橙色の空   作:通りすがりの猫好き

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お久しぶりです。
かなり間が空きましたが、よろしくお願いします。
今回も色んなキャラに出てもらっています。

また、近いうちに敵チームの募集もするのでどうかよろしくお願いします。


樹と愉快な先輩達

「君たち3年生の代表には、先に言っておこうと思ってね。何より心の準備が必要なものだと思うから」

 

 端を発したのはこの春から津田商業の監督となる男、真白優鵠(ましろゆうこく)の一言からだった。桜のつぼみがやがて開花しはじめる季節、練習中に呼び止められた3人の生徒が息をのむ。

 

「……それは、今の俺たちに必要なものなのでしょうか」

 

 やがて呟くように異議を唱えたのは、野球部のキャプテンにしてエースを務める牧野智治(まきのともはる)だ。責任感の強さと人を励ます力のある性格が買われ、上級生たちに主将のバトンを受け渡された人物である。だがそんな牧野もこればかりは不満を隠せない様子だった。

 

「気持ちは分かる。だけど『あの時こうしておけば良かった』だなんて思いたくはないだろう? 大丈夫。今は無駄かと思うかもしれないけれど、これにも意味がある」

 

「ですが……」

 

「はああああああ!?」

 

 食い下がる牧野の横で、次に大声を出したのは中学生かと見紛うほどの身長をした少女もとい淑女、姉崎凪沙(あねさきなぎさ)である。自慢の青い髪を揺らしながら、彼女は信じられないといった様子で顔を真白へと近づける。身長差があるとはいえ、その声量に思わず真白がたじろいだ。

 

(そうだ、言ってやれ姉崎。こんなものをやる意味が分からないと)

 

「やるに決まってるでしょそんな面白そうな事! 上級生としてこんなに心躍る事は無いわ! あぁ、考えただけでワクワクしてきたわ! ね、あたしは何をすればいいかしら!」

 

(そう来たか……)

 

 呆気なく希望が打ち破られ、がっくりと牧野が頭を押さえる。そういえば彼女はそういう人間だった。姉御肌というか、面倒見がいいと表現すればいいのだろうか。そんな彼女が、こういう行事に対して無関心でいるわけがない。どちらかと言えばむしろ嬉々として参加するような類の人間だ。これで賛成1、反対1。判断は、残された最後の一人に委ねられた。

 

「一応ここにいる三人の意見は聞いておきたい。それによって僕も行動を変えようと思う。君は、どうしたい?」

 

 真白がそう質問を投げかけたのは三人の中でも一際存在感を放つ大男、近江戸蒼太(おうみどそうた)だ。恵まれた大柄な体から繰り出される力強いスイングが武器とする彼は、プロ野球のスカウトからも右の大砲候補として一目置かれている。少しふらついている事から見ていて危うい存在ではあるが、意志はしっかり持っている人物である。

 

「あ、すいません。ちょっと空を眺めていました。今日はカラスがやけに多いなーって」

 

 普通の監督なら雷を落とすレベルの返答である。しかし真白が怒る様子は全く無く、やんわりと対応していた。

 

「大丈夫だよ、何ならもう一度説明しようか?」

 

「いえ、大丈夫です。話はちゃんと聞いていました。俺は良いと思います、チームメイトとの親交を深めるのは重要な事ですから」

 

(お前ら二人はいいよな……高校を卒業しても野球を続けられるだけの実力があるんだから)

 

 牧野は今にでも大きなため息をつきたい気分だった。この二人はうちの野球部、いや全国大会常連の高校でも上澄みの実力者だ。姉崎はパワーが無いが、打席での対応力や野球脳にかけては頭一つ抜き出ている。彼女の実力があれば、プロの世界も決して夢物語でもない。近江戸に関しては前述の通りどの球団も喉から手が出るほど、ドラフトでも上位候補が噂されるレベルの選手だ。

 

 片や牧野はというと、そんな実力を持ち合わせていない。キャプテン兼エースと言えば聞こえはいいが、ただ成り行きでそうなっただけだ。短いイニング限定なら自分よりもっとすごい球を投げられる後輩がいるし、正直何故エースなのか自分でもよく分かっていない。だから、どちらかというと練習に集中していたかった。少しでも長く球児でいるために。

