昔、中国でかぶら矢(嚆矢)を敵陣に射て開戦の合図としたことから、「物事の始め」と言う意味で使われています。
私の小説では、反撃の嚆矢=反撃の第一矢、というふうに解釈してもらいたいと思います。
長くなってしまいましたが、それでは本編をどうぞ!
3―嚆矢の器―
100年の平和の代償が惨劇によって支払われた日より2年が経ち、開拓地に移っていたエレン、ミカサ、アルミンは訓練兵団入団の年を迎えていた。
「エレン、ミカサ、あまり無茶はしちゃダメよ。だけど、しっかり頑張っておいで。行ってらっしゃい」
「うん。行ってきます」
「必ず最強の兵士になって戻ってくるよ」
「ふふ、頑張ってね」
歩き出すエレンとミカサ。手を振るカルラがにっこりと微笑んだ。もう肋骨の怪我はすっかり治っているようだ。父、グリシャはウォール・マリア陥落以来行方不明だが、それ以外は何か変わった事はなく、エレンとミカサとカルラは3人で毎日を微笑ましく送っていた。
「寂しくなるわね・・・・・・」
3人で暮らしていたのに、急に独りになるのはやはり、誰でもさみしいものだ。エレンは以前から、カルラが独りで家に住んでしまうことを気にしていた。そこで、エレンは・・・
「なあ、母さん!」
エレンは歩き出していた足を止めて振り返る。
「どうしたの?」
エレンが大きいとは言えない家の裏に回って何か少し大きな箱を抱えて玄関に持ってきた。その蓋を開けると、そこには小さな仔犬が2匹いた。
「エ、エレン!いつからこんな子たちをを・・・」
ニコッと笑ってエレンが答える。
「二ヶ月ぐらい前からかな。捨てられてたのをオレが拾っちまって、それで森で採った木の実とかやったらなつかれちゃって・・・
だから母さん、オレがいない間、こいつらの世話を頼むよ。オレやミカサに比べたら、こんなちっこいの2匹ぐらいどうってこと無いだろ?それに、母さん1人じゃこの家は寂しすぎるだろ?」
半ば強引だが、エレンの母を気づかう優しさだった。カルラは心が見透かされたように感じて、少し笑った。
「ふふっ、分かったわ。エレンなんていつも汗だくで泥だらけで帰ってくるもの。エレンに比べたら可愛いものね」
カルラが微笑む。春の風の中の美しい家族愛に、花も揺れて喜んでいる。
―――エレン、本当にたくましく、そして優しくなったわね。すごく嬉しいわ。
「エレン、あなたならきっと最強の兵士になれるわ。ミカサやアルミンを守ってあげてね」
「う・・・うん」
(エレンに守ってもらえる・・・///)
「行ってらっしゃい。この子達は任せて。」
「行ってきます!!」
草の間を駆けていくエレンと、その後を追いかけるミカサ。その草の道はアルミンを迎えに行って、馬車に乗ってウォール・シーナ内の訓練兵団基地へ向かうまでの道中だ。
「オイ貴様」
「ハッ!」
「貴様は何者だ!?」
「シガンシナ区出身!アルミン・アルレルトです!!」
「そうか!アルレルト!貴様は何しにここに来た!?」
「人類の勝利の役に立つためです!!」
「それは素晴らしいな!!貴様は巨人の餌にでもなってもらおう!!」
―――今年は通過儀礼が必要ない者が多いようだ。
特にこいつ・・・名前は・・・エレン・イェーガーか。なんという眼をしているんだ。体格もしっかりしている。こいつなら、もしかしたら人類の反撃の嚆矢になれるかもしれない・・・
「そういえば君は名前とか出身とか聞かれなかったけど教えてもらってもいいかな?」
先ほど憲兵団に入り、王に我が身を捧ぐと言っていたマルコが席の向かいのエレンに話しかける。
「オレはエレン。コイツと同じ、シガンシナ区出身だ。そっから、開拓地に2年いて、今ここにいる」
エレンが隣の席のアルミンの肩に手を置きコイツがアルミンだということを示す。
「ってことはよ、その日もいたんだよな!?シガンシナに!」
先ほどの敬礼の左右を間違えたことで早くも馬鹿を晒したコニーが声のトーンを上げて言う。
「ああ」
「じゃあ見たことあるのか!?超大型巨人!」
「ああ、あるぜ」
オオー!
