やはり魔法科高校の魔王の青春は間違っているストラトス   作:おーり

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 恥ずかしいが少し、己語りをさせていただく。

 俺と言う人間は、これまでの経験から人間と言う“モノ”に対しては決して踏み込まない一線を守っている。
 そもそもが根本的に理外の、理屈の外側で動く“他人”と言うモノを信用できない、というのが『建前』の理由だ。
 人はそれぞれがそれぞれの理屈で動くモノであり、そこに本人を“後押し”する前提さえあれば、俺から見てどうしたって理に沿わない動きにでも準じて見せる。
 だからこそ「友達とは仲良くするべきである」という前提も、「コイツは排斥しても構わない奴」という空気が後押しすれば、簡単に前提を裏切りその対象を切り離せる。
 人間とはそれくらいシビアで冷徹な一面を兼ね備えた、兼ね備えられる(・・・)生き物なのである。
 俺の順守するルールは要するに、それが人間の人間たる『在り様』であるのだろう、という諦観に基づく俺の行動基盤というわけだ。

 裏切られても、予め“そういうものだ”と知っているから、一々怖がる必要も無い。

 人に対する一線を控えているから、人が“どういうものか”と言うことを予期しているから、俺の対処も実に堂々としたものである。
 もしこれで例えば『まだ何かに(他人を)期待している(諦めきれない)』という心理状態ならば、例えば『自尊心を保とう』という意識が残っているならば、そんなIF(もしも)の俺は酷く挙動不審な人物になっていた可能性もあるだろう。
 外側からの『目』を意識し、譲らぬ一線を控えさせながらの、それでも他人に期待を抱く『其れ』は、どうしたって酷い矛盾に他ならない。
 世の中は自分の思惑とは一切関連の無い場所で回っているというのに、自分を下手に上等に位置付けるのは恐らくは人類共通の病気であろうと予測する。
 人間の心の機微など、この世の何物も配慮してくれたりはしないのだ。

 かつて地球を破壊せんとする魔王を『救って』見せた獣の騎士・雨宮夕日の祖父は、幼い彼にこう告げた。
 『敵を作るな腹を刺される。味方を作るな背中を刺される。俺もお前も人間は全てクズだ。他人と関わらず孤独に暮らせ』
 10年で1万と956回言い聞かせた彼の爺は、所詮孫娘との暮らしで絆されて人との絆とやらを、拠り所とやらを取り戻した。
 そういうものがあっても構いはしない。
 個人の事情であるから、そこは人それぞれだ。
 だがそれは同時に人が『芯』を捨てる、つまりは『前提』を覆すという隠喩も同時に内包している。
 前提が変われば考え方も変わる。
 人は常に、変化する生き物である。
 無論、その変化の方向性が全て正しい、とは決して言えないことも裏付けた上での事実だ。
 その事実ですらも、俺からして見れば『どうでもいい』。

 何故ならば俺はもう他人に期待など抱いて居らず、人がどのように変化したとしても気に掛けない程度の感性を得てしまっているのだから。
 それは『自分がカンピオーネである』という事実とは関係の無い、徹底的以上に徹底し尽くした俺の生き方()そのものであるのだから。



 そんな俺であるが、別に人間嫌いというわけでは無い。

 予め言ったように、俺個人の思惑は他人には影響しない与り知らぬモノであるし、人は独りでは生きて行けない。
 それに個人である己が生きる上では得られぬモノが、世の中には蔓延っている。
 それらを得る為には、己独りの感性では到底追いつけない研鑽が蹲っているのだ。

 生きる、ということはただ緩慢にグズグズと日々を過ごすだけを言うのではない。
 人の本質が怠けることだと以前に言ったが、ただ怠けることは決して安穏とは言い難い。
 『怠ける為』の前準備として、『環境を整える』ことが重要視されるのである。

 要するに、整った環境の為に必要な要素がある。
 例えば、美味い食事。
 例えば、安全な寝床。
 例えば、趣きのある娯楽。
 それらを揃えるのには、やはり個人だけでは限界が訪れる。
 特に、娯楽は己の知らぬ(未知なる)モノを要求することこそが人間の性質であるのだから、個人の想像力では端から不可能な命題と呼べるのだ。

 かつての敗戦探偵もこう言った。
 『人は生きて、ただ落ちるだけだ』
 人を嫌う、ということは決別であり潔癖であると言える。
 が、それを継続できやしないことは誰もが知る処であろう。
 それを他人は堕落や妥協と呼ぶだろうが、それでも構わない。
 そもそも、誰も出来ないことが出来たからと言って、誰かが絶対に褒めそやすということがイコールで結びつかないこともまた、紛う事の無い事実であるのだから。

 故に、俺は人間嫌いではない。
 嫌ったところで、どうという事でもないのであろうが。
 少なくとも『なりたい』と思うつもりはないのである。



 さて、本題。
 どうやら烏丸会長が鈴の心をぽっきりと圧し折ったらしい。


 「で、誰がそこまでしてくれと言いましたかね」

 「うん? 言い掛かりも甚だしいぜ司波君。俺は生意気な後輩にちょいと教育的指導を施しただけで、それで心が折れたのは向こう様のご勝手さ。つまり『俺は悪くない』」


 このドヤ顔である。
 括弧が抜けてませんぜ生徒会長様?


