私の能力による拘束が解けたとほぼ同時。
ウソップの一撃が無防備なクロの顔面に直撃し爆発した。
黒煙を引きながら大きく吹き飛んで、何度も何度も地面を転がって……クロはピクリともせず倒れ伏した。
「あ゛ぁぁあっっぁ゛……っ!」
無茶するなあウソップ。
苦しげに呻いたウソップが膝を着いて、地面に頭を擦り付けるように倒れる。
私も横を向いて転がってるから、あんまりよく見えない。
けど。
物凄く満足した顔だけはチラッと見えた。
そんなウソップの顔を見て、勝ったんだと実感が湧いて、猛烈な眠気に襲われる。
「へ、へへ、へ、か、勝ってやったぜ、ちくしよう……って、そうだウタ」
ああ、痛むだろう両手でどうにか身体を起こしたウソップが、私に振り向いて声をかけてくる。
……なんて言われてるかボンヤリだ、顔もイマイチはっきりしない。
とりあえず……もう限界だ。何か答えたくて……も、もう答えられそうに……ない。
せめて眠気……限界って伝え……ないと、……寝る前に右手……一筆……あ。
なんかいい感じに使えそうなインクがすぐ目の前にあるからコレを指先につけて地面をちょちょっと……。
〖ね る〗
「あーそっか眠いのかそりゃあんだけ──ってそれわざわざ血で書くほどのことかよっ!?」
怖いわっ!? ──ウソップの声がちっとも聴き取れない。
私の一筆は伝わったのかどうか……なんでもいいゃ……。
なんだか遠くから響くようなウソップの声をまるで子守唄のように感じながら、眠りについた。
………………
………………
………………
目が覚めたらここ最近見慣れた船じゃなく、知らない部屋の随分と綺羅びやかな天井がそこにはあって。
「──ウタ?! ウタ! 起きたんだな!? 起きたんだな!! 良かったウタが起きた……良かったー! ウタが目ェ覚ましたぞぉおお! 良かった良かった良かったぁああぁぃいやっほぉぉおおーっっ!!」
起きて早々、すぐ傍にいたルフィが、思いっきりベッドの周りを飛び跳ねながら叫んでる。
寝起きの頭があっという間に覚醒していく。
そうだ。クロをウソップと倒してその後はとにかく眠くて仕方ないから眠ちゃって……。
ルフィが呑気に喜んでるし、だいたい片付いた後だろう。
そして結構寝てたらしい。思いっっきり伸びをすると小気味よく体が鳴った。
髪留めはベッドサイドのテーブルに見つけたからとりあえず一結びにまとめて。
戦闘だからと、船に置いておいたはずのヘッドホンまで一緒にあって感謝しながら被った。
何かを聴くわけじゃない、けど耳に何も無いと聴こえ過ぎて普段通りにいるのは妙に落ち着かないのだ。
クリーム色の寝巻き姿なのはきっとナミが替えてくれたと信じて……身体をあっちこっち見られたのは少し違う意味で恥ずかしい所。
とりあえず、折を見て礼を伝えないと。
「よぅ、起きたって?」
「まったく驚かせてくれたわよ。ウタには色々言ってやりたいとこ、なんだけどちょっとルフィッ」
ルフィのおぉぉおっっきなその声が聞こえたのだろう、少ししてまず部屋に入ってきたのはゾロとナミだった。
ゾロには呆れたように、口元が緩んだ顔でため息をつかれた。
ナミは延々と飛び跳ねるルフィを捕まえて殴りつけて「アンタの家か」って怒っている。
でもねルフィ、飛び跳ねるのは止めたけど殴られて「効かん」じゃなくてさ、またそんな余計なこと言ってると違う理由でナミまた怒るよ?
「あっはっはっは! あー、起きた起きた! ウタが起きた! あー良かった! 昔っから無茶するよなーウタは!」
は? ルフィには言われたくないんだけど?
