橙色の空   作:通りすがりの猫好き

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いよいよ高校編スタートです!
募集したキャラもどんどん出していこうと思います!


高校1年目編
出会って五分で勝負


「さて、ここが今日から君の寮になる。まぁそこまで広くはないが、好きに使って……」

 

「あざっす! じゃ、俺練習したいんで!」

 

「あっおい待て……ったく今年の一年は大変そうだな」

 

 今日入寮日を迎える樹は事務員に連れられて寮へと案内された。必要最低限の荷物を置いた後、バットを持って樹は外へと駆け出す。これから始まる新しい仲間、そしてライバルたちとの出会いを想像すると胸が高鳴って仕方ない。とりあえずそれを吹き飛ばそうと、こうして素振りをしようと―――。

 

「うわっ!?」

 

「おっと!」

 

 その曲がり角で人にぶつかった。これがもし女子との出会いであれば恋愛に発展するかもしれないが、残念ながら相手は男子だ。後ろに長いドレッドヘアーをした青年、ぱっと見の印象はイカした髪型してんなというものだった。

 

「悪ぃ、大丈夫か!?」

 

「あ、うん。怪我はないよ。……君は」

 

「すまんな。あーあ、荷物がバラバラになっちまった」

 

 宙を舞って散らばった荷物を樹が拾い上げていく。鞄やプリントに埋め尽くされたその中に野球のグローブを見つけた。

 

「野球道具? ってことはお前、野球部に入るのか!? 奇遇だな、俺もちょうど野球の練習をしようと思ってたところなんだ。お前も荷物片づけ終わったらこいよ!」

 

 ほい、荷物。と整理し直したものを改めて渡し直す。そうして立ち去ろうとした樹の頭に電撃が走る。待てよ、あの特徴的な髪型にその顔には何故か覚えがあるぞ。かなーり前に新聞記事のスポーツ欄にその写真があった気がする。名前は覚えていないけど、確かあだ名があったはず。確か……

 

「もしかして『安濃津のハリケーン』……お前、そう呼ばれてなかったか?」

 

「ひょっとして僕の事知ってるの?」

 

「いや、あだ名をどこかで聞いただけなんだけどよ。だってお前のその髪型で野球をやってて、同じような奴はそうそういねーって」

 

「あはは……まぁ確かに。僕は滝野真吾(たきのしんご)。君の事は知ってるよ。橙山樹君、でしょ?」

 

「何だ、知ってるのはお互い様か。そう、俺こそが……」

 

「『三重のロマン砲』、だよね」

 

「どぁれがロマン砲じゃい! ……ハッ、すまん! ついいつもの癖でツッコんでしまった!」

 

「癖になるくらい言われるんだ」

 

 それは一旦置いといて、樹にとってはこれからを共に過ごす心強い仲間だ。野球は投手のスポーツと言われるほど、投手にかかる比重も大きい。全国大会出場の実績を持つ彼が、古豪とはいえ最近では中々成績を残せていないこの津田商業高校に入るという事には大きな意味があるだろう。何だか仲良くなれそうな気もするし。

 

「でもお前レベルの投手がここに入るなんて珍しいな」

 

「ああうん、簿記資格を取りたくて。君こそもっと高いレベルの高校に行くのかと思ってたよ」

 

「ま、まぁな……」

 

 滝野の言葉に樹は曖昧な返答をする。他の強豪校から誘いが来なかった、とは口が裂けても言えない。主にプライドの問題で。

 

「そんな事より! 中学時代に対戦できなかったのが残念だ! お前からホームランを打つ事を楽しみにしてたのに!」

 

「……へぇ、僕からホームランを打つ気なんだ」

 

 二人の間に、乾いた風が吹いた。勘のいい人ならこの時点で歯止めをきかせるだろうが、樹はそうではなかった。それどころか加速していくのが樹流である。

 

「そうそう! だから高校に入って対戦したいと思ってたんだけどさ」

 

