兄貴たちー! 姉貴たちー!
叫ぶジョニーの声に、「姉貴……」と不満顔のナミをまあまあとなだめながら船室を出る。
メリー号の向かう先を見て胸が弾んだ。
想像よりずっっと面白可笑しくって、可愛らしい建物が海の上に確かにあった!
「あれが、海上に浮かぶレストラン、バラティエです!」
「でっけー魚だ!?」
「ファンキーだなおい!」
ジョニーたちと船首近くではしゃぐルフィとウソップの声に、心のなかで大きく何度も頷く。
大きく口を開けた魚の顔が印象的な船には、3階建ての建物部分が背鰭のように聳えていた。
アレが海上レストラン、バラティエ!
「ぷっ、ウタったら、うずうずしてるの丸分かり……っ」
くっく、とナミに笑われてハッとするも、けど我慢なんかできない!
早くもっと近くで見たい。
内装も気になる。
どんな人が来ていて、どんな人が働いていて、どんな食べ物が出てくるの?
何もかもが気になる!
「げっ」
げっ?
急に聞こえた苦々しいナミの声で、私もメリー号の傍に船が迫っている音に気付いた。
帆に描かれた「MARIN」の文字とカモメの絵柄は、あれは海軍の船だ。
なんだ海軍だ──海軍だ……!!
ようやくナミが呻いた理由に思い当たる。そうだったジョニーが襲ってきた理由もわからない時、なんで襲われたんだろうねって話をしてて私達も海賊旗を掲げてる海賊だからいきなり襲われることもあるだろうなってそうだそうだそう考えて、
海賊船なんだから、海軍船にだって標的にされるじゃん忘れてたー!
海軍船もう真横じゃんマズいよルフィどうすんの……!?
「見たことの無い海賊旗だが、だれが船長だ名乗ってみろ」
「俺が船長のルフィだ! 海賊旗はおととい作った!」
「おれはウソップだ」
なんか雰囲気のある人と呑気に話し始めてる!?
そんな事してる余裕がなんであるのアイツら……!
「お、おととい来やがれっ! ぷぷっ」
「うっはは、ウケるぜそれ相棒」
コッチがこんなに焦ってるのに、乗り合わせてるクセに他人顔で盛り上がってるあそこの2人を懲らしめたいっ……!
……なんて考えてたら、まさか懲らしめられてくるとは思わないじゃんか。
「か、紙一重か」「か、紙一重か」
海軍本部大尉とかいう人に名指しでちょっと煽られただけですーぐ乗り込んでいって、ものの数分でボッコボコにされて帰ってきた2人組の賞金稼ぎは揃ってそう呻いた。そういえば賞金稼ぎだったかこの2人。
負け惜しみなんて男らしくない、なんて追い討ちをかけたくてもこうも顔面アザだらけでぐったりされちゃうと。
本当に仕方がないなあ。
「〚手当要るならするけどどうする? 〛」
「ぇ、っ、す、すいませんウタの姉御、ぁ、ありがとうございます……」
「よろしくおねげぇしやっす! やー、どもっすウタの姉貴。へへ、すいやせん」
放っておくのも忍びないので手当していく。
大尉の人も誰かに呼ばれていなくなって、私達は見逃してもらったっぽいし、ひとまずは安心して良さそう。
……ヨサクはともかく。ジョニーへの印象は悪いままだ。
私に襲いかかっておいて未だに謝りもしない、けどそれはいい、……元はと言えば大砲を打ち込んだこちらに非があるから、あの時襲われた事はどうでもいい。
いいけど、でもさ。
なぜか私の顔を見る度ビクッとされて怯えられる。
これが本っ当に納得いかない。
一言に、嫌なやつっ! という印象が拭えない。
……それに、怯えて震えるようなその目がどうしても嫌だ。
なんだか、やけに傷つくというか。
なぜだか、不安になるというか。
どうにも、胸がざわざわするというか。
ジョニー自身は関係ない、
もやもやしながらヨサクに包帯を巻いてる最中、隣のナミとジョニーの会話が聞こえた。
「……ジョニー、これって」
「あぁそいつぁリストですよ、リスト。賞金首連中のね。見慣れませんか?」
「ん──ええ。そっか、これがね」
「すっげぇ額のやつもいりゃ、大したことない額の──」
賞金首のリスト? ……シャンクスのもあったりするのかな。
っと……ここを結んで、手当おしまいっ。
「まずいぞおいっ!!」
切迫したウソップの声に顔を上げたら、メリー号に照準を合わせつつある大砲が目に入った。
私とルフィ以外、みんなから焦りの声が上がる。
まさか、見逃されてなかった……?! でも、大砲の1つくらいなら!
