ポケモン廃人、知らん地方に転移した。【完結】 作:タク@DMP
※※※
「バッカもーんッ!! 此処は神聖なおやしろやぞ!! お前らの遊び場やないんやぞ!!」
「げぇっ!! リュウグウのオッサンだ!!」
「逃げろーッ!!」
──24年前。
リュウグウは、定年退職してからしばらくの間は、元の仕事先で顧問として呼ばれることも多く、忙しい日々を送っていた。
しかし、数年も経てばその声が掛かることも無くなり、キャプテン業に専念できるようになっていた。
それはそれとして、おやしろを遊び場にする悪童たちに頭を痛ませていたのであるが。
「ああ、ボロいのを良い事に、落書きしてからに……!! これじゃあ先が思いやられるぞ」
「くっそー、定年してから年々声がでかくなってやがる」
「前よりも元気になってね?」
「毛根は元気なくなったけどなあ、確実に」
「ギャラドス はかいこうせん」
天に向かって一筋の閃光、そして轟音が静かなおやしろに響き渡るのだった。
悪童たちはちびって、震えあがる。
「ひえーっ!! ポケモンは卑怯じゃねーかよ!!」
「オッサンにポケモンで勝てるヤツ居るわけねえじゃねえかよ!!」
「おーい!! オッサンの試練は誰も受けたくねーって皆言ってたぞーッ!!」
「無駄に厳しいから後回しにするんだってよ!!」
「俺もセイランのおやしろの試練だけは絶対受けねーよ!! ヴァーカ!!」
「おうおう来るんじゃねえ!! 二度と面見せんなクソガキ共!!」
ほかの地方に行けばジムリーダーになれると言われたこともある。
だが、仕事を辞めてその道に進むつもりは無かった。
強くなりたくてなったわけではない。
ただ、自分の守りたいものを守るために我武者羅にポケモンを育てていたら──いつの間にか敵う者が居なくなっていただけだ。
キャプテンの仕事をしていると、本気のバトルを挑まれることもある。
だが、思いつく限りリュウグウは負けたことなど無かった。
(……別に何の自慢にもならんけどな)
自らのポケモンの力が、家族、おやしろを守るに足る……それが確かめられればリュウグウには充分だった。
(あとは……コイツに恥ずかしくない自分で居たいんや)
崩れ落ちたおやしろを後にし、奥にあるリュウグウだけが知っている巣穴を開ける。
そこでは、丸まったヌシのシャワーズが今の喧騒も気にせずに眠っていた。
「ぷぅ……ぷるる」
「……よぉ騒がしくて悪かったな、シャワーズ」
「ぷるるるるー……」
「定年してからも色々あって、後回しになってしまったけどな。ようやく、ゆっくり出来るんや」
眠そうなシャワーズを他所に、リュウグウは高らかに言ってのける。
キャプテンの職について早40年。潮風と経年劣化、そして過去に受けたであろう損耗で荒れたおやしろは、最早リュウグウの手には負えない。
なんせリュウグウがキャプテンになった当時から、既にボロっちかったのだから相当である。
そして、すいしょうのおやしろは小さかった。
建造した時余裕が無かったからか、サイゴクのどのおやしろよりも小さく、みすぼらしかったのだ。
または、元々は立派なおやしろが建っていたのかもしれないが、壊れて元のようなものを建て直す余裕が無かったのではないかとも言われていた。どちらにせよ──他のサイゴクのおやしろと比較しても、すいしょうのおやしろは見られたものではなかったのである。
(最初は、神聖なおやしろを建て直すなど言語道断……って言われて手出しできんかったけど、だんだん建て直しに反対するヤツも居らんこなってきた。……歳の所為で)
故に、キャプテンである彼はいつか必ず、と心に決めた事があった。
「このリュウグウには夢がある!! ボロボロに荒れ果てたこのおやしろを、他のおやしろと遜色ないくらいに……綺麗にすることや!!」
シャワーズは──興味が無さそうに欠伸をしている。
しかし、構わずにリュウグウは語り続ける。
「セイランの誇る綺麗な街並み、綺麗な海岸。だけど……そこに荒れたおやしろがあったら不釣り合いや。何よりお前にも釣り合っちょらん」
「……ぷるる?」
「おうおう丸くなるな、ニャースかお前は。……なんや、これはこれで気に入っとるって言わんばかりやな。いかん、いかんぞ。お前は仮にも俺が鍛えたヌシなんぞ。昼間から寝てばっかやから威厳が無いって他のキャプテン共からナメられちょるんぞ」
「ぷわぁー」
「欠伸すんなや! いっつも眠そうやなぁ、お前ってヤツは。本当に昔から変わらん。やる気がない! そのくせ人に見られちょる時だけ、あんなにキリッとしてからに……ムダに頭が良い!」
「ぷるるる」
「笑うな! お前の事を言うちょるんやぞ……」