「君は全国レベルで通用していなかったじゃないか」

 

「……あ?」

 

「しっかり見てたさ。全国大会での君の醜態を。打率一割台? 僕なら自分から打順の降格を志願するくらいだよ。僕は少なくとも全国大会で活躍した自負がある。君なんかに負けるつもりはない」

 

 その言葉で樹の心にも火が着いた。無論、自覚無しとはいえ最初に仕掛けたのは樹の方ではあるのだが。

 

「カッチーン、今のは頭に来たぜ。おもしれぇ、だったら勝負しようじゃねーか! 野球の話なら野球で決着着けた方が後腐れなくていいよなぁ!」

 

「ああ、そうしようじゃないか! 君と僕との違いを見せてやるよ!」

 

「だったら先に顧問の先生にグラウンドの使用許可もらってくるわ! 今すぐ来いよ!」

 

「あ、おい待て」

 

「何だよ、今更怖気づいたんじゃないだろうな」

 

「荷物片づけるの手伝ってくれ」

 

「……あぁ~、うん。どれから持っていけばいい?」

 

 樹に着いたはずの闘志が目に見えてしぼんでいく。元はと言えば、滝野の荷物をぐちゃぐちゃにしてしまったのも樹である。とすればそれを片付けるのも当然と言えば当然である。仕方なく、樹はすごすごと片付けの手伝いをすることに従事することになった。

 

 

 湖南冬果(こみなみとうか)はこの春から津田商業高校に入学する予定の学生だ。歩くたびに白銀のポニーテールが春を感じさせる生温い風で揺れる。やや華奢なその見た目に反して彼女は元々、野球部が強いことで有名な名門校に正捕手として君臨していた程に優秀な選手である。その強肩と冷静な性格から、周囲からは「魔弾の捕手」とも称されていた。そんな選手を強豪校のスカウトが見逃すはずもなく、彼女には数多の誘いの声が舞い降りた。

 

 だがしかし、彼女はそれらを全て断った。「家族も飛躍もどちらも取るため」という言葉をつけて。彼女が津田商業高校に入ったのは、実家に近いから、そしてそこそこの実力を持った学校であるという理由であった。かつて古豪と呼ばれた津田商業で栄冠を掴むため、彼女はここへの入学を決意したのである。

 

 そんな湖南は現在、津田商業高校の校舎の中で白髪が目立つ老齢の教師と話していた。今は春休みであり、部活以外で訪れる生徒もいないために廊下の中は珍しく閑散としている。入学までにはまだ早いが、湖南には訪れた理由があった。彼は野球部の顧問であり、これからの練習に参加する事ができるのかを確認したかったのだ。ただ残念なことに、今日は野球部の練習は休みであったらしく、監督に就任する予定の人物も来ていなかったために足踏みをする結果に終わったわけだが。

 

「申し訳ないね。まぁ今度から監督になる人も厳しい人って感じはしないし、多分大丈夫じゃないかとは思うけど」

 

「それが聞けたら充分です。お忙しい中ありがとうございます」

 

「それにしても、よくここに来ようと思ったね。君は結構優秀な選手なんだろう? あの人も驚いていたよ、何で彼女ほどの選手がウチに来てくれるのかって」

 

「……私は、欲深い人間です。手に入れられるものは全て欲しい。それを叶えられるのがこの学校だった、それだけです」

 

 では、ありがとうございましたと湖南が頭を下げてその場を去ろうとする。馬鹿二人が姿を現したのは、その瞬間だった。

 

「たのもー!! ここに野球部の顧問の先生がいると聞いたのですが!」

 

「あ、うん。顧問は私だよ。君たちは?」

 

「僕たちはこの春から野球部に入部する予定の生徒です。僕が滝野で、こっちが橙山です」

 

「野球部……」

 

 思わず湖南から声がこぼれる。彼女にとってはこれから二年半近く、チームメイトになる人間だ。だから二人どういう人間か、気になって足を止めた。

 