「ウソップのやつに聞いたぜ。戦闘の跡も見た。随分と、派手にやり合って根性見せたみてェだな」
派手に根性って。
確かにそうなんだけどそう言われてしまう評価は乙女的に……ああもっと華やかに戦いたかった。
「ただ、よ」
歯切れ悪そうに「あー……」とルフィをチラッと見たゾロが、ため息混じりにまた口を開く。
なに? 今の視線。
「……まあいいや。とにかく、
言い淀んでおいて結局ゾロまでそれを言う? むぅ。
「『初対面で無茶な絶食にチャレンジ中だったり、全身に火傷作ってくるあたり、ゾロも人の事言えないからね?』」
「あ? ……なんの事だそりゃ」
え……ああ。
ゾロもルフィと同じでどうでもいいことは忘れるタイプだったか。
「『ゾロもあんまり無茶しないでねって、それだけの話だよ』」
「しみじみしてるけどこの話、元はと言えばウタが無茶したことから始まってるからね?」
「『だってどうしてもあいつをブッ飛ばしたかったからだもん!』」
「へー、ウタがそんなにムカつくやつだったのかあのワル執事」
「『そうだよ! 子供泣かせてカヤさん虐めて、ウソップとヤソップにとって大切なこの村を襲おうとしてさ!』」
「そっか。じゃあ、ブッ飛ばせてよかったな!」
「『うん! ウソップがやったけど爽快だった!』」
「しっしっし。そりゃ俺も見たかったなァ!」
「……ほんと」「……似てんな」
結局非力な私が殴った所でどうにもならないので、火力はウソップ任せでしたけどー!
……結局最後の最後しかマトモに捕まえられなかったし、そこでウソップが捨て身で来てくれなかったらどうなっていたかとも思う。
あいつは、強かった。それにあいつの手下達も。
今回、私には火力が足りてないって改めて実感することばっかりだったな。
……火力、攻撃力かぁ……。
「だからってあんなにボロボロになるまで頑張らなくても、別にコイツらと囲んでボコボコにしたって良かったじゃないの。どうせそういう外道で下衆野郎共のボス猫だったんだから」
そ、そこにはあのウソップが子供達とカヤさんとか村の人達がーとか。
私の家族が大切にしてる思い出の村だからーとか。
ルフィやゾロといえど簡単には譲りたくない心の一線がそのあの。
うーん、というか……。
「『ナミって海賊嫌ってる割に発想がえげつないよね、魔女か何かなの? 可愛いし綺麗だけどそれはそういうことなの?』」
「ははっ。いやいやウタ、コイツは鬼だろそれを言うなら」
「あ! じゃあじゃあ俺は悪魔だと思」
「お゛い」
あ゛ぁ゛──っっ!?
「皆様方、メリーです。ウタ様がお目覚めになられたと聞き、うかがいました。つきましてはルフィ様のご要望どおりお食事の……あの?」
あ、ぅぁ? なんかシツジみたいなヒツジさんが、……ああ、違う?
頭の上がぱっかーん! とくす玉みたいに割れるんじゃないかってくらい殴られた衝撃で、目の焦点が定まらない。
ヒツジさんじゃない執事さんだ。
クロとかいう下衆外道の海賊執事とはまるで違う、見た目からほんわかとしたオーラを漂わせている。
もしかしてここってカヤさんのお屋敷なのかな。
天井もやたらと綺麗だったし、ベッドの感じもすっごく気持ちよかった。
なんか宿の一室とかと比べても……清潔感……気品……そう!
格が違うお部屋だ。
まあ、今はそのお屋敷の執事さんは目を点にして、3人が頭を抱えて1人に怒られてる光景を見ておられる訳ですが。
「アンタ達ねェ……! 好き勝手人をこき下ろすなんてぶん殴られるわよっ!」
「お、ぉおおぉ゛……おぉ゛っっ!」
「あっはっはっは! ゾロもウタもすんげェ痛そーだなァ!」
「……ゴム人間には殴るより
「え゛? ああ、そりゃー効くよ。だけどよ、あのなーナミ、だからお前のそーゆーとこがだな俺は悪魔だっテ゛ェッ゛」
余計な事を言うことにかけて
ああ゛ぁぁ゛ーっ!