 「つーか、あんたのやろうとしたことはわかってるっすよ。アレだろ? 後輩想いな先輩からのプレゼントってことだろ? 鈴が俺に近づかないようにって言う牽制のつもりなんだろ? その心遣いは判るけど、あれだ、やり過ぎって奴だ」

 「『えー?』『何勝手に自己解釈しちゃってるわけー?』『ぷぷぷー、』『司波君てば自意識過っ剰ぉー!』『俺みたいな負け犬の先輩が、』『今の世の中で後輩の為だけに女子に対して喧嘩を売る?』『冗談も大概にしておきなよ(笑)』」


 いや、だから括弧が抜けてませんってば。
 大嘘乙。

 まあ自分の成果を大手を振ってひけらかすようなお人ではないのは元より知っているけれども、それでも言っておきたかったことがあるから、こうして鈴に遭ったその足で生徒会室まで足を運んでいるのだ。
 せめて、これだけは告げて置きたい。


 「ま、どっちでもいいっすけど、言わせてもらいますぜ。
  ――悪いがアンタのやったことを覆させていただく。敵にする気は無いが、暫く手出ししなくても結構だ」


 アレだな、宣戦布告って奴だ。
 すると、俺の意図を読み取ったのか、会長は笑みを止めてこちらを見据えた。
 ……流石に精神系の魔法使いなだけあって、こちらの思惑は大概理解できるらしい。
 その果てがその心を折る系統への特化型なのだから、本当にどうしようもなくどうしようもない人だ、とつくづく思う。


 「司波君、キミ相変わらず甘いよな。
  自分を裏切ったんだろ? 相手に自覚が無かったからと言って、それをほいほい許していたらキミ自身が傷つくだけだぜ?
  その果ては決して平等な関係は結べそうにない。碌でもない不平等条約を無自覚に締結される前に、とっとと突き放しておいた方が身のためだぜ?」


 まあ、初めはそのつもりだったんだよな。
 距離を縮めようと近づいてこられようとも、俺としては既に終わった相手なわけだから、一見焼け木杭でも火は付き難い。
 距離を置いて、心も離して、それで事を済ませられるほど簡単じゃなかったのは、むしろ俺自身の周囲の問題だったようだ。
 ならば、俺自身が片づけるのが一番の適任だ。


 「下手に期待を持たせるよりは、いっそのこと圧し折った方がずっと手早い。
  だからこそ、今回は適度に煽って口実まで作ったのに、有効活用しないのかい?」


 認めてんじゃねーか。
 とは言っても、鈴にどうこうというつもりは微塵も無く、彼女を押し退ける為の何かというつもりも今の所は俺には無い。
 それに、好意を向けられていることは明白なんだ。
 自分に好意を向けている人間を突き放すのは、人間嫌いのやることだ。
 さっきも晒したように、俺は『人間嫌い』になる気は微塵も無い。


 「甘いと云われようと、俺がやりたいからやるだけだ。
  こっちを傷つけた? この程度傷にもならねぇ。俺の自虐ネタも、アンタの自虐ネタと同程度まではあることくらいわかってて言ってんだろうが。
  男は傷を作ってなんぼだって、少年漫画で学んでんだよこっちは」


 そう、これは手を切る言葉。
 この人の差し出してきた甘くて温くて空しい握手(悪手)を、一方的に拒絶する言葉。
 先輩の指図は受けないと、俺は今からこの人の厚意を無下にする。

 言い捨てて、くるりと踵を返し、生徒会室を出ようと足を運ぶ。
 その背中に――、


 「『それには同意』」


 ――って、此処で括弧付け!? ジャンプ系ってガチでネタだったのこの人!?

 ……いや、振り返っちゃ駄目だろ。
 ツッコミを入れたくなる衝動に駆られつつも、なんとか教室を後にした俺が其処に居た。










 「あーあ。また勝てなかった、かな?」



縦横無尽の|ファフニール《悪徳竜》

 

 「うぉぉ……。疲れたぁー……」

 

 

 そして一週間後。

 一週間、である。

 小町の事はアテナに護衛を任せておいたから帰ってから何とか対処するにしても、既に登校の時刻と相成っている為に俺の足はそのまま総武校へと向いていた。

 久方振りの通学路に、溜め息が疲労を伴って吐き出される。

 鈴の国家代表候補生という肩書を取り消させるためにちょいと中国まで足を運んだが、一週間もかかったというか、一週間で済んで良かったというか。

 

 要するに、俺に対するハニトラを中国政府から要求されるから問題なのだ。

 それが拙い意図()だとしても、それを期待していないと言えば嘘になる程度の目論見だとしても、個人間の恋愛感情に国家目的が付属することは人権侵害も甚だしい。

 と、まあ表向きにはそう告げて置いたが、向こうからしてみればバレバレかもしれんなぁ。

 俺の幼馴染に手を出すな! と、ちょいと情けない宣言した様なものだし。

 結果として、鈴の専用機として用意されていたISの整備士や開発チームを纏めて『うち』のIS部隊へと組み込むこととなったのだが、其処にCAD用の特殊金属輸出問題とかを絡めて待ったをかけてきたカンピオーネが居たことも長期休学の理由にもなった。

 最終的に、魔王同士の殺し合い(ステゴロ)で事が済んだから良かったモノの、あの人は初めから俺を抱き込む気で喧嘩を売ってきたようにも思えてくる不思議。

 いや、初めに無茶言って喧嘩売ったのは、向こうの印象としてはこっちが正解なのかもしれんけれども……(暗笑。

 

 ともあれ、こちらからは鈴の専用機のデータを今後とも提出する条件で、アイツの所属を新生亡国機業へと転換させたのだから、結果としては俺の勝ち。

 とりあえず、当面は八王子のウェイトレスとして先輩方に揉まれると良い。

 深雪を送る時に毎朝顔を合わせることになるだろうし、国家代表という明確な勝ち組みでなくなったのは将来的には痛手かもしれんけれども、スコールたんの『錬金術』も最近上昇傾向にあるらしいし金銭面としては問題ない気がする。

 スコールたんの現在の目標は『独立国家の形成』だし、将来的に国家代表候補とか既存の国政に雁字搦めにされるよりはより良い立場に亡命できたのだから、そういう立場になんて拘る必要も無くなって往くんじゃないかとも予測できる。

 それに大事なのはいくら稼ぐか、じゃあなくて、何を為すか、だと思うし。

 わーお、俺って意識たかーい(棒。

 