 

「うん、それじゃあ準備を進めておこうかな。極力自分でやるつもりだけど、もしかしたら君たちにも何か頼むかもしれない。その時はよろしくね」

 

「ふふん、任せておいてください!」

 

 横で無い胸を張る姉崎をよそに、牧野の憂鬱な気分はしばらく取れそうにもなかった。同級生や後輩に対する説得もしないといけないし、指導してもらえる時間だって減るかもしれない。まったくもって厄介なことである。もう今から頭痛がしてきた。面倒な監督が来たものだと思いながら牧野は練習に戻っていった。

 

 

「いやぁ、俺ら同じクラスとはな! やったな真吾!」

 

「樹も同じクラスか。はぁ……大変そうだな」

 

「おい今明らかにこっち意識して言っただろ。湖南は……残念、違うクラスらしいな」

 

「仕方ないよ、クラスが7つもあるんだから」

 

「他に野球部入部希望のやつがいればいいけど」

 

「僕はいいや。面倒ごとが増えそうだし」

 

「相っ変わらず愛想ねーなお前……」

 

 入学式から1日が経った日の朝、樹は机に座る滝野と話し込んでいた。そんな二人の会話を遮るかのように、教室のドアが開かれた。そこから出てきた顔は、入学式以前にすでに見知ったものだ。あの日話した白髪混じりの男の先生だ。

 

「はいはい、みんな座っておくれ。昨日自己紹介をしたけど、もしかしたら忘れている人もいるかもしれないからもう一回だけ話しておくよ。このクラスの担任で、野球部の顧問をしている前田一郎(まえだいちろう)だ。担当科目は国語、これから1年よろしくね」

 

(やっぱあの人優しそうだよな、とても運動部の顧問とは思えないくらいに)

 

 ぼんやりと樹はそんな事を考えていた。生徒の扱いにも慣れているようだし、何より温厚に見える。この人が担任ならあまり叱られなくて済みそうだな。

 

「えー、ホームルームを始める前にまず一言伝言を預かってきた。『野球部入部希望の人は今日の放課後14時に家庭科室に集まるように』、だそうだ。じゃあ今日の連絡事項を話すぞー」

 

「はぁ!? 何ですかそれは! アメリカの野球部じゃそんなことしないですよ!」

 

 その言葉に立ち上がったのは、樹の少し前の席に座っていた男子だった。急に立たれたものだから、前が見えねぇ。しかし前田先生はそれしきの事で動じない程度にはベテランの教師だった。

 

「おーい高橋君、気になるなら後で説明してやるから今は先生の話を聞いてくれよ?」

 

「あっ、……はい」

 

 はて、高橋と呼ばれた金髪の男はひょっとして野球部志望なのだろうか。顔はいいけど突然アメリカの話を出してくるのにはクエスチョンマークが浮かぶ。それにしても、いきなり呼び出しか。これはいきなりの入部テストだったりするのだろうか。まぁ推薦で受かった俺には関係ねーか、と含み笑いを浮かべながら樹は前田先生の話を聞いていた。

 

 

「はいじゃあ今日の授業はここまで。次回から本格的に授業を始めていく予定だから、しっかり予習しておくように」

 

 気づけばもうお昼時。長いようで短かった授業を終えて、樹の腹はペコペコである。まだ授業もまともに始まってはないとはいえ、お腹は減るものだ。

 

「はー、疲れた! 真吾~食堂行こうぜ~」

 

「別にいいけど、僕に構ってていいのか? 野球部志望っぽい奴が一人いただろうに」

 

「良いんだよ、今はとにかく腹が減った! 飯食わねーとやってらんねーわ!」

 

 津田商業高校には他の高校にも負けないほどの強みが二つある。その一つがかなり大きめの食堂である。私立も顔負けのレベルの大きさで、食べ盛りな学生にとっては安くて大盛りもあるという天国のような場所である。メニューも日替わりランチからカレーライス、ラーメンはもちろんのこと、終いにはフライドポテトや焼きそばまであるという徹底ぶりだ。しかし、その分悪い点もある。

 

「うわー、混んでるな」

 

