ポケモン廃人、知らん地方に転移した。【完結】 作:タク@DMP
※※※
「やれやれ、ちょっとは頭冷やしてくれるかなーって思ってたんだけどね、ぼかぁ」
”行ってきます メグル”。
その書置きだけが残されていた。
ベッドはもぬけの殻になっている。
「よく言うわよ。貴方、最初っから全部分かってたのよね?」
「あはは、バレちゃってたか」
後ろから声が聞こえてくる。
頭に包帯を巻いたハズシが怪訝な顔でイデアに問うた。
「あのねぇ、止めるならもっと強く止めて頂戴」
「あはは、善処するよ」
「ま、オトコノコだもの……黙ってられないわよねえ。それで、各町の状況は?」
「ユイ君はセイランを離れられない。ヒメノ君は、イッコンの防衛で手一杯だ。各町も、それぞれ腕利きが野生ポケモンを抑え込んでる状態でね」
「……動けるのは、サイゴクのしがらみから一歩外れたメグルちゃんだけってワケね」
「ま、いいんじゃない? 男子三日会わざれば刮目して見よと言うからね」
「なにそれ」
「あはは、気にしないで良いよ、ハズシさん」
にやり、とイデアは笑みを浮かべてみせる。
「……存外、何とかなるかもしれませんよ? 彼は森の神様に選ばれたんですから」
※※※
──ルギアは、ベニシティで嵐を巻き起こしたものの、破壊活動が目的ではないからか、すぐさま海へ向かったのだという。
しかし、彼が飛んだ後は瘴気が満ち溢れ、人々は外に出る事すらままならなくなり、野生ポケモン達は狂暴化する一方だ。
この瘴気、不思議なことにモンスターボールで捕獲され、人間と絆を結んだポケモンには効果が無いのであるが、それでも万が一のことを考えると、人々はポケモンを外で出すことすらしたくない。
故に今外で野生ポケモンの鎮圧に出向いているのは、相応の覚悟を持ち、相応の実力を持ったトレーナーだけである。
そんな彼らでさえ、野生ポケモンを抑え込むのに精一杯なのであるが。
メグルは、町の防衛を全てキャプテン含めた他のトレーナーに任せることにした。
彼の目的は最初からルギアだけだ。
「で……まさか車で追われてるとは思わなかったな」
「──メグル様、でお間違いないですね」
「ずっと跡付けておいてそりゃあねえよな……」
アヤシシに跨り、ベニシティの海岸まで駆け抜けたメグルは、ふと白衣を身に纏った男達に呼び止められた。
彼らは皆、防護マスクを装着しており、最初は何事かとメグルは身構えてしまった。
「あんた達は……一応敵じゃないみたいだけど」
「我々はシャクドウ大学の研究員です。……大学、無くなっちゃったんですけどね、物理的に」
「リュウグウさんが抑え込んでくれたおかげで、何とか全員避難が出来ました」
「……それで、俺に何の用事ですか?」
「イデア博士が、どうせ止めても聞かないだろうからと言っていたので、これを渡してくれと。先ずは瘴気からご自身の身体を保護する防塵マスクです」
「あ、ありがとうございます」
雑貨屋にあったマスクだけでは辛かったところだ。
それを貰うと、口にすぐさまつける。息苦しさは増したが、心なしか楽になった気がした。それほどまでに瘴気が人の身体を蝕む力は強いのだろう。
「そして重要なのはこっちですね」
そう言って、男はアタッシュケースをメグルに渡した。
受け取ると、ずっしりと重かった。
開けると──緋色の宝珠、黄色の宝珠、そして透き通った宝珠が真っ先に目に入る。
「これは?」
「……破壊された3つのおやしろから回収された御神体です。イデア博士はオーパーツになり得る物質の研究を急いでいました」
「その結果、御神体にはヌシポケモンと同様のオーラが含有されていることが分かったのです」
「つまり、使えってことか」
それは、イデア博士からの最後の餞別だった。
リュウグウからは生前許可を貰い、役立つときがあればと預かっていたのだと言う。
ハズシとユイからは、直近で許可を貰って回収したらしい。
3つの宝珠には、3匹のヌシポケモンの力が込められていた。
「ルギアは現在、ベニシティ近海の群島に居座っています」
「分かってる。だからわざわざ、アヤシシを走らせて此処までやってきたんだ。博士に、ありがとうって言っておいて」
「……それは、生きて帰ってきてご自分の口で言うべきかと」
「たはは……違いないや」
宝珠を鞄の中に詰め込み、メグルはヘイラッシャの上に飛び乗って海へ出た。
赤い海は荒れ狂う。無数の魚ポケモンが、目を赫耀に光らせ、牙を剥く。