 

 「ちーす」

 

 

 そんな意識高い系を自称し自嘲しながら教室へ入ると、誰だっけコイツ?みたいな目で見られた。

 うん、知ってた。

 朝の挨拶をするとリア充っぽいからやってみたけど、似合わないのは自覚してるよ。

 あれだよ、ちょっとテンション上がっちゃってただけなんだよ。

 

 思わずプギャーと過去(数秒前)の己を嘲笑いたくなるくらい恥じ入りつつ、席替えしていないであろう筈の自席へ移動。

 机の中身を確認して、うん、俺の席だな。と椅子を引く。

 

 さて、寝るか。

 

 

 「ヒッキー1週間も何してたのッ!?」

 

 

 寝させて。疲れてるの。

 

 ボッチにさせてくれない系のピンク髪に、真横の席より突貫された。

 まあ、学校側へは何も報告してないからなぁ……。

 

 

 「あー、ちょっと旅行に。突然色々重なっちゃって」

 

 

 何処に行っていたとかは言えやしない。

 転移ですし。密入国ですし。パスポートが要らない系の移動法なんで、証拠を要求されたらこまっちんぐ★

 

 

 「……旅行?」

 

 「おう。土産は期待すんな、すげぇ突貫だったからそこまで気が回んねぇよ」

 

 「……ほんとのほんとに旅行?」

 

 「……え、何。なんでそんな念押して聞いてくんの?」

 

 

 お団子ピンクは怒っている、というよりは妙に心配そうな表情で問いかけてくる。

 なんなんだよ、一体。

 

 

 「……心配したんだからね。電話したくても、番号教えてくれないし……」

 

 「ケータイ持ってねー奴になんという無茶振りを」

 

 「持ってない方が悪いんじゃん。というか、今時ケータイなしなんてフツーないよっ」

 

 

 辞めてくれる? その時流に乗れない奴をディスるノリ。

 スマホ持ってないからって人非人(人に非ず)みたいな風評は如何かと思う。

 

 そう言い返そうとしたとき、

 

 

 【ぱんぱかぱーん♪ かわいいかわいい幼馴染さんからのめーるが来ましたよー♪】

 

 

 ……と。

 俺の懐から、軽快な愛宕さんの声が響いた。

 

 妙に、教室の空気が冷やかに感じた。

 

 

 「…………」

 

 「…………ヒッキー」

 

 「…………おう」

 

 「…………あるじゃん、ケータイ」

 

 「…………おう」

 

 

 出しなさい。

 と、空気が物申すので、いつの間にか忍ばせられていた『ケータイ型で待機状態の専用機』を取り出して、ガラケー仕様のそれを無言で開く。

 【べっ、べつにこれからもっと会えるようになったからって嬉しいとか、そんなこと言うつもりじゃないんだからねっ。その、ありがと…】

 と、確かに幼馴染からの超ツンデレ仕様のメールが其処にはあった。

 あったけど、ほんんわかしたりくぎゅうううううしたりしている暇は今は無く、とりあえず【おう、そうだな】とだけ返すにとどめておく。

 それをジト目で睥睨するお団子ピンクの目がヤバい。

 誰かに救援を求めようかとも思ったけど、そういえば俺現状はボッチのままじゃん!とクラス内での立場が微妙な位置に居ることを思い知りorz。

 言葉を並べようと思った次の瞬間には、【メールが来たわよ。速く読みなさい糞豚】とビスマルクさんのキャラに似合わぬ……いや、逆に似合いすぎててヤバくねコレ?な声が響く。

 云われるままに開くと【はっ、はぁ!? なんなのそのへんじもっと感情込めt】鈴のメールだったので途中で読むのを放棄してサイレントモードに変えようと……っ!? かっ、変え方わからねぇ! コレガラケーじゃねぇ! ガラケー仕様なだけの別物だ! 助けて束センセー!

 

 

 「ヒッキー?」

 

 「っ、い、いや、ヒッキー止めてよ。俺には『火鉢槇也』という御立派な御名前が、」

 

 「ケー番、教えて?」

 

 「…………ウス」

 

 

 ふえぇ……、お団子ピンク超こわいよぉ……。

 

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

 

 【★☆★ ゆい ★☆★】って入力に慣れた名前でケー番を入れると、手渡されたガラケーをヒッキーに返す。

 確認したヒッキーは嫌そうな顔で「なにこの頭の悪そうな名前……」って、酷いし! 聴こえてないって思っていそうだけどしっかりと聴こえているからね!?

 

 ていうかフォルダー確認してみたら意外と女子っぽい名前が多くってびっくりしたんだけど……。しかも漢字がスゴイ少ないの。そういうのをホイホイ渡しちゃっても気にしないとか、ホントヒッキーは思いやりが無いって言うか……。

 

 とにかく、今日は来てくれてすっごく安心した。

 なんでなのか知らないけど、うちのクラスから停学者が出てるって変な噂が出回っているせいでヒッキーのこと良く思ってない人たちがいるんだよね……。

 さがみんとか、今も嫌そうな目でこっち見てるし……。

 ほんと、どうしたらいいのかなぁ……。

 

 

 「で、なんなんだよ。俺がいない間になんかあったのか?」

 

 「うぇっ!? え、えーとぉ……」

 

 

 ど、どうしよう、なんも考えてなかった……っ!

 変な噂とか聞かせるのもアレだと思うし……!

 

 

 「ヒキオ」

 

 「誰だよ」

 

 

 かっとうしてたら優美子が割って来た!?

 聞くの!? 聞いちゃうの!? 噂の真相を!?

