近江さん達のライブが終わり、いつもと変わらぬ日常を送っていた。
「あ、遥ちゃんお弁当に戻ったんだ!」
「うん、そうなの」
「わぁ〜! やっぱり遥ちゃんのお弁当おいしそう!」
「えへへ……」
近江さんと彼方先輩の関係は元に戻り、近江さんはお弁当を誇らしげに食べていた。少し前は一緖にお昼を食べていたというのに、今は少し距離を感じる。寂しい気もするけど、これも彼方先輩と仲直りできたんだから仕方がないと思うことにしよう。
◇
その日の夜。姉ちゃんと夕飯を食べているときだった。
「かず、日曜日予定ある?」
「ん? ないけど」
「彼方先輩がこの前のことでお礼も兼ねてデートしよーだって」
「で、デート!? 彼方先輩から!?」
危うくお茶を噴き出すところだった。デート!?
「どうする?」
「いくいく! 絶対行く!」
「じゃあ彼方先輩達に連絡しとくね〜」
スマホを操作する姉ちゃんを尻目に小さくガッツポーズをする。彼方先輩とはもうしばらく会えないんじゃないかと思ってた。まさか彼方先輩から連絡が来るなんて思ってなかったから嬉しい。
デートって何するんだろう? お買い物して、お洒落なカフェでご飯食べて……ダメだ。デートの経験がないからさっぱり分からん。
まあ日曜日まで時間はあるし、いろいろ調べよう。
デート楽しみだなあ!!
◇
……って、思っていたのに。
「はる子〜、その服かわいいね〜」
「でしょ〜? 遥ちゃん服選ぶのにものすごく悩んでいたから遅れるところだったよ〜」
「お姉ちゃん! 言わなくていいから!」
待ち合わせ場所のお台場公園。そこには僕と彼方先輩の他に近江さんと姉ちゃんがいた。
「あの、姉ちゃん? これは一体……」
「あれ、言ってなかったっけ? 彼方先輩が私たちで4人デートしよって」
「言ってないよ」
「ごめーん♡」
姉ちゃんはてへっと舌を出す。絶対わざとだ。絶対僕の反応を楽しむために言わなかっただろ……!
……まあなんにせよ彼方先輩とお出かけできることには変わりない。近江さんとも話をしたかったし、ここはポジティブにいこう。
「それじゃあ出発〜!」
姉ちゃんの掛け声で僕たちは歩き出す。デートの進行役は姉ちゃんみたいだ。てかこれデートじゃないんじゃない? ただのお出かけだこれ。
◇
まず始めに訪れたのは大きなショッピングモール。そこのアクセサリーショップに来ていた。
「う〜ん、こっちもかわいいけどあっちも捨てがたい……」
「このブレスレットなんてどう〜?」
「かすみんさん、このカチューシャかわいいよ?」
姉ちゃんは彼方先輩と近江さんから受け取ったものを片っ端から装着していく……僕に。
「う〜ん、どれもかわいくて迷いますねぇ〜」
「かずま君か〜わいい〜」
「なんで僕に渡すの!? 鏡あるんだから自分でつけなよ!」
「かすみんもつけることで効率2倍!」
何故か姉ちゃんはドヤ顔をこちらに向ける。僕は姉ちゃんのせいで昔からかわいい服やアクセサリーを身につけさせられた。当時は自分の容姿に無頓着で、コッペパンを奢ってくれたから別に気にしていなかった。だけど今はもう高校生だし、しかも近江さんたちの目の前なんだからやめてほしい。
「かずま君〜、これつけてみて〜」
言い争ってる僕と姉ちゃんを割って入り、彼方先輩がヘアピンを渡してきた。なんというマイペース。
「うんうん、思った通り〜」
彼方先輩は僕の髪をかき上げてヘアピンを当てる。顔が近い、彼方先輩の指が軽くおでこに触れる。
「すっごく似合ってるよ〜」
微笑む彼方先輩。胸が高まるのを感じる。
あぁ……またこの感覚……。
このトキメキは何度か経験がある。無敵級のコッペパンを食べたとき、彼方先輩と初めて会ったとき、彼方先輩や近江さんのライブを見たとき……。そのときと同じ、いやそれ以上に鼓動が速くなっているのを感じる。
「本当だかわいい〜! かすみんこれ買います!」
