橙色の空   作:通りすがりの猫好き

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久しぶりなので書き方とか忘れてます。ごめんね。
あと試合のテンポをもっと良くした方がいいと思いました(反省)


打球は

 

 間の抜けた声を上げながら2年生投手、恋川(こいかわ)夢路(ゆめじ)が体を伸ばす。それから体を左、右とひねって左肩をぐるぐると回し始めた。やけに投球練習前の動作が長い。準備は入念にするタイプの人間らしい。

 

「よーし、投げますよー!!」

 

 そう言って軽く息を吐いた後、恋川が体を右回りにねじってボールを投げ込む。目を引くのはその投げ方だ。胸を大きく張って左腕を()()目いっぱいに振り抜く。完全なサイドスロー、それも明らかに対左打者を意識したフォームだ。高校野球では珍しい類に入る。ボールはかなり前方でバウンドしてキャッチャーの後ろを通り抜けていった。

 

 打席に樹が入ると、恋川は帽子を取ってみせた。長いピンクの髪が帽子の抑圧から解放されたかのように垂れ下がる。そうして彼女は樹に一礼してマウンドへ戻る。

 

 初球、恋川が右足をゆっくりと上げてボールを投げる。投じられたボールは滑るように樹の体側から急速に逃げていった。完全にタイミングを外され、派手に空振りした樹の頭からヘルメットが地面に転がる。しかしキャッチャーもキャッチャーで捕球しきれずにボールが股下を通過していった。

 

 樹がヘルメットについた砂を払い、再び被り直す。一見すると落ち着いているようにも見えるが、樹は自らの目を疑っていた。

 

(なんじゃ今の。……なんじゃあ今の!?)

 

 スライダー。多くの投手が使う最もポピュラーな変化球である。しかし彼女のそれはあまりにも異質だった。

 

 樹は対左投手が苦手というわけではない。そもそもどちらにしても打率が低いのであまり関係はないが、問題は相手投手―――恋川の投げ方である。一口にスライダーと表現しても、オーバースローやスリークォーターとサイドスローは変化が全く異なる。加えて彼女の腕の振りが綺麗に水平を描いていた事も影響していた。あそこまでサイドスローに割り切った投手は中学野球では中々いない。初見で打つのは至難の業と言えよう。

 

 二球目はあわやデッドボールという体付近から真ん中付近に入るスライダー。甘いコースと言えばそれまでだが、明らかなボールゾーンから変化したボールには中々手が出せずあっさりと追い込まれた。

 

 そして三球目。またも外角に逃げるボールにスライダーに手が出て三球三振。あまりの手応えの無さに樹は天を仰いだ。

 

 

 

 。今日の恋川の投球はまさに不安定、その一言だった。二者連続三振で0を刻むかと思われたがしかし。湖南にストレートを弾き返され三塁線を破る二塁打を打たれると、続く4番の最上にはバットを全く振らせない投球で四球。5番打者の足元にはにすっぽ抜けたスライダーが直撃し満塁に。

 

 そして6番、高橋の打席。

 

「スライダーは捨てた方がいい」

 

 と樹は高橋にアドバイスしたものの、ストライクゾーンから一気にアウトコースのボールゾーンまで曲がるようでは見極めようがない。追い込まれてから一球は粘ったものの、結局5球目で空振り三振を取られた。恋川が短い声を上げてベースラインを軽く飛び越えて安堵したように声を出した。

 

「よーしよしよし!! 結果的に無失点だから問題なーし!!」

 

「テンポが悪か。今みたいなピッチングじゃ守る方も退屈じゃ」

 

「あっ酷い阿久留君! 私褒められて伸びるタイプなんですからね!!」

 

「……せめてこっちに飛ばさねぇか。アピールもなんも出来ないまま勝手に自滅されちゃこっちが困る」

 

「石神君まで!? 褒めてよ~もーう!」

 

 恋川夢路の本日の成績。1被安打2四死球3奪三振、自責点ゼロ。後に「ブロードウェイ恋川」と噂、されるかどうかはまた別の話である。

 

 

 好守を交代しゲームは8回裏。投球練習に上がったのは1年生の御影(みかげ)綺都(あやと)だ。右手にグラブを構えて左腕を振りながら状態を確認している。

 

(……ん? 左?)