「滝野君と橙山君ね。それで、どうしたの」

 

「ちょっと今から勝負をしたくてグラウンドをお借りしたいのですが! いいでしょうか、いいですよね!」

 

 こういう時の樹はある意味頼りになる。押しが強くて、意思が弱い人間なら簡単に押し通してしまうからだ。

 

「え、そうだな……。終わった後で片付けをしてくれるなら別に構わないけど」

 

「よっしゃあ! 後はキャッチャーだな、どうするよ!」

 

「今日部活やってないらしいし、最悪の場合壁を背にしてやるかだね」

 

「それでしたら、私がやりましょうか」

 

「「「え?」」」

 

 思わぬところからの少女の参戦に、滝野も樹も、そして顧問の教師もが共に目を見開く。見た目は平均的な身長の至って一般の女子だ。それが突然キャッチャーをやるといったものだから、驚くのも仕方がない。教師が心配そうに口を開いた。

 

「いいのかい、君は今日制服だし見学に来ただけだろう?」

 

「大丈夫です。私自身、少し体がなまっているかもしれないと思っていたところですから。私、これでも中学時代は一応キャッチャーをやっていたんです。ですから腕には自信があります」

 

「マジか! ラッキー、だったらやってもらおうぜ! 防具なら備品があるでしょ。っておいどうした滝野」

 

「……いや、何でもないよ」

 

 何か言いたげな滝野を差し置いたまま、話はどんどんとまとまっていく。くれぐれも怪我の無いようにね、という教師の声は果たして届いたのか。それは当人たちにしか分からない。

 

 

「よーしじゃあ五打席やろうぜ! それでぱっと見優勢なヤツが勝ちって事で!」

 

 金属バットを手に、樹がマウンドに向かって大きく声を出す。なぜか備品入れの物置の中にはへしゃげたバットが何本か入っていたが、ともかくまともなバットが見つかってよかった。その先には防具を装着した湖南と話し込む滝野の姿が見える。

 

「やっぱり備品の防具はあまり良くないですね……汗臭いし少し古い。まぁ昔の物であるのは仕方のないことですが」

 

「それで、スカートは大丈夫なの?」

 

「問題ありません。キャッチャーというポジションはこの勝負で動くこともそうありませんから。それに私、この下にスパッツをはいておりますので」

 

「言わなくてもいいのに……」

 

「そんな事より、あなたの持ち球を教えてください」

 

「えーっと、まずストレートでしょ? あとはシンカー、カットボール。それとスライダー」

 

「なるほど、一番自信があるのはスライダーなんですね」

 

 ピッチャーという生き物はどうやら最後に自分の決め球を言う習性があるという。湖南はそれをよく理解していたため、それが最も自身のある球であると判断した。

 

「まぁでもそこまで気合を入れなくてもいいよ。なんせ相手はロマン砲だし」

 

「ロマン砲、ですか」

 

「そ、当たれば飛ぶけど結局バットには当たらないからロマン砲。シニアの全国大会ではさっぱりだったみたいだし。まぁ油断する気も負ける気もないけど」

 

 そう言って滝野は目をギラつかせる。そうだ、あんな奴には負けるわけにはいかない。それが例え小さな勝負であったとしても。

 

「……勝ちたい気持ちはよく分かりました。リードは私が決めます。二人で、あのバッターを打ち取りましょう」

 

「分かったよ」

 

 会話を終えて、湖南がキャッチャーのポジションへと帰っていく。さて、これから二人の能力も見極めておきたい。甲子園優勝を至上命題として掲げる湖南にとって、同級生になる予定の二人の実力を知っておくのはいい機会であった。

 

「っしゃー来いよ! あれから練習を重ねて生まれ変わったニュー橙山を見せてやる!」

 

「へっ、どれだけ努力したかなんて関係ないよ。それを語る時点で負けてるようなものさ」

 