「……僕この中に突っ込んでご飯を頼む勇気無いんだけど」

 

 人気が高いがゆえに、密度がすごいのだ。お昼時、腹を空かせた学生たちという名のモンスターたちが群がった食堂は戦場となる。さすがに喧嘩が勃発するほどではないが、席の奪い合いもものすごい熱である。一般の生徒は食券を買って前に持っていくシステムで、寮生は費用を先払いする代わりに学生証を食券売り場にかざせば好きなだけ取れる仕組みなのだが、前に行くのが中々うまく行かない。これで総菜パンの販売もやっているというものだから、食堂のおばちゃん達の凄さが窺える。

 

 大体先頭を行くのはサッカー部や柔道部など、人とぶつかる事の多い運動部の学生たちだ。彼らは時として上手く人の波をかわし、時には力ずくで前に進んでいく。これが部活の練習の一環にもなるとか何とかとどこかで聞いたことがあるが、疑わしい。

 

「ええい、行くしかねぇだろ!」

 

「まぁここでご飯食べられないと他は売店くらいしかないし頑張るか……」

 

 軽く肩を鳴らして樹と滝野は人の群れの中に入っていった。樹は人ごみをかきわけながら、滝野はするすると波をかわすように。それぞれの方法で突き進んでいく。要領のいい滝野は次から次へと押してくる波を軽くさばきながらずんずんと前に出ていく一方で、樹は難航していた。目の前のマッチョ軍団に行く先を阻まれなかなか前に進まない。

 

『注文できたから先に席取っておくよ』

 

 少しして、樹のスマホに滝野からのメッセージが届く。どうやら彼は上手くやったらしい。

 

(だとしたら、俺だって負けるわけにもいかねぇだろ!)

 

 いらないところで樹のプライドにも火が着いた。ペースこそゆっくりだが、それでも確実に前に進んでいく。先頭まであと数十センチ。だがそこからがまた遠い。もうちょい! もう少し手が届けば……! そんな時、救世主が現れた。

 

「良かったら俺が向こうまで持っていこうか」

 

 樹にとって人を見上げるというのは久しぶりの感覚だった。いつの間にか現れたその人は、人ごみなんて関係ないかのようにずんずんと前に進んでいく。黒みがかった灰色の髪に仏頂面。そうだ、彼の名は。

 

「近江戸、蒼汰……!!」

 

「なんだ、俺のことを知っているのか」

 

 当たり前だ、今の高校野球界で知らない人の方がおかしい。そのパワーは高校一とも呼ばれる、強打の外野手。

今の津田商業高校野球部の打線の核。4番を張っている人物である。いや、それよりもいきなり呼び捨てしたことを詫びなくては。

 

「あっ、すいません……! 見ず知らずの人相手に呼び捨てなんかして、つい思わず……」

 

「別に気にしてない。それよりも食券を貸せ。持っていくんだろ。君は行列の後ろで待っていればいい」

 

「え、ありがとうございます……」

 

 樹から食券を受け取った近江戸は顔色一つ変えずに先頭へと進んでいく。力強さと細やかな技術を兼ね備えたその動きは、明らかにここの混雑に慣れている者のそれだった。

 

「はい、カツカレー」

 

「ありがとうございます」

 

 それから数分後、人の波をよそに立っていた樹のもとに近江戸が二つのおぼんを持ってやってきた。樹がカツカレーを載せたおぼんを受け取る。どうやら彼の昼食はラーメンらしい。

 

「でも、なんで……」

 

「君の事を知っているからだ、橙山樹。ではまた、後で会おう」

 

 そう言って近江戸は去っていった。樹も樹で滝野を待たせている、急がなくてはと歩き出す。その脳裏には、彼ほどの選手が自分の名前を知ってくれたことへのかすかな喜びが残っていた。

 

「へー、先輩に会ったんだ。それで何でそんな勢いよく食べてるの? 喉に詰まらせても知らないよ?」

 

「別に、モグモグ……お前には関係ないだろ……モグモグ」

 

「食べるか喋るかのどっちかにしなよ」

 

 その一方で人を見上げる屈辱を晴らすべく、体格を大きくしようと樹が決意したのは内緒の話である。

 

 

