ポケモン廃人、知らん地方に転移した。【完結】 作:タク@DMP
──イッコンタウンには、幽鬼、あるいは邪幽の異名を持つキャプテンが居る。
何故、そのような異名を賜ることになったかを話せば長い。話せば長いが、彼女は一言で表せば憎悪の化身であった。
にこやかな笑顔の裏には常に悲しみが巣食っており、最早キャプテンの責務を果たすことでしか自尊心が満たされない悲しいモンスターである。
極度のストレスで、かつて猛威を振るっていた洞察力や読心術は過去のものとなってしまった。
霊感は衰える事を知らず、今ではすっかり圧が怖いだけの只の女の子となってしまった。
彼女の名はヒメノ。イッコンタウンのキャプテン・ヒメノ。彼女に隠された悲しい過去、それは──
──長らく恋焦がれていた初恋の人が実は同性(女)だった上に、双子の弟とくっついていた──
これに尽きる。これに尽きるのである。
その弟は今日も、恋人に会いにクワゾメタウンの方まで飛んでいっており、ヒメノの胃は既に出血していた。ストレスで。
「ごふっ……!!」
思い出しただけでこの通り。
地面に彼女が噴き出した血がぶちまけられる。
流石のターバン男も、目の前で起きた珍事に困惑した。まだ此方は何も反撃していないのだが。
「えっ、怖……何でこの娘血ィ吐いたの? おじさん攻撃されただけだよね? まだ何にもしてないよね?」
「ふふっ、御心配要らないのですよー♪ 持病の胃潰瘍が、また悪化しただけなのですよ……!!」
「ええ!? 大丈夫ゥ? それ大丈夫ゥ? 病院行った方が良いんじゃないかね? ねぇ?」
「心配は要らないのですよー♪ 思い出しただけで腸が煮えくり返るだけなのですよ。煮えくり返りすぎて、捩じ切れそうなだけなのですよ、にぱー♪」
齢14、失恋のストレスだけでこの領域に至った女だ。面構えが違う。
此処まで逃げていた頭巾の少年は、この少女も果たして信用していいのか疑うことになったのだった。
「そこの君ー?」
「は、はいっ!?」
「このおじさんに追いかけられていたのですー?」
「そ、そうだよっ!! こいつ、オイラをずっと追いかけてくるし……すっごく悪い奴の仲間なんだ!!」
少年は、ターバンの男とキノコの怪物を指差す。
「人聞きが悪いねェ……ま、今更しらばっくれるつもりは無いけどねェ……」
「なら、話は早いのですよー♪」
にこやかな笑顔のまま、ヒメノはぱちり、と手を合わせる。
「神聖なおやしろで狼藉をする者、命を以て贖え」
「怖いねェ~~~~……!!」
(こっわ……この女の子、本当にアテにして良いのかなあ……)
言い終わらぬ間に、ドラパルトが子機であるドラメシヤを二匹飛ばし、ターバンの男を狙い撃つ。
しかし、男の乗る巨大なキノコの怪物が呪文を唱えると、目の前にキノコがいきなり生えてそれを受け止めてしまうのだった。
(ポケモンの方には”ドラゴンアロー”が効いている様子が全く見られない……姿は違えど、やはりフェアリータイプなのですよ)
先程からドラパルトの”ドラゴンアロー”が何度もぶつかっているにも拘わらず、キノコのポケモンは全く動じた様子を見せない。
「……だけど、おじさんのマシェードの方が、もっと怖いねェ~~~」
「ぶーどぅーぶーぎぅーどぅーぶぅー」
【マシェード(???のすがた) ドルイドポケモン タイプ:???】
(フェアリーは確定……残りのタイプは……!?)