「どんなんだった!?」
一斉に周囲の興味がエレンに向く。どうやら、超大型巨人は有名なようだ。
「大きさは壁から頭を出すくらいで、皮膚がほとんどなくて、口がでかかったな」
左手でスプーンを持って、スープを飲みながら、淡々と語る。
オオースゲー!
「じやあ鎧の巨人は?」
「ああ、それも見た。といっても、オレには普通の巨人に見えたな」
「へえー。じゃ、じゃあ普通の巨人は!?」
「つっ!」
エレンは頭痛に襲われ、頭を押さえる。少し離れた所のミカサが駆け寄る。
「エレン!大丈夫!?」
ドクンドクンドクン!
エレンの頭には、母が食われた光景が映っていた。エレンの鼓動が速くなり、拳を強く握る。怒りで顔が歪む。
―――オレがこの手で一匹残らずぶっ殺す!!!!
「エレン!」
「はっ!?
ああ、悪い、また取り乱した」
「??」
周りにいたものは何が起こったのか分からず、首をかしげているが、エレンが巨人に対して、強い憎悪を持っていることは分かったようだ。
「すまない、変なこと聞いちまったな」
「いや、いいんだ。気にしないでくれ。
その時、オレはなぜか巨人を見ただけで鼓動が速くなって、憎いと思った。オレは調査兵団に入ってあいつらを一匹残らず駆逐する。これはオレの使命で、オレがやらなきゃいけないんだ!」
「なんでお前はそんなに巨人が憎いんだ?誰か殺されたのか?」
憲兵団に入って、内地で暮らすと言って教官に頭突きを食らったジャンが訊く。普段のジャンなら、バカにするところだが、エレンから何かを感じ取ったのか、バカにせずに真面目に訊く。
「実際に殺されたことはない。
・・・オレが巨人が憎いのはなんでか分からないけど、時々デジャヴみたいなのが見える。オレの母さんやアルミンやミカサが巨人に殺される光景が頭に浮かんだんだ。あと、オレのも・・・
ありえない話だけど、多分オレは実際にそれらを体験したんだと思う。巨人はオレたちの命を、人生を、愛する人を、大切な罪なき仲間も、夢までも、全部奪う。そんなのオレには許せねえ。一匹残らずぶっ殺して、オレは外の世界を探検する」
その日、エレンが語ったことはほとんどの人の心を揺さぶった。調査兵団に入るなんてとバカにするものもいたが、多くの者の心に残ったのは確かだ。
その日は、通過儀礼と、宿舎の部屋割りだけで、本格的な訓練は明後日からだ。明日は適正判断だけである。
――――――――――――――――――
「これより、立体機動の適正判断を行う!これができんやつは囮にも使えん!開拓地に移ってもらう!これが出来たものは、明日からの本格的な訓練を受けられる資格を持つ!」
「見ろ・・・あの子を」
「ああ、全くブレがない。何をするべきか全てわかるのだろう。素質とはそういうものだ」
二人の教官が見ていたのはミカサだった。周りのものが揺れている中で、宙に吊らされたミカサは、微動だにしていなかった。
「あ、あの子は?」
「目の殺気が半端ないな。人並み以上に出来ない事を人並み以上の根性で補っている。なんとかできているが、あれは揺れすぎだ。あまり適正とは言えないな」
次に二人が見ていたのは、エレンだった。エレンは何とかできていたが、ブレが大きく、なんとか倒れないようにするのに精一杯だった。
エレンは、これができないと、巨人を全てぶっ殺すなど不可能だと自分に言い聞かせており、必死に倒れまいとしていた。
―――これは恐らく・・・
