ポケモン廃人、知らん地方に転移した。【完結】 作:タク@DMP
──反撃開始だ。
ニンフィアは、イーブイが十二分に懐いた状態で、フェアリータイプの技を覚えているときのみ進化できる姿である。
イーブイが覚えていたのは”つぶらなひとみ”。
そして、既に十二分にメグルに懐いていた彼女は、”かわらずのいし”を外されたことで進化に成功した。
そのタイプは妖精の力・フェアリータイプ。
アケノヤイバの持つ格闘タイプに対して、非常に強く出ることが出来るタイプだ。
あの”はどうだん”は等倍では受け切れない。並みの特防のポケモンでも受け切れない。
しかし、ニンフィアならば──その2つを解決できる。
(更にイーブイの特性は”きけんよち”だった──だから、ニンフィアに進化すれば”フェアリースキン”になる!)
「押せ! ”でんこうせっか”だ!」
「ふぃー♪」
にやり、とニンフィアの顔が捕食者のそれへと変貌した。
ふわりと跳んだかと思えば姿を消し、アケノヤイバの眼前へと現れる。
そして、耳の付近から伸ばしたリボン状の触手で何度も、何度も何度も何度も高速でアケノヤイバを殴りつける。
ノーマルタイプのはずの”でんこうせっか”だが、ゴーストタイプのアケノヤイバに突き刺さるように効いている。
「どうだッ! 特性・フェアリースキンは、ニンフィアのノーマル技の威力を上げる上に、フェアリータイプに変えるんだ!」
「ふぃーあ♪」
「エリィィィス……!」
だが、それを見ても尚、愉しそうにアケノヤイバは笑みを浮かべてみせる。
今度は周囲に顕現させた分身を次々に剣の形へと変えていく。
古来より、アブソルとは刀剣の化身だった。そう呼ばれる理由は──他でもないアケノヤイバにある。
自在に影を変幻させることが出来るアケノヤイバは、自らの分身を刀に変えることなど容易い。
そうして連ねた五本の刀剣を広げて、そこに自らのエネルギーを注入していく。
メグルも見れば分かった。オオワザだ。
【アケノヤイバの──】
発動までに時間こそ掛かるものの、あれこそがアップリューのオオワザを食い止めていた剣だ、とメグルも確信する。
防御に向けるだけでも強力だったオオワザだが、当然攻撃に転じさせれば今度こそ潰滅は免れない。
阻止しなければ、ニンフィアもメグルも倒れて、此処で終わりだ。
「──ど、どうにか阻止できる方法……!!」
「ふぃー!」
ニンフィアはふわり、とメグルの前に立つ。
剣など正面から受けてやる、と言わんばかりに。
「無茶は承知か──なら乗ってやるよ! スピードスター!!」
【──”あかつきのごけん”!!】
剣は、星の弾幕を打ち破り──勢いよくメグルとニンフィア目掛けて飛んだ。
砂埃を巻き上げ、音をも置いていく勢いで五本の刀剣は、地面に突き刺さっていた。
一瞬死を覚悟したメグルだったが、しばらくして自分にもニンフィアにも何一つ傷が無い事に気付いた。
「え? あ、あれ……?」
「ふぃー……?」
何が起こったか分からない、と言わんばかりにメグルとニンフィアはアケノヤイバの方を見やる。
地面に突き刺さっていた五本の刀剣を消すと──アケノヤイバは何処か満足したように、その場から消えるのだった。
「な、何だったんだよアイツ……最後の最後でオオワザを外した?」
まるでオオワザを見せつけるためだけに放ったようだった。
ニンフィアの方を見ても「さぁ」と言わんばかりに鳴くばかり。
むしろ攻撃をわざと外したアケノヤイバに不満さえ隠せないようだった。
だが、いずれにせよ──メグル達はヌシを退けることに成功したのである。
「でも、勝った……ってことで良いのか? 一応」
「ふぃーあ♪」
ふわり、と跳ねるとニンフィアはメグルの身体によじ登ろうとする。
しかしイーブイの頃と違って、中型犬ほどに大きくなった彼女はもう、首に掴まる事は出来ない。
そのままメグルを押し倒してしまうのだった。
「っと、すげーよニンフィア、やっぱお前は自慢の相棒だわ! よくやったな!」
「ふぃー♪ ふぃー♪」
ぐりぐり、と彼女はメグルの胸に頭を押し付ける。
