ポケモン廃人、知らん地方に転移した。【完結】 作:タク@DMP
「お前なんかの思い通りになって堪るか!!」
「──人は、価値があるものを、必要としているものを求めるのが自然の摂理」
「何だって……!」
「人はモンスターを捕まえ、使役する。役に立つから、価値があるからさ。人が人を傍に置くのも同じ理由だろうよ」
「違うッ!!」
「違わないだろう。貴女達ポケモントレーナーとやらは、使えないモンスターを手持ちから外すそうではないか。それが何よりの証拠だ」
アルカは──言葉を失う。
ぐうの音も出ない。反論が出来なかった。
「私は、貴女が役に立つから──傍に置いてやってるんだ。貴女は私の役に立ち、マガツカガミを解放してくれたまえよ」
ミネルヴァとクロウリーはそのまま部屋から出て行く。
すぐに鍵が掛かってしまい──そのまま一人、アルカは取り残された。
扉を思いっきり殴りつけるが、全く響かない。現状を打破することなど出来はしない。
(壁もやたら硬い、手応えがない……変な術が掛かってる……!!)
アルカは──がっくりと項垂れる。
手持ちが居ない今、脱出の術は何処にも無い。
今此処が何処なのかも分からない上に、ノオトもメグルも此処には居ないのだ。
(必要とされない……か)
そのうち、薄暗い感情が彼女の中で渦巻いた。
役立たずと呼ばれていた過去の自分を思い出す。
要らないモノと思われ、捨て置かれ、そして虐められ続けた惨めな自分を思い出す。
きっと自分は何処に行っても、どうなっても気にする者など居ないのだろう。
そう考えていた時期が長すぎた彼女にとって──サイゴクで出会った人々は救いだった。
特に、幾度となく命を救ってくれて、孤独を埋めてくれた彼は──特別だった。
だから怒った。
だから悲しんだ。
彼に裏切られたと思ったあの時、酷い言葉を吐いてしまった。
(ああ、そっか……)
──そこまで思い至り、アルカは泣きそうになった。
結局、自分にクロウリーを糾弾する権利など何処にも無かったのだ、と思い知らされる。
(ボクも結局……自分の孤独を埋めるのにメグルを利用してただけなんだ……)
罪悪感で心は黒く塗り潰されていく。
(だから、メグルにあんなひどい言葉を吐いちゃったんだ……嫌われても、仕方ないじゃないか……!)
(ポケモンを捕まえるのだって同じじゃないか……必要だから、役に立つから……?)
デカヌチャンやカブトプス、ヘラクロス達の顔が浮かぶ。
彼らを捕まえたのは役に立つから、必要だったから? と思い返す。
(……違う。そんなわけない、そんなわけない……よね……?)
アルカは──膝に顔を埋めた。
きっと、それだけではないはずだ、と信じた。
だがそれでも、黒い靄は晴れなかった。
現に彼女もポケモンを使役し、そして戦わせるのは変わらない。
そして──使えない、と判断したポケモンは手持ちから外す、というクロウリーの言葉に胸が締め付けられた。
彼女は手持ちの入れ替わりがメグルと比べても激しい。
手持ちの取捨選択は、役に立たないポケモンを外しているからだ、という彼の論理に深く突き刺さってしまっていた。
そんなはずはない、と頭の中で思ってはいても、結局行動が答えを出してしまっている。
故に反論できない。
「ぷきゅー」
か細い声が聞こえてきた。
気が付けば、ベッドにすべすべの丸い岩のようなポケモンが転がっていた。
「……サニーゴ?」
「ぷきゅ」
「今まで霊体化してたの?」
ゴーストポケモンにとって、自らが見つからないように消えて姿を隠すのは基本技能だ。
やろうと思ったら出来てしまった、というのが正しいのだろう。
「……よし来たっ! それじゃあサニーゴ! 君はどんな技を……」
そこまで言いかけて、アルカは言葉を失う。今の彼女には図鑑が無い。
だから、サニーゴの技をセッティングすることも調べることも出来ないのである。
「えーと、シャドーボール?」
「ぷきゅー」
「……たたりめ」
「ぷきゅー」
「……あやしいかぜ?」
「ぷきゅー」
「……もしかして攻撃する技、何にも覚えてないとか!?」