どうにかしようと今にも撃たれる砲口に意識を集中、しようとして、タンっと船縁で立ったルフィにホッとした。
「任せろ! ゴムゴムの──風船っ!」
大きく息を吸ったルフィの体が風船状に何倍にもなって膨らむと同時、海軍の船の大砲が火を噴いた。
「ふんっ、しし、返すぞ砲弾っ!」
飛んできた砲弾を膨らんだ体で深々と、包み込むように受け止めたルフィは、ゴムの弾力で弾き返した。
店の屋根バラティエに。
………………は?
なんでーっ!?
◇
店に砲弾を跳ね返してしまったその後。
甲板の隅にボコボコにされたヨサクとジョニーを寝かせて。
海軍の船を刺激しないよう、できるだけ距離を置いてバラティエに到着すると。
店に着くなり待ち構えていたコック達に、ルフィは謝りながら両脇を抱えられて連れられていった。
謝罪するならお金を持って行けと言われても、いっそ海軍のせいにしろと言われても、ルフィはうんと言わなかった。
いつまで経っても、変わらないんだからあいつはもう。
過去、あの女海賊の船から頂戴した資金を使えばいいのに、俺がやったことだから船の金は使いたくねェ、だなんて。……変なところで意地張るし。
あるいはナミの言う通り撃ってきた海軍のせいにすればいい話だったのに、そんなことできるような器用なやつでもないからなぁ。
そうしてメリー号に残されて、どのくらい経ったのか。
海軍の船も近くに居る以上、皆気を抜くに抜けない緊張感を漂わせ、ルフィからの報告をずーっと待ち続けている。
到着するまでは噂も聞いたことのない海上レストランという存在に、誰もが浮足立っていたというのにこの展開。
ナミもウソップもゾロも、微かに緊張しながらもつまらなそうな顔を隠していない。
突如、銃声が鳴り響いた。何度も、何度も。
「うおぉおっ!? な、なんだこの銃声!?」
「……海軍の船からだな」
「何発も。騒がしいわね、海賊でも居たのかしら?」
メリー号から離れた位置に停泊している海軍の船がにわかに騒がしくなった。
それはバラティエ店内にまで伝播して、それから少しして静まった。
その後はなんの音沙汰もない。
銃声なんて嘘だったかのように、暇をしていた空気が帰って来る。
「お?」
誰が最初に気付いたか。
思いの外、早々に海軍の船が立ち去って、皆の顔から僅かに残った緊張感が抜けていった。
ついに甲板で思い思いにダラダラと、寝転がったり座り込んだりで過ごすようになった、そんな中。
大きく穴の空いたバラティエの天井をチラチラと見ながら、私は棒を素振りし、音符を的にしてパチンコの練習をしていた。
へろへろな素振りを、すかすかと外してばかりの射撃を繰り返している。
全く身が入ってないような有様だった。
「──ルフィの様子を見に行ってくる。ウタ、お前も来いよ」
急に立ち上がってそう言ったゾロは、私を見ずにそっぽを向いていた。
私がそんなゾロを見つめているうち、ウソップも立ち上がる。
私を見て、ゾロを見て、したり顔で頷くとニッと笑った。
「おぉっし、じゃあ飯食いがてら皆でいこうぜ! ナミもよ! な?」
「ええ? ……そうね、ここにいても暇で仕方ないし」
立ち上がったナミも私を見るなり、やれやれと言わんばかりの態度で身支度に動き出す。
傍から見ても私の態度はあからさまだったらしいと、今更になって顔に手を当てていた。
ジョニーとヨサクに留守を任せ、バラティエの店内へと向かうことに。
ルフィはどうしているのだろうか。また何かやらかしていなければいいのだけれど。
それにしても──
ゾロから気を遣ってくれた、というのが印象的だった。