「はい、じゃあ今日のところはこれで終わりです。皆さん気をつけて帰るようにね」

 

 さて、昼食を済ませて帰りのホームルームを終えたところでカバンを整理する。樹の心は文字通り躍っていた。これから野球部の集まりがあるからだ。集合場所がグラウンドではなく家庭科室というところが妙に引っかかるが、そんなことは些細な問題だろう。もしかすると入部テストなんてものもあるのかもしれない。だったら臨むところだ。

 

「よし、じゃあ真吾。俺先行ってるから」

 

「え、そんなに急がなくても。……あ、行っちゃった」

 

 数分もしないうちに、樹は息を弾ませながら別の棟の二階にある家庭科室へとたどり着いた。少し迷ったので時間がかかったが、時計を見ると針は13時30分を回ったところだ。……そう言えば真吾を置き去りにしてしまったけれど、まぁいいか。時間も空いた事だし少し周りを歩いてみよう。そう思って1階に降りてみる。どの学年もホームルームを終えたようで、ぽつりぽつりと人が集まっていた。そんな中ひときわ目を引いたのは。

 

「お、重い……やっぱり一人でできるなんて言わない方が良かったかも……」

 

 お菓子の袋や様々なグッズを積み上げてよろよろと歩く少女の姿だった。身長をみたところ、多分同級生だろう。少なくともこんなちびっ子が先輩なわけがない。そんな体格をした少女が一人でお菓子を食べるとも考えられないし何かしらの準備か。とにかく手伝った方がいいか。あんな子を一人にしておくのも何か悪い気がするし。

 

「おい、大丈夫か?」

 

「え、あんた誰?」

 

 少女が怪訝そうな視線を向けてくる。白銀の瞳に、肩まで伸びた青い髪に前髪の白いメッシュが特徴的に映る。それにしても……何だろう、こちらを威嚇するチワワにしか見えない。声のかけ方が不審者だったか。いやでも、そりゃあ突然話しかけてこられたらこうもなるよな。

 

「どうだっていいだろ。強いて言うならそうだな……うん、とある同級生ってところだ」

 

「(こんな同級生いたかしら……?)」

 

「まぁそれよりもさ、少しくらい持つよ。アンタ一人で持つの辛いだろ」

 

「あ、うん……」

 

「じゃあ、よっっと……これどこに持ってけばいいんだ?」

 

「こっち。ついてきて」

 

 荷物を半分ほど持って、樹は促されるままについていく。入学して間もないというのに、すらすらと進んでいく様はまるで上級生のそれだ。

 

「そういやアンタ、名前は?」

 

姉崎(あねさき)よ、姉崎凪沙(あねさきなぎさ)。好きなように何とでも呼べばいいわ」

 

「あーそー。それで姉崎。何でこんなもん持ってたんだ、それも一人で」

 

「ふふん、よく聞いたわね! 今から歓迎会をやるの! そのための準備よ!」

 

 一瞬だけ違和感を感じたが、すぐに樹は納得した。なるほど、高校に知り合いの先輩がいるからそれで祝おうというわけか。それにしても、祝われる側が準備をするというのはどうなんだろう。

 

「あんたも準備するんじゃないの? 歓迎会とか」

 

「いややらないでしょ。普通に考えて」

 

「えー、あんた体格いいから運動部でしょ? そういうのしないわけ?」

 

「いやいや……」

 

 だって入るのバリバリの体育会系の野球部だし。そんな部活が歓迎会なんてものをするはずもないでしょ、現実的に考えて。そんなことを考えている内に、彼女の足が止まった。

 

「運んでくれてありがと。じゃあここに置いてくれたらいいから」

 

「え、ここって……」

 

 樹は何度か目をこすって確認するが、間違いない。目の前にあるのは先ほどまで自分が待機していた家庭科室だった。ということは……どういうことだ? よく分からなくなってきた。

 

「うん? どうかしたのかしら?」

 

「あ~、え~っと、俺もここに用事があるっていうか……」

 

「? 歯切れが悪いわね。一体どういう」

 

 そんな二人の間を割って入る様にドアを開けて現れたのは、散切り頭に少しぽっちゃり気味の腹をした男だ。樹ほどの身長はないが、ずんぐりむっくりとした感じである。家庭科室の中はというと、電気が切ってある上にあまり陽の当らない場所であることからよく見えない。

