今日は仕事も休みでいつもならだらだらと過ごしている。でも、今日はいつもと違ってスーツを着て髪型もセットして仕事に行くと時と同じ。
なんでこんな事をしているかという問いに対して答えると、今日はある人が僕の家を訪ねて来る予定になっているからだ。その人は紫咲シオンさん。元々、接点がない僕らが家に来ることになったかと言うとそれは二日前まで遡る。
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「久しぶりに何か作ろうかな」
上司の人と話した時に「キミは料理をしたりする?」と言われて僕はためらうことなく「したりしますね」と言った。無意識に答えたけど、そういえば働き始めるよりも前は自分で自炊してたな。
最近は色々と忙しくて料理をやっているのかと言うとやっていない。
「少し難しい料理にでも挑戦してもらうのもいいかも…」
「え、社員さんって料理すんの!」
急に後ろから喋りかけられたので体がビクッとしてしまった。そして後ろを振り向くと紫咲シオンさんが驚いた顔をしていた。
「む、むらさきさん」
あんまり紫咲さんとは話す機会が多い方ではないから急に声を掛けられたことに驚いてしまった。
「社員さんが料理出来るなんてシオンは意外だな~」
確かに僕が料理をするってことは今日まで誰にも話したことなかったからね。
「そうですか?」
「うん。男の人であんまり料理する人とか聞いたことないし」
「今は男性でも料理出来る人は多いと思いますよ」
学生時代の話だけど、よく料理できる人の方がモテるって聞いて挑戦している友人とかもいたし。
「…そうなのか……。それで社員さんはどんな料理するの?」
「オムライスとかハンバーグとか普通の料理ですよ。それに最近はあんまり料理してなかったので、もう手順もうろ覚えになってしまってますし」
前のようにしっかりとした料理が出来るか分からないし、最初は難しくない料理の方が良いかもしれない。
「オムライス!!」
すると紫咲さんは勢いよく叫んだ。
「は、はい。オムライスとかハンバーグです…」
「食べたい!!」
「え、たべたいって急に言われても…」
「じゃあ、社員さんが休みの日に家に行ってもいい?」
「別にいいですけど、紫咲さんは僕の家に来ることに抵抗はないんですか?抵抗がないのであればいいですけど」
普通であれば男性に家に入る事に抵抗を覚えるのは当たり前のこと。逆にそれに対して何の抵抗もない方が怖いと思ってしまう。
「ないよ。知らない男の人の家に入るのはさすがにやだけど、社員さんなら大丈夫でしょ」
「その信頼は嬉しいですけど……」
その気軽さを少し心配さを覚えてしまう。
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まあ、そんな感じの話で今日は紫咲シオンさんが来ることになっている。
紫咲さんがいつ頃来るのか完璧な時間が分からない以上は作り始めることが出来ない。ある程度の時間は決まっているけど…紫咲さんのことだから寝ているなんて事もありますからね。
集合の時間になったのと同時にインターホンの音が部屋中に響いた。僕は玄関の扉を開けるとそこには…紫咲さんが色々と荷物を持った状態で立っていた。
「紫咲さん、その荷物はどうしたんですか?」
「色々と買い込んできたの。材料は買ってくれるって言っていたからそれ以外のお菓子とかを色々と」
「そうなんですか、まずは入ってください」
「は~い」
紫咲さんが部屋の中に入ったのを確認して家の扉を閉めた。
「それじゃあ、僕は料理を始めるので紫咲さんは何かで時間を潰しててください。ゲームとかもあるのでそこら辺は自由に使ってもらって大丈夫ですよ」
「うん。でも、シオンは社員さんが料理をしているのが見たいから」
「分かりました」
それから僕は料理を始めた。その間、ずっと隣で紫咲さんは見ていた。逆に見られている、こっちの方が緊張していつもより緊張してしまう。
「僕の料理の仕方を見て楽しいですか?」
興味深そうにずっと作っている工程を見ているから聞いてみることにした。僕はあんまり人が料理をしているところとかに興味がないから。
「うん!男性が料理しているところを初めて見たから興味がある」
「そうなんですか……」
そんなやり取りをしているとオムライスはあっという間に完成した。
元々、オムライスの調理にはそこまで時間が掛からない。完成したオムライスに少しレストラン風にトッピングをしたりして紫咲さんの前に置いた。
「おいしそう~」
「どうぞ、召し上がってください」
「じゃあ、いただきます」
僕は向かい合う席に座って紫咲さんが食べている姿を眺めている。このオムライスが紫咲さんの口に合うかは分からないからまずは感想を聞かないと。
ここで『美味しくない』と言われたらさすがに色々と傷を負うけど正直な意見だから仕方ない。
紫咲さんはスプーンに一口サイズのオムライスを口に運ぶ。そして咀嚼して飲み込むと動きが止まった。もう一口とオムライスを口に運ぼうとするわけではなくて、そのスプーンの手も止まってしまっている。
「ど、どうですか?もしかして美味しくなかったですか?」
恐る恐る、僕は問いかけてみた。
「………………」
「美味しくないなら美味しくないと正直に言ってくれると有難いです。美味しくなかったら何か代わりに用意するので」
「ううん。別に大丈夫。だって………すっごく美味しいんだもん!!」
「え…?」
「この卵のトロトロ具合や全ての食材がうまく合わさって美味しい!シオンが今まで食べてきた『オムライス』の中で一番美味しいかも」
「よ、よかった~~ここで美味しくないと言われたらどうしようかと思いましたよ」
さすがに安心して後ろの背もたれに寄り掛かった。さっきまでは紫咲さんの答えを待っていて自然と前のめりになってしまっていた。
「本当に美味しい。店と比べても劣ることはないし、正直それ以上な気がするよ、シオンは。もし、会社を辞めたとしても料理人として生きていけるよ」
「縁起悪いこと言わないでくださいよ。まだ私は会社を色々と貢献していきたいですから」
オムライスが予想していたよりも好評で僕は安心した。そして何よりも『美味しい』と言ってくれた時の紫咲さんの笑顔が一生忘れられない。
それぐらい嬉しかった。