「いや、僕が買う」
「え、いいの? ありがとう」
「あげんわ。これは僕が使う」
「え……はぁ!? なんで!?」
姉ちゃんに取られそうだったので慌ててそう言った。まあそう思うよね。
「なんでって……その、パンこねるのに前髪邪魔だからヘアピンあるといいかなって」
「いやいや、今まで全然気にしてなかったでしょ」
「う、うるさい! とにかく買うから!」
これ以上追及されても分が悪い。僕は逃げるようにレジに向かった。
◇
「あ、帰ってきた〜」
購入して戻ると、今度は近江さんのアクセサリーを見ているようだ。
「ねえかずま君〜、これとこれ、どっちの遥ちゃんがかわいいと思う〜?」
近江さんが手に持ってるのはふたつのヘアゴム。黄色のリボンがついたやつと、青のリボンがついたやつ。
「どっちもかわいいと思いますよ」
「かず分かってないね〜。こういうときはちゃんとどっちかを選ぶのが男の子の役目なんだよ!」
気の利いたコメントをしたと思ったが不評のようだ。女心って難しい。
「でも本当に遥ちゃんなんでも似合っちゃうからね〜。選べない気持ちは分かるよ」
「あはは……」
「じゃあ……」
近江さんをよく見て考える。青……黄色……。というか近江さんどっちも似たようなの持ってなかったっけ? 形とか大きさとか微妙に違うのかな? じ〜……。
「どちらかと言われたら青色のやつかな」
「……買ってくる」
僕が選ぶと近江さんは青のヘアゴムを手に取り、小さく呟いてレジの方に向かった。
◇
お昼はコッペパン屋でパンを買い、公園のベンチで食べることにした。
「おいしい〜」
あんこコッペパンはなかなか美味しかった。あんこと合うようしっとりとしたパンで食べやすい。甘さ控えめなのも僕的には高評価だ。
「かず〜また難しいこと考えながら食べてる」
「ごめん、つい……美味しかったから参考にしたくて」
「かずま君のコッペパンも負けてないと思うよ〜」
「お姉ちゃん、中須君のパン食べたことあるの?」
近江さんからの疑問に手が止まる。何故彼方先輩は僕のコッペパンを知っているのか。それは僕が女装して虹ヶ咲に侵入したときに作ったからなのだが正直に話すわけにもいかない。
まずい……何か言い訳を……。
「あ、あぁー、前にかすみちゃんが同好会に持ってきてくれたんだよー」
「そうですそうです! たまにかずのやつをお裾分けしてんです!」
「い、いやーみんな美味しいって言ってくれて嬉しいなー!」
彼方先輩の機転にのる僕と姉ちゃん。誤魔化せるか……?
「むぅー……」
近江さんの様子を見ると、何故か頬を膨らませていた。
「ずるい……。私、ライブから中須君のコッペパン食べてない」
「えっ……」
近江さんの言葉は予想外のものだった。
「えっと……食べたい?」
「それは、うん……」
「じゃ、じゃあ来週持ってくるよ」
「本当!」
笑顔を見せる近江さん。喜んでもらえるのなら僕も嬉しい。あそこまで喜ばれると恥ずかしくもあるけど……。
「甘いですねえ」
「甘いですな〜かすみちゃん」
そんな姉ちゃんと彼方先輩の声が聞こえる。あんこ、そんな甘くないと思うけどなあ……。
◇
「彼方先輩、写真撮りましょう!」
パンを食べ終えたあと、姉ちゃんがそんなことを言ってきた。
「いいね〜。撮ろう撮ろう〜」
姉ちゃんが彼方先輩の横に移動して顔を寄せた。
「姉ちゃん……くっつきすぎじゃない?」
いくら女の子同士とはいえ距離が近い。頬なんてくっつきそう……というかくっついてる。
「スクールアイドル同士ならこのくらい普通だよ?」
そう、なのか? 彼方先輩も自分からくっつきにいってるし、本当にそうなのかもしれない。
ただ……側から見れば僕と彼方先輩が写真撮ってるように見えなくもない。姉ちゃんの服装的に絶対違うって分かるんだけどなんかドキドキする。意識しすぎかな?