常にマシェードの口からは呪文が唱えられており、それが周囲のキノコの生育を促進しているようだった。
そして、ドラパルトの身体にもいつの間にか、キノコが生えており、そのエネルギーを吸い取っていく。
「この空間には既にマシェードの”魔胞子”が充満していて、呪文一つで発芽する……怖いねェ~~~」
【マシェードの キノコのまほう!!】
「ッ……!!」
ヒメノが気付いた時には、既に彼女の顔からも胞子が発芽し、菌糸が生えていた。
そして身体の生気がそれに吸い取られているからか、目の前の視界が揺らぐ。
「き、気を付けろっ!! オイラの仲間も、そいつのキノコにやられたんだ!!」
「……この程度で私を倒そうなどとは、嗤わせる」
「えっ!?」
「……ドラパルト、戻るのですよ。シャンデラ──出番なのですよー♪」
ドラパルトを引っ込めたヒメノが次に繰り出したのは──煌々と滾る炎を揺らめかせるシャンデリアの如き絢爛としたポケモン。
そして、現れるなりシャンデラは──ヒメノの身体に、その青白い炎を噴きかける。
「しょ、正気か!? 死んじまうぞ!?」
「……魔法だか何だか知りませんが──邪悪は全て、シャンデラの炎の前では焼き切られるのみ、なのですよ」
炎に包まれたヒメノの身体は燃えてはいなかった。
そして──顔についていた菌糸だけが炭となって消えていく。
シャンデラの炎は、主に纏わりつく悪しき魂を焼き切る炎だからである。
炎の中から平然とした顔で現れたヒメノを見て、少年は──思わず顔を輝かせる。
(カ、カッコいい!!)
「おやおや、おじさんのキノコは気に食わなかったかねェ」
「……灰になって死ぬか、死んでから灰になるか? どっちか選ぶのですよー♪」
「どっちも同じ!! 怖いねェ~~~!! マシェード、シャドーボール!!」
「シャンデラ、シャドーボールで迎え撃つのですよ」
マシェード、そしてシャンデラ、両者の放つシャドーボールが弾幕戦を繰り返す。
しかし、シャンデラの方が火力が上だからか──徐々に押し負けていく。
「怖いねェ~……だけど、こっちには奥の手があるんだよねェ~」
「ッ……オーライズ!? テング団の不届き者どもが使っていた──」
「オーライズ、”シャワーズ”」
マシェードの額に埋め込まれた宝石が輝くと共に、それがオーラとなって鎧と化す。
そして空中を飛ぶ影の弾幕は──泡に包まれ、ふわふわと漂い、空へと消えていった。
「んなっ、シャドーボールが一瞬で!!」
「更にもう一丁!!」
そして、シャンデラ自身もいきなり現れた大きな泡に囚われ、脱出が出来なくなってしまうのだった。
中は水で満たされており、脱出が出来ない。
「シャンデラ!? しっかり!! 抜け出すのです!!」
「──マシェードの魔法は……このオーライズと相性がバツグンだねェ~!! 泡は硬化し、脱出不可能! しかも中は水でいっぱい! 怖いねェ~!!」
文字通りそれは水の牢獄。
膨大な魔力を秘めたマシェードは、既にヌシポケモンの力を完全に制御するどころか、己のものにしてしまっている。
シャワーズの放つ泡は、此処まで凶悪ではなかった、とヒメノは思い返す。
(幾らシャンデラでも、水の中では力が弱まってしまうのですよ!!)
【マシェード<AR:シャワーズ”サイゴク”> タイプ:水/氷】
「ッ……何処までサイゴクのヌシを愚弄するのです? 貴方達、テング団の一味ですか!!」
「怖いねェ~……あんな下等な奴らと一緒にされるのは心外だねェ~……」
「テング団ではないのです──!?」
「そう!! おじさん達は……
ぶわぁ、と音も無く辺り一面に泡が広がる。
流石のヒメノもマズい、と冷や汗を額から垂らした。
”むげんほうよう”。辺りを粘性の高い泡で包囲した後に、破滅的な威力の水ブレスで一気に薙ぎ払う技だ。
水の牢獄に閉じ込められたシャンデラは、体内の炎が次第に弱まっていく。
この状態では動くことなど出来はしない。
(見誤った……!! この男とマシェードの練度、想像以上なのですよ!!)
「さぁて、お前も連れ帰ってやろうかねェ~」
「んな!?」
ターバンの男は、本来の獲物である少年の方に向く。
マシェードがぶつぶつと呪文を呟くと、彼の足元からも大きな泡が現れ、包み込んでいくのだった。
中は水で満たされている。彼は一瞬で頭まで水で浸かることに──
「むぐっ……!?」
「なっ!! やめるのです!!」
「勿論、オマエも閉じ込めてやるからねェ~!!」
ヒメノの足元に水が湧きだした。
すぐさま飛び退こうとしたが時すでに遅し。
水の塊が彼女を足元から飲み込み、球状の水の牢獄と化した。
「んぐぐぐぐ!?」
「立ったまま窒息する気分はどうだい? 水が一番、怖いねェ~~~!!」
(完全に抜かったのです……!! リュウグウのおじいちゃん以上にシャワーズの力を使いこなせるヤツが居るなんて……いや、むしろ強化されているのです!?)