そしてメグルも──先程は撫でてやれなかった彼女の頭に手を置いたのだった。
イーブイの頃よりも、好意を剥き出しにして甘えて来るニンフィア。
このまま撫でていると無限に甘やかしてしまいそうになるが、まだアルカの救出が残っている。
「……さてと、後はアルカを助け出すだけだな」
「フィッキュルルルィィィ」
「やべ、アイツの名前出したら露骨に機嫌悪くなった、痛い痛い痛い!! リボンで叩くな痛い!!」
──尚。進化したとて、性根はどうやら変わっていないようであった。安心。
とはいえ、今まではじゃれていたのがリボンによる叩きつけ、締め付けに変わったので確実にグレードはアップしていた。
「畜生!! お前は凶悪毛玉改め凶悪リボンだーッ!!」
「ふぃーあ♪」
※※※
第三御殿の扉を開け、見取り図から地下室へ続く階段へ迷うことなく進む。
だが、石段は思っていた以上に長く。漸く露になった地下牢へ続く通路を見て、メグルはうんざりしたように声を上げた。
「扉、多すぎじゃねえ……!?」
「ふぃー……!」
見取り図には書かれていなかった地下牢の全貌だ。
(地下通路には幾つか扉があるんスけど、それぞれは独房ではなく、アリの巣のように地下牢を幾つか携えた通路に繋がってるんス)
「
※※※
「な、何故──メガシンカ、しないのです──!?」
──ヒメノのキーストーンは、反応しなかった。
何度触れても、光を発することはなかった。
思わずジュペッタに何か異変があったのでは、と彼女は相棒の方を見やる。
ジュペッタは笑わない。いつものように。
「……ジュペッタ、どうしたのです!?」
彼女が呼び掛けたその時だった。
「──びええええええん、ええええええええん」
「な、泣き出した……凄い勢いで……」
「どうしたのです、ジュペッタ!」
思わずヒメノはジュペッタに駆け寄る。
相棒が、大粒の涙をこぼしながらわんわんと泣き喚き、それ以上戦うことすらしない。
流石のヒメノも、最大の相棒の異変に困惑を隠せず、彼の肩を掴んで揺する。
「貴方はこんな所で泣くような、弱虫さんじゃないのですよ、ジュペッタ! ジュペッタ!」
「強がるのは、やめにするッスよ姉貴」
「……ノオト! これは──」
ノオトは知っている。
同じおやしろで育ったのだ。
格闘タイプだけではなく、ゴーストタイプのポケモンの性質も──熟知している。
「ジュペッタは呪い人形。持ち主と鏡映し。本当は……一番泣きたいのは……姉貴なんじゃねえッスか」
「ッ……」
「びええええええん、びええええええええん」
泣き叫び続けるジュペッタを前にして、ヒメノはへたり込んでしまう。
図星だった。
ずっと誰にも言えなかった。否、意地を張って言わなかった。
決壊してしまうほどの心の痛みを、ジュペッタも一緒に受けていたことを彼女は察した。
「びええええええん、びええええええええん」
「なぜ、なぜ、そんなにも泣くのです、ジュペッタ……そんなに泣かれたら……ひっぐ……わたしまで……ひっぐ……」
泣き喚く声は、2つに増えた。
それを見つめるノオトは──姉に勝てこそしなかったものの、一先ず安堵の息を吐く。
「姉貴。辛かったなら……最初っから辛いって言えば良かったんス」
「だって、だってぇ……わたしは……わたしはキャプテンで……」
ノオトには霊感は無い。
しかし、一人で苦しむ姉の姿はずっと見てきた。
表面上は何も無いように振る舞っていても、ずっと人に見えないところで彼女が傷ついてきたことも知っていた。
そして、霊感を持たない自分に、姉が壁を作っていることなどとうの昔に察していた。
それでも──ノオトがヒメノに寄り添う理由など、1つしかない。
彼女が辛いと彼も辛い。胸が痛い。
ただ、それだけの理由だ。
そしてそれは、ノオトだけではなくヒメノのポケモンも同じだっただけだ。
だから今、ジュペッタは泣いている。
「本当は……ノオトが羨ましかった……でも、わたしのような辛い思いを……ノオトには、してほしく、なくって……」