サメハダーが、ギャラドスが、バスラオが、メグルを見つけるなり接近してくる。
そして獲物を見つけるなり、皆一斉に飛び掛かるが──
「今は、お前らに構ってる場合じゃない!! ヘイラッシャ、アクアブレイクで加速しろ!!」
──ヘイラッシャが、全て跳ね除ける。
目指すは一点。ルギアが羽を休めているというクロカミ島だ。
この島は、ポケモン協会本部が座すミヤコ島と、おやしろのあるひのたま島の間に位置している無人島である。
すり鉢のような山があるだけで、他には何もない。しかし──古来より、霊気が集中している場所であり、人は滅多に近寄ろうとしない。
かつては此処におやしろがあったと言われているが、詳細は定かではない。
だが、そんな事を意にも介さず、勢いよくヘイラッシャを滑り込ませるようにして彼は上陸する。
そして今度はアヤシシを繰り出すと、それに跨って山を一気に駆け抜けるのだった。木々が剥がれ落ちたような斜面を、そして崖を飛び越えていき、アヤシシは上へ上へと駆け上っていく。
空気はどんどん重く、苦しくなっていく。
それでも、しがみつくようにライドギアのハンドルを掴む。
そうして登り切って尚、アヤシシは疲れたような吐息一つ漏らさなかった。
辿り着いた先は、山の頂上。
そこは、かつておやしろが座していたという話を裏付けるかのように、切り開かれていた。
兵どもが夢の跡。
今はもう、石垣すら残っていない。
忘れ去られた神の居住地に、それはさも当たり前のように佇んでいた。
「……居た」
夜空があれば、そこに月があるのは何も疑わしいことではないかのように、そこに在る。
赤く光る月を見つめ──苦しそうに呻くルギアの姿があった。
しかし、それでも外敵であるメグルの姿を認めると、すぐさま咆哮して飛び上がり、そして泳ぐように宙を舞う。
「ギャァァァァアアアアアアアアアアアース!!」
【野生の ルギアが 現れた!!】
衝撃波の如き震動がメグルの身体を揺さぶる。
「……最高戦力は無い。仲間もいない。手持ちは……それでもまだ残ってる。俺の性と根もだ!!」
メグルは2つのボールを投げる。
ニンフィアとバサギリも、揃い踏みだ。
気合十分といわんばかりに、ルギアを睨み付ける。
「瘴気が……前に見た時よりも、増してる……ッ!!」
「ギャァァァアアアースッ!!」
ひらり、とルギアが舞い上がる。
次の瞬間──メグル達の身体もまた、ふわりと浮かび上がった。
信じられないが、地面から突風が吹き抜けたのである。
重力を無視し、浮かび上がる彼らにルギアは容赦なくサイコエネルギーの爆弾を生成し、ゆっくりと近付けていく。
空中では、身動きが取れない。避けることができない。
「アヤシシ、ニンフィア、シャドーボール!!」
だが、今度はそれをまともに喰らうメグルではない。ライドギアを装着したアヤシシに跨ると、そのまま迷わず指示を出す。
2体によるシャドーボールの雨が、サイコエネルギーの塊にぶつかり、こちらへ向かう前に暴発させる。
それでも衝撃波はすさまじく、全員は吹き飛ばされてしまうが──ルギアの巻き起こしている風の力からか、身体は地面に落ちず、ふわりと舞い上がったままだ。
「それなら、この風の力を利用するだけだ!! バサギリ、”がんせきアックス”!! ニンフィアは”めいそう”で防御を固めろ!!」
元々空を飛べたポケモンのバサギリは、感覚を思い出すかのように風に乗り、ルギアに接近する。
そして、幾多もの戦いで零れ落ち、鋭さを増した斧をルギア目掛けて振るう。
効果は抜群。だが、羽毛に覆われた鱗を切りつけるに留まるのだった。流石に堅牢そのもの。
周囲には岩の破片がばら撒かれ、ステルスロックが展開されたのだ。しかし、ルギアが翼を羽ばたかせれば岩の破片はバサギリ共々全て吹き飛ばされてしまうのだった。
「ッ……海の神、嵐の担い手は伊達じゃねえってか……!! だけど、嵐の前でも音は真っ直ぐに伝わる!!」
「ふぃるふぃー!!」
「ハイパーボイス!!」
キィィィン、と口を大きく開ければそこに妖精の加護が集っていく。
ニンフィアは己の出せる全てをぶつけんとばかりに──放つ。
衝撃波がルギアを襲う。
だが──海神の防御力は伊達ではない。
それを全て受け止めてしまうのだった。
(H106A90B130C90D154S110……素早い上に、硬い!! 火力は無いはずだけど、技威力の高さで補ってるのか……!!)
