はるかなるワンダーランドに向かって   作:アンセンブル

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視点がころころ変わります。
まずはかすみ視点です。



第7話 愛叫ぼうよ

 

≪かすみ≫

 

 

 弟の様子がおかしい。

 

「かず〜、コッペパン買ってきたけどいる?」

 

「……いらない」

 

 私の弟、かずまは大のコッペパン好き。将来お店を開くために、色んなコッペパンを買ったり作ったりして研究している。そんなかずがコッペパンをいらないと言う。

 

 おかしい、明らかにおかしい。かすみんのお姉ちゃんセンサーが緊急事態であると知らせています。

 

「何かあったの?」

 

「……別に何でもないよ」

 

 かずはぶっきらぼうにそう言って自分の部屋に戻りました。せっかくのかわいい顔が台無しです。

 

 全く世話が焼けるんだから……。

 

 弟が困っているとき、助けてあげるのがお姉ちゃんの役目! かわいいかすみんが相談に乗って、ちゃちゃっと解決しちゃいますよ!

 

 

 

 

 

 

≪彼方≫

 

 

 かすみちゃんの様子がおかしい。

 

 同好会の練習が終わって彼方ちゃんはいつものお昼寝タイム。今日はエマちゃんのお膝の上でマイナスイオンを浴びていた。

 

 追試を乗り越え無事合宿に参加できることが決まったかすみちゃん。昨日までは異様にテンションが高かった。でも今日は元気がなく、しゅんと垂れた犬耳がかすみちゃんの頭の上に見える。

 

「かすみちゃん何かあったの?」

 

 みんなが気にしているなか、侑ちゃんが率先して話しかけた。流石、頼りになるねえ。

 

「かすみんと言いますか……かずの様子がおかしいんですよ」

 

「かずま君が?」

 

 かずま君。その言葉が出てきたとき、ズキッと心が痛んだ。

 

 

 

 ──好きです。

 

 

 ──僕と付き合ってください。

 

 

 

 思い出すのは先週告白してくれた男の子。かすみちゃんと双子なだけあってかわいく、弟のように可愛がっていた。遥ちゃんの想い人で、ふたりともすごく仲が良かった。きっとかずま君も遥ちゃんのこと好きになるだろうなと思っていたから、まさか彼方ちゃんが告白されるだなんて思いもしなかった。

 

「かず、コッペパンを全然作らなくて……」

 

「コッペパン?」

 

「追試が終わったっていうのに……。なにかあったのって訊いても全然反応してくれなくて……」

 

「学校で何かあったとか? 遥ちゃんに訊いてみた?」

 

「はい。でもはる子も知らないみたいで……」

 

 かすみちゃんは肩を落とす。なんだかんだかずま君のことが大切で心配してるんだね。

 

 ……かずま君コッペパン作ってないんだ。あんなに好きだったのに。

 

 ……これも全部彼方ちゃんのせいなんだよね。

 

「彼方ちゃんどうしたの?」

 

 動揺が膝を通して伝わったのかエマちゃんに気づかれてしまった。エマちゃんの包み込むような優しい声が今は苦しい。

 

「今日の彼方ちゃん、いつもより元気ないよ?」

 

 頭を優しく撫でられる。彼方ちゃん、元気なかったのかな? 自分ではよく分からないや。

 

「今のかすみちゃんの話と関係あるの?」

 

「……うん」

 

 小さく答える。それを聞いてかすみちゃんが彼方ちゃんの前まで寄ってきた。

 

「彼方先輩……教えてくれますか?」

 

 かすみちゃんからのお願い。もちろん答えたい。

 

 でも……告白のことあんまり言わない方がいいよね? みんなのことは信用してるけど、かずま君も嫌だろうし。

 

「お願いします!」

 

 必死に頭まで下げてくるかすみちゃん。かすみちゃんの本気が伝わった。

 

 ……よし、話そう。

 

 エマちゃんの膝から離れてかすみちゃんを手招きする。侑ちゃん達は気を遣って部室の端っこに移動してくれた。隣に来たかすみちゃんだけに聞こえるよう、かすみちゃんの耳元で囁いた。

 

 

「実は……かずま君に告白されたの」

 

 

 

 

 

「ええええぇええええ!?? 告白ぅううううぅ!!!??」

 

 

 

 気遣い虚しく、かすみちゃんの絶叫が部室中に響き渡った。おいおいおい。

 

 

 

 

 

 

「ま、まあアタシたち言いふらすつもりないし! みんなで相談に乗った方がよくない?」

 

