんのファンだからかな」

 

「えぇ、そうなの!?」

 

 色々理由はあると思うけど、近江さんの叫びを直接聞いてしまったからだと思う。彼方先輩のことを本気で心配して、夢まで諦めようとする近江さんを放っておけないんだ。ファンといって誤魔化したけど。

 

「だから明日のライブ頑張って。どんな結果になっても悔いが残らないようにさ」

 

「……うん、中須君も良かったら見に来て」

 

 食器が全て洗い終わる。近江さんと話したいことは話し終えた。あとは彼方先輩の言葉がどう響くかだ。明日のライブが終わって近江さんがどんな決断をしても僕は応援するつもりだ。

 

「今更なんだけどさ……」

 

「うん?」

 

「実は僕……スクールアイドルってよく知らないんだよね」

 

「え?」

 

 本当に今更、ずっと思っていたことを近江さんに尋ねた。

 

「学校のアイドルなんだよね? でもなんか他校の人にも知られてるみたいだし専門のショップがあるんだよね? ライブってどのくらいの人が集まるの?」

 

 初めは校内でアイドル活動する人たちのことだと思っていたけど、友達の話を聞く限りジョイポリスとかビーナスフォートとか、学校の外でもライブをしているようだった。軽く調べたけど『ラブライブ』という大会があって、それが結構大きな規模で驚いた。

 

「え、中須君スクールアイドル知らないの? お姉さんがスクールアイドルなのに?」

 

 いやだって僕と似た顔をした人がかわいこぶってフリルたくさんな衣装を着て踊るんだよ? 嫌じゃない?

 

「じゃあ明日のライブを見る前に中須君はスクールアイドルの基礎だけでも知ってもらわないと。そもそもスクールアイドルっていうのは……」

 

 その後は少し明るくなった近江さんからスクールアイドルとはなんとやらということをみっちりと教えてもらった。スクールアイドルのことを話す近江さんは姉ちゃんのように楽しそうで、聞いていて面白かった。

 

 

 

 

 

 

 そして土曜日、近江さんのライブの日がやってきた。僕は姉ちゃんと一緒に、少し早めにビーナスフォートまでやってきた。

 

「じゃあ私みんなのところ行くから。かずも来る?」

 

「行かない」

 

 姉ちゃんは舞台袖にいる同好会の人たちと合流するみたいだが、僕はついていかなかった。僕が姉ちゃんの格好をして虹ヶ咲に潜入したことは同好会全員に知れ渡っている。気まずすぎる。

 

 ライブの開始時刻が近づくにつれ、観客が多く集まってきた。女の子が多いな……。

 

 肩身の狭さを感じていたところに、姉ちゃんがなんと近江さんを引き連れて僕のところまでやってきた。

 

「かず! 遥ちゃんと見ていて!」

 

「姉ちゃん!? え、なに!?」

 

 どうして近江さんをここに? もうライブ10分前なのに……。

 

「何企んでるの……」

 

 問いただす前に照明が落ち、会場が暗闇に包まれた。始まったのかと思ったけど隣には近江さんがいる。近江さんも混乱しているようだ。

 

 そしてステージの真ん中にスポットライトがあたる。そこにいたのは……。

 

「お姉ちゃん……?」

 

 ステージの真ん中にいるのは彼方先輩だった。お姫様のような衣装で目を閉じて立っている。その目が開かれると同時に曲が流れ出した。

 

 

 〜〜〜♪

 

 

 ──それは彼方先輩と近江さんのことを紡いだ歌だった。

 

 ──何年も人生を共にした近江さんに向けて。

 

 ──夢を一緒に追いかけて、羽ばたこう。

 

 

 優しく語りかけるように彼方先輩の歌声が会場を包み込む。

 

(綺麗な歌声……)

 

 彼方先輩の歌声と華麗なダンスに僕は目も心も奪われていた。会場全ての人が彼方先輩のパフォーマンスに息を飲んでいるのが感じられた。

 

 曲が終わる。一瞬の静寂のあと、割れそうなほどの大きな拍手が鳴り響いた。

 

 すごい……。

 

 しばらく動けなかった。息をするのを忘れてしまうくらい彼方先輩のライブに魅せられていた。

 

 それは隣の近江さんも同じだったようで、静かに涙を浮かべていた。

 

「近江さん」

 

 余韻に浸りたいところだけどそういうわけにはいかない。僕は近江さんの肩を叩いた。

 

「もうすぐ出番でしょ? それに彼方先輩に言いたいこと、あるんじゃない」

 

「うん……そうだね」

 

 思い出したかのように近江さんは走って行った。

 

 その後ろ姿を見て思った。やっぱり姉っていうのはすごい。あんなにも覚悟を決めた近江さんの心を動かしてしまうのだから。

 

 ステージの裏でどんなやり取りがされているのか。それは分からない。だけど近江さんがどんな選択をしたのかは、これから始まるライブを見れば分かるだろう。

 

 

 

 そして……。

 

 

 

「東雲学院スクールアイドルです! 一緒に盛り上がっていきましょう!」

 

 近江さんたち東雲学院スクールアイドルのライブが始まった。

 

 圧巻のパフォーマンスだった。彼方先輩が作り上げた会場の高揚に押しつぶされることなく、8人全員が輝いていた。ひとりひとりが観客に楽しく語り掛け、それなのに全体としては綺麗にまとまっていた。

 

 なにより目を引くのはセンターの近江さんだ。さっきまでと表情が違う。その目はこれからの未来を期待するかのようにキラキラと輝いた。近江さんがどういう選択をしたのかは明らかだった。