このルギアというポケモンの恐ろしさは圧倒的な耐久力にあると言っても良い。
物理防御力、そして特殊防御力、共に他の伝説ポケモンの追随を許さない。
更に、この手のポケモンの弱点である鈍足さもルギアには無い。
それに加え、ルギアを苦しめている瘴気は同時にルギア自身も強化しているようであった。
ルギアは両翼を前に突き出し、その中央に空気を圧縮させていく。
(来る──ッ!!)
「アヤシシ、ひかりのかべ!!」
【ルギアの エアロブラスト!!】
旋風が、メグル達を襲う。
風の渦が巻き上がり、全員を天高く高く吹き飛ばしていく。
ダメージは展開された光の障壁によって抑えられるものの、それでも──更にさらに上空へと巻き上げられたメグル達に最早逃げ場は無い。
ぎゅん、と爆破するような勢いで更に天高く跳ね上がったルギアは、ばらばらに散らばった3匹と1人を滅殺せんとばかりに、技を放つ準備に入る。
しかしメグルもまた、鞄から取り出していた宝珠の一つをバサギリ目掛けて放り投げてオージュエルを指でなぞった。
「──オーライズ”サンダース”!!」
雷光がバサギリの身体を包み込む。
技を放とうとするルギアの頭目掛けて、じぐざぐとした稲光のようにバサギリは急接近し、雷を纏った斧を脳天に叩きつけるのだった。
「”がんせきアックス”!!」
その速さを前に、流石の赫耀の月も仰け反り、ぐらり、と態勢が崩れる。
そして遅れて、その翼が稲光を放ちながら焼け焦げた。
メグルはすぐさまオージュエルに手を添えると、バサギリの身体から雷光の鎧が消え去る。
今度は灼けるような熱を放つ宝珠を自らが騎乗するアヤシシに翳す。
「──オーライズ”ブースター”!!」
アヤシシの足に纏われた鬼火が烈火へと変じる。
灼熱の溶岩の鎧を身に纏ったアヤシシから飛び降りたメグルは、そのまま叫んだ。
「アヤシシ──”バリアーラッシュ”!!」
アヤシシの周囲に溶岩の障壁が浮かび上がる。
そしてそのまま灼熱を纏い、ルギアに突貫してみせる。
アヤシシの身体に纏われた溶岩が、ルギアにも纏わりついていく。
突進の反動でルギアから離脱したアヤシシは、再びメグルの下へと帰り、主を騎乗させるのだった。
不意の連撃を受け、再び”サイコブースト”を放たんとばかりに翼を動かそうとするルギアだったが、溶岩が翼の付け根を固めており、自由に動かすことが出来ない。
「ルギア!! 聞こえるか!! 苦しいんだろ──俺が、お前を捕まえて全部終わらせてやる!!」
3度目のオーライズ。
透き通った宝珠をニンフィア目掛けて投げる。
「──オーライズ”シャワーズ”!!」
氷の鎧がニンフィアに纏われていく。
周囲の空気が一機に凍り付いた。
そして彼女の周囲に無数の泡が浮かび上がる。
幾度となく目にし、相対してきたオオワザ。
「──行くぞオオワザ!! ”むげんほうよう”!!」
──泡がルギアに纏わりついていく。
翼を動かそうにも振り払おうにも、粘りを帯びたそれは体の自由を奪っていく。
ならば、とサイコパワーで泡の全てを吹き飛ばすルギアだが、あくまでそれらは陽動に過ぎない。
ニンフィアがチャージしていた高圧力の水ブレスが薙ぎ払うようにルギアにぶつけられる。
高圧力の水は、岩をも断つ刃となる。
大上段に振り下ろされた刀の如き一閃がルギアを切り裂くのだった。