「言ってろ、今に吠え面かかせてやるからよぉ!」

 

 二人の会話を片方の耳で聞きながら、湖南は考えを巡らせる。投手の滝野のボールがどんなものかも分からない。そしてバッターの橙山樹。彼の情報は、飛ばす力はあるが当てるのが下手らしい、という情報しかない。つまりは手探りで細かい情報を集めるしかない。

 

(だから、これはある意味腕試しです)

 

 構えたのは真ん中高めの釣り玉。一歩間違えれば危険なコースであるのは間違いない。けれどこれが互いの実力を計るために丁度いい。滝野のコントロールや球威を見る事が出来るし、樹がこれを振ってくれるならもうけものだ。樹はバットを肩に背負いながら、じっと投げるのを待っている。滝野が首を縦に振る。そして体をねじってサイドスローからボールを投げ込んだ。

 

(要求より少し高い……!)

 

「モルスァ!!」

 

 そして対する樹もフルスイングで答える。静寂からの轟音、という言葉が湖南の頭に当てはまった。ボールはキャッチャーミットに収まっている。だがしかし、その空振りが起こした風は投手の滝野にまで届いた。キャッチャーである湖南にも当然それは伝わってきている。樹の表情はというと、笑顔のままだ。

 

(何てデタラメなスイングスピード……! それに今のは最初から威嚇するつもりだった……!?)

 

「いい球じゃねぇか。だけどこれを打ってこそ意味があるってもんだろ!」

 

 実のところ樹は何も考えずに振っただけだが、それがある意味功を奏したのかもしれない。これで投手にも捕手にもプレッシャーがかかる。また湖南の頭の中を巡ったのはもう一つ、滝野についてだ。

 

(それにしても投手のあの投げ方、独特ですね……)

 

 連想されるのは、日本人としては初のメジャーリーガーが使っていたことで有名なトルネード投法。サイドスローだがあれと同じように体をひねり、ボールの球威を上げる。少し前まで中学生だったことを考えても中々に速い。注文を付けるとするならコントロールがお世辞にも良いとは言えない事か。しかし全国大会出場の経験を積んでいるだけあって実力はそれなりあるようだ。

 

「ふん、そこを振るんなら楽そうだね」

 

「あ!? たった一球空振りを取ったくらいで調子乗んなコラァ!」

 

(いけない。これくらいで怖気づいているようでは、全国制覇なんて夢のまた夢ですね)

 

 弱気ではダメだ、と湖南は心の中の帯を締め直す。投手の滝野はというと、その目には闘志がはっきりと宿っているのが分かる。あの空振りを滝野は肯定的に捉えたらしい。確かに冷静に考えてみれば、今のは明らかなボール球だ。それを振ってくれるのならリードする側としても楽である。

 

(では、次はこのコースにお願いします)

 

 今度のコースを決める。今度はあくまでも丁寧にを心掛けるようにジェスチャーを付け加えておく。そして二球目、投げられたボールは打者の手元で小さく変化して外角の低めへと収まった。左打者から逃げるように変化するシンカーだ。樹は手を出さなかった。

 

「今のはストライクで文句ないですよね」

 

「ああ、構わねぇ」

 

 念のための確認を取る。樹はごねる事も無くこれに応じた。これで2ストライク。わずか2球でバッテリーが追い込む形となった。野球において0ボール2ストライクとは圧倒的に投手側が有利となる。打者は際どい球であろうと手を出さなければいけないし、投手は少なくとも3球ボール球を投げる事が出来るからだ。

 

(1球、様子を見ましょう)

 

 得体も知れない相手に3球勝負を仕掛けるほど湖南は焦ってはいない。じっくりと料理していくのがセオリーである故に、彼女は1球外すことを選んだ。コースは最初と同じ、真ん中高め。さっき振ってくれたところだ。気合の乗った声とともに投げられたボールは要求と少し高めに浮いたものの、もとより釣り玉を要求していたのだから問題はない。当の樹はというと、バットを出しかけたところで止まった。ギリギリ振っていない、ハーフスイングだ。