 

 

 「アンタ以外にいねーし、結衣がヒッキーヒッキーうるさいしさ」

 

 「安直な……」

 

 「名前とかはどうでもいーし。旅行行ってたって、マジなん?」

 

 「おう。土産は無理だけど」

 

 「学校から停学食らってたとか、そういうオチでなくて?」

 

 「そういうキャラに見えんのかよ……、心外だよ……」

 

 

 「こう見えて生徒会所属なんすけどね」って呟くヒッキー。

 けど、その立場も今は何の説明にもならない。

 うぅ、信じたいけど、他の人を納得させられるだけの証拠なんて今すぐ揃えられないし……。

 

 優美子もそう考えているのか、なんか腕組みして目元を1文字×にかえて唸りだした。

 ! あんな顔マンガで見た気がする!

 

 

 「ほーら、ホームルームを始めるぞー、席に着けー……って火鉢ぃ!?」

 

 

 唸っているうちに平塚先生が教室へとやってきた、かと思ったら一直線にヒッキーのとこまで突進して来た!?

 ちょ怖い!?

 

 

 「うわっ、なんすか先生!?」

 

 「喧しい! 1週間も無断欠席とは転校早々大した度胸だなァ……! 一発で許してやるから歯を食いしばれ!」

 

 

 ――あ、なんか解決したかも。

 先生にも連絡行ってないってことは、まず間違いなく噂の停学者とヒッキーは無関係だって判るし。

 慌ててみんなへ気を配ってみると、なーんだ、って顔で、ヒッキーへの嫌な目は消えていた。

 ……いつもタバコ吸ってるだけのすぐ怒る先生かと思ったけど、けっこう出来るときは出来るんだなぁ‐「抹殺のぉ! ラストブリッドぉ!」ドゴォ!‐ってホントに殴ったぁ!?

 やっぱり駄目な先生だぁ!

 

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

 

 「次の方どうぞー。

  ――今日はどうされましたー、って、ちょっ、コンクリートでも殴ったんですか!? 手が凄い紫色してますよ!?」

 

 「えーと……、まあ、ちょっと……(言えない……。生徒殴ってこうなったとか、絶対言えない……)」

 

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

 

 『平塚先生は急用の為、本日の現代国語は自習となります』

 

 

 カンピオーネの防御力には流石の独神もどきな先生でも敵わなかったらしく、2時間目の黒板にはそんな一文が踊っていた。

 急用が休養に見えるのも、俺を殴り抜いた次の瞬間には拳を抑えて蹲ったあの姿から連想し易いのもさもありなん。

 今時肉体言語で訴える教師も珍しいのだが、痛手は充分に受けているみたいなので体罰教師として訴えるつもりの更々無い俺はと言うと、蹲ったその数十秒後に何事も無かったように復活し言い渡してきた課題へ取り掛かる所存である。

 

 ……ところで高校生活を振り返って、って転校生には酷な作文課題じゃねーですかい?

 

 どうしたもんかなぁ。

 この学校での思い出なんて言うのは今の所、生徒会を裏側から少々手薬煉引いた程度しか作業してないから振り返るほどの思い入れも特にない。

 かと言って正鵠に去年一年を振り返ってみれば……、

 

 ――車に撥ねられ国外追放、ISに乗ってのドラゴン退治の果てにカンピオーネになる。

 ――権能を振るって日本に里帰り、同じく権能で女性人権団体を圧倒する。

 ――死の女神と死霊術師侯爵を撃退、密かに日本を救う(政府公認。

 ――IS学園でテロリスト討伐後、配下に加えて個人所有のIS部隊を作る。

 

 夏休みに入る前まででこの有様である。

 文に興せば頭がどうかしていると思われるか、俺の立場がなくなるかのどちらかしか未来がにぃ。

 夏休みは……、イタリアで剣王さまの騒動に巻き込まれたし。

 クリスマスには……、更識暗部の『作戦』に連れ出されてロシア行脚だったし。

 あの邪神崇拝カルト共め……。なんで冬のロシアでヤマタノオロチ召喚の儀式とか起こすんだよ。何がどうして日本の逸話が流れ着いていると連想したんだよ。本当に召喚された時には二度見三度見しちまったよちくせう。

 

 思い起こせば書けるモノが無いという、イワユル文盲状態で腕組み唸る。違うか、違うね。

 

 

 「ヒキオー、それ課題?」

 

 

 と、休みとなっているらしい前の席へ、ご勝手に椅子引いて背凭れを抱えるように胡坐の様に座り込むあーしさん。

 その座り方、男子がやる分には宜しいですけれど、女子がやると目のやり場に困りますよね。その、ほら、ぱんつ的な意味合いで。

 

 

 「その呼び方定着させんのかよ……」

 

 

 覗きこむに至らぬ距離なので目線を向けることが無くてホッとしておりますけれども、その代り俺の机上を覗きこんで来るのがあーしさんの凄いところでした。

 初日に見たゆるふわ金髪縦巻きロールは面影が無く、茶髪三つ編みおさげと言うみょんな属性の髪型女子が目前30センチ圏内に居座って居られる。

 

 言っちゃ失礼かもしれんけれど、アレだな。

 何処かの千川さんみたいな髪型でイチプロデューサーとしてはドッキドキ。

 天使! 女神! あーし!

 口には出しませんけどね。

 俺だと言って引かれる、までが想定内過ぎるし。

 

 つーか、距離感可笑しくね?

 ボッチプログレッシブであるはずの俺のパーソナルスペースにぐいぐい来よるその様は、まさにグリーンな女怪の如く。

 鬼! 悪魔! あーし!