 

 その背中を見つめながら、樹は違和感を感じていた。中学の時に耳にした時の御影は右投げだったはずだ。その証拠に、食堂でも右手で箸を持っていた。ではなぜわざわざ左で投げるのか、疑問が残る。

 

(球は……そこまで速くねーな。変化球もそこそこだし、わざわざ左で投げる意味が……)

 

『いくら状態が良くないっいってもさ』

 

 そして樹の記憶が至ったのは体力測定の時の御影の言葉だった。なるほど怪我か。それも監督が心配するほどのものだからよほどのものなのだろう。それにしても利き手の逆で出場する執念に樹は感心していた。

 

「プレイ!」

 

 審判のコールで樹の思考は閉ざされる。そうだ、今は勝つことに集中しなくては。先頭、1番の石神が打席に入る。樹はグラブをぽん、と叩いて姿勢を低くした。

 

 初球、やや真ん中によった直球を打ち損ねた打球は三塁線を切れていく。続く2球目に緩いカーブボールを見せて3球目のボールを弾き返されるもファーストの正面をつき1アウト。続く打者に対しても微妙に動く変化球を詰まらせてアウトに打ち取った。

 

(……サウスポーに転向したてにしちゃ上手い。上手いけど、これといって光るものがあるわけじゃない)

 

 中学生時代とはいえ全国大会を幾度か経験している樹はある程度目が肥えている。その目からすれば、御影のピッチングはいささか凡庸に思えた。転向したばかりの投手に注文を付けるのは酷な話ではあるが、これといった強みが無い。球速も変化球も平凡。コントロールは悪くないが、精密という言葉にはまだ遠い。

 

(これじゃクリーンナップ相手はきついぞ)

 

 そして樹の予感は的中した。3番、姉崎に対しての5球目。金属バットの高い音が響き、樹の頭上を高く越えた打球は右中間を真っ二つに破る。ライトからの中継を受けた樹がボールを手にした時には姉崎が既に二塁に到達していた。土煙をあげる事も無い余裕のツーベース。1点差をキープしたい2軍にとっては最悪の場面。今日ホームランを打っていた近江戸が4度目の打席に入ろうとしていた。

 

 

 

「どうするよ」

 

 左手を開いたり閉じたりしながら見つめる御影の元へ樹が駆け寄る。

どうするか、とういうのは敬遠か、真っ向勝負のどちらの選択をするかというものだった。

 

 俯いたままの御影は答えない。その代わりに一つ、息を深く吐いた。

 

「おーい? 聞いてんのか? おーい?」

 

「……ゲームでいうボスってところか」

 

「はい?」

 

「やっぱボス戦が一番盛り上がるよね」

 

 御影が顔を上げる。そう言って彼は()()にグラブを付け直した。

 

「あの人は()()()で抑える」

 

「……え、投げられんのか?」

 

「制限付きだけどね。いいでしょ、秘密兵器って感じで。それにさ―――」

 

 そう言って彼が右手で示した先には近江戸がいた。長躯に握られたバットからは他の打者とは違う、ずしりとした確かな重さを感じさせる。一言で表すなら「チームで一番バットが似合う」男だ。光るような視線が樹たちの方を真っ直ぐに射抜いている。

 

「練習しておきたいしさ。痺れる場面での投げ方ってやつを」

 

 目に闘志を宿らせているのは近江戸だけではないらしい。それを悟った樹が御影の左肩を叩いて守備位置に戻っていった。

 

 

 試合が再開され、御影がセットポジションにつく。左足を浮かせ、腰がぐるりと回る。先ほどのスタイルとは違う、弾けるような直球がキャッチャーミットめがけて投げ込まれた。

 

 一方の近江戸もボールを引きつけるように足を上げ、フルスイングで応戦する。つんざくような打球音と共に、打球がバックネットに直撃する。

 

「……ふむ、中々にいいストレートだ。ならばこちらも全力で応えよう」

 

 2球目、御影が投じたのはまたもストレートだった。高いコースながら近江戸のバットを動かしたのは先ほどよりもノビを増したボールのためだろう。詰まり気味のボールが三塁線を大きく外れて飛んでいく。

 

 そして2度首を振って投じた3球目。わずかに甘くなったストレートを近江戸は見逃さなかった。

 

 痛烈な打撃音と共に打球が一二塁間へと飛んでいく。

―――やられた。

そう唇を噛んだ御影の耳に、乾いたグラブの音が響いた。

 

 音の主はセカンドの樹だった。スライディングしながらグラブで掬い上げ、打球の勢いを活かして横へ一回転。すぐさまボールを右手に持ち替えて一塁へ送球した。ややふんわり気味の送球ではあったが、当たりが強かった事が幸いして余裕を持ってアウトになる。

 

 呆気に取られた様子の御影の視線に気づくと、樹が座ったままの体勢で右手でグッドサインを出した。

 