 愛ちゃんが部室の空気を明るくしようと声を上げる。せっかくかすみちゃんだけに教えたのに、結局みんなにバレてしまった。ごめんよかずま君……。

 

「つ、つまり遥さんと三角関係ってことですか!?」

 

「そう……なるのかな?」

 

「……どんなふうに告白を?」

 

「一緒に帰ったときの別れ際に……」

 

「きゃーーー!!」

 

「こっちまで恥ずかしくなってきた……璃奈ちゃんボード『テレテレ』」

 

 しずくちゃんよ。こちとら結構真剣に悩んでいるというのにその反応は如何なものなんだ。璃奈ちゃんは可愛いから許そう。

 

「告白ですか。漫画での知識はあるのですが現実では経験がなく……力になれそうにありません」

 

「えー、せっつーモテそうなのに!」

 

「愛さんがそれ言いますか? 普段は菜々の姿で生徒会長というお堅いことをしてるので……」

 

「せつ菜ちゃんも菜々ちゃんも可愛いYO!!」

 

「侑ちゃん……?」

 

 二年生も二年生で盛り上がっている。うん分かるよ? 恋バナ好きだよね? 彼方ちゃんも好き。でも今はこっちのことを考えてほしいな。あと歩夢ちゃんが怖い。

 

「そっか……そんなことがあったんだ……」

 

「それで? 彼方はなんて返事したの?」

 

 エマちゃんと果林ちゃんは心配して話を戻そうとしてくれる。さすが、持つべきものは三年生の友だよ〜。

 

「……ごめんなさいってしたよ」

 

 かずま君の告白に対し、彼方ちゃんはごめんなさいって言った。

 

 ──ごめんなさい。

 

 本当にそのひと言だけ。告白してくれてありがとう、これからも仲良くしてね、何か付け加えようと思ったけど、何も言えなかった。どの言葉もかずま君を傷つけるだけだと思ったから。

 

「それはどうして? 遥ちゃんに気を遣って?」

 

「ううん……かずま君のことは弟のように思ってて好きだけど、そういう好きとは違うから」

 

 それが彼方ちゃんの本心だ。かずま君のことは好きだけど、お付き合いしたいかと言われると違う。かずま君には申し訳ないけど、弟としてしか見てこなかった。恋愛対象として見れるかといえば……難しいと思う。本当に申し訳ないけど。

 

 それに、やっぱり彼方ちゃんの一番は遥ちゃんだから。きっと付き合っても恋人より遥ちゃんを優先する。そんな状態で付き合うのは不誠実かなって思った。

 

 

 ──そう、ですよね……。

 

 ──今日はありがとうございました! 次のライブ楽しみにしてます!

 

 

  去り際のかずま君の様子が忘れられない。泣きそうになるのをこらえて、私に気を遣わせないようにするためか笑って走って行ってしまった。

 

 彼方ちゃんはどうすればよかったのかな?

 

「彼方が悩む必要はないんじゃない?」

 

「え?」

 

 悩む彼方ちゃんに、果林ちゃんはそう言った。悩む必要……ない?

 

「かずま君の告白に対して彼方はちゃんと考えて返事したんでしょう? これ以上彼方が悩む必要ある?」

 

「でもかずま君が傷ついて……」

 

「フるんだから傷つくのは仕方のないこと。告白した時点でかずま君だって覚悟してたと思うわ」

 

 きっぱり言い切る果林ちゃんを見て少し気持ちが楽になる。果林ちゃんはやっぱりたくさん告白されたことあるのかな? すごい説得力があって頼りになる。

 

「……って私は思うんだけど、かすみちゃんはどう思う?」

 

「……果林先輩の言う通りだと思います。なんていうかもっと深刻なことだと思ってたのでホッとしました」

 

「ごめんね、彼方ちゃんのせいで」

 

「彼方先輩が気に病むことないですよ! 後はこっちでなんとかします」

 

「お願いね」

 

「了解です! では果林先輩、失恋を乗り越えるにはどうすればいいですか?」

 

「そうねえ……時間が解決することもあるけど、やっぱり新しい恋かしら?」

 

 かすみちゃんと果林ちゃんが作戦会議を始めた。かずま君のことは心配だけど、彼方ちゃんにできることは本当にないんだと思う。何を言っても今はかずま君を傷つけるだけだと思うから。

 

「ねえ、彼方ちゃん」

 

 ひと息ついたところにエマちゃんが話しかけてきた。

 

「告白のこと、遥ちゃんに言ったの?」

 

「それは……」

 

 痛いところを突いてくる。でも気にしていたこと。エマちゃんはしっかりと考えてくれる。

 