 売りつける気かぁ! エナドリをぉ! ダースで貰おう(キリッ。

 

 

 「全然進んでねーじゃん。こんなんとっとと終わらせて話そーよ」

 

 「えぇ……」(困惑)

 

 「なんで嫌がってんの」

 

 

 疑問系じゃないんすね。

 いや、自習しようよ。

 

 ていうか、本当になんでこの人は此処まで近づいてくるのかが本気でわからんのだけども。

 元ギャル系であったこの人の男子に対する距離の置き方って……。

 ――あぁ、成程。

 要するに、いつかの折本みたいな、キープ系男子を確保するための緩いハニトラか。

 同じクラスらしい金髪ライオンヘアなイケメンは今日休みらしいし、クラスカースト上位を確保したがる女子としての意地みたいなもんかもね。

 自分の味方に引き入れたい影響力高そうな男子(メイン)はともかくとして、数を惹いて置きたいのは勝ち組ならではの思考だろうしなぁ。

 こういう方々は本当に男心を擽るよなぁ、やっぱキチクだわ。

 

 そう捉えれば、ドギマギする心置きも一気に冷める。

 元来負け組筆頭を侮るなかれ、伊達で『あの会長』の下で采配を振るっていただけじゃないんだぜ。

 

 

 「嫌じゃねぇけど、由比ヶ浜の方見てやればどうだ? 課題貰ってるのはあっちも一緒だろ」

 

 「結衣は姫菜が見てっからへーきへーき。むしろあーしじゃ役不足っしょ」

 

 「……一応言っとくけど、『役不足』って『与えられた役目が軽くて満足できない』って意味だからな? 謙遜の意味合いじゃねーから気を付けろよ?」

 

 「うっそ、マジ?」

 

 

 一瞬懸念したが、本気で意味合いを違えて使っていたらしかった。

 そこで目を丸くして驚くってことは、友人を下に見ている奴じゃない、ということだけは理解は出来て少しだけ安心する。

 少しだけ恥ずかしそうにそっぽを向く彼女に対しては、最早負ける心象は抱いて無い。

 距離感程度、跳ね除けてくれるわ……!

 

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

 

 んー。

 まーだ警戒されてる感じ、かな。

 

 目の前でさっきまで目線を逸らすか、下に向けかけてまた逸らすかしていたヒバチ……、めんどくせーからヒキオでいっか。

 このヒキオという奴が、クラスで若干孤立しているのが、あーしとしちゃ見過ごせない。

 そんなつもりで喋ってみたけど、ちょっち面白れーわ、コイツ。

 

 男なら大抵は女子の胸とか、脚とか、そっちの方に目を向けてる奴ばっかだったけど、コイツは一向に目を合わせようとしない。

 かと言ってそれは良い意味があるわけでは無く、印象としてはコミュ症な奴、って方がしっくりくる感じだ。

 けど、コイツの場合は自分からそっちへ向かって行ってる感じが強くて、拒否感がハンパない。

 目ぇ逸らすんじゃねぇっつーの。

 せっかくカッコいいんだから、もうちょいクラスに溶け込む努力すりゃ変な噂も流されること無かったっつうのに。

 

 

 新学期早々、停学食らった奴がいるっていう噂が流れたその日には、既にヒキオの姿はクラスに無かった。

 だけど、コイツと話してみた感じだと『その噂』自体を知らないっぽいし、コイツは間違いなく当事者とは別人だ。

 だから犯人捜しみたいなことをやる意味もないし、必要もねーんだけど、ぶっちゃけ相模がうぜぇ。

 あーしが髪型変えて口出ししなくなった程度でクラスのリーダー面してるあの女が、フツーにムカつく。

 いや、あーしにクラスでの噂とか止める権利もそのつもりも無いんだけど、クラスの二大イケメンの片割れが全然自分に関わろうとしないのが気に食わないっぽいから、犯人捜しみたいなつもりで相模とその取り巻きがソッセンして噂をまだ探ってるって感じか。メンドクセ。

 

 ……つーか、噂が出回ったその日から休んでる葉山が当事者なんじゃねーの?

 

 いいのかねぇ、噂の出どころ明確にしちゃって。

 アイツのグループ、葉山が中心で成り立っているようにしか見えねーんだけど。

 これってヤブヘビって奴じゃね?

 

 

 葉山隼人。

 去年はクラスが違ったから噂でしか聞いてないけど、確かにカッコいい奴だ。

 サッカー部のエースで、笑顔が似合っていて、みんなに優しくて、男子からも人気がある。

 

 同じクラスになった時には、ラッキーとも思った。

 直に会って見ると、確かにイケメンだった。

 まあ、『転校生』でやって来たヒキオもイケメンだったせいで、そっちの印象が薄れたんだけど。

 でも、選択肢が二通りあるからいきなし距離詰めようって気になれなかったおかげか、2人のイメージを外側から観察できたのは良かったのかもしれないわ。

 結衣がヒキオと知り合いだった、って言う部分もあるけどさ。

 

 比べて見ると明暗が分かれる、つうか、ヒキオの方がやや大人びている印象が強かった。

 より詳しく知っておきたくて、クラスでのカラオケに誘おうとしたら……うっ、く、黒歴史が……!

 

 ……あーしは一年の頃、中学から続けていたテニスを継続した。

 結衣が奉仕部とかいう部活を始めて時間が空いた、ってーのも理由だけど、元々まえの部長から勧誘されていたってこともあったし、経験者でもあるから継続することに大した抵抗も感じなかった。

 自分を成長させてそのついでに注目を集めることはイヤじゃなかったし、目まぐるしく変わる自分の『成長』で周りの反応が気持ち良くなっていくのも中々に面白かった。

 その甲斐あって、学年が変わる頃には『今の自分』が出来上がったつもりだったけど……。

 

 その果てに染めた自分の金髪が、ブランデッリのを見てくすんで見えたのは、やっぱヒキオが原因かも知れないわ……。

 

 恥ずかしくなったあーしがカラオケを途中で切り上げて髪染め直しに行った隙に、相模は葉山を自分のグループに引き入れてクラスのリーダーみたいな立場に暫定的に収まった。

 けど、あーしはそれを気に掛けるつもりは既に無かった。

 葉山に対する興味は薄れていたし、後日のサッカー部のアレを見て尚更そういう興味も消えた。

 