まあお前のそんな所が好きなんやけどな、とリュウグウは続ける。
マイペースで寝てばかりだが──シャワーズは間違いなく、ヌシに相応しい力を持っていた。
普段こそこの通りだが、もしもひとたび戦いとなれば豪雨の如き強かさで相手を叩きのめす。
それを知っているからこそ、リュウグウはシャワーズに相応しいおやしろと住居を与えてやりたいと常々考えていた。
野生ポケモンの来訪が激しい時期があったからか、それとも潮風と嵐の所為か、すいしょうのやしろは他のおやしろと比べても酷く劣化している。
なんせ、スイクン像に至っては原型を留めないほどに崩れているのである。
(本来なら、キャプテンはおやしろに手を加えるべきではないと言われちょるが……此処まで酷いと止むを得まいよ)
とはいえおやしろの建て替えには費用も時間もかかる。
そのため、この日に向けてリュウグウはこつこつと貯金をしてきたのである。
「工事の間、久しぶりにうちに来い、シャワーズ。ウチの嫁がお前の好きなモンを作って待っちょるぞ」
「ぷるるるるるー?」
「ああもう、不思議そうな顔をすな。昔みたいにしばらく一緒に暮らそうって言っちょるんや」
「ぷるるるるるー」
「おお、おお、いきなり飛びついてくるな! ……全く、いつまで経ってもヌシらしくないやっちゃなあ」
※※※
娘が嫁に出てから、静かだったリュウグウ宅はシャワーズの来訪で久々ににぎやかになりつつあった。
好物を作る妻のエプロンをシャワーズが引っ張っているのを見て、リュウグウも思わず笑みがこぼれる。
かと思えば、あぐらをかくリュウグウの中で丸まって寝ているなど、すっかり昔のような振る舞いを見せるようになっていた。
「あらあらもう、可愛い子ね。あの頃みたいに、ずっとうちに居れば良いのに」
「それはダメや。こいつはヌシ。山に居って、野生ポケモンたちの見張りをせんといかん」
「見張るような怖いポケモンなんて、セイランには居ませんよ、あなた」
「居らんくても、それが役割やから仕方ないんや。それに、ポケモンの生態系は変わる。今は大丈夫でも、いつまたどうなるか……分からんのや。今だってヌシが不在の間は若い衆を山で見張らせちょる」
「はいはい、分かりましたよう」
セイランの山は然程深くはない。
そのため、他の地区に比べれば野生ポケモンの脅威度は低いと言われている。
リュウグウの前のキャプテンの世代では山にリングマが出ることはしょっちゅうだったものの、開発が進んだ時代を機に力関係は完全に人間側に傾き──今ではもう、強いポケモンが出ることは無くなっていた。
シャワーズが昼寝ばかりしているのも、そのためだ。戦ったり、わざわざ従えなければいけないような相手が居ないのである。
「そうだ。暇が出来たついでに……今度、水族館にでも行こうと思うちょるんや。ジュゴンのショー、久しぶりに見たいやろ?」
「あら、良いですねえ。シャワーズちゃんも一緒に?」
「そうや。たまにはな」
「プルルルルルー」
娘が居た頃は、よく今のシャワーズである当時のイーブイと水族館に連れていったものだった。
いつか水タイプのポケモンになるのだ。水タイプや海に慣らしておくべき、という考えの元だったが、イーブイは存外これを気に入ったらしく、リュウグウの腕に抱きかかえられながら食い入るように展示ケージを見ているのだった。
※※※
ぽーん! ぽーん! とボールを鼻で突き、バブルリングを放つ白いアザラシのようなポケモン・ジュゴンのショーが観客を沸かせる。
……が、現実は非情なり。
「何時見ても良いなあ、ジュゴンのショーは……」
「あなた、シャワーズちゃん寝てますよ」
「えっ」
いざ、連れて行くとこの通り。
見飽きたと言わんばかりにシャワーズは気付けばリュウグウの腕の中で丸まっている。
最早イーブイだったあの頃とは違うのか、と嫌でも彼は痛感させられる。
「た、退屈やったんやろか……」
「仕方ないんじゃないの? もうこの子も子供じゃないんだから」
「はぁー……わざわざ連れて来たのに」
「でも良いんじゃない? あの荒れたおやしろに居たら、ゆっくり体も休められないじゃないのよ」
「そうか?」
サイゴクのすがた特有の白い鬣を撫でながら、リュウグウは息を吐く。
とてもそんな風には見えない。シャワーズは何時、どんな時でも寝ているのだから。
(本当に一度でいいから、お前が何を考えているか見てみたいもんだよ俺は)
「ところであなた、おやしろは何時完成するんです?」
妻の問いかけでリュウグウは我に返った。
おやしろの建造は順調に進みつつあった。
今までよりも大きく、そして立派なおやしろだ。
サイゴク地方の伝統を踏襲しつつも、潮風や嵐に負けない設計にしたのである。