 告白のことは遥ちゃんには伝えてない。言いふらすことでもないし、遥ちゃんがショックを受けると思ったから。

 

「やっぱり、言うべきかな?」

 

「言わなくてもいいんじゃない? あくまで彼方とかずま君の問題なんだから」

 

 かすみちゃんと作戦会議していた果林ちゃんがそう言ってくれた。

 

「私は話した方がいいと思うな。遥ちゃんもかずま君のこと心配してるだろうし、後で訳を知ったらきっと悲しむよ?」

 

 果林ちゃんとエマちゃんで意見が分かれる。どちらの意見も正しいと思うし、どちらかが間違っているという話ではないんだと思う。きっとこれは彼方ちゃんが自分で決めなきゃいけない問題なんだ。

 

 

 

 

 

 

≪遥≫

 

 

 お姉ちゃんの様子がおかしい。

 

 自分で言うのも恥ずかしいけど、お姉ちゃんは私のことが大好き。自分のことよりも私のことを優先しようとする。

 

 そんなお姉ちゃんがここ最近私とあまり話そうとしない。私がスクールアイドルを辞めると言ったときみたいに見えない壁を感じた。

 

 ……それが今朝までの話。

 

「おいし〜い! 遥ちゃんまた上達したね〜」

 

 晩御飯の時間、お姉ちゃんはいつも以上に明るく私と接していた。お姉ちゃんときちんと話せて私も嬉しいけど空元気なようにも見える。何かあったのかな?

 

 原因はひとつだけ心当たりがある。

 

「この大根十字に切り目がついてる!」

 

「うん。味が染み込むし、煮崩れしにくくなるって調理部で中須君から教わったの」

 

「あ……そ、そうなんだ〜」

 

 中須君、と聞いてお姉ちゃんは分かりやすく動揺する。やっぱり、中須君とお姉ちゃんの間で何かあったんだ。だってここ最近中須君も元気がないんだもん。

 

「じー……」

 

「うぅ……」

 

 冷めた目で見つめると、お姉ちゃんは罰が悪そうに視線を逸らす。

 

「……遥ちゃんに伝えなきゃいけないことがあるんだ」

 

 そしてようやく口を開いてくれた。

 

 

「実はね……かずま君に告白されたんだ」

 

 

「……そう、なんだ」

 

 

 ……やっぱり、そうだったんだ。

 

 

 お姉ちゃんから出てきたのは少しだけ予想していたことだった。心が締め付けられるような感覚がして上手く言葉が出せない。

 

 なんとなくそうなんじゃないかと思っていた。

 

 中須君はお姉ちゃんのことが好き。ずっと中須君のことを見てたから分かってしまった。お姉ちゃんの話題になると中須君はいつも以上に笑顔になって言葉に熱がこもる。最近の中須君は元気がなくお姉ちゃんの話題になると余計暗くなったから、お姉ちゃんとの間で何かあったんだなと思っていた。

 

 それにしても告白か……。そうじゃないといいなと思ってたけど、そう上手いこといかないみたい。

 

「お姉ちゃんはなんて返事したの?」

 

「ごめんなさいって断ったよ」

 

「それは……私のため?」

 

 私が中須君のことをどう思っているか、お姉ちゃんは知っている。私のために断るとか自意識過剰のように思うけど、お姉ちゃんなら十分ありえる。もしそうならそれも嫌だな……なんて、すごいわがままだけど。

 

「ううん。告白を断ったのは、かずま君のことを弟としてしか見れないから」

 

「本当? かすみちゃんもだけどかずま君ってよく見るとカッコいいよ? 時間が経てばお姉ちゃんもいつか……」

 

「多分……難しいと思う」

 

 本当にいい子で好きなんだけどねと、お姉ちゃんは続けて言う。残酷な話だ。中須君がどんなにお姉ちゃんが好きでも、恋愛対象という土俵にすら立てないなんて。

 

「それで、今日かすみちゃんから訊いたんだけど、中須君元気がなくてコッペパンを作ってないんだって」

 

「え?」

 

 お姉ちゃんの言葉を聞いて耳を疑った。あの中須君が? パンを作ってない? それだけショックだったんだ……。

 

「彼方ちゃんが頼むのもおこがましいかもしれないけど、かずま君のこと見てあげて?」

 

 お姉ちゃんが託すように頼んでくる。中須君を元気付けたいけど、お姉ちゃんには多分できない。お姉ちゃんのためにも、中須君のためにも、私にできることをやろう。

 

 

 

 

 

 

「お待たせはる子! 待った?」

 

「いや、私も今来たところ」

 