「はい、チーズ! よし、ではポーズを変えて……」
「すやぴ……」
写真を撮ったあと彼方先輩が姉ちゃんの膝の上に頭を載せた。
「あの彼方先輩? 食べたあとすぐ寝ると牛さんになっちゃいますよ?」
「だってちょうどいいところにかすみちゃんの膝枕があるんだもん〜」
「まあいいか。はる子、写真撮ってくれる?」
「……やだ」
「え、なんで?」
「……なんとなく」
「……じゃあかずお願い」
彼方先輩を取られたと思ったのか、近江さんが断ったことで僕が写真を撮ることになった。
「はい、チーズ」
かしゃ。
彼方先輩を膝枕している姉ちゃんの写真。服さえどうにかすれば僕と彼方先輩の写真にも見え……ないな。僕はあんなあざとくアヒル口も上目遣いもしない。
「ありがとうかず。ではそろそろ出ますか……彼方先輩?」
「すやぴ……もうちょっと休憩〜」
「……しょうがないですねえ。じゃあもう少しだけ休むのではる子たちはそこら辺でも散歩しててください」
そのまま彼方先輩は寝入ってしまう。特にすることもないし、僕と近江さんは公園を散歩することにした。
◇
「彼方先輩ってお昼寝好きなんだね」
「そうみたい。同好会全員の膝で寝てやったぜ〜ってこの間言ってた」
「ははっ、彼方先輩らしいなあ」
近江さんの物真似も地味に似ていてつい吹き出してしまう。僕は膝枕されたけどしたことはないなあ。
「……中須君ってお姉ちゃんと仲良いよね? 何か接点ってあったっけ?」
ぎくっ。確かに近江さんから見たら僕と彼方先輩はほぼ初対面。学校も学年も違うし、仲が良いのに違和感を覚えるだろう。
「あー……近江さんのことでちょっとね。ほら、コッペパン作って欲しいって頼まれたんだよ」
「なるほど……」
嘘は言ってない。……本当はそれより前にニジガクで出会ったことがあるんだけどね。だけどそれを言うには僕が女装してたことを伝える必要があるから言わない。
「あっ、遥ちゃんだ! お〜い!」
しばらく近江さんと歩いていると後ろから近江さんを呼ぶ声が聞こえた。彼方先輩でも姉ちゃんでもない、知らない女の子だった。
「え、楓ちゃん? 久しぶりだね!」
カエデちゃんと呼ばれた子を見て近江さんは目を丸くして驚く。久しぶり……ということは小中学生のときの知り合いかな?
「遥ちゃんスクールアイドルやってたんだね! ビーナスフォートで偶然見かけてびっくりしちゃった!」
「え、見てくれたの? 嬉しい〜」
「すごいライブだった〜! 最初のソロも素敵だったし……ってあれ? 隣の人ってもしかして……」
カエデちゃんさんと目が合う。
ふと考える。近江さんと並んで歩く男子。外から見たら近江さんの……彼氏に見えてしまうのでは? それはまずい……のかな?
「もしかして虹ヶ咲学園のかすみん!?」
……え、そっち? 今、僕、男用の服着てるよ? 普通にショック……。いや、悲しいけどこの勘違いを利用させてもらおう。
「はいっ! 最強可愛いスクールアイドルのかすみんで〜す!」
「わぁ! 私かすみんの動画を見てビビッときたんです! 感動〜!」
カエデちゃんさんは興奮したように僕の手を握る。距離が近い。というかなんでバレないの? 複雑……いやバレたらまずいんだけど。
ちらりと横目で近江さんを見る。近江さんはというと……。
「えぇ……」
少し、いや、結構ドン引きしていた。うぅ……近江さんを思ってのことなのに……。
「私遥ちゃんと同じ中学だったんです! 一緒に写真撮ってもらっていいですか?」
「もちろんいいですよ!」
「やったぁ! ほら、遥ちゃんも一緒に!」
「えっ、私も?」
「もちろん! ほら寄って寄って!」
近江さんは困惑しながらも寄ってくる。
「はい、チーズ」
ぴーす。
またひとつ黒歴史が増えてしまった。いや今回は女装している訳じゃないし、ただ女の子ふたりと男ひとりが写った写真なんだから気にすることない……ないよね?