キースがエレンの方に寄る。必死に倒れないようにしながら、エレンは寄ってきたキースを見た。
ドクン,ドクン,ドクン・・・
「貴様、なぜそこまでする。かなり辛いはずだろう」
「ですが、これができないと巨人を一匹残らずぶっ殺すなんて到底・・・」
「そうか、その通りだ。
おい、そこのお前、エレン・イェーガーとベルトを交換しろ」
「えっ?」
エレンが地面に立ち、ベルトを取り替える。そして、もう一度宙に吊るされる。
「おお、彼も凄いな。」
「ああ、彼女にはわずかに及ばないが、素晴らしい素質を持っているようだ」
エレンの体は、ほぼ動かずに空中で静止していた。
――――――――――――――――――
「本日より約1ヶ月間は、一日のほとんどを体力強化に使う。立体機動装置は全身の筋肉を使うので、体力及び筋肉は必須である。ここで全てが決まるといってもよいくらいだ」
「最初の2週間は10キロの走り込み、体幹トレーニング(体の軸を鍛えるトレーニング。普段鍛えていない常人では、1分でもかなり辛い)2分を5回と腕立て伏せ30回、腹筋30回、背筋30回の3つを5セット、これを2回行い、最後に宿舎前までの500メートルをダッシュして終わりだ」
「うわあ・・・」
周りからため息や不安の声が聞こえる。そんな中でも、特になんとも思ってない者もいるようだ。
―――何だ、これならオレがいつもやっていたのより少ないじゃないか。もっときついのかと思ってたのに・・・
そう思っていたのはエレンだった。エレンはウォール・マリア陥落後、毎日巨人への憎悪を糧に、身体を鍛えていた。訓練兵団に入る頃には、1日に30キロ走り、体幹を5分×6回、腕立て伏せ300回、腹筋300回、背筋300回を1度にこなし、毎日欠かさず行っていた。その頃には、エレンはミカサよりも力が強くなり、ミカサはエレンの走るペースについていけないようになっていた。
その原動力は、全てが巨人への憎しみであった。
「団体で行うのではなく、一人一人個人で行う。自分のペースで行うこと。速いものはどんどん前に行ってよい。
それでは始め!」
全員が走り始めた。
―――あの時の『座標』を持った人、エレンか・・・僕も運動は得意と思っていたんだけど、彼は全く比じゃないな。もう見えないや・・・もしかして、本当に巨人を全部殺すかも・・・
そうなったら、僕らの・・・
ライナーが僕より速いのは知っていたけど、この子も凄いな。エレンには、全然追いついてないけど、ライナーよりも速いし。とにかく、僕も頑張ろう!
―――こ、こんなにしんどいなんて・・・僕も開拓地に行ってから自分なりに鍛えていたつもりなのに・・・僕はほぼ最下位じゃないか。エレンはきっと一番だろうな。毎日あんなに頑張ってたからなあ。
荒い呼吸で必死に酸素を取り込みながら、アルミンはそんなことを思っていた。
―――うう、苦しいよ・・・止まりたいよ・・・
でも、私は決めたから。ここで頑張って、生きる場所を見つけるって!
小さな体で必死に走っているのはクリスタだった。クリスタはレイス家の生まれだったが、そこには居場所が無く、名前を変えて、遠くで慎ましく生きるのならと、命を見逃された立場であった。
クリスタは、思わず溢れた涙をふいて、少し前のアルミンを目指した。
―――くそっ、みんな結構速いな。これじゃ10位以内は厳しいかもしれねえが、俺は決めたんだ!憲兵団に入って誰にも邪魔されない自分の場所をゲットするんだ!