これも信頼できる宮大工に頼んだからだ。
「ざっと後半月はかかるやろな」
「どれだけ大きいのを作ったんですか?」
「中はシャワーズが住めるようにしちょるからな。ヌシはきちんと祀らんといかん」
「幾つになっても子煩悩なのは変わらず、ねえ……」
「ハハハハハ、違いないわい」
「もう少しその優しさを、試練を受ける子に分けてあげたらどうです? 鬼のリュウグウさん?」
じろり、と妻がリュウグウを睨む。
彼の試練は厳しい事で有名だった。
ただし、それは後々の時代のそれとは比べ物にならない。
証を集めたトレーナーはヌシとの一騎打ちとなるが、シャワーズはどのヌシよりも強いことで知られていた。
攻撃が当たらない。そして向こうは確実に攻撃を当ててくる。何より技構成もリュウグウが覚えさせたというだけあって情けも容赦もない。
熱湯、冷凍ビーム、フリーズドライ、溶ける……並みのトレーナーが泣いて逃げ出すレベルだ。
そして、ヌシとは戦わない新人トレーナーと言えば──泣いて逃げ出すレベルの試練だと言われていた。
「ハッ、試練を厳しくするのは当然やろ。鬼と呼ばれても結構。この辺りは手強い野生ポケモンも居らんからな……此処で性根が緩むと他で苦労する。だから、根性を叩き直さんといかんよ」
「……近海の主にギャラドスを置いたって聞きましたよ?」
「ギャラドスも倒せんヤツが、山でガチグマを倒せるわけないやろ」
コイキングは、リュウグウ程のトレーナーが育てればすぐにギャラドスになる。
そして、その強さもあって、最早初心者泣かせというレベルの強さのポケモンではなかった。大きさもあって、泣いて試練を投げ出すトレーナーも居るほどであった。
「後、近所の子達に至っては陰口叩いてますよ。雷親父、ハゲ、ギャラドスはピカチュウのおやつだって……」
「あれはあいつらがおやしろに入るからや! もう何べんも言うちょるんやが」
「子供のやることですもの」
「後ちょいちょい看過できん悪口があったんやけどな!? 俺まだハゲちょらんから!!」
「……ヴルル」
「ほぎゃーっ!?」
ぴゅーっ、とシャワーズが口から水を吹きかける。
眠りを邪魔するほどに騒がれたので、怒ったのだった。
※※※
──そんなわけで、おやしろは無事に完成したのである。
すいしょうのおやしろは、最も小さく荒れたおやしろと言われていたのも昔の話。
見る人が見れば思わず唸る立派な鳥居と、大きなお宮を備えた神社に生まれ変わったのだ。
「出来た!! 出来た出来た出来たぞ!! 立派なおやしろや!!」
瞬く間に話はセイラン中に広まった。
誰もがそれを祝った。
これだけ綺麗にすると、悪童どもも却って悪戯しにくくなったのか、落書きはめっきり無くなった。
おやしろの中にはシャワーズの為の部屋を設けていた。家でシャワーズが使っていたブランケットを置いてやると、すぐに彼女はそこで丸くなって寝てしまったのだった。
何日か空けて部屋の様子を見に来ると、やはりそこでシャワーズは眠っていた。
ふふふ、と鬼のリュウグウに似合わぬ笑みを浮かべて、神社の手入れをして帰る。
そんな日々が続いていたのだが──ある日、いつものように部屋を覗いたリュウグウは「あっ」と声をあげるのだった。
シャワーズが何か丸いものを抱きかかえていたのである。思わず寝ているシャワーズに構わず部屋に押し入った。
「タマゴ!? 何時の間に!? 誰との子だ!?」
「ヴルルルルルルル……」
唸るシャワーズ。
寝起きは基本的に機嫌が悪いが、今日は一際だった。
その腹には大きなタマゴが抱きかかえられていたのである。
「あっ……すまんすまん、起こすつもりはなかったんや」
「ぷるるるるー」
が、相手がリュウグウだと知るや否や、すぐさまシャワーズは機嫌を直したようだった。やはり信頼した相手にはガードが緩くなるのだろう。
ポケモンは──タマゴから産まれる。
しかし、それがどこからくるのかはまだ分からないことが多い。
(ポケモンのタマゴは……
「詮索するのは野暮、か。お前もとうとう、親になるとは……」
「ぷるるー」
愛おしそうにシャワーズはタマゴを抱き寄せる。
信頼できるリュウグウには見せても良い、と言わんばかりに。
(こいつは親無しやったからワシらが家で育てたが……このタマゴの子は、おやしろで育てた方が良さそうやな)
「よし。俺も手伝う。昔からの好やからな」
「ぷるるるるー」
シャワーズの尻尾は、珍しく機嫌が良さそうによく揺れていた。
※※※
──その年の台風は例年よりも更に異常なペースで発達をし、サイゴク地方に迫りつつあった。
「セイランの風禍」。後にそう呼ばれる台風である。