A:おどろかす、かたくなる、かなしばり、うらみ
当然、この部屋の壁を壊す技などは覚えていない。覚えているはずもない。
「あああ……!! ダメじゃないかーっ!! 何にも解決してない……!!」
「ぷきゅー」
そして嘆いているうちに、アルカは──自分自身でクロウリーの言っていたことを証明してしまった、と気付いた。
今自分は、間違いなく「役に立つかどうか」でサニーゴをジャッジしてしまっており、部屋を壊せないと知るや大きく落胆した。
「バッカだなあ、ボク……あいつの言ったとおりだった……サイテーだ……サイテーだよ、ボク」
「ぷきゅ?」
何のことか分からない、と言わんばかりにサニーゴはうにうに、と短い前足を動かす。
しかし、既に彼女はゴーストポケモン。目の前の主人が暗い気持ちを抱えていることは嫌でも伝わってくる。
「ボクってさ、酷い奴なんだよ……サニーゴ。君に心配されるような価値なんてないんだよ」
ぎゅう、とアルカは彼女を抱きしめる。
「ぷきゅー……」
冷たい。
生気も何も感じはしない。
だが、それでも、抱き締めずにはいられなかった。
涙がぼろぼろと零れてくるが、助けてくれる者など誰も居はしない。
「ごめんね……君は何にも悪くないのに……」
※※※
空は青い。
瘴気は晴れている。
それでも、山は険しく、空には──鏡の羽根を持つ烏が飛び回り鳴いている。
「──此処が、ヒャッキ……!?」
辿り着いたのは、何処かの山の上。
しかし、見下ろす先にある集落は未だに無事なのか、何も音沙汰がないようであった。
ムギ曰く、この場所はテングの国のオオタケ山の麓。
そしてここから見える集落がクリカラの隠れ里だという。
四方を山に囲まれたこの場所は、非常に攻め込まれにくい位置になっているとのことであった。
そして、逃げ延びてきた人々にとっては限られた安息の場所の1つであった。
「あっ、裂け目、小さくなってるよ!?」
そう言ったデジーの言葉に、皆は振り返る。
裂け目は徐々に徐々に小さくなっていき、そして──何も無かったかのように消え失せた。
「後戻りはできないってことね」
「後戻りするつもりなんてねーよ。アルカを助けるまではな」
「ああ、オイラもだ! 姉ちゃんを助け出すまではな!」
全員の当面の目的地は、隠れ里となる。
道中は少々険しかったが、すぐにそこに辿り着いた。
見ると、里の中にはケガをした人々や、それを手当している人々が散見される。
そして、いずれも彼等の肌は青白く、アルカのそれに酷似しているのだった。
また、ムギと同じく、獣耳の人々、そして赤い肌をした巨漢や大女の姿も見られた。
「……酷いものね」
「うん……災害の後みたいだ」
「こんなのが各地で、か……堪ったもんじゃないな」
イクサ達は辺りを見回す。
此方を奇特な目で見る人々の視線が刺さる。
そしてヒソヒソ、と噂をしているようだった。
無理もない。攻め込まれている最中、見慣れぬ肌色の人間たちが押し入ってきたのだから。
「何だアイツら、クロウリーの仲間か……?」
「バカやろう、ムギ様が居るんだぞ。敵じゃないはずだ」
「じゃあ、あれがタマズサを倒したっていう……英雄!?」
その声に、気を良くしたのはお調子者のノオトだった。
「なんか拒絶はされてねえっぽいッスね」
「思い上がるな。拙者たちを警戒している者がいてもおかしくないでござるよ」
「ノオト。私達は粛々とやるべきことをやるだけなのですよ」
「そうっスけど、先ずは住民と信頼関係を築くところからっしょ」
「それで──ムギ。俺達此処からどうすれば良いんだ?」
「……」
「ムギ?」
返事が無い。
ぼうっとしている彼をメグルは肩を揺さぶって呼びかける。
「どうしたんだよ、具合悪いのか?」
「……あ、ああ。何でもない! オイラはキュウビの国の使者だからな!」
「なんだそれ」
「だから心配要らない!」
ムギは振り向くと、慌てたように言った。
そして、人々に向かうと──叫ぶ。
「皆っ!! もう安心してくれ!! こいつらはサイゴクからやってきた英雄たち!! オイラ達の味方だ!!」
