ゆっくりと横になっていくウタを抱き留めると、ルフィは己の膝を枕にさせた。
極々自然な仕草。それも、壊れ物を扱うような、繊細な手つきで。
今日、島に来てからここまでのルフィからは想像の出来ない。一連の動作全てに、優しさが溢れているようだとウソップには思えた。
「へぇ? 大事なんだなウタが」
「ああ、俺の大事な幼馴染だからな」
眠るウタに配慮した小声で、ウソップの口からつい揶揄う文句がまろびでた。ルフィもまた小声で、誇らしげな顔で頷く。
安心しきって微かな寝息を立てるウタ。ルフィはその穏やかな寝顔に日差しが当たらぬよう、そっと麦わら帽子を載せた。
「たしか昔子供の頃に村でって話してたよな? お前らそれからどのくらいの付き合いなんだ?」
「ああ。シャンクス達の船に乗って来たって話をしたろ? あれからだ、あれがだいたい10年くらい前だな」
「そっか10年か、そりゃ長い付き合いだな──」
ふとそこでウソップの胸中に当時のウタ、それこそ声は出たのかということや、ウタとシャンクス達との関係性について好奇心からの疑問が湧く。……が、野暮だなと抑えた。
その質問は、土足で人の内面に踏み入るようなもの。
どうせ聞くならルフィとウタ、2人のことを聞くべきだろう。
「幼馴染同士で海賊にかぁ。仲良すぎだろお前ら」
「しし、離れねェって約束したからな」
「ぶっは、おお、おお。お熱いねェ」
「暑い? むしろここ風の通りが良くて気持ちいいじゃん?」
「え?」
「ん?」
「──」
2人の仲を揶揄ったら、いたって平静で返してきたルフィの澄んだ眼差しに、ウソップの脳内が白んだ。
「? ウソップ? どうした黙って」
「ぁ、ぁあ? や、その」
ルフィの声に気を取り直す。
照れて誤魔化している、といった雰囲気ではない。揶揄われたのだとも思っていない顔だった。
──え? まさか素か? 素であの態度なのか? 幼馴染の距離感ああいうもんなのかってマジ?
分からない。幼馴染なんて身近にいるのはあのウソップ海賊団の子供達くらいだ。
だが分からないまま勝手に、男女の仲なのだろうと考えて触れる話題ではないかもと、考えを改めた。考えるのをやめたとも言う。
「いや別に……か、海賊になって何がしたかったんだ?」
海賊、ウソップの夢でもある海の戦士。その第一歩を踏んでいるルフィに、それならと尋ねる。
今日会っただけの仲だが。この自由奔放がよく似合うルフィという男は、海賊として何を目指しているのかと気になったのは確かだった。
「そりゃ決まってる。海賊王になることだ!」
「へー、かいぞくおう……──か、海賊王、ってあの……?」
ウタに膝を貸しているからか、小さく胸を張ったルフィが何気ない態度で、しかし堂々と言い放った。
その単語を聞いて、ただ同じ単語を繰り返すだけでウソップの声は震えた。
「そうさ。俺は船を手に入れて、仲間を集めて、
微塵の揺るぎもない声でルフィが語る。
自信に満ち溢れ、力強く夢を言い放つルフィに。知らず、ウソップは喉を鳴らして聞き入っていた。
「お、おおおー……そりゃすげェ、夢のある話だな」
「ああ、絶対なるって決めてんだ」
「……いいなぁそりゃ」
ウタとルフィの関係性に戸惑っていたウソップの心が、なんとも壮大な夢の話に踊り出す。
海賊王……ウソップの夢からして、その称号には焦がれるものがあった。
「ウタもそうなのか? 2人で海賊王になるぞー! ってか?」
「はっはは、ウタとならそれもいいな! いややっぱ海賊王は1人のもんだから、その時は勝負しねェとな」
「勝負っておい。ん? ってことはじゃ違うのか」
「さあ?」
「さあってお前同じ船に乗って旅してきたんだろ? 夢の一つくらい聞いてるもんだと」
「だって
「──は?」
自分の夢を持っていないではなく、知らない。さっぱり分からんとウソップが大きく首を傾げた。
だから、と言葉を続けて。
ルフィがニコニコとした笑顔を浮かべる。その眩しいくらいの笑みが、膝の上で眠るウタに向けられた。
「楽しみにしてんだ! いつかウタから、ウタの夢を聞ける日を」