息が出来ない。
水の牢獄にこのままいれば、溺死は避けられない。
更に、マシェードの魔力の影響か、全身から力が抜け、モンスターボールを握り締めることすら叶わない。
「”ちからをすいとる”──!! マシェードの魔法でお前の力を抜いた……怖いねェ~~~!!」
(この俗物……ッ!!)
「最後は、オオワザで仕留めてやろうかねェ──”むげんほうよう”」
マシェードの目が光る。
そして、その口に高圧縮された水が含まれた。
”むげんほうよう”は泡で動けなくなった相手を、破滅的な威力の水ブレスで薙ぎ払う技。
今のヒメノ達は、格好の餌食だ。
(ッ……読心術さえ使えれば……!! こんな罠に嵌らずに済んだのに──!!)
覚悟をして目を瞑る。
かつての自分ならば、読み切れたのだろうか、と悔やむ。
今、一番頼りになる弟は近くに居ない──
「面白そうな事をやってるわね。私も混ぜなさい」
マシェードの傘に、何かが落ちる。
地を穿つほどの衝撃と閃光、轟く落雷だ。
それは、直上からの”10まんボルト”。
オーライズで水タイプを手に入れてしまったマシェードにとっては効果バツグンであった。
すぐさまオバケキノコは悲鳴を上げて、仰け反り倒れる。
水の牢獄は消え失せて、ヒメノ達は辛うじて新鮮な空気を取り込むことに成功するのだった。
「おやおやぁ? 怖いねェ~~~、何処のどいつだい?」
「只の学生よ」
林の奥を掻き分け、彼女は自信たっぷりに言い放った。
黒い髪に学生帽、そしてブレザー。その傍らには、電球が生えたアーボック──に似たメカメカしい何かが蜷局を巻いている。
これはこれで異様な光景であったが、敵では無さそうだ、とヒメノは直感する。
(乱入者……!! どっちにせよ有難いのですよ……!!)
げほっ、とせき込むとヒメノはシャンデラをボールに戻した。これは大きな好機であることは間違いない。
「貴女、サイゴクのキャプテン……なのかしら」
「話が早そうで何よりなのですよ」
「私はレモン。多分だけど貴女の味方だと思う。だって──風紀委員長はいつだって正義の味方だもの」
「……何だって良いのです。その男の所為で私達うっかり死にかけたのですよ」
「良かったわ。私のカンもまだまだ捨てたモンじゃないわね」
「もしかして、雲行き危うし? 怖いねェ~~~!!」
ぷすぷす、と真っ黒こげになって煙を吐いているマシェードを見て、ターバンの男は少女二人を流し見する。
「こりゃあ、ダメだねェ~~~ボスに報告だ。だけどオジサンには、こんな異名があってね」
「……何なのです? まだ何か隠し持っているのです?」
「貴女のマシェードはダウンしたわ。大人しく引き下がりなさいな。しつこい男は嫌われるわよ」
「”記憶の魔術師”ワスレナ。それがおじさんの名前だねェ」
「記憶……?」
「どんな人間やポケモンも、記憶の呪縛からは逃れられない。”おっかな石”、オープン!!」
そう言ってターバン男・ワスレナは、懐から青く輝く鉱石を1つ取り出し、それをレモンの方に向けた。
「……おじさんはむしろ、こっちの方が本業なんだよねェ!!」
「先に叩き割るのですっ!! ジュペッタ!!」
「もう遅い!!」
鉱石がレモンの身体に光を浴びせる。
そして、浮かび上がったその影が蠢き、徐々に形を持っていくのだった。
レモンとヒメノは思わず振り向き、そして後ずさる。
それは巨大な歯車が組み合わさったような怪物の姿になっていく。
怪物はヒメノに向かうと、幾つもの光の柱を放つのだった。
「んなっ!? いきなり攻撃してきたのです!?」
「”おっかな石”の魔法は……光を浴びせた者が恐れているものを無差別に呼び出す代物! 怖いねェ~!!」
「……冗談でしょ!? 私が恐れてるものって──」
星見磐を携えた歯車の怪物。
そして、それを従える──線の細い白いブレザーの少年。
レモンの顔から徐々に生気が無くなっていく。
恐れている、と言われても無理はない。結局の所、彼女が正面から討ち果たすことが叶わなかった”敵”がそこには立っていた。
「──や、レモンさん。久しいですね──ッ!! 私は、貴女に会いたくて仕方なかったですよッ!!」