 

「誰でもすか。……あぁ、姉崎先輩でごわすか。荷物を持ってきてくれてありがとうございもす」

 

「ふふん、これくらい何て事ないわ! それに親切な彼が助けてくれたし!」

 

 所々に方言らしきものが混じっているあたり、育ちはこの辺の人というわけでもないらしい。というか何弁? 聞いた事も無いし。いや、それよりも待つべきなのは彼が口走った言葉だ。

 

「せん……ぱい……!?」

 

 考えてみれば、思い当たるべき節がいくつもあった。歓迎会とやらの準備をしていた事、そして迷うことなく家庭科室へとたどり着いた事。それに本能的に気づかぬふりをしていただけなのかもしれない。まさか、まさか、まさか。嫌な予感が背筋をつたう。隣にいる彼女は。

 

(同級生じゃ、ない……!?)

 

「あれ? ちょっと、どうかしたの!? おーい、お―――い! どうしよう阿久留(あくる)、この人フリーズしちゃったんだけど!」

 

「多分だいじお(大丈夫)っと思いもす」

 

「ふ、ふふふ……」

 

「と思ったら今度は笑い出した!? どういう事!?」

 

 誤解がいろいろと重なった上でのこの惨状である。こうなれば、樹がするべきことは一つ。姿勢を良くして再度姉崎のもとへと向き直る。そして勢いよく頭を下げた。完璧な角度、間違いなく人生で一番見事なまでの平謝りである。

 

「すんませんっしたぁ!!」

 

 

「……それで同級生と誤解していたと。へ~、ふ~ん……」

 

 数分後、正座をさせられながら事の経緯を話す樹の姿がそこにはあった。話を聞いている姉崎の表情を見るに、機嫌が良いとはお世辞にも言えない。

 

「いや本当にすいませんでした。まさかあの身長で先輩だとは思わなくて」

 

「謝るのか煽るのかどっちかにしないさいよ! っていうか、小さくないし! 仮に小さかったとしてもこれは伸びしろっていうものよ! これから大きくなるもん!」

 

「それにしても先輩は可愛らしいですね、小動物にしか見えないです」

 

「かわっ……だー! だからそういうのが嫌だっつってんのよ!」

 

 姉崎は一瞬だけたじろいだ様子を見せたが、すぐに平静を取り戻した。……ダメか。『女子は褒めておけばどうにかなる』とどこかで聞いたことがあるし、思ったことをそのまま言ったつもりだったのだけど。

 

「とにかく許してください姐さん!」

 

「姐さん……中々いい響きがするわね。ってそうじゃない! もう……まぁいいわ、よく間違えられる事は事実だしそこまで怒ってないわよ。それよりも、今日はあんた達のための歓迎会なんだからあんたももっと気楽に構えてなさい!」

 

「でも、本当に歓迎会なんてやるんですか? ここ野球部でしょ。だったら『早速練習だー!』ってなると思ってたんすけど」

 

 野球部といえば体育会系の頂点といっても過言ではない。それゆえに熱血というか、練習もハードだ。練習に集中できるように寮に入ったつもりだし、厳しい環境で切磋琢磨していくのが当たり前だと思っていた。

 

「あたしは軽く説明を聞いただけだからよく分からないけど、新しくやってきた監督の発案らしいわよ。楽しそうだし、後輩の顔を面と向かって見れるチャンスだから賛成したけど、確かにどういう意図だったのかは聞いてないわね」

 

「ですです(そうそう)。それはおいも同じことを思ってたでごわす」

 

「やっぱ謎っすよね……ってうおっ!?」

 

 暗闇からぬっと顔を出してきたのは、先ほどの少し太り気味で方言の混じった男性だ。あまりにも自然と会話に潜り込んできたものだから、樹は思わず飛び上がった。

 

「そういえばまだ名乗ってなかったな。おいは阿久留為武(あくるさむ)ちいいもす。二学年で、基本的には指名打者兼リリーフをやってもす」

 