心の底から漏れ出たような深く温かみのある声で、ルフィが囁いたようにウソップには聞こえた。
ルフィの話は分からない。意味がさっぱりだ。
ウタ自身すら知らない夢を、ウタから聞くとはどういう意味か。
正直話はよく分からない。けれども。
ウタに語りかけるようなルフィの姿に、ウソップは何故か、ずっと語り合って来たカヤとの日々を重ねて。
心からそれが叶う事を願った。
「──そ、っか。事情はよく知らねェけどさ、ルフィ。いつか聞けるといいな、それ」
「にっししし、ありがとう。……ウソップはどうなんだ? やっぱりヤソップみたいな海賊になるのか?」
「おうとも! まあいつかな。いつか俺はお前みたいに海に出て、親父みたいな仲間を作って、勇敢な海の戦士になるんだ!」
あの執事には散々バカにされたけどよ、とウソップは声を曇らせつつも、夢に思いを馳せるように海を見るべく立ち上がる。
崖下に、眼下に広がる大海原に向けた時──。
「あ? なんであいつがこんなところに……?」
件の執事がそこにいて、見知らぬ誰かといる光景に、言いしれぬ不安に包まれた。
「どうしたウソップ?」
「しっ」
急に崖を覗き込むようにして伏せたウソップに問うも、静かにと示されるだけで何も答えが来ない。
何かしらを聞いている様子のウソップにつられ、ルフィも耳を澄ましてみるも、波音と海風が聞こえるだけであった。
聞こうとするならウソップに近寄るしかない。
ただ、膝上で眠るウタを放っておくほどの興味も持てず。
「なんだってんだよ」
ルフィが唐突な暇に口をとがらせている間。ウソップは崖下の密談に、その内容に恐怖し、総身を震わせながらも逃すことなく聞き入っていた。
◇
てしてしと軽く頬をつつかれるうちに目が覚めた。
「起きろ、ウタ。ゾロ達が迎えに来てる」
上からルフィが私の顔を覗き込んで言う。そういえば外で寝ていた事を思い出す。
もう日が暮れていて、空はすっかり茜色だった。
ルフィのヒザから身体を起こして、そのヒザをポンポンと触りながら笑いかけると「おう」とルフィは微笑み返してくれた。
「ようお2人さん。待ちくたびれたから迎えに来たぞ」
「案内ありがとうたまねぎくん。あとの2人にもよろしく言っといて」
「いいよこのくらい。それじゃぼく先に戻るね! さっきのキャプテン変だったし、ぼくもやっぱり気になるから」
「そう。大丈夫と思うけど、気をつけてね」
「へーきだよ。じゃあ!」
たまねぎくんが元気に手を振って、来た道を駆けて戻っていくのを見送る。
キャプテンが変だったってウソップだよね。なんだろ?
「あんたたちウソップといたんでしょ? アイツに何があったか知らない?」
「どういう意味だ?」
「村でウソップとすれ違った時、こっちに目もくれず突っ走ってたんだ。ガキ共も初めて見たって驚くくらい鬼気迫った顔でな」
そうなんだ。それで。
けど、私は寝ていたし、首を横に振るしかない。
ルフィは? と3人して目を向けた。
「知らね」
よっ、と言いながら跳ねるようにして立ち上がったルフィが、「ただ、何かはあったみてェだ」と麦わら帽子を被り直しながら続ける。
「ここからこの崖下に何か見つけたみたいでよ。ちょうど……ここだ。ここでしばらく静かにして、急に無言で怒り出した。屋敷を飛び出した時よりずっと怒って、それからいきなり走って居なくなりやがったんだ」
「崖下か」
4人して覗いて見るけどあるのは岩だらけの海岸だ。ウソップが怒るような何かがあるようには見えない。
「何にもなしと。んー、あんなに怒ってるなんて何があったか気になるわ」
「まあな。ただ結局アイツは同じ船のよしみもない、他人も他人。訳もわからず首を突っ込む義理はねェんじゃねェか?」
「ウソップの親父のヤソップは、俺とウタにとって大事なヤツなんだ。いつかこの帽子を返しに、会いに行かないといけない、偉大な船の船員でもある」
意外な繋がりだったんだろう。
声もなく驚いている2人にルフィと一緒に向かい合って、目を見つめた。
