是非楽しんでご覧いただけると幸いです。
──産まれた時から、空を飛び回る姿を幻視した。
何故かはわからない。“それ“はまるで夢のように、毎回、手の届きそうなところでパッと消え失せて仕舞うから。
──自由自在に風を操り、走り回る姿を夢想した。
“そんな夢“を見続けていたせいなのかはわからないが、それから度々、速さに渇望するようになった。
自由に空を飛び、地を駆け抜けて、誰よりも早く走れるようになりたい。それが、原初の夢だった。
──そんな夢は、一瞬にして悪夢へと変貌した。
人が死んでいく。
いつしか、空を飛び回り、地面を音速で駆け、風に導かれていた少女は、戦場に身を捧げていた。
──鮮血が舞う。刃の嵐が降り注ぐ。鉛の雨を駆け抜けていく。
雲の中に隠れ、鉛玉を敵の体に埋め込み、葬り去る。
地面を駆け抜け、急上昇し、死ぬことを認知する前に息の根を止める。
いつしか彼女には、異名がついていた。
戦場を駆けるレディアント。風に導かれ、刃の嵐を降り注がせ、自由自在に飛び回る彼女は。
“ジェット“と呼ばれるエージェントとして、呼ばれるようになっていた。
──それからも、彼女の夢を見続けた。
果てしない戦いの記憶。数えきれないほど、多くの敵を消した彼女はいつしか、戦場から消えていた。
それは果たして、死んだからなのか。戦いに疲れたからなのか。
それすらもわからないが。彼女は確かに戦場から姿を消していた。
偉大なる戦士。誰よりも風と共に駆け、戦い続けた彼女の人生に、俺は憧れた。
風に導かれて、生きていくその姿に、憧れた。憧れて、しまった。どうしようもないくらいに。
──でも。
その夢は、叶いそうにない。
「で、このガキはどうすんだよ」
「この後で処分じゃねえの?織斑千冬を呼び出すための“エサ”としての役が終わったら」
その会話に、思考が凍結したのを感じる。
自分は誘拐されてしまった。インフィニット・ストラトス──人類の宇宙進出のために開発された、女性にしか使うことのできないパワードスーツのこと──によって、為す術もなく。
思考が再び熱を取り戻す。
どうすればいい。このままでは、自分は死ぬことしかできない。何もできないまま、ただ死ぬことしかできない。脱出しなければ。
「でもどうやって?」
虚空から声が聞こえた。周りを固めている男たちにはこの声は聞こえていないのだろうか。
疑問に思いながら、小さな声を届ける。
「どうにもできないから、今迷っているんだ」
「あんたは、力があれば抜け出すことができると思ってるの?」
「そんな傲慢じゃない。俺はただ、まだ成し遂げられていないことがあるだけだ」
「……それって、何?」
そんなのはただ、一つだけに決まっている。
さっきから聞こえてくる、何回も聞いたことのあるその声に向かって告げる。俺は、初めてあの夢を見てから、
「あの、大空に飛びたい。自由に駆けて、突風のように突き進みたい」
決然として、その声に告げた。
「ふーん。いいじゃん、一夏」
「俺のことを、知っているのか?」
「そりゃ、こうして何回も夢を見せたでしょ?今のは一夏を試しただけ」
「……やっぱり、あの夢の主なのか」
「そ。これまで沢山の人に私の夢を見せてきたけど、ここまで適合できたのは一夏だけなんだ!」
夢の主──ジェットは、心から嬉しそうな声で告げる。
「一夏。もう時間は残ってないから、キミの脳にイメージを植え付けるよ。私がサポートするから、ここから逃げ出すよ」
瞬間、脳裏に流れる膨大なイメージ。
頭が割れそうだ。脳が割れて、ズタズタになってしまう幻視が襲う。
──それでも。俺の脳内には、それと相反する“楽しさ”があった。
(いいね。燃えてきてんじゃん)
腕に、脚に、胴体に、身体全体に、風が集まる。それは、まるで自分を中心にした台風が巻き起こっているかのようだった。
(なら、私たちは台風の目だね!)
そうだな、とにっこり微笑む。
手元に雲が集まってきていた。視界に見え隠れする髪の毛は白色に変貌し、腰には5本のクナイが提げられている。
風が鳴りを潜める。見張りたちは今になって様子がおかしいことに気づき、慌て出している。
(行くよ。私と、一夏に風の加護があらんことを!)
(ああ、)
「Watch This!」
「おい、あいつを縛っていた縄はどこに行ったんだよ!?」
「わかんねえよ!ここにボロボロになったやつがあるけど……」
「と、とにかくなんでもいい!撃て!」
(ははっ!あいつら起きてる?)
(どう考えても間抜けな顔だったよ。でも、最高に面白いよね!)
(わかる!さ、行こう一夏!)