「オレっちも……姉貴には、自分が辛いと思うような選択は、しないでほしいんス」
「わたし……ノオトに優しくしてもらうような良い姉じゃない……貴方を見下して……酷い事をいっぱいして……」
「そうッスね。姉貴は酷い姉貴ッス。でも……オレっちにとって、たった1人の姉貴ッスから」
「ッ……うっ、うぐっ、ひぐ」
ノオトは──ヒメノの手を両の手で包む。
手も、手首も、自傷の痕でいっぱいだった。
「姉貴が辛いと、オレっちも辛いんスよ。でも、それを隠す必要はねーんス。隠してほしくねーッス! ……オレっちにも、背負わせてほしいんス。オレっちも、キャプテンだから」
「ッ……ノオト」
「周りを傷つけるやり方は、姉貴だって辛いはずッス。だから──オレっちは、姉貴も、皆も泣かなくて良いようにしたい……でも、オレっち一人でも、それは無理なんスよ」
ノオトは自らの弱さを自覚している。
霊感も無ければ、メガシンカも無い。
キャプテンの中では最も弱く、姉には未だに勝てたこともない。
しかしそれでも誰かと共に闘うことで得られる強さをノオトは知っている。
例え弱くとも、食らいつくことで開かれる道があることをノオトは知っている。
(メグルさんには……感謝しねーといけねーッスね。あの人が居なかったら、姉貴に盾突くなんて考えられなかったから)
「今だって頼りないかもしれないけど……それでも今! 今、オレっちに、頼ってほしいんス!!」
「救いなんて──求めてないのですよ。ヒメノはいっぱいいっぱい……酷い事をしたのです。地獄に落ちるのですよ」
「その時は一緒に落ちてやるッスよ」
父も母も、もう居ない。
親戚は居ても、明確に血を分けているのは、ノオトにとってヒメノしか居ない。
同じ日に産まれた双子だからこそ。長い間一緒に居たからこそ。
どんなに断絶したと思っていても、繋がりを感じてしまうのかもしれない。
「ノオト……ひぐっ、びえええええええん」
「ちょっ、姉貴!? あーもう、そんなに泣かれたらオレっちまで……うぐっ、ひぐっ」
──結局。泣き虫なのは姉弟一緒なのだった。
「くわんぬ……」
取り合えず、ボールから出されたまま、オロオロしているルカリオに収拾が付けられそうにないのは確かである。
※※※
──10歳のころに両親が死んで、ボク達姉妹は叔父夫婦に面倒を見て貰うことになった。
だけど、叔父夫婦は手間が掛かると言って、ボク達を疎んだ。
何かと理由を付けては、ボクを座敷牢に閉じ込めた。大きな家のはずなのに、ご飯を抜かれた事は一回や二回じゃない。
殴られたり、蹴られたりはしょっちゅうだった。
「痛い!! 痛いよ、おじさんっ……」
「何でお前は……こうも出来が悪いんだァ!? ああ!? あいつの顔を思い出して虫唾が走る!」
「うっぐ……お父さんを、悪く、言わないで……」
「良いかァ、俺がお前を預かってやってるのはな。体裁と、面子と、んでもって保身のためだ。姪を見殺しにしたら売上に響く」
「ッ……あっ、う、血が……傷が、開いて……」
「綻びってのは些細な所から起きるものだからなァ。その
唯一の救いは、町で拾った古本だった。座敷牢に予め本を持ち込んで、閉じ込められた日はそれを読み耽った。
結局バレてすっごく怒られて、家から叩きだされたんだけどね。
でも、あのひと時の経験が今のボクを作ってる。
ヒャッキの外には──別の世界があるんだ。
ヒャッキは昔、サイゴクって国と秘宝を巡って戦争したんだ。
そしてサイゴクには──皆が殺し合ったりしなくても良くなるような、秘宝があるんだ。
そう信じて、ボクは這いずるように生き続けた。
アルネは──優秀だった。
「穀潰しが!! 何でアルネのように出来ないんだオマエは!!」
「……」
「痛いの一言も言えんのか、オマエはァ!!」
「──おじさん。例の機械の試作品が作れた。多分、これ自動化できる。人の力は要らない」
「おおーう、流石だアルネ──自動化ァ!? 自動化って何!?」
「っ……アルネ」
「……姉さんを虐めてる場合じゃない。これで、来期の利益は2割上がる」