 葉山は、カッコ付けたいだけの子供だ。

 自分を良く見せたくて、周りにちやほやして貰える『ああいう国』を確保したがるだけの目立ちたがり屋。

 

 そういう人間なんだと分かったとき、あーしは自分が恥ずかしくなった。

 自分と変わんねーじゃん。

 高校でテニス始めた時のあーしじゃん。

 

 あっぶねー、ヒキオが居なかったら葉山に恋してるところだった。

 大体、『みんなに優しい』って時点で女子的にはマイナスだし。

 女子は『自分だけに優しい奴』に希少価値を求めるモンだし。

 ソイツいらねーから、相模にノシつけてくれてやるよ。

 

 

 とりあえず、そう思っちゃったらまた同じような形で自分を目立たせる気にもなれず、こんな地味な髪型で今に至る。

 あー、なんか真面目に語っちゃったなー。すげー疲れた。

 

 

 「とりあえず31行きたい。ヒキオ、がっこサボって行かね?」

 

 

 甘いモノが食べてーわ。

 

 

 「行かねーよ……。1人で行けば?」

 

 「はぁ? ひとりで買い食いとかバカじゃねーの?」

 

 「おい、1人(ボッチ)を馬鹿にすんな。むしろ一番強いのは独りだから。人間強度も芳しいし、『恐怖食い(フィアグール)』も率先して狙う最上級だぞ」

 

 「なに言ってんのかわかんね」

 

 

 けっこー難しいこと知ってるよね、コイツ。

 結衣はこんなんのナニが良くって好きなんかねー。

 顔は良いけどさ、確かに。

 

 つーか、セッカク誘ってんのに嫌そうな顔して拒否とか、オンナノコの扱い酷くねコイツ?

 まあ、ブランデッリみたいなビジンが彼女なら、あーしみたいなフツーのは眼中ナイってことかもしんねーけどさ。

 ……アレ、これ結衣も勝ち目ねーな。

 でも結衣にはあのデカい胸があるし、本気で狙ってんならそっちの方でアドバイスやれば勝負になる?

 

 

 「ヒキオ、アンタ胸がでかい子って好み?」

 

 「死ね」

 

 

 は!?

 

 

 「死ねってなんだし!? 死なないよ!」

 

 「じゃあ半分でいいから死んでくれよ」

 

 「なんでそんなシンラツなん!?」

 

 

 ナニコイツ信じらんねー!?

 つーか対応がいきなし鋭くなったし!

 結衣! アンタの想い人ナイフみたいだよ!

 

 

 「女子から変な質問された俺の心情を慮ってみろ。文字数は五十文字以内で」

 

 「それにしたってシネはねーじゃん!?」

 

 「五月蝿ぇ死ね」

 

 

 さ、サイテー!

 やっぱコイツなんじゃねーの!? “女子に暴行働いて停学食らった”って奴はさ!?

 

 

 「ちょ、なに騒いでるの?」

 

 「結衣! アンタからも言ってやってよ! ヒキオの奴あーしに死ねとか言うんだけど!?」

 

 「馬鹿の極みな質問するお前が悪い。頼むから地獄へ落ちろ」

 

 「うわぁ……」

 

 

 騒ぎを聞きかじった結衣が、ヒキオの隣から首だけ向けて聞いて来た。

 

 簡単なケーイを交えて応えて見れば、ヒキオの返事にドン引きな顔でニガ笑う結衣。

 これ、あーし悪くないよね?

 

 

 「えーと、とりあえずヒッキー、女の子に“しね”はダメだよ。ごめんなさい、は?」

 

 「おい、女子が優位な社会だからと言って率先して男から謝らせるのは間違っていると思うぞ。詳しいことを聞いたんなら先ず謝らせるのはあーしさんの方だろうが。大体、」

 

 「ごめんなさい、は?」

 

 「…………『死ねとか言ってごめんなさい』」

 

 

 ――謝られた。

 結衣の笑顔がちょっと怖い。

 

 

 「……良いけど。つーかヒキオ、あーしの名前覚えてなくね?」

 

 「で、優美子はなんであんなこと聞いたの?」

 

 「え、いや、それよりも、」

 

 「なんで?」

 

 「え、と、」

 

 「な ん で ?」

 

 「…………変なこと聞いてごめんなさい」

 

 

 ……言えるわけがねーじゃん。

 むしろ言った方が変な空気になるよ、コレ。

 

 察したのか、ヒキオが「……おう」とか言って、お互いに握手させられる。

 ……なんだこれ。

 

 

 「……なんだこれ」

 

 

 同じような感想をヒキオは口にしていた。

 ……ん、まああーしも悪かったし、許してやるか。

 なんとなく、そんな感情が向いたのは、少しだけ共感を覚えた所為かも知れない。

 

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

 

 「やっほー『マキヤ』、やっと来たわね」

 「こんにちは『火鉢』くん。今日こそは良いお返事を戴けると嬉しいわね」

 

 

 昼休み。生徒会室へと向かおうとしていた俺だが、エリカの先制攻撃の前に夢破れる。

 教室の入り口に微笑み浮かべて佇む彼女らの前に、席から立ち上がることも出来ずに思わず微笑み忘れた顔となる。

 その笑顔が向けられているのは果たして、おいおい何処のリア充様ですか?