「ありがとう!」
撮った写真を見てカエデちゃんさんは満足そうにしていた。
「最後にもうひとつだけ! 遥ちゃんとかすみんの写真を撮りたいの!」
「いいですけど……カエデちゃんさんは?」
「私はいいの! 推しふたりのツーショットを撮りたい!!」
カエデちゃんさんの剣幕に少し怯む。気持ちは分かる。推しと一緒に写るのもいいけど、推しだけの写真も欲しいよね。
さてポーズはどうしよう。
──スクールアイドル同士ならこのくらい普通だよ?
姉ちゃんの言葉を思い出す。今の僕はかすみん。何より怖いのはカエデちゃんさんに偽物であるとバレること。ここは……。
頬をくっつける……なんてことは流石に恥ずかしくて無理なので、いつもよりほんの気持ちだけ顔を近江さんに近づけた。
「……」
「……」
顔を近づけても近江さんは何も言わなかった。気を取り直してカメラに集中することにした。
かしゃ。
「ありがとう! じゃあ私行くね。ふたりとも応援してるから!」
カエデちゃんさんは僕たちに背を向けて走り去っていった。なんとかバレずにやり過ごせたようだ。
……あー、恥ずかしかった。姉ちゃんの真似とか近江さんとのツーショットとか。
「あの……中須君? えっと、その……どうしてかすみんさんの真似を?」
近江さんから遠慮がちに訊かれる。なんというか、少し距離を感じる。物理的にも精神的にも。あまりにも辛い。
「質問なんだけど、スクールアイドル的に彼氏彼女ってどうなの?」
「え? どうって……特に何もないよ?」
「あ、そうなんだ」
「うん。『スクール』アイドル……あくまで私たちは学生だから彼氏や彼女がいてもおかしくないし、いることを公言してカリスマスクールアイドルとして活躍している子もいるよ」
そうなんだ。ということはつまり……。
「じゃあ別に姉ちゃんのふりしなくても良かったのかー……」
「どういうこと? ……え、もしかして」
近江さんの目が大きく開かれる。僕があんなことした理由に気づいたようだ。
「その……彼氏と間違われたら近江さんに迷惑かなって……」
言ってて恥ずかしくなる。彼氏と間違われるかもしれないとか自意識過剰にも程があるし、実際間違われるどころか男とすら思われなかったのも情けない。本当に恥ずかしい。死にたい。
「あはっ、あははは!」
「ちょっ、笑わないでよ」
「だって、それでかすみんさんのふりって……しかもすごい似てたし、本当びっくりしたんだもん」
「うぅ……」
顔を覆う。感覚が麻痺してたけど姉ちゃんの真似をクラスメイトに見られるとか恥ずかし過ぎる。もう明日から学校に行けない……。
「でもやっぱり中須君は優しいね。そんなところが好……素敵だなって思う」
「ありがとう……」
近江さんの優しさが今は苦しい。あー、消えたい……。
◇
姉ちゃんのところに戻ると、彼方先輩は起き上がっていた。
その後僕たちは主にウインドウショッピングをし、とあるカフェまでやってきた。
「さてさて。おやつの時間ですし、皆さん小腹が減ってきましたよね〜」
「いや正直そこまで」
ご飯を食べてからそこまで時間が経ってない。まあケーキのひとつやふたつくらいなら食べられるけど。
「はいそこうるさい! かず〜、そんなんじゃこれからのことやっていけないよ〜?」
姉ちゃんは悪戯な笑みを浮かべてテーブルにメニューを広げる。
「今から皆さんにはこの『伝説のマウンテンパンケーキ』にチャレンジしてもらいます!」
ドンと僕たちにメニューのあるページを見せてくる。そこには7色7層に積まれたパンケーキが載っていた。
「ええ……これ?」
「大丈夫大丈夫。通算成績0勝4敗のかすみんがいるから」
「一度も勝ってないじゃん」
不安しかない。てか4回もチャレンジしたのか……。
まあパンケーキは7層でこっちは4人。単純に計算してひとり2層食べれば完食できる。メニューの写真を見る限り一層一層はそこまで大きくない。2層くらいなら大丈夫だろう。
……そう、現物が来る前までは思っていた。
「……あの、姉ちゃん」
「なに?」
「なんかデカくない?」
運ばれてきたパンケーキを眺める。パンケーキひとつひとつが大きくて厚く、パンとパンに挟まれているクリームの層もしっかりと厚みがあった。一番上のパンケーキなんかは顔の位置まである。え、写真と違くない?