「……はぁ、いつまで座ってんの? ほら、手」

 

「お、悪ぃな」

 

 真っ先に御影が手を差し出したのは、敬意の表れゆえのものだった。練習試合、それも部内のものとはいえ普段動画で見るような好プレーに内心では胸が躍っていたのだ。

 

 御影の右手を借りて樹が立ち上がる。

 

「まぁでも、ナイスプレー。おかげで助かった」

 

「そりゃよかった。よし、そんじゃあ逆転すんぞ!」

 

 そう力強く宣言する樹に、御影は「あぁ、そうだな」と笑みを返す。樹の打席に回るまで、あと3人。

 

 8回裏終了 1軍 5ー4 2軍

 

 

 

 9回の表、ネクストバッターサークルの中。樹はにらみつけるような眼差しで試合の状況を見ていた。状況は2アウト、ランナーなし。1軍の勝利まであと1アウトまで迫られていた。

 

(あの人が一番球が速い)

 

 樹をはじめとして、2軍の選手たちが見入っていたのはこの回から投げている阿久留の球の速さだった。どっしりとした体重から放たれるボールは恐らく140km/hを超えている。両軍の中でも頭一つ抜けるほどの実力を持っていた。球種はさほど多くないように見えたが、それでも中堅校レベルのチームの2軍では打ち崩せそうにない。

 

(でも、こういう相手の方が燃えるんだよな。俺は)

 

 男は単純なのだ。力と力の勝負が好きだ。今すぐに打席に立って勝負したい。ぞくぞくするような感覚に樹の口角は完全に上がっていた。回ってこい、回ってこい、回ってこい……! そんな樹の祈りが通じたのか、阿久留の指先を滑ったボールは打者の足に直撃した。

 

「ぐえっ」

 

 短い悲鳴を上げて片足で何度もジャンプする先輩の姿を見て、樹は何だか申し訳ない気分になった。かなり歪んだ形とはいえ、自分に出番が回ってくる。とりあえず今はその結果を喜ぶべきだろう、と樹は息を吐いてバッターボックスへと歩き出した。

 

 残り1打席。延長は無い事を考えれば、樹にもう打席は回ってこない。ただ、そんな事よりも。

 

 ―――このピッチャーから打ちたい。単打じゃない。二塁打でもない。ホームランを打ちたい。樹の脳はこの対決のみに支配されていた。

 

 

 一塁をちらりと目で牽制して、阿久留が投球モーションに入る。モーションがやや長く、クイックモーションはできていると言い難い。ただそれは、打者集中という意識の表れでもあるのだろう。下半身から上半身へ力を伝導してやや斜め、スリークォーターの角度でボールが投げ込まれる。

 

(真っ直ぐ!)

 

 金属音と共に捉えた打球は三塁側のベンチの方へと飛んでいった。樹は一度バッターボックスから離れながらも脳内でさきほどの打球を分析していた。

 

 思っているよりもあの直球は厄介だ。バットが当たったから良かったものの、下手したら内野フライで試合終了だった。じんじんと響く腕を見つめ、バットをぎゅっと握り直す。

 

 樹には鬱憤が溜まっていた。それまでの打席内容が良くなかったというのもあるが、そもそも対戦した投手との投げ方が合わなかった。先発の牧野も横に近い投げ方をしていたし、三番手の恋川にいたっては左のサイドスローである。しかし目の前にいる投手はそれと対照的。正統派の投手である。ここまでの鬱憤を晴らすにはこれ以上ない相手である。

 

 ニヤリと笑いながら樹が再び打席へと戻った。阿久留の表情は変わらず冷静だ。マウンドから投げ下ろすように投じられた二球目。アッパースイングの樹のさらに下へと変化したボールにスイングが空回りする。フォークボールだ。

 

(くそっ、打ち気を利用されたか)

 

 ツーナッシングと追い込まれてからの三球目。外角に来たボールを打ってファールとなる。続く四球目のフォークは変化が早く打者の手前でバウンドしてボールとなった。

 

(こう来ると絞りやすいよな)

 

 樹の思考は体に残る熱とは裏腹に上手く回っていた。阿久留は今のところ二球種しか投げていない。そして先ほどのフォークは上手く落ちなかった。となれば―――。

 

(ストレート、一本狙い!!)

 

 右足を踏み込んで力いっぱいボールを捉える。きぃん、と音と共に打球はレフト方向へと飛んでいった。




ほんっっとに更新遅くなって申し訳ないです。
文字数はそこまで書けませんが、頑張って続けようと思っています。

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