歓声があちこちから上がる。
「オイラ達はひとつのヒャッキ! 昨日まで敵だったとか関係ない! オイラ達で、クロウリーに百鬼夜行の恐ろしさ見せてやるんだい!」
「ムギ様が言うなら、そうなんだろうな……」
「サイゴクの英雄、実在したのか……!」
「俺らは応援してるからなー!!」
集落の空気は確実に今の声で良い方向へと転じた。
この少年、まだ幼いながら、人を良い意味で煽り立てる才能があるのかもしれない、とイクサは感じる。
「凄いな」
「姉ちゃんの真似だ。姉ちゃんは、村のリーダーみたいな存在で皆から慕われてた。オイラも姉ちゃんみたいになりてえって思ってさ」
「……」
それを聞いて、ヒメノの顔は曇る。
きっと──仲のいい姉弟に違いなかったのだろう、と確信した。自分の所とは大違いだ。
「姉貴? どうしたんスか?」
「何でもないのです。ムギ様、私達はどうすれば?」
「もうじき、山の向こうから援軍がやってくる。それまで、待機だっ」
「今日は移動で疲れてるでしょうし……陽も落ちかけてる。かと言って、私達が出来る事もあまり無いわ」
「そうだな。オイラが借りてる家があるんだ。そこで休もう」
彼は古住宅の1つを指差した。
三国連合の援軍が来るまで、もう少し時間がある。
彼らと合流してから、クロウリー達に立ち向かう準備を進めよう、というのだ。
※※※
(……硬った!? なんだこのリンゴ、味しねえぞ!?)
(出してもらってアレだけど、あんまり味は良くないわね……)
(水がマズいと、作物もマズいっていうけど……これは……ひどい……)
夕食は備蓄した米や果物、干し肉が振る舞われた。
最初は持ってきた保存食を食べる、と申し出たが、住民たちの好意で結局押し切られてしまったのである。
しかし、その味はお世辞にも良いものとは言えなかった。
ルギアの風で瘴気こそ祓われたとはいえ、まだヒャッキの地の作物の成りはあまりよくないようだった。
また、キリだけは見回りの為に外に出ており、不在(とはいうがコミュ障なので多人数での食事の場を避けただけ)。
微妙な空気のまま食事の時間は過ぎていく。
「なあ、もしかしてマズかった……とか?」
「そんな事はねえよムギ!! お前ら、少ねえ備蓄を俺らの為に出してくれたんだよな!! すっげー感謝してる!!」
「そ、そかぁ!? じゃあ、もっと持ってくる!」
そう言ってムギは奥の部屋へ、たたっと走って出て行ってしまった。
後にはさらに微妙な空気だけが残るのだった。
(参ったわね。空気が悪いわ、イクサ君。何か面白い事言いなさい)
(無茶苦茶な!! パワハラも良い所ですよ!!)
(じゃあいい感じに話題を切り出すのよ、役目でしょ)
(転校生カワイソ……)
(デジー、次は貴女ね)
(ぴょんっ!?)
仕方が無く──誤魔化すように、イクサは切り出す。
「あ、あの、ヒメノさん」
「何なのですー?」
「確か凄いゴーストタイプの使い手なんですよね。霊能力ってどんなのが使えるんですか?」
「今は使えないのですよー♪ にぱー♪」
それを聞いて、地獄のような表情になったのはノオト、そしてメグルの二人だった。
事情を知らぬイクサは首をかしげて「え、でも──」と追い打ちをかける。
「こっちの世界のヒメノさん、すっごい霊能力者として知られてて──」
「ストップ!! ストップ、イクサさん……それ以上は」
「え?」
「……ふふっ。ヒメノの霊能力は、使えなくなってしまったのですよー」
死んだ目で彼女は語る。最早取り繕う事すらしなかった。
「な、何で!? 悪い奴にやられたとか!? 僕、そいつに一発ガツンと言ってやりますよ!!」
「だからもう止めるッス、イクサさん!」
「そうだイクサ、これ以上は止めるんだ! 良いな!?」
ヒメノの口からは既に、呪文の如き恨み節が唱えられている。
そこでイクサは漸く、自分が踏み入ってはいけないところに踏み入ったことを察した。
「どいつもこいつもイチャイチャイチャイチャ……ヒメノの前で……大体何でどいつもこいつもくっついてるのです、発情期なのです、ネズミざんなのです──ごふっ」