 日曜日、私は部活帰りのかすみんさんと駅で待ち合わせしていた。

 

「それじゃあまずスーパーで材料買おうか」

 

「はい!」

 

 今日はかすみんさんからハンバーグの作り方を教わる。前に挑戦ときは形が崩れてしまった。お姉ちゃんは満足そうに食べてくれたけど私は納得がいかない。今日でしっかりとマスターしてリベンジするんだ。

 

 スーパーで材料を買ってかすみんさんの家に向かう。お邪魔するのは初めて。当然、中須君もいるはず。

 

「それでは問題! お料理をするときに大事なことはなんでしょう?」

 

 家に向かうまで道のりでかすみんさんがクイズを出してきた。

 

「え、えーと……なんでも強火で焼かない?」

 

「それも合ってるけど、もっと気持ちのこと」

 

「うーん、分からない」

 

「正解は〜……愛情を込めること♡」

 

「はあ」

 

「あぁ〜信じていないなあ?」

 

 信じてない……訳ではない。半分くらいは信じてる。ただどれだけ愛情を込めてもハンバーグが上手く作れなかった。愛だけじゃどうにもならないこともあると思う。

 

「彼方先輩、はる子の料理を幸せそうに食べるでしょ? それは愛情がたっぷり込められているからだよ」

 

 うーん、どうだろう? お姉ちゃんだからなあ。

 

「だから今日作るハンバーグ食べたら、かずもきっと元気になるよ」

 

「……なんの話?」

 

 惚けてみたけど、かすみんさんはニヤニヤと笑みを浮かべている。私の目的は見透かされていたようだ。

 

 今日ハンバーグの作り方を教わる目的はふたつある。ひとつはリベンジとしてお姉ちゃんに完璧なハンバーグを振る舞うため。もうひとつは中須君に元気になってもらうためだ。

 

「着いた! ここだよ〜」

 

「お、お邪魔します……」

 

 話しているうちにかすみんさんの家に到着。中須君が住んでいるところと思うと少し緊張した。

 

「おかえり~……あれ、近江さん?」

 

 玄関を通されると早速中須君と出くわした。エプロンを着ていて、それに私とお姉ちゃんがプレゼントした猫の手のミトンをつけている。かわいい……。

 

「あれ、かずパン作ってた?」

 

「まあね」

 

「おお、よかった~。全然作ってなかったから心配してたんだからね!」

 

「ごめんごめん。でももう大丈夫だから」

 

 時間が経ったおかげか、中須君はコッペパンを作れるようになったようだ。

 

「じゃあ私たちハンバーグつくるからあとでコッペパンと一緒に食べよう!」

 

 中須君が元気になったのならひと安心。かすみんさんと私はハンバーグ作りを開始した。

 

 

 

 

 

 

「完成〜」

 

 数十分後。かすみんさんに教わりながらなんとかハンバーグが完成した。形もきれいだしおいしそう。……一応、愛情をこめたつもりだ。

 

「かずー、コッペパン持ってきて~」

 

「あーい」

 

 中須君がコッペパンを持ってくる。そのコッペパンを見てかすみんさんと私は口を開けて固まった。

 

「……中須君」

 

「これ、なに?」

 

「なにってコッペパンだけど」

 

「おおう……」

 

 かすみんさんが困惑するのも納得できる。なぜならそれは、とてもコッペパンに見えるものではなかったから。

 

 まず色、パン全体が濃い紫色をしている。ブルーベリーとか紫キャベツとかそういう次元じゃなく、明らかに食べ物がしていい紫をしていない。

 

 そして見た目。なんかコッペパンから赤い角がいくつか生えている。

 

「これ? これは鷹の爪。近江さんをイメージして作ったんだけどどうかな?」

 

 鷹の爪!? 私をイメージして!? なんで……え、ツインテール? もしかして私のツインテールなの!?

 

 不安しかない。けれど中須君はコッペパンに真剣に向き合ってたはず。きっとこれも味はおいしいはず……。……信じていいよね?

