ジムリーダーのピンチを知らせる実況が、キキョウジム内に響きわたる。
手持ちの余裕がなくなったハヤトは、それでも不敵に笑った。
「ようやく、風に乗ってきたところさ!」
勢い良く腕を振りかぶった彼は、モンスターボールを真上に投げつける。
天高く舞い上ったそれからは、猛烈な光が放たれた。
光が収まると同時に、
先ほど倒れたポッポの体長の三倍の姿形を誇る、
ポッポの進化系ポケモン「ピジョン」の姿が現れた。
観客はどよめき、対戦相手である子供は余裕をなくしている様子だった。
ワニノコはポッポのどろかけを食らい、目を何度か擦っている。
このまま登板させつづけるのは見た目にも難しそうな状況であった。
そんな様子を見た子供は、ワニノコを回収して代わりのポケモンを場に繰り出す。
場に出てきたポケモンはひょろっと細長い容姿をしていた。
「マダツボミ」だ。
マダツボミの塔と言う、その名を冠した場でよく見られるポケモンであり、
捕らえてきたということだろうか。
気合十分といった形で出てきたマダツボミだが、
すぐに対面するピジョンの姿を見て衝撃をうけていた。
空中を輪を描くようにゆっくりと飛び回りながら、
獲物の姿を視認していたピジョンはすぐさま、
場に現れたマダツボミにその鋭い爪で「たいあたり」をしかけた。
マダツボミはその細い腕をしならせて「つるのムチ」で迎撃する。
だが、そのムチはかすり傷を負わせこそすれ、
勢いに乗ったピジョンによっていとも容易く破られる。
どんっと強い衝撃がマダツボミを襲い、その目には星が浮かんでいた。
あっという間のダウン。場にいる聴衆はポカンとした後に、歓声をあげた。
ワッとその熱に俺も、皆も浮かされていた。
「なんと、なんと、一撃での決着! ジムリーダー ハヤト!
あっという間に不利な状況をひっくり返した!
これで残るポケモンは一対一の状況だ、わからなくなってきたぞ!」
実況が響き渡り、電子掲示板に表示されたマダツボミの姿にバツ印がつけられた。
――強い。ピジョンが活躍する姿を見て、俺も心が躍った。
「そちらも余裕がなくなってきたんじゃないかい?」
「………」
ハヤトの誘いに対して、無言で子供はマダツボミを回収し、再度ワニノコを繰り出した。
場に再度出たワニノコだが、目を擦るような動作は明らかになくなっている。
ポッポから受けた傷は残っているようだが、そこまで深刻ではないように見えた。
「なるほど、マダツボミは切り捨てて、ワニノコの命中率低下の回復に努めたのかい?」
子供の態度、ポケモンに対する冷徹さを感じたのかハヤトの言葉は一段と低くなった。
それに対しても子供は無言にて答えた。
「ならば、父さんに恥じないようにこちらは正々堂々と行くまでだ」
ハヤトがパチンと指を鳴らす。
その音を聞いたピジョンは勢い良く羽ばたきだした。
その場の空気が揺れる。
幼稚園児程しかない体躯から繰り出したとは信じられない程の、
ビリビリとした圧が翼から放たれる。
「ピジョン、かぜおこしだ!」
その颶風は、ワニノコを捕らえ絡みつくようにその姿を拘束する。
まるで切り刻まれるかのような痛みをこらえるようにワニノコは腕を抑える。
その暴力的な質量を身に受け耐えしのぎながら、じりじりと体力が削られていく。
「ジムリーダー ハヤト! 手心を加える気がないぞ!
このまま、勝負が決まってしまうのか!」
実況の言葉に「なんだよ、大したことねぇな」「流石ハヤトさん凄かったな」と、帰り支度すら始めている観客すらいるようだった。
俺の目からしてもこのまま逆転の目があるようには見えない。
羽ばたき続けるピジョンから、満身創痍のワニノコが取りうる手などもはや無いとしか思えなかったからだ。
――いい試合だった。そう思えた。
確かに子供の態度はあまりよろしくなかったが、年相応と思えばそうだろうし、
なにせピジョンの雄姿を見ることができた。
実家で飼っている身としてはどうしても贔屓してしまう。
どうせ、三連休初日だ。
明日は32番道路を抜けてアルフの遺跡にでも足を運ぼうかと、雑念を浮かべていた。
――刹那、螺旋状の水鉄砲がワニノコの口から放たれる。
苦し紛れに放たれたようなそれは、
「かぜおこし」から発生した円心上の気流に乗るように、ぐるぐると周りだした。
「悪あがきだ」「ポッポさえ倒しきれなかったような水鉄砲だ」
観客が口々に悪態をつく。
どうしても子供の態度が鼻について応援しきれないのだ。
実際、俺もその水鉄砲が大勢に影響を与えるようには思えなかった。
だが、そんな思惑とは関係なく、ぐるぐると水鉄砲は回り続ける。
何度かピジョンを掠めたがそのたびに華麗に上下運動をして直撃を躱し続ける。
「まだまだ、飛べるぞ!」
ハヤトはそう言い、かぜおこしの手を緩める指示を出さなかった。
実際、あと少しで押し切れるような局面だ。
マダツボミのツルのムチを受けたかすり傷は気になるが、
それでも水鉄砲一発で倒れるような体力でもない。
ピジョンは羽ばたき続け、ワニノコはその身を支え耐え続ける。
我慢比べだ。
非常に泥臭い試合展開であるが、逆にその緊迫した空気が観客を支配した。
ピジョンは鳥類特有の「するどいめ」でワニノコを、
ワニノコは爬虫類特有の凶悪的な眼でピジョンを「にらみつけ」た。
お互いが、お互いを一歩たりとも視線から外すようなことはない。
しかし、その視線の虚をつき、遂には飛沫がピジョンの姿を捕らえる。
バシャン!
バケツをひっくり返したような轟音が鳴りひびき、
ピジョンがその一撃を胸に受けて、地を目掛けて墜落した。
「…………え?」
「なんで? ポッポですら耐えきったのに」
静寂が、一瞬キキョウジム中をを支配した。
ざわざわと、遅れて観客たちが騒ぎ出す。
俺も、隣も、実況も混乱の境地に至っていた。
「し、信じられません! ですが、これは確かに真実なのでしょう!
一撃には、一撃を! ピジョン、なんと一撃でダウン!
華麗なる飛行ポケモン使い ジムリーダー ハヤト、挑戦者に敗れました!」
信じられないようなものを目にした俺たちに対して、
ハヤトは落ち着いているようだった。
「そうか、かぜおこしを耐え忍んだのは、体力を削ってワニノコの激流を発動させるためか……」
子供は帽子を目深に被り、こくりと無言でうなずいた。
その返答に対してハヤトはしばらく言葉を失ったようであったが、
「わかった…… 潔く、地に降りるよ」と目を瞑り、呟いた。