「そうだなぁ、ゴミに構ってる暇はねぇってもんよなぁ」
頭が良かったから、叔父はアルネに自分の仕事を手伝わせて可愛がった。
ボクは同じ頃。周囲からも無能と疎んじられていた。
不器用だったんだ。得意な事なんて、本を読むことだけだった。
でも、そんなの言い訳にならない。ヒャッキは何時の日も戦時中だ。無能は要らないんだ。
「座学も赤点。訓練もへなちょこ。お前は一体何で生きとるんだ? ええ?」
「それは……」
「テングの国は何時何処から攻められてもおかしくないんだ。それでテング団に入りたいとは片腹痛い。お前なんぞ誰も要らんわ」
「ッ……」
「……明日からもう来なくて良いぞ」
ボクの居場所は何処にも無かった。
そうしてある日、アルネは──テング団に貰われていった。
叔父は妻が亡くなった後に、すっかり堕落して、アルネに仕事を任せっきりだったから狼狽した。断ろうにもテング団には逆らえなかったからだ。
謝礼金は沢山貰ったはずなのに、それだけじゃ足りなかったみたい。
叔父はおかしくなった。
「……誰も彼も俺の近くから居なくなりやがる」
「お、おじさん……」
「何でお前はまだ生きている? 何でお前はまだ居る?」
「ひっ」
「……目障りなお前がァ、何でまだ生きているゥ!? ああ!?」
残ったボクを──殺そうとした。
それを察した時、ボクは逃げて、逃げて逃げ続けた。
しばらく放浪して──意識も朦朧としていたあの日。
ついにボクは見つけたんだ。異界の扉を──
──あの時、ボクは死んだように生きていて、そして死ぬつもりで身を投げたつもりだったのに。まだ生きている。
「ちょっとじいさん!! 女の子が倒れてるのよ!!」
「ええー!? 何だってェ!? 聞こえねーべ」
(……空の色が、違う……)
(もう死んだっていいや……別の世界は、あったんだ……それだけで、ボクは……十分だ……)
(……お腹が、空いたな……)
※※※
(……うとうとしちゃった。また、昔の……夢か)
アルカは目をゆっくりと開けた。
閉じ込められているのには慣れている。
牢屋の中は落ち着く。その間は誰にも殴られないし蹴られないからだ。
だけど、階段を降りて来る音が聞こえてくる。びくり、とアルカは肩を震わせた。
「ッ……ヒメノちゃん……?」
カタン、と何かを閉じるような音が遠くで聞こえた。
思わず身体が強張った。
もしかしたらヒメノが帰って来たのかもしれない。
だが、もしも彼が助けにやってきてくれたのならば。
叫ばずにはいられなかった。この地下牢は、あまりにも扉の数が多い。
「おにーさん……おにーさん!! 聞こえてますか!!」
(ゴミのように扱われて、死にたいと思った日もあったけど)
──アルカちゃん、ごめんねぇ……面倒、見切れなくなっちゃって……。
──そんな! ダメです! 死んだら……ダメですよ……ボク、どうしたら……。
──生きていたら、きっとね親切にしてくれる人は、いっぱい、居るのよ? きっと、きっとよ……。
──居ないですよ……そんなの……!
(辛い別れが続いて、消えたくなった時もあったけど……!)
──お礼なんて要らねえよ。行き倒れて死なれても寝覚め悪いしな。
「おにーさん!! ボクは、此処です!!」
(それでも、今、ボクは生きてる……何気ない親切で、ボクの命を繋いでくれた人たちのおかげで……ボクは生きてる……!)
「ボクは、此処です!! 此処に居ます!!」
(ボクは決して褒められた人間じゃないけれど。それでもまだ、その人達のために、生きていたい。汚くても、泥水啜っても、生きていたい)
「此処です!! 此処にっ……此処に居ます!! 生きてます!! おにーさん!!」
扉が音を立てて壊れ、更に石段を駆け降りる音が聞こえてくる。
息を切らせて、全身がボロボロで。
(だから──おにーさん。もし、貴方がもう一回ボクの前に来てくれたなら。ボクはその手を……取っても良いですか?)
「アルカ!!」
それでも彼は、アルカの前に辿り着いたのである。
「……おにー、さん……遅いですよ……もう……!」