 

 本当に、よかった……。

 

 応援するといったけど、やっぱり僕は近江さんにアイドルを続けて欲しかった。スクールアイドルについて話す近江さんは楽しそうで、スクールアイドルが大好きなんだとよくわかった。自分勝手な意見だけど、大好きなことを諦めて欲しくなかった。

 

 とにかく、これで心置きなくライブを楽しめる。今はこの最高のライブを目に焼き付けよう。

 

 

 

 

 

 

 ライブ後、僕は姉ちゃんに連れられて近江さん達のいるステージ裏まで来ていた。そこには東雲学院の人たちだけでなく、虹ヶ咲のスクールアイドル同好会の人たちも揃っていた。

 

「かずま君! ライブどうだった?」

 

 興奮気味な高咲先輩に話しかけられた。

 

「すごかったです! なんて表現すればいいか分からないけど胸がこうギュってなって身体がぞわぞわ〜ってしました!」

 

「分かる! ときめいたんだね!」

 

 高咲先輩が目の奥をハートにさせて僕の手をつかむ。そうか、これがトキメキなのか……。

 

 高咲先輩と感想を語り合っていると、スクールアイドル部の人と話していた近江さんが僕のところまでやってきた。

 

「中須君」

 

「あ、近江さん! ライブすっごい良かった! ときめいたよ!」

 

「うん、ありがとう……」

 

 近江さんは下を向き、何か言いづらそうに言葉を続けた。

 

「……それでね。私、スクールアイドル続けることにしたんだ。家のこと、お姉ちゃんと二人で協力することにしたの」

 

「そっか。近江さんたちなら絶対うまくやれるよ」

 

 やっぱり近江さんはスクールアイドルを続けることにしたみたい。

 

「……今回のこと、本当にありがとう。中須君の言葉に救われたし、中須君がいなかったら本当に取り返しのつかないことになっていた」

 

「そんな大したことしてないよ。ただパンを作って近江さんと話しただけ」

 

 本当に僕はそれしかしていない。むしろアイドルを辞めようとする近江さんを応援して、近江さんの気持ちをかき乱してしまった。

 

「そんなことないよ。ひとりで意地になっていた私を、中須君が支えてくれた。だからお姉ちゃんの歌を聴いて、素直にふたりで頑張る道を選べた」

 

「そう、なのかな……。そう言ってもらえると、僕の方もちょっと安心したよ」

 

「それでね……その……」

 

 言葉を切った近江さんは少し恥ずかしそうにしながら……。

 

「私がスクールアイドルを続けても、中須君は応援してくれる?」

 

 そう訊いてきた。

 

「もちろん。近江さんがどんな道を選んでも、必ず僕は応援するよ」

 

「……ありがと」

 

 近江さんは顔を赤くして呟いた。ステージの上ではあんなに大きな存在感を放っていたのに、今はとても小さく感じる。

 

 

「これって……そういうこと、だよね?」

「……? どういうことですか愛さん?」

「……せっつー耳貸して」

「ふむふむ……。……えっ!!? 恋むぐぅ!?」

「だ、ダメだよせつ菜ちゃん! 聞こえちゃうよ!」

「ときめくなあ……」

「ま、まさか本当に遥ちゃんの弱点を知っちゃうなんて……」

「弱点……なのかな?」

「璃奈ちゃんボード『にやにや』」

「エモエモで尊みが深いねぇ〜」

「どうするの彼方? 愛しの遥ちゃんが取られちゃうわよ」

「あわわわわ……か、彼方ちゃんはどうすれば……」

 

 

 急に同好会の人達がヒソヒソとしだした。何を話しているのかは分からないけど、僕と近江さんの方をちらちら見てくる。待たせているわけだし、そろそろ帰ろう。

 

「それじゃあ僕たちは帰るね。またね、近江さん」

 

「うん……ばいばい、中須君。また学校でね」

 

 

 

 

 

 

 帰り道、同好会の人たちと別れて姉ちゃんと歩いていた。

 

「よかった。遥ちゃんがアイドル続けられて」

 

「本当だよ。まさか彼方先輩がライブするなんて思わなかったよ」

 

「驚いた?」

 

「驚いたよ。彼方先輩のサプライズはもちろんだけど、パフォーマンスにも」

 

「でしょ〜? ようやくかずもスクールアイドルの魅力に気が付いたか~」

 

「うるさいなぁ……」

 

 悔しいけど姉ちゃんの言う通りだ。あんなライブを続けて見せられて、スクールアイドルにハマらないわけがない。

 

「この間りな子がライブしたときの映像あるけど見る?」

 

「……見る」

 

「それじゃあ早速帰ったら見ようか。その前に……」

 

 少し前を歩く姉ちゃんは振り返り、悪戯な笑みを僕に向ける。

 

「ちょっと寄り道してコッペパン買いに行かない? なんだかすっごく食べたい気分なんだ」

 

 ……あぁ、やだやだ。本当双子っていうのは面倒くさい。姉ちゃんが何を考えてるかなんとなく分かるし、僕も同じ考えなことを姉ちゃんも分かっているんだと思う。

 

 近江さんたち姉妹を見て姉ちゃんと一緒にパンを食べたくなったなんて、恥ずかしくて言わなかったのに。

 

「……行くか~」

 

「よし! じゃあ駅前のお店へ出発~!」

 

 進路を変えて駅への道を歩き出す。その足取りは膨らんだコッペパンのように軽やかなものだった。

 

 

 

 




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第3話 世界一大好きなお姉ちゃん
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