「どうこの迫力! メニューの写真よりも豪華だからお得感満載でしょう!」
まさかの逆サバ。見るだけでお腹がいっぱいになる……。
「おいしそう……!」
「いくらでも食べられちゃえそう〜」
そんな僕に対し近江さんたちは目をキラキラと輝かせていた。頼もしい。女の子にとって甘いものは別腹って感じなんだろうか?
「「「「いただきま〜す」」」」
とりあえず食べ進めよう。丁寧に切り分けて一口いただいてみた。
「お、おいしい……!」
おいしい。パンはふんわりとしていてクリームもまろやかで口触りがいい。2層でも3層でもいけそうだ。近江さんたちも幸せそうに頬張っている。これならすぐに完食するだろう。
……と、思っていたのが数十分前。
「あ゛ー……」
「けふっ……」
「すやぴ……」
「お姉ちゃん起きて……」
幸せそうな雰囲気から一転。テーブルはどんよりとした空気に包まれていた。満腹……口の中が甘々……夢にパンケーキ出てきそう……もう何も食べられない……。それなのにパンケーキは1.5層も残っている。
「あとは姉ちゃん食べていいよ……」
「無理これ以上はかわいくなくなっちゃう……はる子は?」
「私もこれ以上は……」
「彼方先輩もう少し食べられますよね?」
「かすみちゃんが食べさせてくれるなら少しはいけるかも……」
「なんですかそれ……」
そうツッコんだ姉ちゃんだったが、気怠げな感じでひと口サイズに切ったパンケーキをフォークに刺す。
「ほら彼方先輩、アーンですよ」
「あーん……」
彼方先輩は渋々といった感じで口に入れる。食べてくれたが彼方先輩も限界のようだ。
「お姉ちゃん、アーンして」
そんなことお構いなしに近江さんが便乗して彼方先輩に食べさせようとする。近江さん、なかなか悪い人だ。
「い、一旦休憩……」
「むぅ……じゃあかすみんさん、アーン」
「いや無理……」
「じゃあ……」
近江さんと目が合う。……と、思ったら逸らされた。
「あれ〜? かずま君にアーンしないの〜?」
「はる子臆病者〜?」
「……もう! ふたりともにやにやしない! パンケーキ突っ込むよ!?」
「ごめんごめん。でもかずま君も遥ちゃんからのアーンだったらパンケーキ食べられるよね?」
「いや無理ですけど」
そう返すと姉ちゃんにペシっと叩かれた。痛い。
「かず、本当無理?」
「うーん……あとひと口くらい?」
「じゃあ私とはる子と彼方先輩がひと口ずつ食べさせるから3口頑張ろう? それでいい?」
よくないよ。……って言おうと思ったけど一旦考える。
彼方先輩と近江さんからアーンしてもらえる? 膝枕とアーンと手料理は男の夢だ。全然ありなのでは?
「……分かったよ」
「さすがかず! じゃあ早速切り分けるね〜」
姉ちゃんは半分残った2層目のパンケーキを3つに切り分ける。これを食べてもあと1層あるというのが絶望的だ。
「じゃあまずはる子から!」
「えぇ、私!?」
戸惑っていた近江さんだったが、意を決したようにパンケーキを刺したフォークを僕に向けた。
「中須君、あ、アーン……」
「あーん……」
ケーキを口に入れてゆっくりと咀嚼する。甘い、甘い……。
……恥ずかし!! クラスメイト女子からのアーンとか恥ずかしいに決まってるじゃん!! 近江さんもめっちゃ顔赤いし! そりゃそうだよね!?
