恋という不治の病からは逃げられないから
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口調はがんばりましたが、キャラは私の解釈が含まれます。
初めて会った時から、先生は特別だった。人を惹きつけるカリスマ、と言うのだろうか。ヒナ委員長と似ているようで少し違う、そんなスキルを持った人。生徒一人一人に合った接し方で、歩幅を測ってくれる優しい人。
私は、そんな先生の優しい表情が好きだった。
見守るような表情が、好きだった。
だからだろうか?
いつの間にか意識し始めて、
私には見せない表情を、他の子に見せるのが嫌だ。
私にしか見せない表情が、他の子のものになるのも、嫌だ。
こんな幼稚な思考が、先生と会う度に大きくなっていく自分が嫌いで。でも、あの人にはそれすら包み込んで欲しくて、苦しくなる。やってはいけないことを、してしまいそうになる。
先生は、ギヴォトスの外から来た人。力では生徒には敵わない。そんな、みんなが認識して、みんなが超えないようにしている一線が、私の中で透明になりつつあった。
◇
「すみません。またお呼びしてしまって。お忙しくなかったですか?」
「平気だよ。チナツにはいつも、シャーレの当番の時お世話になってるからね。これくらいなら朝飯前さ」
「……それとこれとは話が違う気もしますが、お手伝いありがとうございます、先生」
「うん、任せて」
そういうと、先生は目の前の書類に向き合って、仕分けを始めた。前回……といっても何日前かは忘れてしまったが、あの時と同じように、半分私専用となった仕事部屋で二人きりの時間が動き出す。
けど、これといって風紀を乱すようなことは起きはしない。
あくまでこれはお仕事で、そんなことをする余裕なんてものもないからだ。
だというのに、先生は時々口を開き、最近の日常の様子を語ってくれる。トリニティでの出来事だったり、ミレニアムでの出来事だったり、百鬼夜行での出来事だったり、色々と話してくれる。私はそれに軽い相槌を返して、時計の針が回っていく。
一周、二周、三周。カチカチグルグル回る時計が夜の八時を示した時、ようやく書類のタワーは片付き、疲れを流すように、私たちは揃ってため息を吐いた。
そんな些細なことが、何故か無性に嬉しく感じるのが恋のすごいところだと思う。
「お疲れ様です、先生。お陰様で、予定より早く終わらせることができました」
「そっか、それなら良かった。……チナツはこの後は、何か用があるの?」
「いえ、特にはありませんが……」
「なら、さ。もう少しだけここでお話していってもいい? もちろん、チナツが嫌じゃなければだけど」
先生の誤魔化しきれない不器用な愛想笑いと、伺うような声色が、さっきまでの空気をガラッと変えた。まるで、そうまるで、この前の私のように、相手を意識したから故の反応のような、歪な感情の揺らぎ。脳が理性的に違うと判断しても、心は勘違いしそうになる。
もしかしたら、私たちは──なんて。
未だ不透明を保っている僅かな一線がまた少し、透明になる。
「だ、大丈夫です!!」
軽い返事も、変に大きくなってしまう。
期待が膨らむかの如く、大きくなってしまう。
安心したように、「良かった」と漏らす先生の声が、やけに鮮明に聞こえた気がした。
◇
針がまた一周する頃、話した内容は他愛ないものだったけれど、一個一個しっかりと覚えている。それほどに、心地良い時間だった。温かくて、穏やかに笑う先生にのぼせそうになる。最高の一時だった。
だけど、一時は永遠にはならない。
どんなにがんばっても終わりが来て、別れはやってくる。
「……っと、もうそろそろいい時間だね」
「ですね。そろそろ、帰らないと」
帰らないと、いけない。
風紀委員会に所属している都合上、門限なんてあってないようなものだが、それでも心配はされる。だから……だから、今掴んでいる先生の服の袖を離さないといけないのに。それなのに。ゆっくりと熱された恋心が、収まってくれない。
「……チナツ?」
「帰ら、ないと」
「……チナツ」
「わかってます。わかってるんです。こんなことしちゃいけないのも、私たちが生徒と先生だということも、全部全部わかってるんです!」
「じゃあ──」
「でも、もう無理なんです!! 目を逸らせないんです! あなたの声が、あなたの表情が、頭を振っても出でってくれないんです!! 好きで、大好きで、独り占めしたいんです!」
壊れた蛇口のように感情が溢れ出して、私は力任せに先生を押し倒す。一線なんてとうに踏み越えて、もう見えない。最低で最悪な方法で、逃げられないという免罪符を先生に渡して、私は──
「いいよ」
「……え?」
「チナツなら、私を独り占めしていい。むしろ、私が君を独り占めしたいくらいだよ」
「なにを……言って……」
「私も、チナツが好きだから。理由なんて、それ以外ないでしょ?」
「……今の状況、わかってるんですか? 私が先生になにをしようとしたのか、理解しているんですか? 私は力のままにあなたを──」
「許すよ。私が、チナツを許す。だから、ちゃんとしよう? 私は君と対等に、初めてのキスをしたい」
本当に、どうしてこんなにも、先生はずるいんだろうか。
どこまでも感情を汲み取って、最適で最良な言葉を投げてくれて。……これじゃあ、ワガママを秘密にする意味すらなくなってしまう。
そうして、理解すれば早いもので、徐々に力が抜けていき。先生が起き上がったことで、すぐ触れ合える距離に顔が近づいた。
「……ごめんなさい、ごめんなさい。でも、好きです」
「謝らないで。私も、チナツが好きだから」
「……はい。離さないでくださいね、先生」
重なった時間は短くても、記憶には永遠に残る、そんな一瞬。
初めてのキスは、コーヒーの味がした。