……なんてそんな悲鳴を上げて額を抑える幼馴染に、こっちの痛みも分からないで笑っていた事を思えばいくらかスッキリした。
……ところでそれ、ルフィの折檻のために刺す流れを想定して持ってたわけじゃないよねナミ?
いや、うん。……そんなことよりさー!
ようやく頭頂部の鈍い痛みが薄れてきた。
それでも痛いから擦りながら、ベッド上から目に力を込めてナミを見上げる。
「『けが人に対する仕打ちじゃない!』」
「けが人? 誰がよ? 昨日寝てるアンタの包帯取り替える時ぶったまげたわよ私。あの大怪我の傷口が
おかしいってそんな事を言われても私には小首をかしげるくらいしかできない……。
「肉食ったからだろ」
「酒飲んだのか?」
「そんな理由で治るかっ!!」
寝てたのにそんなことできるわけないでしょうがまったくもう……。
「『寝たから!』」
「寝て治ってたまるかぁぁああっ!!」
あぁそれか、って後ろで2人は納得してるのに!? ……そういえばどのくらい寝たんだろ。
そう思ってルフィを見たら「丸々2日寝てたぞ」と教えてくれた。
2日かァ……ふーむ。
「たまに俺はお前らの仲が怖い」
「ゾロもそう思うのね……」
「んん? なんで?」
「いや、いい」
「あー、私も。なんでもない」
「?」
うーん……2日寝たんだ。
昔、同じように怪我した時は、その日に寝たら次の日には治ってたことがしょっちゅうだった。
今回は2日かぁ。それだけ消耗したってことか。
自分の体のことながら、どういう仕組なんだろうか。
んんんん──まあエースもルフィも「肉食って寝りゃ治る」って話してた。
なら単に体質。
そして便利だ。
気にしなくていーやっ!
「えぇーと、あの、皆様方。そろそろ、私の方もよろしいでしょうか?」
あ。
(気を取り直した)メリーさんが「お食事の用意を致しましょうか」と提案してくれた。
なんでも私が起きたらそうしてくれって話だったらしい……ルフィか。
「じゃあ頼む! やーよかった、俺はらぺっこぺこだったからよ! いこうぜウタ!」
皆が「用意するって話だ」って言う声も聞かずに、ルフィは私の腰を腕で包み込むと、横抱きにして部屋を飛び出した。
た……体勢が大変恥ずかしいけど、肩に担がないだけ良しと、しよう、うん。
それに……まーた我慢させてたみたいだし。
ルフィが最初にナミに殴られた時から私には聞こえてた。ぐぅぐぅぐぅぐぅ、お腹の鳴る音。
ルフィってばまーた我慢していたんだ。
私が怪我して眠った次の日は、いっつもそうやってお腹空かせてたっけ。
広い通路を小走りするルフィのお腹を、腹の虫を撫で付けるように擦りながら顔を見上げる。
穏やかな色が映る瞳と目が合う。
「しょーがねェじゃん。ウタが具合悪い時に食ったってなんでか美味くねェし。てかウタ、しし、それくすぐってェ」
口を尖らしながら、ちっちゃく肩を揺らしながら、そう言って笑うルフィに、私もつられて笑顔になった。
でも……ご飯の前に顔ぐらい洗いたいな。
待ってくれたルフィの手前、もし食事がすぐ出るなら食べ始めてから席を外して、まだなら先に洗面所を借りさせてもらおっと。
…………
厨房を鼻で嗅ぎ取り突き止めたルフィに、抱かれたままの体勢でコックとシェフの方々と、たまたまいたというカヤさんに出くわした私が、壮絶に恥ずかしい思いをした事だけは忘れたい……!
ルフィを振り解いて。
食事の準備ができるまでと食堂に案内されて、ルフィを置いて、私の能力に驚くカヤさんと少しおしゃべりしながら洗面所まで連れてってくれた。
しかも……シャワーもあるからどうぞご自由に? っていいの!?
洗面所のことしか言わなかったのに!?
え? タオル類も?
代わりの下着も?
石鹸類も?
ええ!? クロに引き裂かれた服も洗って補修してああ完璧に……!?