「『ヤソップがいっつも口にして、大切に想っていたウソップがもし困っていたら、助けたい』」
「ヤソップもウソップも、すんげェ良い奴だ。いまウソップがもしも困ってたら見捨てらんねェ。探そう」
ぽかんと口を開けていた2人が、少しずつ笑みを浮かべていく。
「分かった。そんな風に言われちゃったらね。ま、とりあえず探して話を聞いてから判断しましょ」
「そういう事情があるなら、協力するのに否やはない。とっととアイツを見付けに村に戻るか」
快く引き受けてくれた2人だった。
嬉しくて頼もしくって、たまらず、「『ありがとうー!』」「お前らだいすきだー!」ってルフィと一緒になって、ナミとゾロに飛び付いた。
現在、小言を零されながら足早に歩いている。
急ぎなんだから後にしよーよー。
「急に抱き着くんじゃないって言ったわよね?」
「『はーい』」
「嬉しくなって飛びつくなんざするんじゃねェ。一海賊団の船長だろルフィお前」
「いいじゃねェか減るもんじゃなし。なあウタ?」
「『その通り!』」
「こっちが恥ずかしいってんだ!」「こっちの事情も気にしなさいってのよ!」
揃ってそんな怒鳴らなくたってよくない? とルフィと目を合わせて不貞腐れながら歩く。……だいたい昼間はナミだって抱きしめてきたじゃん? 言ったらまたあの時のことをルフィの前で掘り返されて怒られそうだから言いませんけど。
後ろの2人から大きなため息をつかれつつ、森を歩いている。夕方だった空が徐々に徐々に、夜へと変わるだろう頃合いになってきた。
村が遠目に見えてきた頃。同時に、探そうとしていたウソップが見えた。
なんだスグに見つかった、と4人して拍子抜けして足早に近づいて、目を疑った。
ウソップの歩きは弱々しい。
腕も怪我しているのか抑えている。
途方に暮れた顔で、唇を噛み締めて、村を悲しげに見つめながら歩いている。
ひたすらに、苦しんでいる様子だった。
「ぁ、お、よ、よう! お前ら! そっかあそこに置き去りにしちまったよな! ごめんな、急用思い出してよ、っははは」
沈痛な面持ちのウソップに、コッチがどう話しかけたらいいか悩んでいるうち。遅れて、私達が近くにいると気付いたウソップが喋り出す。
笑顔で、陽気な声で。……あからさまに取り繕って。
ウェストポーチから包帯と消毒液を取り出しながら近付く。ウソップが何か言ってるけど聞こえない。
「! いやなんで消毒液と包帯なんて持ち出してんだ? そんなのいま必要ないって」
「っ」
「んな、なにウタこりゃおいなにすいぃいい゛イ゛ッッ!」
腕を隠そうとするから能力の五線譜でその場に張り付けにして、強引に処置を始めていく。
傷自体は小さい……銃弾の傷だったから処置はすぐ終わった。
解放するとウソップは「……あ、ありがとう」とだけ言って口を噤んだ。
しばらくして。
「……恥を忍んで、お前達に頼みがある」
だんまりと俯くウソップがおもむろに顔を上げて、震える唇を動かしそう言った。
「わかった。いいぞ」
「ああ実は……ってまだなんも話してもいねェよ?!」
「なんだっていいぞ。話したきゃ話せ」
「話させろやまず!」
「だからいいぞって言ってんじゃねェか。話しても話さなくてもいいぞ、俺は別に」
「なんっつー雑さだおいーっ!?」
「思いの外、元気だなウソップのやつ」
「空気、変わったからじゃない? あっさり」
「『ルフィだからね』」
ルフィの返しからあっという間に重々しい空気が霧散していた。
「いやもう……とりあえず何があったか話すよ。──ただここじゃちょっとよくねェ、こっちだ」
村の近くじゃ話せない、というウソップに連れられて、来た道を引き返していく。
さっきまでいた崖を横目に、海岸へと続く坂道を降りた所でウソップは手近な岩に腰掛けた。
「ルフィとウタと、……あの辺りで色々話し込んだ後だ。俺はあそこから、この海岸になんでかいたカヤの執事のクラハドールと怪しい男とのとんでもない話を──カヤ暗殺の計画を聞いちまったんだ」
暗殺計画? カヤってウソップがずっとお見舞いに行ってた相手だったはず……え?
その人の執事がなんでまた?