「じゃあ次彼方ちゃんの番〜」
その次はいよいよ彼方先輩の番だ。
「はい、かずま君。アーン」
「あーん……」
口に入れる。甘い甘い、幸せ……。でもやっぱり恥ずかしい……。彼方先輩にこにこして全然表情変えないな……恥ずかしくないのかな?
「じゃあ次かすみんの番! はい、アーン」
「無理……」
姉ちゃんがアーンしようとするが一旦お腹を休ませたい。あと姉からアーンされるのも普通に嫌だ。
「ほら、これで最後なんだから頑張って!」
「最後って……あと1層残ってるじゃん」
これを食べ終えても最下層のパンケーキが残っている。考えるだけで億劫だ。
「あぁ、それなら大丈夫。食べきれなかったやつはタッパーで持ち帰れるから」
……は?
「は? これ持ち帰れるの?」
「そうだよ。前回挑戦した時も家に持ち帰って食べたし」
ほうほう……えっ?
「え、じゃあなんで今こんな苦労して食べようとしてるの?」
「これ食べたら残り1層なわけでしょ? それでかすみんの自己最高記録になるから!」
……。
そんな馬鹿な理由で……。怒りを通り越して呆れてしまう。
「……かす姉口開けて」
「かす言うな! ……こう?」
「そうそう……。はい、アーン!」
「んぅ!?!?」
姉ちゃんが持っていたフォークを奪い取り、パンケーキを姉ちゃんの口にねじ込んだ。最高記録は自分で更新しないとね。
◇
外に出るとすっかり陽が落ちて夕方になっており、空が紅く染まっていた。
「そろそろ帰りますか」
「そうだね~」
帰り道を4人揃って歩く。なんだかんだ今日は楽しかった。
「最後にね。かずま君に渡したいものがあるんだ」
そういうと彼方先輩は鞄からラッピングされた箱を取り出して渡してきた。
「え、僕にですか?」
「そうだよ〜。私と遥ちゃんから、あのときのお礼」
まさか最後にそんなサプライズがあるとは思わなかった。感動で胸が熱くなる。
「開けてもいいですか?」
「もちろん〜」
ラッピングを慎重に開ける。中には厚手の手袋のようなものが入っていた。
「これは……ミトン?」
「うん」
犬の絵柄が入ったかわいらしいミトンだった。手のひら側には肉球が描かれている。
「中須君コッペパン作るからミトンが必要でしょ? かすみんさんとお姉ちゃんに相談して決めたんだ」
「これからもおいしいコッペパンをいっぱい作ってね〜」
「ありがとうございます。一生使い続けます!」
プレゼントだなんて、そんなの嬉しいに決まっている。ミトンも古くなってきたしちょうど変えようかと思っていた。そういうのも姉ちゃんから聞いたんだろう。
一生とまでいかなくても、長く大切に使いたい、そう心に決めた。
◇
「……かずはさ、彼方先輩のこと好きなの?」
彼方先輩たちと分かれ姉ちゃんと歩いていた帰り道、突然そんなことを訊かれた。
「……分かんない」
とりあえずそう答える。実際分からないのは本当だ。彼方先輩に対する気持ちがファンとしての憧れなのかもしれないし、それ以上なのかもしれない。まあ多分……それ以上なんだろうけど。とにかく姉ちゃんに言うことでもない。
「そっかそっか。はあ〜、ねじれてるな……」
姉ちゃんはひとり納得してため息をついている。ねじれてるって何が?
「ん……?」
ポケットの中のスマホが振動していた。取り出して見てみると、近江さんからメッセージが届いていた。
『楓ちゃんから写真送られてきたよ!』
そのメッセージと一緒に写真がふたつ送られる。3人で撮ったやつと近江さんとのツーショットだ。
うーん近い。思ったよりも顔を近づけ過ぎていた。僕だけでなく近江さんも心なしか表情がこわばっているようにも見える。
『明日のお昼休み一緒に食べない?』
追加のメッセージが届く。
『もちろん!』
すぐに返信した。近江さんと話したいことはたくさんある。彼方先輩のこととかスクールアイドルのこととか。
早速貰ったミトンでコッペパンを作ろう。どんなコッペパンを作るかな?
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第5話 想いがふくらむダイバーフェス