 はい。俺ですよね、判ってます。

 

 クラス中の視線を集める俺が立ち上がろうとするのを制するように、エリカ・ブランデッリ&雪ノ下雪乃の御二方は手に備えていた小ぶりな巾着袋を俺の机の上へと静かに置く。

 えーと、

 

 

 「一緒に食べましょう? 雪乃も聞きたいことがあるみたいだし」

 「今日はこちらで戴くことにしたの。由比ヶ浜さんも、一緒に如何かしら?」

 

 

 と、それぞれ別々の方向へと声をかける。

 エリカは俺へ笑顔を向けて、雪乃さんはガハマさんの方へ笑顔を向けて。

 わぁ、キレイなエガオ。

 

 ……針の(むしろ)ですたい。

 

 

 

 

 

 俺の眼前にエリカが、お休みの誰かの席を陣取ってサンドイッチを摘む。

 机を寄せてきた隣の席では、お隣のガハマさんとその前のあーしさん、其処に椅子を引いて来た雪乃さんとエビナさんと、と女性の比率が天元突破している恐怖の軍団が出来上がってしまっている。

 それらの配率に恐れ慄いているのか、クラスは一種異様な緊張感と静けさに包まれて、既に教室から逃げ出す者も少なくない。

 

 ……俺も逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。

 くそっ、こんなところに居られるかっ! 俺は生徒会室に籠らせてもらうっ!

 

 

 「えーと、お二人はどういう御関係で?」

 

 

 現実逃避していたところ、エビナさんが居並ぶ国際教養科コンビに質問を投げかけていた。

 それ、俺も聞きたい。何時の間に仲良くなったの?

 

 

 「んー、そうねぇ。説明が難しいのだけど、面白い関係では無いわね」

 

 「……不本意な関係、ではあるかしら。アレが居なければ、無用な因縁なんて結ばなかったはずだろうし」

 

 「アレ?」

 

 

 歯に物の挟まったような物言いをするエリカに対して、雪乃さんの言い分は何処か切れ味が鋭い。

 謎の形容詞に小首を傾げるガハマさんに、雪乃さんはしれっと答えを合わせる。

 

 

 「このクラスに居るのでしょう? 葉山くんよ。二週間ほど停学を下されているご様子だけれど」

 

 

 ざわ、と教室内から避難しきれていなかった数名が、突然出てきた名前に静かに揺れた。

 新学期早々停学食らうって、葉山は一体何をやったんだ。

 

 

 「アレの噂って、本当だったんだ……」

 

 「それの被害者が彼女で、私は彼の後見人みたいなものかしら。親の仕事の都合上、家同士での交流がある所為で幼馴染みたいな関係なのよ」

 

 「……その割には嫌そうだね、雪ノ下さん……」

 

 

 エビナさんが慄いた顔で、雪乃さんの平然とした暴露話に呻く。

 いや、被害がどうこうと事情はよくわからんけど、事件性の窺がえる相手に好意的になれる女子って普通に居らんでしょ。

 というか、

 

 

 「被害者お前って、大丈夫だったのかよ……?」

 

 「あら、心配してくれるの? ありがとう『マキヤ』。暴行って言ってもレイプみたいなモノじゃなくって、ちょっと突っかかられたくらいのモノだったし、返り討ちにしたから平気よ」

 

 「それはむしろ葉山が大丈夫だったのかよ。ていうか、暴行って何の話だ」

 

 

 やっぱり只じゃ済まなかったご様子。

 というか、さらりと女子がレ●プとか口にするんじゃありません。

 そもそもどういう経緯でそんな事件に発展したんだよ……。

 相変わらず総武の闇は底が知れないナリィ……、と頭を抱える正午の休みであったという。

 

 

 

 

 

 あ、ところで雪乃さんの聞きたかったことってなんだったんすか?

 そう問おうとしたとき、

 

 

 「ああ、そうそう。それで『火鉢』くん、奉仕部への入部の件は快く引き受けてくれるのかしら?」

 

 

 と、実にイイ笑顔で問いかけられた。

 そ、外堀から埋めにかかって来た……!?

 こんな衆人環視の中でその話題を出すってことは、確信犯じゃないっすかヤダー!

 

 

 

 





 『2-F 葉山隼人、上記の者を二週間の停学処分に処す』


 と、本来ならばそういう貼り紙が掲示される予定であったが、親の普段からの寄付額の大きさが功を奏したらしく、他の生徒への通達は避けてもらえるというのが学校側からの配慮であった。
 葉山家と雪ノ下家は、この学校経営部にとっての双璧を為す『お客様』だ。
 資金面だけでは無く権力も伴っているからPTAも下手に口出しできない立場にいる、今回だけは素直にその待遇に感謝しよう……。
 ……普段ならば余計なことを、と親へ抗議するのだろうが、今回ばかりは自分がやらかしてしまったことが事の起点だ。子供だけでは片づけられない問題が、此処にはあるのだから。


 とは言っても、俺は悪くないのだ。
 悪いのは、結果を遺せないサッカー部の実力と、その所為で反論にぐうの音も出させなかった生徒会の面々だ。

 今回の部費の予算会議、結果として後世2年に渡るマイナス面などと通達されたサッカー部の問題事情を覆すことは結局不可能だった。
 先2年に渡って部費を支払われないことが約束された事への解決法として、俺は部内での部費の徴収を取り上げてみた。
 『みんな』も部が立ち行かなくなるのは危機感を抱いている筈だし、これくらいならば受け入れてもらえると思っての提案だった。

 甘かった。
 せめてコレが大学生のサークル活動ならば通用したであろう『部費の徴収』は、高校生には新し過ぎたらしい。

 簡単に言うと、各自にそこまで出せるほどのお金も無かった。
 親御さん方へ言うわけにもいかない個人的な話だから、各自の小遣いを切り詰めることは青春盛りの俺たちには当然厳しい。
 3年の先輩方は俺の言い分を聞いてくれず、払う気は一切ない。
 かと言って新入部員はほぼ女子でしかもマネージャー志望ばかりだし、お金の話を出したらすぐに辞めて行ってしまいそうだった。