 

 私とかすみんさんは目を合わせ、意を決して魔のコッペパンに一口齧り付いた。

 

 

「ぅ……」

 

「……かず、これ何入れたの?」

 

 

「えっと……パンチを効かせるためにキムチ、そしてスーパーフードとして注目されているケール、あとはプロテインと生クリームを混ぜたのを入れたんだ。良かったら今度スクールアイドルの練習の差し入れに……」

 

「まっっずぅい!!!」

 

「え?」

 

 中須君の言葉を遮り、たまらず私は叫んだ。

 

 

「まずいよ!」

 

「今までずっと私のために作ってくれて、そもそも他の人が作ってくれたお料理にこんなこと言うのはダメだと思ってたけど、言うねっ!?」

 

「まずいよ!」

 

 

「は、はる子……落ち着いて……」

 

「私をイメージしたのがこれ!? ショックだよ! あとこれ差し入れにしようとしてたけど信じられない! テロだよ!? バイオテロ!! 私たちのグループ潰す気!!?」

 

「お姉ちゃんにフられて辛いのは分かるよ! 私でも立ち直れる気がしないもん! でもコッペパンは中須君の夢でしょ!? 」

 

 好きなことにまっすぐな中須君が好きだった。

 

 そんな中須君がお姉ちゃんにフられて、コッペパンも満足に作れなくなっている。誰かが支えてないと心が壊れちゃう。スクールアイドルを辞めようとお姉ちゃんからも距離をとっていた頃の私は中須君に支えられてなんとか踏ん張れた。今度は私が中須君の支えてあげたい。

 

 そのためにも私は思ったことを率直に伝えた。中須君は目をパチクリさせて固まっている。……あれ、支えるどころか叩き過ぎちゃった? 

 

 そう心配していると、中須君は静かにコッペパンを手に取り、そっとそれを口にした。

 

「……まっずい」

 

 顔を歪めながらそう呟く。というかこの紫色はなんなんだろう? 中須君の説明を聞く限り紫色の食材なかったよね? 言いたいことを言って変に冷静になった私はそんなことを考えていた。

 

「パンを焼けば気持ちが晴れると思ったんだけどな〜」

 

 そう言いながら中須君はパンを口にする。あれを食べ続けるなんてただの自傷行為だ。お姉ちゃんにフられた傷を誤魔化すためとはいえ、そんなことを続けたら心だけじゃなくて身体も壊れちゃう。私がなんとかしないと……。

 

「カラオケいかない?」

 

「え?」

 

「思いっきり歌おうよ! 大声出すだけでもストレス発散になるよ?」

 

 友達がフられたり彼氏と別れたりしたとき、クラスのみんなでよくカラオケに行った。他にもファミレス行ったり海で叫んだり……とにかく色々遊んで友達を慰めた。

 

「いやでも……」

 

「問答無用! ご飯食べたら行くよ! かすみんさんも来てね!」

 

「え? かすみんも!?」

 

 もちろん。人数は多い方がいい。ハンバーグを食べ終えた私は、中須君の手を引っ張って近くのカラオケ店に向かった。

 

 

 

 

 

 

「本当に好きでしたあ゛ッッ!!!」

 

 

「うぉぉおおああ!! かすみんかわいいかわいい超かわいいいいい!!!」

 

「お姉ちゃん!!!」

 

 

 

 この思いつきから始まったカラオケは夜遅くまで続いた。かすみんさんまで普段からは考えられないような激しい歌を歌っていて新鮮で楽しかった。

 

 帰る頃にはみんな喉がガラガラで、お姉ちゃんにすっごく心配された。明日練習なくて良かった〜……。

 

 

 

 

 

 

≪かすみ≫

 

 はる子とのカラオケから二日経ちました。昨日は喉がガラガラの状態で同好会の練習に参加して、せつ菜先輩にこってり怒られてしまいました……。

 

 一方かずはと言いますと……。

 

 

「よし、できた」

 

 

 かずは少し前のようにコッペパンを作っていました。作ってるのは至って普通のコッペパン。心配で見ていましたが変なものを入れている様子もなく、味も問題ないはずです。

 

「かず出かけるの?」

 

「うん。近江さんにパン届けに行くんだ」

 

「ふ〜ん……」

 

 カラオケに行ってかずは前のように戻りました。まだ彼方先輩にフラれた傷は癒えてないみたいだけど、ちゃんと前を向けています。その手助けをしてくれたのがはる子。今日もスクールアイドルの練習で、お昼をかずに頼んだみたいです。

 

「やるじゃん、はる子」

 

「なんだって?」

 

「いや、なんでもない」

 

 失恋の心を癒すには新しい恋。果林先輩の言葉を思い出しました。

 

 上手くいくといいね、はる子。

 

「じゃあいってきます」

 

「いってらっしゃ〜い」

 

 かずを見送る。これからどういう風になるんだろう? お姉ちゃんとして見守っていきたいと思います。

 

 





次話10月16日更新予定。

 今回のコッペパンの材料は、せつ菜が毎日劇場で入れようとしたものです(20年11月15日、22年2月13日)
 アニメ1期の合宿直前の時間軸なので歩夢ちゃんが曇りがち

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第8話 みんなの夢
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