てっきりナミあたりが動くと思っていただけに……いつもよりナミが暗い顔をしているのは、やっぱり私の気のせいじゃなかったかもしれない。
……ナミ。
私がヨサクの手当をしていてちょうど見ていなかった、ジョニーとのやり取りをしたあの後からだ。
どことなく暗い顔をしていた。それは海軍船が傍にいる緊張感からと思っていた。
どこか遠くを見つめて、思い詰めているような顔は変わらない。
いや、むしろ、もっと前、だったかもしれない。
かといって、いつからだったかとも思い出せない。
いつも暗いわけじゃない。私が抱きついた時も、特に変わらない態度だった。
ただ少なくとも、ふとした拍子に表情が沈むようになってきているように思う。
何事も無ければそれに越したことはない、勘違いならそれでいい。
私と年の近い、同性の、初めての、友達。
私とルフィと、皆の助けになってくれているナミ。
鮮やかに笑う顔がとても素敵で、近くで見れるだけで元気をくれる。
私なんかがこんな風に見ていていいのか分からないけど、ナミにはあんな顔をして欲しくないと思う。
こんな私に何ができる訳でもない。
それでも、どうか私の力が助けになれればいいなと、心から願う。
◇
バラティエ店内へと入る、その最中。
ふと、物珍しい店内にウソップは足を止めていた、その正面でも、はたとナミが足を止めた。
先を行くウタが振り返る。
唐突に足を止めたナミとウソップに、しかし先頭のゾロもスタスタ行くしとウタの視線が彷徨い悩む。
数瞬後、ウタはゾロを追って先に席へと向かった。
辺りを見回すナミの仕草に、どことなく赤白のツートンカラーの影を見ながら、ウソップもつられるように店内を見回した。
海の青さをどこからでも望める大窓がずらりと並び、綺羅びやかな陽が差し込んでいる。
傍目にも清潔さを伺わせるテーブルクロスが敷かれたテーブルが多々置かれていて、そこにはウソップからするとカヤとかけ離れた高飛車な空気のある女性客や、気取った表情で料理をちまちまとつつく男性客、上品な服を着たそんな
店内中央にはレンガ造りの大きな柱が、その周りを螺旋の階段が取り巻いて二階へと続いている。二階は厨房らしい。
防音なのか、ほんの僅かな調理音が届くばかり。そしてそれが、店内で出来たての料理を楽しむための彩りのようにも感じられた。
……ただその二階、その床であり一階の天井には、なにやら似つかわしくない大穴がある。ひとまずの急ごしらえといった様相で塞がれているのは、考えると麦わら帽子を被った誰かの顔が浮かんできてウソップは観察を止めた。
大口を開けて笑うような客も居なければ、卓上遊びに講じるような客も居ない。
活気と些細な喧騒に賑わうシロップ村の食堂とは比べられないほど、落ち着いていて綺麗な店内だった。
じっくりと物珍しさに観察していたが、はて……ナミは何が気になっているのだろうか。
「ごめん。気の所為みたい。いきましょ」
「は? 気の所為ってお前なんの話だ?」
「え? ああ──ううん。なんでもないわ、気にしないで」
「そうか? そうか」
気を取り直して、先を行くナミについていく。
その行き先。
先に席についている、テーブルに脚を乗せて寛ぐゾロや、身を小さくして座るウタがいた。
……前者は前者で刀を3本とも腰に下げたままであり、その態度と、この場においてとんでもない代物を持っていてかつ大胆なお行儀で悪目立ちしている。
が。
後者は後者で身を縮こまらせている割に、後ろ髪をせわしなく弾ませ、忙しなくキョロキョロして、そして目を輝かせていて、──傍目から見ても目立っていた。
この