「寒いですね」
「そうだねぇ」
「…もう冬かなぁ」
本当にあっという間に気温が下がっていく。時期的にもそろそろ寒くなる時期だというのは分かっているけど、まさかこんな急激に下がるとは思いもしなかった。
「今日はありがとね」
「いやこちらの方こそ、待たせてしまって本当にすいません」
「全然大丈夫」
「先に帰っていても良かったんですよ。お金も渡しますし。事務所から獅白さんの家ぐらいなら全然出せたのに」
僕と獅白さんが二人で帰っている理由は…簡単で獅白さんのお財布を他のホロメンの方が間違えて持ち帰ってしまったのだ。人のお財布を持ち帰ることがあるのかとは思うけど、持ち帰られちゃった以上は仕方ない。だから、僕がタクシー代を出すので帰れますよと言ったんだけど、獅白さんは「キミと一緒に帰りたいから待つよ」と言われてしまった。
正直、僕は仕事が少し長引く感じがしたので先に帰ってもらった方が全然良かったのに。
「あたしがキミと一緒に帰りたかった」
「なんでですか?僕と一緒に帰っても全然、特ないですよ」
「あたしにとっては『特』なんだ。あたしはキミのことをかなり気に入っているの。あんまり一緒に話す機会はなかったけどね」
「そ、そうなんですか…」
そんなに獅白さんから気に入られているのを初めて知った。さっき獅白さんが言ってくれたように僕と獅白さんはあんまり関わることが多くなかったんですよね。まず前提として僕の仕事はタレントさんと関わるような仕事ではないんだけど…。
改札を通って…乗るべき電車のホームへと足を進めているとアナウンスが聞こえてきた。
『まもなく、1番線に電車がまいります』
僕は反射的に獅白さんの手を握って駆け出した。獅白さんは急に掴まれて迷惑かもしれないけど、一本電車を遅らせるとこの寒空の中、十分も待たないといけない。そう思ったらどうしても乗りたい。
どうにかギリギリだけど、目的の電車に乗ることは出来た。視線を隣に移すと獅白さんは別に息は上がっていなく静かに真下を見ていた。
「急に引っ張っちゃってすいません」
「………だいじょうぶ…」
俯いたまんま、獅白さんは返事をしてくれた。でも明らかにさっきまでの獅白さんと何か違う気がする。
「ほ、ほんとうに大丈夫ですか!??」
もしかしたら急に体調が悪くなっちゃった可能性だってない訳じゃない。急に僕が引っ張っちゃったからどこか怪我したのかもしれない。
「…だ、だいじょうぶだから…」
「ほ、ほんとうに?」
「本当に大丈夫だから!!」
そう言って獅白さんは俯いている顔を上げた。獅白さんは今まで一度も見たことないぐらいに顔が真っ赤になっていた。
「もしかして熱ですか!?」
「だ、だいじょうぶ!これはただ……」
「ただ?」
「…な、なんでもない!!!」
それから獅白さんは黙ってしまった。何を問いかけても答えてくれなくなってしまった。嫌われちゃったかもしれない。
―――――――――――
獅白side
キミと帰れることなんて多くない。それにあんまり関わる機会が多いわけでもないし。キミはあたしのことを心配してか早く帰ってもいいんだと言ってくれたが、あたしとしてはキミと帰りたい。
久し振りに二人で何気ない話をしたりしてとても楽しかった。
そしてもうそろそろってところでアナウンスが鳴って、その瞬間にキミがあたしの手を掴んで引っ張った。正直、あたしにはその状況を理解するのに時間が掛かった。全てを理解したのは電車に乗ってから。
まじで…顔が熱い。誰にも見られたくないほどに顔が赤いと思う。まさか急に手を繋がれるとは思っていなくて…。分かっていれば対策の立てようもあるかもしれないが、不意打ちに関しては何をしたとしても防ぐのは無理だ。
さすがにキミの前で『手を繋がれたのが恥ずかしかった』なんて言えるわけもない。だから精一杯の強がりをキミには見せる。でも、心臓は正直でいつもよりも鼓動の音が早い。