「うおおおおっっ!!」
ジャンは10位以内を目指して、一気にペースを上げた。全ては、憲兵団に入るため・・・否、自分の場所を手に入れるため・・・
―――何だこいつは!?誰よりも早く終えたというのに、あまり疲れている様子がない。なんて屈強な身体と精神力だ・・・・・・
エレンは息は切れているが、肩で息をしている様子は無く、体は疲れているようだが、疲れきっている様子ではない。腰に手をつき、息を整えようとする。周りを見回して、誰もいないことに気づく。
「はあっはあっ・・・オレが一番か・・・」
エレンがゴールしてから20分後、ミカサがようやく2番目でゴールした。その間、エレンは暇だったので、5分休憩を挟んでからスクワットをずっとしていた。
「エ、エレン速い・・・」
荒くなった呼吸を抑えようとしながら、ミカサはエレンには聞こえない大きさでつぶやいた。
3番目はライナー、4番目はベルトルト、5番目はサシャ、6番目がアニ、7番目がコニー、8番目がマルコ、9番目がジャン、10番目がユミルだった。
――――――――――――――――――
「お、おいエレン!何してるんだよ!?」
宿舎でのエレンの行動にコニーが首をかしげる。
「いや、今日の訓練結構楽だったから筋トレでもしようかなと」
エレンが腕立て伏せをしながらコニーに答える。
「はあ!?あんなにきつかったのに!?」
「な、何回やるつもりなんだ?」
「まあ、あまり時間無いから腕立て腹筋背筋それぞれ200回ぐらいかな」
周囲から呆れ混じりのすげえ、と言う声が聞こえるが、エレンの耳には届かないようだ。
「なあエレン、なんでお前はそこまでするんだ?」
ライナーがかがみこんでエレンに聞く。エレンは休むことなく答える。
「一昨日言っただろ?オレは巨人を一匹残らずぶっ殺すって。全部その為だよ。開拓地に行ってからはずっとこんな感じで生活してたからな」
(筋肉は俺の方があるように見えるんだが・・・スゲエなこいつ・・・こいつから座標を奪うのか・・・)
――――――――――――――――――
「おいアルミン!もっと食べないと明日倒れちまうぞ!」
食堂で夕飯をで座って食べていたアルミンが全然食べていないことに、エレンが。アルミンは苦しそうに答える。
「うん・・・でも、食欲が湧かないんだ。あんなに走ってあんなに筋肉をいじめて、気分が悪くて・・・今日はなんとか終わったけど、明日は最後まで出来るか分からない・・・」
アルミンの目は暗かった。明日の訓練が憂鬱で仕方ないといった感じだ。
「分かった!明日、オレはお前のペースに合わせる!」
「え?」
思っても見なかった言葉に、思わずアルミンは横のエレンに顔を向ける。
「でも、それじゃエレンが・・・」
「いいんだ。オレはお前と一緒に外の世界に行きたい。お前とじゃなきゃダメなんだ。お前が教えてくれたから、オレは外の世界を夢見ることができた。だから、諦めさせたりはしない!諦めそうになったら、オレがお前を励まし続ける!だから、明日のために、しっかり食っておこうぜ!」
「エ、エレン・・・ありがとう・・・!」
エレンの言葉に、思わず涙が出たアルミンは、涙を拭いながら夕飯を平らげるのだった。エレンがニコッと笑った。
(さすが私のエレン・・・)オチャズズー
(エレンイケメン・・・)
(エレンかっこいいなぁ・・・//)
――――――――――――――――――
「とーーうっ!」
バカッ!! グホッ!!?
脱衣所から走って入ってきたコニーが、浴槽に飛び込もうとする。それに、浴槽に浸かっていたジャンが飛び蹴りで跳ね返し、浴槽への進撃を食い止める。
「おいバカ、入る前に体を洗え!!」
「え!?何で!?」
「汚ねえからだよバカ!つか脱衣所に書いてあっただろ!」
「いや、オレは字読めねえから、絵を見たら飛び込んでる人にバツがしてあったから飛び込めって言ってるのかと思ったんだが・・・違うのか?」
「とんだ見当違いだバカ!どうやってあの絵をそんな意訳した!?」
「エレン〜、ここのお風呂は、疲れがよく取れる温泉らしいよ〜」
大きな浴槽に浸かりながら、目を閉じているアルミンが言う。
「そうなのか〜確かにすげえ気持ちいいな〜」
「うん〜これなら僕明日からも頑張れる気がするよ〜」
「そうか〜それはよかったな〜この後はしっかり寝て明日に備えるぞ〜」
「うん〜」
その湯は訓練兵団宿舎付近の地下から湧き出る温泉で、疲労回復に最適だった。教官たちは、この湯の効能も頭に入れて訓練を行うほどであった。兵士には癒しが必要だという理由で代々受け継がれている。
訓練兵団入団から、3日目が終えようとしていた。
ちょいちょい変な設定を入れてますが、そこはオリジナル展開ということで。