直撃だった。
ぐらり、とルギアの身体が揺れ、空中での態勢が崩れる。
それと共にメグル達を舞い上げていた上昇気流も消え失せ、彼らは重力のままに落下するのみ。
ルギアもまた、羽根を投げ出したまま落ちていく──
「ギャァァァ……ギッシャァァァァァァァァァーッ!!」
──はずだった。
落ちていくメグル達。
対するルギアは、ぴたり、と空中で静止すると──再びその赫く光る眼を開く。
「なっ……まだ動けんのかよ!?」
羽根に瘴気が溜め込まれていき、体内に込められていた瘴気も外に出て来る。
月は赫く光輝き、そしてルギアの身体も赤く罅割れたような傷が浮かび上がっていく。
傷からは常に瘴気が湧き上がっており、それがルギアに異様な力を与えていく。
上昇気流が再び巻き起こり、メグル達の身体が宙に舞い上がる。
海水はルギアへと引き寄せられていく。
潮の満ち引きが月の引力によるものであることを示すように。
そして、ルギアに近付いた海水は遠目から見れば赤く輝いていた。
「赤潮──」
思わずメグルは記憶にあった単語を口走る。
クロカミ島周辺の海も、同様に赤く染まっていた。
翼を前方に突き出した赫耀の月は、赤く汚染された海水を集約させていくとサイコエネルギーで圧縮させ──
【ルギアの──】
──渦潮の如く巻き上げて、一直線にメグル達へ放つ。
【──レッドタイダル】
光の壁が無ければ、彼らもまたリュウグウと同じ末路を辿っていたかもしれない。
瘴気によって汚染された海水が竜巻となってメグル達を飲み込む。
ニンフィアも。
バサギリも。
そしてアヤシシも──
──メグルも。
皆、落ちていく。
混濁した意識に飲み込まれて──
(身体が……重い……)
【ルギアの──】
(動かない。もう、指も、口も──)
【──サイコブースト!!】
おぼろげに見えたのは、ルギアがサイコエネルギーを再び圧縮する姿だった。
避けられない。
アヤシシも、バサギリも、ニンフィアも気絶している。
彼らをボールに戻すことすら出来やしない。
(動け、動け動け動け──ッ!! このままで、終わって堪るか……!!)
【──ホノイカヅチ!!】
黒き雷轟がルギアを襲う。
サイコエネルギーは打ち消される。
その大きな音で、メグルの意識ははっきりと覚醒した。
黒い稲光。
ヌシの放った極大のレールガンだ。
それが銃弾のように回転しながらルギアを貫いたのである。
更に、遅れて熱の塊がルギア目掛けて突貫する──
【──メルトリアクター!!】
太陽が爆ぜたような爆発だった。
ヌシの放つ捨て身の突貫、己の全てを溶鉱炉と化して放つ熱放射。
ルギアの身体は再び地面へと落下していく。
それでも態勢を立て直そうとするルギアに──再び泡が纏わりついていく。
メグルは辺りを見回した。
ニンフィアは未だに目を覚ましていない。
だとすれば、同様の技が放てるのは一匹しかいない。
「──むげんほうよう!!」
先程ニンフィアが放ったそれとは、比にならない程の極大の水ブレスが放たれる。
ルギアは遂に撃墜され、地面へと勢いよく叩きつけられるのだった。
上昇気流は徐々に消え失せていき、メグル達は重力を取り戻し、ふわりと地面へと降り立つ。
辺りを見回すと、そこに立っていたのは──ブースター、シャワーズ、サンダース。
御三家三社のヌシポケモンだった。