 今の会話のところで突っ込みどころはいくつかある。サムってことはひょっとしてハーフなのか? とか、高校野球で指名打者なんて無くね? とか、何故わざわざリリーフだけ志望しているのか、とか。でもまぁ、いいか。樹はほとんどの思考を放棄した。

 

「阿久留さん、ですね。それで同じ事を思ってたっていうのはどういう意味なんですか?」

 

「どもこも(どうもこうも)言った事そのままでごわす。おいはこっちさ来るまで剣道をやっていたから、こういうのは当たり前と思ってもした。じゃっどん(だけど)野球部でもこういう事はやらないと聞いたでごわす。監督さんの度量がうかがえもす」

 

「なるほど、監督が少し変わった人なんですね」

 

「だからよ(そうそう)」

 

「……うん、だから? え? あれ、機能停止した?」

 

「おーい、樹。ってなんだこりゃ」

 

「よく見えないですね、電気はつけていないのでしょうか」

 

 そんな事を話している内に、ぞろぞろと学生たちが教室へと集まってくる。その中には滝野と湖南の姿もあった。

 

「おー、真吾に湖南! おせーよお前ら! ってか一緒に来たのか?」

 

「途中で会ったからな、目的地は同じだし。っていうか単に樹が早く着いただけでしょ」

 

「それにしても何をするんでしょうか。……まさか入部テスト、という事でもなさそうですし」

 

「何ってそりゃあお前」

 

「ダメ―――!!」

 

「んぐッ!?」

 

「ごめんごめん、何でもないわよ! 本当に何でもないから!」

 

 樹の話の続きは姉崎が彼の口を押えた事で遮られた。突然口をふさがれたものだから、当然呼吸が出来なくなる。ジタバタと暴れてその手を振り払って樹は姉崎に詰め寄った。

 

「殺す気かアンタ!」

 

「ちょっと耳貸しなさい」

 

「え?」

 

「いいから!」

 

 仕方ないので樹は恐る恐る言われた通り耳を貸してやった。身長差が大きな二人なので必然的に樹が屈む形となる。それでも差が埋まる事はなく、精一杯姉崎が背伸びしているのが見える。やっぱ先輩にはとても見えないな。

 

「この子たちには歓迎会って事は秘密でお願い!」

 

「はぁ!? じゃあ何で俺には伝えたんだよ!」

 

「声がでかいわぁ! だってあんたは無関係だと思ったんだもん、事故よ事故! とにかくあとちょっとの間でいいから秘密でお願い!」

 

「お、おお……」

 

「……何話してんの?」

 

 横を見ると、二人が不審そうにこちらを見つめている。確かにサプライズだし、ばらしてやるのも可哀想だ。努力してやろう。

 

「い……いやー、何やるのか全く見当がツカナイナー! た、楽しみダナー!」

 

「本当に?」

 

「マ、マジに決まってんだろ」

 

「(何か隠してるな)」

 

「(隠してますね)」

 

 滝野も湖南も顔を見合わせてお互いの考えが一致している事を確認した。嘘をつくにしたって下手すぎるが、二人とも大人である。知らぬふりをしてあげることにした。

 

「あっそ、それにしても先輩と仲良くなるの早いな」

 

「え、よく一発で今の人が先輩だって分かったな」

 

「だってその人、何か知ってそうだし。そういう事なのかなって」

 

「あぁ、そりゃあ色々あってな……ってそろそろ14時か。ってあれ、姐さんも阿久留さんもどこいった?」

 

 時計の針は14時を示すところだ。そして気づけば、先ほどまでいた先輩二人の姿が無い。本来の彼女ならさっきの発言に『どういう意味よ!』と食い下がってもおかしくないのに。そう思っていると、かちりという音と共に電気が灯った。明るくなっていく教室。明らかに素人が作った風船アートが映ると共に、クラッカーの音が鳴り響いた。

 

「「「サプラーイズ!!!」」」

 

 拝啓、石黒よ。元気にしているだろうか。しっかりしているお前なら元気にしているだろう。一方の俺は、入る学校を間違えたのかもしれない。




というわけで先輩との交流会(次回も)です。
鹿児島弁って難しいですね。そういうサイトとにらめっこしながら書いてます。
このキャラちょっと違うよ、などあればメッセージや感想にてお願いします。

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