 

(そう簡単には打ち取れませんか……そろそろ仕掛けるとしましょう)

 

 カウントは変わって1ボール2ストライク。依然投手が有利なのは変わらない。仕掛けるには絶好のカウントだ。今度はストライクゾーンに構えた。そのサインに滝野は首を縦に振る。体をより一層大きくねじり、サイドスローから渾身のボールを投げ込んだ。

 

(来た! 低めへの直球!)

 

 狙っていた直球、それも見逃せばストライクゾーン。待っていましたと言わんばかりに口角を上げてバットを振るう。しかしそのボールは()()()()()()()

 

(直球を待っているのは様子を見れば分かりました。だったら直球だと錯覚させる球を投げさせられればいい)

 

 バッテリーが選択したのはカットボール。小さく変化して左打者である樹の体側へと曲がるボールだ。本来ならあまり空振りを取るような球ではなく、湖南もゴロを打たせることを想定していたが、樹は空振った。

 

「だー、ミスった! そこで変化球かよ!」

 

「常に打者の裏をかくのがキャッチャーとしての仕事ですので」

 

「意外とやり手だな。いやでもまだ後4打席もある! その間にデカいの一発ぶち込んでやるよ!」

 

「口だけじゃ無ければいいけどね」

 

「言ったな滝野テメェコラァ!」

 

 

 それから数分後―――。

 

「さっきまでの威勢はどうしたんだい?」

 

「うるっせーな、まだやれるっての!」

 

 ここまで4打席全てで樹は凡退している。勝負はほとんど滝野が勝ったようなものだ。その成績は三振2つ、内野ゴロと平凡な外野フライがそれぞれ1つずつだ。

 

(にしても、厄介だなこのバッテリー)

 

 樹が舌を巻いたのは投手だけではない、捕手のリードもだ。とても今日初めて会ったばかりとは思えないほど二人の息が噛み合っている。多少荒れ気味なコントロールも相まって打ちづらい。だけど、そろそろ目もボールに慣れてきた。凡退はしているが、当たるようにはなってきている。だから次こそは打ってやる。

 

 滝野の特徴的なサイドスローからストレートが投げ込まれる。コースは内角低め。樹がフルスイングで振ったバットの上に当たり、弾かれたボールは湖南のキャッチャーマスクに直撃した。その衝撃でキャッチャーマスクが落ちる。思わず樹が声を出した。

 

「あっ悪ぃ! 大丈夫か!?」

 

「平気です……これくらいの事、慣れていますので」

 

 そうか、なら良かった、いや良くはないかと樹は安心したように息を吐きながら素振りをする。大丈夫、ボールにはついていけている。だったら後はしっかり捉えて前に飛ばすだけだ。その二球目、左打者の外側へと動いて構える湖南に対して滝野が首を縦に振る。そしてボールを投げた。

 

 ーーー俺は今、何をしているんだ。石黒に対してプロになるとまで豪語しておいたくせに、同学年のバッテリーに今負けかけている。こんなんじゃ、あいつに顔向けできない! 鼓舞しろ、自分自身を! なりたい自分をイメージしろ!

 

「俺はっ、俺は日本一になるんだ! こんな所で負けていられるかよォ!!」

 

 バッテリーは、常に正しい選択をし続けていた。打者である樹の様子を観察し、その狙いを上手くかわし続ける事が出来ていたのだ。しかし、惜しむらくはこの一球の要求が甘かったことにある。野球において勝負が決着するのは一瞬だ。そこにどんな過程があろうとも、全ては結果という一言の前に塗りつぶされるのである。

 

 大きく前足を踏み込んでのフルスイング。そして耳をつんざくような打球音。橙色の空に溶けていくそのボールを、バッテリーは見送る事しかできない。

 