「「返してもらうよ」」
身体が跳んだ。何回も見たブレードストームと、アップドラフトの合わせ技。
体の周りに浮くクナイを、相手の銃器に当たるようにして放つ。ドカン、と小気味のいい音を立てて銃は爆発した。
──後、三人。
テイルウィンドを使い、一気に加速。間抜け面を晒す男に思い切り体当たりをかましたあと、地面に体を縫い付ける。
──後、二人。
男の持っていた武器────見た目からしてスペクターに似ているサブマシンガン────を手に持ち、風で体を加速させながら銃弾を思い切りばら撒く。
それと同時に、スモーク────クラウドバーストを置き、テイルウィンドで加速し急接近。
これまた間抜け顔を晒す男に向かって、金的をかます。男は涙を流しながら、股間を押さえて蹲った。
──後、一人。
最後の男は半狂乱になりながら銃を乱射していた。
ジェットの導きのままに体を動かす。銃弾がまるで自分を避けて進んでいるかのような幻視が過ぎる。それは幻ではなく、現実なのだが。
男に近づき、5本のクナイを全て綺麗に放ち、壁に縫い付ける。男は身動きを取れなくなりながらも、叫び続けている。
(これで終わりだね!)
脳裏で響く陽気な声。戦場でも笑顔を絶やさない、その姿が想像できた。
(……これからどうしようか)
(逃げ出しちゃう?世界中から追ってくる人間を全員撒いてさ!)
(ははっ!それもいいかもね)
髪の毛の色は完全に白色に変わってしまった。眼球の色も青空を想像させる水色になっているし、このままでは織斑一夏とはわからないだろう。
それに、この惨事を作り上げた方法を問われると非常にまずい。
(よし、逃げよう。頼れる人が一人だけいるんだ)
(ふーん。ま、私は一夏について行くだけだからさ。その人のところに行こ)
織斑一夏は、ゆっくりと一歩を踏み出した。
ただ一人の、頼れる人の元へと。
「──へえ?不思議なこともあるものね」
背筋に冷や汗が走った。
完全に不意を突かれた。声が聞こえた瞬間にすぐさま飛び退き、声と距離をとる。
(一夏)
(ああ。彼女はヤバい)
「ふふっ。逃げなくたって良いのよ、私はあなたをとって喰らうつもりはないから」
「……それなら、せめてその殺気をどうにかしてくれ」
「あら、気づくのね」
突然現れた女性に警戒を向けながら、その動きを観察する。
水色の髪の毛に、真紅の瞳。情熱を大いに秘めた、射殺さんばかりの雰囲気が漂ってきているのをひしひしと感じる。
年齢は、自分とほとんど同じだろうか。それか、一つ年上の可能性もある。
少なくとも、只者ではないことがわかる。
「確認だけど、織斑一夏くんよね?」
妙に気迫──殺気混じりの強い視線を受けながら、質問が飛んでくる。
答えるべきなのだろうか。自分は織斑一夏であると。
逡巡しながら、数秒の思考に身を沈める。
「……そう、ですけど」
悩んだ末に自分は素直に答えた。
(言ってよかったの?)
(うん。そう答えることが、ここでの最適解かなって気がしたから)
「ふーん。……ま、それが本当かはすぐにわかる、か」
「何の話です?」
「いいえ?ちょっとした独り言。ともかく、あなたが織斑一夏くんなら、とやかくは言わないわ」
その一言と共に、刺し刺ししい雰囲気が嘘の様に消える。
その場を包んでいたのは、ちょっとした緊張感と、少しの間隙。
「私は更識……って言ってもわからないか。あなたの姉に依頼されて、護衛を請け負っていた者よ」
「……千冬姉が、俺に護衛をつけたのか?」
「え?ええ。あなたのことを守ってくれって言われて──」
「──そんなことが、あるか」
眼前の景色が赤く染まる。
自分の中の英雄も少しだけ雰囲気を変えているのがわかる。
脳裏に過ぎる、この世の地獄かのような風景。
口答えは許されない。すぐに殴られて、その度にひどく傷ついていく肉体。
トラウマの光景が、繰り返しフラッシュバックしていく。
「……やっぱり、なのかしらね……」
目の前の女性は小さい声で言った。
それさえも、風の導きによって聞こえているのだが。
(……ねえ、一夏)
(ジェットの考えてる通りだよ。俺は、アイツに捨てられたんだ)
(……そっか)
それきり、心の中の同居人は口を閉ざした。でも、その心で考えていることは俺に直接伝わって来ていた。
その優しさが、何よりも嬉しかった。
(さて、アイツのことは置いておいて。今は、この目の前の人をどうするかだな)
(もういっそのこと無視してどっか行く?その方が良さそうじゃない?)
(でも、この人から逃げられると思う?)
(……)
それきり、同居人は黙ってしまった。他の方法を模索しているのだろうか。それとも、諦めてしまったのか?
こちらもフル回転で思考する。どうすればいい。どうすればここを乗り切れるか。考えて、考えて、その末に、俺は──
今回はここまでです。
次回はジェットがブレイドストームでボロボロに切り裂きました。