今日はイベント会場にいる。なんで僕がこんなところにいるのかと言うとそれはお手伝いだ。今日は五期生のソロイベント。五期生だけでイベントをやるのは初めての事。これを成功させれば彼女たちにも自信が付くし、お客さんも来てよかったと思えることだろう。
他のスタッフと協力しながら五期生の皆さんはサポートをする。
今は最後の確認をしている最中。イベントで機材のトラブルなどがなるべく起こらないように確認しておくことも大事だから。
そんなことをしていると後ろから急に話し掛けられた。
「ねぇ、社員さん」
「…な、なんですか?」
「ラミィ以外の人と話さないで!」
「どうしたんですか?急に」
雪花さんはとても落ち着いていてお姉さんのような印象がある。そんな人が急にそんなことを言いだすものだから驚かずにはいられない。
「ねぇ~はいって言って~」
もうお酒に酔った人の絡み方。でも、さすがにこんな朝っぱらからお酒を飲んでいるとは考えずらい。それにこれからイベントに出るのにお酒を飲むような事は絶対にしない。
「朝からお酒でも飲んでいるようですよ。どうしたんですか?」
「だから~ラミィ以外の人と話さないで。社員さんはラミィとだけ話していればいいの~」
なんかちょっとおかしい。少し思案を巡らせると最悪な結末が浮かんできた。まさかそんなことがないとは思いたい……。雪花さんの右手にはあの怪しいドリンクが握られていた。
でも、最悪な予想が合っているかのように出来事は続く。すると後ろから優しく抱きしめられた。
「……桃鈴さん」
視線を後ろに向けるとそこには満面の笑顔を浮かべている、桃鈴さんがいた。桃鈴さんはとっても活発な人で誰に対しても分け隔てなく接していけるところは本当にすごいと感じたりする。
「ねねの!」
「桃鈴さん…」
「社員さんはねねのだもん。絶対にワミィなんかには渡さない」
「ワミィじゃなくてラミィ!!」
いつもの桃鈴さんと変わらないかと思っていたが、急に抱きしめる力が強くなって違和感を覚えた。
「ねねのじゃなきゃやだ……ねねは社員さんのことがとっても好きなの~ねね以外の人にはぜっ~~たいに渡さない!!」
やっぱりいつもの桃鈴さんと比べると少しおかしい。
このままだとイベント自体がなくなってしまうかもしれない。それだけはどうにかしてでも避けなければならない。
「二人とも、どうにか正気を取り戻してください!」
「ラミィはいつも通りだよ~」
「ねねも元気だよ」
それからしばらくして驚くことに雪花さんも桃鈴さんも寝てしまった。何でこんな事になったのか分からないというのが正直な気持ち。前も戌神さんが少し体調悪そうにしていたのでもしかしたらあの薬の症状なのかもしれない。
「社員さん~少しじっとしていね」
後ろからそんな声が聞こえてきたので振り返ろうとすると視界が急に暗くなった。
「大人しくしてくださいね」
僕の耳元で囁くそうに話している。僕は誰かにこんな風に言われたのが初めてだったのでとってもくすぐったくて悶絶している。
「だれ、ですか?」
「え~~社員さんに忘れられるなんて悲しいな~」
すると急に視界が明るくなって最初は眩し過ぎて良く見えなかった。でも、少しずつ見え始めると目の前に笑顔でこちらを見ている、獅白さんの姿があった。
「獅白さん…」
「社員さんが私のことを忘れちゃったなんて悲しいよ」
「い、いや、それは目が隠されていたので分からなかったというか…」
「私としては声だけでも気付いて欲しかったんだよな~~社員さんとも長い付き合いになってきたし、声で分かるかなと思ってたんだよな~」
「…ほ、ほんとうにごめんなさい」
「そんな風に謝らないでくださいよ~少しからかっただけなので」
「それでもごめんなさい」