 そこで、最後の陳情に生徒会へ直接乗り込んだわけだ。
 もしもの場合は『暗示』の魔術を密かに使って、説得の成果を強固にするつもりで。


 『……悪いけれど、生徒会としては擁護できないわね。こちらから提示したハードルに届いていない以上、結果だけを先払いしてしまっては他の部にも示しがつかないわ』


 昼休みに顔を覗かせた際、生徒会室に居たのは城廻会長と会計のエリカ・ブランデッリさんだけだった。
 2人、というのが不利を若干感じるが、逆に言うとこの2人にさえ頷かせてしまえばいい。
 『暗示』はまだ覚え立てだが、手を握って目を合わせるだけで、こちらの言い分に対する反応を緩くさせることが出来るのだという。
 俺は造り慣れたいつものにこやかな微笑みを造り、まず初めにブランデッリさんへと手を伸ばした。


 『そんなこと云わずに、頼むよ。みんなもまだ高校生だからさ、部費を提供できるだけの余裕は中々無いんだ』

 『……だったらいっそ廃部にしたらどうかしら? こうやって女性の手を無許可に取るような男が主導する部活が、健全な活動を続けられているとはとてもじゃないけれど思えないわ』


 おかしい、一切肯定意見が出て来ない。
 それどころか廃部まで提示されたことに頭が回らず、手を取ったまま呆然としてしまう。


 『そもそも、こちらから提示した証拠によっては支払不可だけでは到底追いつけないマイナス分がサッカー部にはあるわ。それどころか、そちら側からの支払いも要求していないのにまだ言い縋る。……自分がどれだけ無礼なことを働いているのか、しっかりと理解できているのかしら……?』


 あ、あれぇ? おかしいな、彼女雪乃ちゃんじゃないよね?
 背後にツンドラの大氷河が幻視(みえ)るくらい冷たい目をしているよ……?


 『ご、ゴメン、悪気があったわけじゃないんだ。ただ俺の言い分も聞いて欲しいって、』

 『魔術を使っておいて、悪気も無い?』

 『』


 バレてる……!?


 『『程度の低い魔術は、魔力抵抗を備えた相手には通用しないわ。相手の力量も見抜けない腕前なら、とっとと身を引くことをお勧めするわね。』
  話はコレでお終い。時間がもったいないわ、とっとと退室しなさい』


 告げられた言葉の前半分は、どうやら何処かの国の言葉だったらしく、一切リスニングが追い付かなかった。
 後で調べてみるとイタリア語だったらしく、一部に『魔術』という単語があったことから、アレは一種の忠告であったのだと後になって推測できた。
 けど、その時の俺には意味が分からず、ただ茫然としていた。
 そもそも何故彼女は魔術を隠そうとしていたのか、今になっても理解できない。
 魔法が存在するのだし、既に廃れた技能を使える程度。
 それを隠すことに何の意味と意義があるのか、彼女の『拒絶』をどうしたって受け入れられなかった。


 ――当時の俺には、何一つとして想像の外側の出来事でしかなかったのだから。


 後半の言葉を投げつけられて、掴んでいた手を軽く叩かれる。
 城廻会長が申し訳なさそうに両手を合わせる仕草を視界の端に捉えながら、俺の頭の中は疑問でいっぱいだった。

 ―終わり? これで?
 ―駄目だった上に、廃部、え、廃部って決定事項なの?
 ―も、もう一回暗示をかけて……!
 ―いや、駄目だ。精神系は一度見破られたら効きが弱くなる。
 ―城廻会長に……。
 ―それも無理だ。第一気づいた人が傍に居るから意味が無い……。
 ―……先輩に何て言えばいいんだ……。

 そんな風に、ぐるぐると疑問が渦巻いて、どうしたら正解だったのかとIF(もしも)の選択肢を拾い直そうとする。
 脚が動かない、身動きせずにその場に佇む俺に退席を促すように、ブランデッリさんは、溜め息を一つ吐いた。


 『失敗することを糧に出来ない内は凡人以下よ。自分を見つめ直すのは帰ってからにすることをお勧めするけど。
  ……そういえば、貴方『マキヤ』と同じクラスだったわよね。彼の方が格上だし、助言でも聞いてみたら?』


 ……俺が、格下……?
 クラスメイトよりも……?

 そのことに、納得できなかったのだろう。
 彼女に追い詰められていた、というのもあるけれど、俺の『上に立てる人物』なんて雪ノ下家か家族以外、今でも他に居るとは思えない。
 例えば『カンピオーネ』なんかが居たら話は別だけど、そんな超越存在がそもそも自分の周囲に携わるとは到底思えなかった。
 ――ともかく。
 彼女の言い分に血が上った俺は、次の瞬間には彼女の胸座に掴みかかっていて――、

 ――視界が暗転していた。





 ……何度も言うが、俺は悪くない。
 やる気も無くて協調性も無くて、集団行動も熟せない転校生より格下だ、なんて云われて冷静でいられる優等生なんてものは居やしないのだ。
 アレで掴みかかってしまったのは、俺自身ですら思い掛けない行動で、謂わば彼女に煽られた形になるはずだ。
 どのみち、社会風潮が女尊男卑だったせいで俺が非を認めたけど、犯罪行為では無い、と学校側も家へと話を持ち掛けて来ていた。
 まあ、その背景には弁護士である父の影響が、微塵程度嵩ぶっているのだろうけれど。

 投げ飛ばしたらしいブランデッリさんの「通報はしない」という言い分も、きっと自分の非正統性を認めている為だろう。
 確かに、女性に手を挙げるのは男子として恥ずべき行為だし、こちらが停学を言い渡されるくらい甘んじて受け入れよう。
 そういう意図で学校側からの処分を受け取った。
 正直停学明けが恥ずかしいのだが、流石に転校はしない。
 そんなことをしてしまえば、俺が罪を認めたみたいになってしまう。
 ブランデッリさんへ罪過の意識を齎せるのは紳士的では無い。
 堂々としているべきだ。
 そんな意気込みで2週間の停学も終わり、俺は揚々と教室へと足を踏み入れるのだった。


 「おはよう、みんな!」


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