……い、至れり尽くせりって、こういうことを言うんだね。
「へ? う、ウタさんっ!? えぇえと、し、失礼します」
体感したことのない高待遇に、思わず泣いた。
そしたらすっごいいい匂いのするハンカチで、わけも分からないって顔をしながらだけど「何かお怪我に響きましたか?」って心配しながらカヤさんは私の涙を拭いてくれた。
こ、これがお嬢様……!
正直お屋敷にいるお嬢様って初めて聞いた時、お嬢様なんて憧れるなー、私もなれるかなぁなんちゃって、なんて考えてたけど。
無理、無理だよ……。
こんなに、人に厚意を向けて、それでいて品のある仕草で涙を流す誰かの頬を優しげに拭うなんて……!
私じゃマネできないよ……!
もしルフィがめそめそ泣き出しても頭を撫でてあげることくらいしかできないよ……!
いつかヤソップに会った時には伝えないと……!
ウソップにはー! とっっんでもなく可憐で、器量良しの、年下のお嬢様で、仲の物凄く良いお友達が村に居てねー!
っって! 絶っ対に伝えないとっっ!!
「『いつかヤソップに会えたらカヤさんのこと絶対に伝えとくからね。いい人だって絶対に伝えるからね』」
「や、やそっぷ、さん? とは、どういったお方なのでしょうか?」
ウソップのお父さんと伝えたら色々と聞きたい事があるような顔をしながら、突然、なにかを思い切るように「あの!」と大きい声を出されて驚く。
ただ本人も驚いて「いえ突然大声をああええと」と慌ただしく取り繕う。
けど繕えてなくて可愛くて和む。つい頭を撫でてしまう。
わー……フワッサラサラだ、なんてステキな手触り。
ついつい撫で過ぎて困惑させたけど、落ち着いた用でなにより。
「『で? どうかした?』」
「あの、……まず、助けてくれてありがとうございました。あの時……海賊から私を助け出してくれたのはウタさんのお力だったと聞いています。感謝しています」
綺麗なお辞儀をされて戸惑う私に、カヤさんが「それで」と話を続けていく。
ただ、表情は物凄く話しづらそうだけど、どうしたんだろう。
「あの、あの日……ウソップさんは──」
あの日、あの後。
ウソップは意識のない私を抱えてルフィ達のいる海岸までやって来た。
自分だって傷だらけの身体で、それでも私の手当を、とルフィ達に叫ぶウソップ。
クロに戦いを挑む前に取り決めた通り、子供達に連れられたカヤさんは私達の船にいて、そんなウソップを見て驚いたらしい。
「ウタさんを抱えて、自分だってあんなに傷付いてるのに、あんなに必死になって、助けてやってくれって叫んで……。あんなウソップさんを、私、見たことなかった。……あれもウソップさんらしいとは思うんですけど」
暗い顔で力なく笑うと。
カヤさんは迷うように目を彷徨わせる。
何度も、浅い呼吸を繰り返して、ゆっくりと口を開いた。
「ウタさんは、ウソップさんの事を──どう思われていますか?」
消え入りそうな声だった。
私じゃなかったら聴き取れないんじゃないかってくらい。
俯きながら両手の指先をもぞもぞと、随分とそわそわしてる……。よく分かんないけど何やってても可愛いなカヤさん。
「『ウソップをどう思うか』」
「──はい」
ウソップを『どう』思うか、かー。
うーん。そうだなぁ、あの時一緒に戦った感じからすると。
「『やっぱりね』」
「……はい」
短所は逃げ腰。
襲撃前日でもちらほらそういう言動は消えなかった。
けどなんだかんだ土壇場には立ち向かうから、実質あってないようなものだ。
「『ヤソップの息子なだけあってね』」
「は、い……?」
武器自体の発想も射撃の腕も良かった。
守るためにどうするかの考えは持ってたし行動力もあった。
うん!
「『磨けば、もっと強くなれると思う!』」
「そうでしたか──そうでしたか?」
胸を張って答えた私に、なんでかカヤさんは首をひねるだけだった。
まるで旅立つ前、ルフィをどう思う、って聞いてきたエースを思い出す反応だ。
なんか間違った?