「本当に社員さんは可愛いですね」
「僕なんかが可愛い訳ないじゃないですか」
獅白さんはずいぶんと意識がはっきりしているようだ。僕とこんなやり取りも出来ているんだから。だとしたら薬を飲んでいないと考えてもいいかもしれない。
「でもそんな可愛いと社員さんのこと…襲っちゃうよ」
その瞬間、獅白さんの目は変わって獲物をしとめる時のように鋭くなった。一瞬で身の危険を感じてこの場から立ち去りたいという気持ちが強くなった。でも、今の獅白さんを見る限りはそれをしてくれそうな感じじゃない。それに雪花さんや桃鈴さんの声も近づいて来ているのは分かるので…このまま立ち往生していると確実に見つかる。
「ち、ちかづいてこないでください」
「悲しいよ~~でも、そういう怯えているところも可愛い」
獅白さんに掴まったら何をされるか分からない。僕はどうにか獅白さんから逃げようと走るけど、すぐに掴まってしまう。まあ、僕が獅白さんに掴まらないとは思ってなかったけど………。
「だめだよ~私から逃げようとしちゃ…。社員さんが僕から逃げられる訳ないですし」
「だ、だれかたすけて…」
「もうダメだよ。獅白」
声のした方向に視線を向けるとそこには…魔乃さんがいた。
「あ、魔乃ちゃん」
「社員さんが怯えているぞ。もっと優しく包み込んであげるのがいいんだ」
すると魔乃さんは優しく抱きしめてきた。僕としてはもう誰かに抱きしめられることに恐怖を覚え始めている。最初の頃こそ、少しドキドキしたこともあったけど今じゃその感覚すら思い出せない。
「え~恐怖を与える方が社員さんは良い顔をすると思うけどな~」
「ダメだぞ。社員さんはとっても優しい人なんだぞ。そんなことをするのは可哀そう」
「そうかな~~」
二人はそんな会話を繰り広げている。僕としては何か反応をする気にもならなかった。
「やっぱり社員さんに抱き着いていると安心できるぞ」
「魔乃ちゃんがそこまで言うなら」
そう言って獅白さんも後ろから抱きしめてきた。僕は前から魔乃さん、後ろから獅白さんに抱きしめられている。
「確かに安心できる…」
それから少ししてこのままだとヤバいことが理解しだした。『あの薬』のせいでホロメンの方々に変な記憶を植え付ける訳にはいかない。このままだとイベントに絶対に支障がでる。まずは誰かに助けを呼ぼうと逃げることにした。
僕が勢いよく走っていると角で誰かとぶつかってしまった。
「すいません!急いでいたもので」
「あ、社員さん」
僕がぶつかった人物は…尾丸さんだった。ここでまさか最悪な結末になるとは思いもしなかった。五期生の四名があの状態からして尾丸さんも同じ状況だと考えることが普通だ。
やはり尾丸さんも他の人たちと同じように僕のことを抱きしめ始めた。
「こ、ごめんね」
「尾丸さん」
「キミが居ないとポルカはダメなんだ。だからずっとポルカと一緒に居てね。キミが居てくれればポルカはずっと大丈夫」
「…離してください」
僕は尾丸さんから手を解こうとしたが……すぐにやめた。解こうとすれば解けた…。でも、尾丸さんの方に視線を向けるとそこには涙目でこちらを見ていた。
「ポルカから離れないで」
「…………」
普段はとっても明るい尾丸さんにこんな風に言われると無理に解こうとは思えなかった。
「ポルカはキミさえ居れば生きていける。だから絶対にポルカから離れないで。ポルカと一緒にいて」
「………」
「だからポルカ以外の人のところにはいかないでね」
少しずつ尾丸さんが僕を抱きしめる力は強くなっていった。でもどうしても逃げようとは思えなかった。尾丸さんのが可哀そうに思ったのと同時に…もうさすがに逃げるのに疲れてしまった。
この後は紆余曲折はあったものの他のスタッフたちのお陰でイベントは無事に開催することが出来た。