「血ィ吐いた!? 何処か悪いんですか!?」
「あーもう!! 姉貴!! ちょっと横になるッスよ!!」
咽込んだヒメノを抱え込み、ノオトもまた、何処かへ消えてしまった。
後には──地獄を地獄で煮込んだような空気だけが残る。
「はぁ……最悪ね、イクサ君。バッドコミュニケーションだわ」
「ねえ、これ僕が悪いんですか!? 今のって僕が悪いんですか!? ねえ!?」
「ヒメノちゃんは……色々あってな。失恋のショックでそれ以来霊能力が使えなくなっちまったんだ」
「ウソ!? どんだけ酷いフられ方したの!? そいつサイテーだよ、ボクが転校生の代わりにブン殴ってやる!!」
「敢えては言わねえ……ただ、誰も悪くねえんだ。それだけは確かなんだ」
最初はまだ霊能力は使えていた。しかし、彼女にストレスがかかるごとに霊能力はどんどん弱体化していき、最近ではすっかりゴーストポケモン以外の霊は視認できなくなってしまったという。
「一番ショック受けてんのはヒメノちゃんなんだ。今回の旅に同行したのも……あの子なりに思う所があるから、だろな」
(じゃなきゃ、絶対ノオトとキリさんが一緒の場所に行きたがらないだろうからな。強い奴と戦って、霊能力の感覚を無理矢理取り戻したいのかもしれねえ)
彼女も力を取り戻したい、と考えているのは確実だった。
その為に焦って無茶をしなければ良いのだが──生憎言って聞く手合いではないのである。
「ごめんなさい……僕、意図せず地雷を……」
「あんなの回避しようがねえから気にするなよ」
「食べ物持ってきたぞーっ!! あれ? 少なくね? どしたんだ?」
ムギと、付き人達が食べ物を持ってくる。
しかし人数が少ないのに少々困惑しているようだった。
(ヒメノちゃん……力を取り戻せればいいんだけど……本人の心の問題だろうしなあ、アレ)
※※※
「ノオト、もう肩は貸さなくて良いのです」
「えっ」
ノオトの腕を振り払い、ヒメノは──彼の方に向き直った。
「……姉貴」
「私が怒ってるのは、私自身に、なのです」
今まで見えていたものが何も見えない。
使えていたものが使えない。
もし使えていたならば──あのワスレナという魔術師相手にも後れを取らなかった、とヒメノは確信していた。
霊能力も、そして持ち前の洞察力も。精神的な摩耗と合わせて、どんどん弱まり、遂には使えなくなってしまった。
「最近はもう、何も見えないのです」
「そこまで酷かったのか!? 何で言わなかったんだよ!!」
「言えるはずないのです、事の発端がヒメノのワガママなのに……これ以上二人に迷惑かけたくないのに」
「……迷惑だなんて、そんな」
「本当はもう、二人の事を祝福したいって思ってるのです。でも……気持ちと裏腹に心は擦り減っていって。力も使えなくなって。弱くなっていく私に、私が耐えられないのです」
「姉貴は弱くねえよ……いっつも俺っちよりも強いって──」
「ッ……強い相手と戦えば、戦いの中ならば霊能力が戻るかもしれない」
「姉貴……」
「ヒャッキは、サイゴクとは違う環境。霊能力が何かのきっかけで戻るかもしれない」
しかし──ヒャッキに来ても、何も変わらなかった。何も見えることはなかった。
これだけ死の臭いがする環境でも、何も足掛かりは得られない。
「でも駄目だったのです。私から強さを取ったら……何が残るのです」
「強いとか弱いとか関係ねえよ、姉貴は姉貴だろ!? 俺っちの姉貴には変わりねえよ……!」
「ヒメノは、ノオトと合わせてふたりでキャプテンなのですっ!!」
彼女は──それでも叫ぶ。
己の在り方を。アイデンティティを。
「ノオトの隣で戦えないのは……辛いのです」
「姉貴……」
「……らしくなかったのです。少し、横になるのです」
ノオトからはそれ以上声をかけてやることは出来なかった。
皆の前では平気に振る舞っているが、彼女の内心は──磨り潰したかのように摩耗しきっている。
原因は失恋ではない。終わらないスランプによる自己嫌悪、それに伴う負の連鎖なのだった。
そして何より、隣で戦う弟に置いていかれることへの不安だった。