「完璧だな……」

 

 キャッチャーの湖南にすらも届かない声で樹がつぶやいて、バットを放り投げる。そしてボールがようやく着弾したころ、今までの鬱憤を晴らすかのように大きく声を上げた。

 

「見たかぁ!! これが橙山樹の実力じゃあい!!」

 

 逆方向への大きな一打。誰もが一目で分かる、ホームランだ。

 

 

「それでは二人とも、今日はありがとうございました」

 

「いやいや、こっちこそ急に付き合わせて悪かったな」

 

「……」

 

 校門の前で、湖南が頭を下げる。そろそろ日も落ちてきそうな時間帯だ。妙にすっきりした様子の樹、それとは対照的に滝野はうつむいて何も話さない。

 

「勉強になりました。一緒にプレーするのが楽しみです。今度は、橙山さんも味方として」

 

「ああ! そろそろ暗くなる時間だから帰りは気をつけろよな!」

 

 じゃあなー、と大きく手を振る樹の横で滝野も小さくながら手を振る。ただそれよりも、滝野は敗北の苦汁の味を強く噛みしめていた。あの打席の、あの一打が何度も頭の中でリフレインする。あの時スライダーを投げていれば。あの時もっと低めに集められていれば。あの時、あの時、あの時。分かっている。勝負にもう一度は無い。だからこそ、不用意だった自分が腹立たしくて仕方がないのだ。ああ、今すぐ暴れ出したい気分だ。本当に変われていないのは自分なのかもしれない。

 

「さてと、じゃあ俺らも決着つけるとしますか!」

 

「は?」

 

 湖南の姿が見えなくなって、ひと段落着いたかのように樹が発した言葉に滝野は耳を疑った。勝者はホームランを打った樹の方であって、自分ではないと滝野は思っていた。だって、そうだろう。5打席で打率2割、1本塁打は普通野手の勝ちだ。

 

「……いいよ、君の勝ちで」

 

「おいおい、投げやりになるのかよ? まだ勝負はついてないだろ」

 

「ついただろ! ホームランを打った、それだけで君の勝ちだというのは明白だ」

 

「あぁ? そういうわけにはいかねーな。2三振しておいて勝ちだなんて言えるほど俺は馬鹿じゃねぇぜ!」

 

「それに、キャッチャーもいなくなった。どうやって決着をつけるんだよ」

 

「それはな、究極の心理戦……」

 

「……?」

 

「ババ抜きだ!」

 

 なんだそれは。思わず滝野は吹き出した。不思議そうにこちらを見る樹をみると毒気を抜かれてしまう。この男は、本当に自分が勝ったと思っていないらしい。

 

「いいじゃないか、受けてやるよ()

 

「よっしゃ! じゃあやろうぜ()()!」

 

 この男とならば、嫌いだった自分さえも変えられるのかもしれない。そんな淡い期待を抱きながら滝野は歩き出した。

 

 その後、学生寮にて。

 

「おいこら真吾、往生際が悪いぞ! とっととその指に入れた力を抜きやがれ!!」

 

「そういうわけにはいかないね! 勝つのは僕だ!」

 

「だからこれを選んだ時点で俺の勝ちだろうが! はよ取らせろやぁ!!」

 

「嫌だねぇ―――!! ここは通行止めだ、他のを選ぶんだな!!」

 

「もう片方確実にババじゃねぇか!! 誰が取るかよバカヤロー!!」

 

「うるっさいなぁ……! ゲームに集中できないじゃん。上級生かな? できれば同じ野球部であってほしくはないんだけど」

 

 寮中に響き渡る声でババ抜きをする二人の下の階で、とある少年がぼやいたのは誰も知る由が無い。




えー、今回はですね。
滝野真吾君と湖南冬果さんに登場していただきました!
こいつこんなキャラじゃなくね? という意見があれば申し付け下さい。
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