「アトム……!?」
生徒会長・アトム。そして、それが従える歯車のオーデータポケモン・オオミカボシ。
かつてレモンから全てを奪い去った元凶とも言えるこのコンビが、今──再び現れていた。
「レモンさんっ!! 知り合いなのですっ!?」
「……ええ、旧知の仲で、敵よ。とっくに……死んだはずだったけど!!」
「死んだ人間が生き返るはずはないのですっ! これは……あいつの”魔法”なのです!?」
「しばらくそいつと遊んでればいいんじゃないかねェ~!!」
ターバン男・ワスレナの背後に時空の裂け目が現れる。
だが、追いかけている暇など無かった。
生前と全く同じ姿で現れたアトムと、それが従えるオオミカボシ。
その力は、レモンが知っているそれとほとんど同じだ。
「オオミカボシ、サイコイレイザーですよッ!!」
空から音を立てて細い光線が雨の如く降り注ぐ。
それがヒメノの袖を掠めると、皮膚を削り取り、鮮血が噴き出した。
「なっ、こんなのまともに浴びたら身体に穴が開くのですっ!?」
「あんたは死んだはずでしょ、アトム……!!」
「死んで等居ませんよ……!! 今此処に私は立っているではありませんか!! クッククク!!」
ハタタカガチが攻撃を仕掛けても、オオミカボシは瞬間移動を繰り返し、全く電撃が当たりはしない。
「援護するのですっ!! ジュペッタ!!」
「ケタケタケタッ!!」
そこに加勢に入るのは呪い人形のポケモン・ジュペッタ。
一気に影に潜り込んで、オオミカボシを”シャドークロー”で削り取ろうとするが、やはり寸前で回避されてしまうのだった。
「こ、こいつ、動きが素早すぎるのですよ!!」
「チャンスはあいつが攻撃する寸前だけ……!! そこさえ突けば……!!」
「”サイコイレイザー”ッ!!」
オオミカボシの目が光る。
そこが攻撃のチャンスだった。
瞬間移動は確かに強い。だが、オオミカボシには小回りが利かないという弱点がある。
攻撃をしている最中に瞬間移動をすることは出来ないのだ。
ハタタカガチの電撃が、そしてジュペッタの”かげうち”が同時に襲い掛かる。
しかし。
──攻撃を放とうとしているこの瞬間、オオミカボシの身体は消え失せたのだった。
「なっ!? タイミングは完璧だったはず──」
「──オオミカボシは完全なポケモンなんですよ、レモンさん」
直上に移動したオオミカボシの身体から、雨のように”サイコイレイザー”が降り注いだ。
それがジュペッタ、そしてハタタカガチを撃ち貫いていく。
毒タイプに効果はバツグン。そうでなくとも、高火力なレーザーの雨は、ジュペッタの身体をズタボロにしてしまい、ハタタカガチの身体を貫通して穴だらけにするのだった。
「ッ……くっくく、レモンさん。私は、私は貴方のその顔が見たかった!! 貴女が全てを失い、絶望するその顔が──!!」
「アトム……!!」
「さあ、私のものになりなさい!! レモンさ──」
手を広げるアトム。
しかし──その影は、レモンが瞬きした時には、オオミカボシ共々忽然と消え失せていた。
しばらく身構えていたが、何も起こらない。
アトムとオオミカボシがもう一度出てくる気配も無い。
あまりにもあっさりと終わってしまった戦闘を前に、レモンもヒメノもがっくりと脱力してしまうのだった。
「……な、何だったの?」
「よく分からないけど、時間切れ……のようなのですよー……」
ともあれ助かった、とレモンはへたり込む。
「恐怖を映し出す石……ね。姑息だわ」
「あのー……ちょっと良いでしょうかぁ……」
レモン、そしてヒメノの視線は──先程からずっと隠れていた少年の方に向く。
「……ああ、貴方ね。大丈夫? ケガはない?」
「そうなのです。貴方、どうしてアイツに追われていたのです?」
「……信じてくれねーかもだけど……」
少年は、二人に向かって土下座する。その勢いで頭巾が取れて、橙色の髪、そして──
「オイラはムギ!! ヒャッキ地方、”キュウビの国”の使者で……貴方達に、助けを求めに来たんだ!!」
【”キュウビの国の使者”ムギ】
──獣、それもキュウコンの如き尖った耳が顕になったのだった。