(……姉貴。思い詰めてたのは知ってたけど。どうすりゃいいんだよ……)
※※※
「メグル」
「うん? どうした?」
──就寝は雑魚寝。
大広間の中に、皆布をかけて寝転がる。
ムギは、メグルの隣に横たわった。
「オイラ、ちょっとだけお前達と過ごしてて分かったことがある」
「何だよ」
「お前達、すっごく面白いな。どいつもこいつも、クセ者ばっかりだ!」
「……へへ、そうだろ」
確かに皆、個性派揃いだ。得意な事も違うし、抱えている悩みも違う。
「……お前達に来てもらってよかった。キケンな戦いになると思うけど、大丈夫な気がして来た!」
「ああ。お前の姉ちゃんも取り戻さなきゃな」
こくり、と彼は頷く。
「どんなって……強いけど、優しい姉ちゃんだった。勇ましかった。皆を元気づけてくれるんだ。落ち込んでても、姉ちゃんが居れば大丈夫って思えるような、そんな人だ」
だから彼女のようになりたいのだ、とムギは語る。
必死に勉強して、修行を重ね、強くなりたいのだ、と彼は語る。
そんな彼の目はとても輝いていて、いかに姉を尊敬しているのかが伝わってくるのだった。
「……なれるかな。姉ちゃんみたいに」
「なれるさ。きっとな」
ムギの頭を撫でてやると、尻尾が嬉しそうに揺れる。
弟が出来たような気分だった。
「寝ようぜ、ムギ」
「ああ。明日も早いからなっ!」
にしし、と笑い合う二人。
(よくできた姉……ヒメノとは、大違いなのです)
それを密かに聞いていた彼女の内心は──穏やかではなかった。
※※※
──静けさが残る丑三つ時。
メグル達が眠りにつく中。
唯一人。
彼は──外へ飛び出した。
尻尾が揺れる。
小さな体で、彼は集落の真ん中に走る。
「むっ」
それをいち早く捉えたのは、一人で夜も見張りをしていたキリだった。
「……何か匂うでござるな。念には念を押しておくか」
しばらく様子を見た後。
すぐさま彼を追いかけ、ひとっとびで距離を詰める。
「ムギ殿、こんな夜遅くにどうしたでござるか──」
「ぶーどぅーぶーどぅーぶぅーぎぃーぶーどぅーぶーぅーどぅー」
心胆を寒からしめるような呪詛の文言に、キリは思わず足を止める。
すぐさま彼に近付き、様子を確かめようとするが──そんな中、いち早くキリからの連絡を受けて飛び出したメグルとイクサ、ヒメノの3人が駆け付けるのだった。
「キリさん、どうしたのです……!!」
「言われた通り、他の奴らは家の中で待機させてるけど」
「人数が多すぎると混乱を招くと判断した!! ムギ殿の様子がおかしい……!!」
キリは、ムギの方を指差す。
その口からは不気味な呪詛が常に流れだしている。
それは──ノオトにとっても聞き覚えのあるものだった。
「ムギ殿ッ!! 聞こえるか!? 拙者たちの声が!!」
「ッ……!!」
「ムギ!! 正気を取り戻せ!!」
駆け寄ろうとするメグルの袖を──ヒメノは思いっきり掴んで止める。
「何すんだよヒメノちゃん!?」
「手遅れなのです」
「え?」
「……今日ほど、自分の無能さを呪った日は無いのですよ」
「オイラ、キュウビの国の使者、ムギ!! オイラ、キュウビの国の使者、ム、オ──もごごががが」
機械のように同じ文言を繰り返したかと思えば、ぼこっ、と音を立てて少年の口から──巨大な菌糸が音を立てて這いずり出る。
少年の身体は間もなく、全身が菌糸に包まれていく。
尻尾も、首も、あらぬ方向へ折れ曲がり、裂けた場所から菌糸が増殖していく。
その悍ましい変容を、彼等は為す術もなく見届けるしかなかった。
「どうなってやがる……!? 体がキノコに飲み込まれた!?」
「ヒメノ殿、シャンデラの炎を……!!」
「手遅れに決まっているのですよ、あんなの……!!」
「ぶぐぎぎぎぎぎぎ」
「しゅぷらら」
巨大なキノコの怪物は呪詛を唱え続ける。
そして、その周囲には──ランタンのような明かりを灯した小さなキノコのポケモンが生えだすのだった。
「ネマシュと、マシェード……ですよね!?」
イクサは確かめるようにメグルに問いかける。
「い、いきなりで何が何だか分からねえよ……!!」