「長谷川長官、ヒ12船団は無事に門司に到着しました」
「ん。被害は?」
「ありません」
「ん」
光文17年も12月になろうとしていた。横須賀鎮守府の一角に創設された海上護衛総隊の司令部で司令長官の長谷川清大将は参謀の大井敦美中佐の報告に頷く。
「確かヒ12船団は輸送船10隻とタンカー12隻だったな」
「はい。合計で約70万トン近くの重油や航空ガソリンを確保する事は出来ました」
「ん。船団も整備をさせて再出航を可能な限り急がせるように」
「はっ」
大井中佐はそう言って部屋を退出する。長谷川は注がれたお茶を飲む。熱いほうじ茶であるが長谷川には有り難かった。
「ふはぁ……良いお茶だな……」
「Excuse me」
そう言って入ってきたのは軍令部次長の井上成実中将だった。
「あら、井上ちゃんじゃないか。まぁ煎餅でもどうだい?」
「それは結構……今日は輸送に関してね」
井上の言葉に長谷川は眼を細めお茶を啜る。
「ほほぅ。何か不都合でもあるのかい?」
「えぇ。輸送のペースをもう二倍程上げれないかしら?」
「……理由は?」
「……陸軍の増産に八幡製鉄所の資材が無くなりそうなの。今は製鉄所のペースを落として生産はしているけど予想では来年2月には資材が底を尽くわ」
「……おかしいな。資材が無くならないよう今の配分で輸送をしている筈だが?」
「そうは言ってもREALではそうなっている。理解してほしいわ」
(……ツンだなぁ……)
フンと井上中将はそう言う。この頃の井上中将は少々不機嫌だった。というのも例の温泉の件は井上中将の耳にも入っており五十子LOVEの井上中将からすれば赦しがたい行為だが五十子の幸せを願う一人の女としては将和の事を許していた。
だが少々は我慢出来なかったのは言うまでもない。それでも長谷川は苦笑しつつも資料を見せてもらう。
「……………………………」
パラパラと資料を捲った長谷川だが、一枚のところで止めた。
「……コイツだな」
「それは?」
「2ヶ月前に門司に入港したヒ10船団だ。コイツの輸送船2隻が大陸の厦門に機関故障で入港して遅れて門司に到着している」
「……どういう事かしら?」
「つまりは偽装していた……だろうな。恐らくは大陸の陸軍に援助物資として下ろしたんじゃないか?」
「……本当かしら?」
「あくまでも推測に過ぎないさ。何せ証拠は無い」
「ッ」
「オイオイ、何処行くの?」
「決まってるわ。陸軍省にprotestするのよ」
「待て待て」
今にも駆け出しそうな井上を長谷川はソファーに降ろして急須に入れていたほうじ茶を湯飲み茶碗に注ぐ。
「落ち着け井上ちゃん。お茶でも飲みなさいや」
「でもこれは……」
「大丈夫大丈夫。まぁ清ちゃんに任せておきなさいや」
(……大丈夫だろうかこの二等大将は……?)
他の大将クラスには三等大将扱を酷評している井上だが長谷川には珍しく二等大将扱をしている。なお、将和は温泉の件が無ければ一等大将扱だったらしい。今は二等大将扱である。
それはともかくとして取り敢えずのお茶をした二人は陸軍省に乗り込んだのである。
「やぁ長谷川さん」
「やぁ畑さん、今日は済まないね」
「いえいえ、どうやらうちの若いのがやらかしたようでね」
畑はペコリと頭を下げる。長谷川の隣にいた井上には信じられなかったようだ。大将格が軽々しく頭を下げるとは思ってもいなかったのだ。
「どうやら今回、資源を降ろしたのは奉天工廠での兵器増産を図る為に厦門に入港させたようだ。無論、それを仕向けた者、協力者らは既に憲兵隊が捕縛する予定だ」
畑の言葉に井上はホッとした。少なくとも陸軍は筋を通した。そう思っていたがそこへ口を挟んだのは長谷川だった。
「いやいや……そこまではしなくても良いですよ畑さん」
「長谷川さん……?」
「長谷川大将!?」
驚く二人を他所に長谷川はのほほんとお茶を啜る。
「彼等にも家族はいるでしょう……せめての温情で前線送りで良いですよ」
「……ハハハ、これは参ったな……1本取られましたな」
長谷川の言葉に畑は苦笑するのである。その後、総隊司令部に戻る中の車中で井上は長谷川に聞いた。
「長谷川大将、もし畑元帥が最初に捕縛していなかったらどうするつもりだったので?」
「ん? いやぁ……その時はまた別の事を言うつもりだったさ。例えば……陸軍の輸送船を海軍の輸送船に置き換えるとかね」
「……フフ、それは陸軍にしてはexcitingな話ね」
「だろうな。これは勿論内緒にしておいてくれよ」
「えぇ勿論」
「それと……八幡製鉄所の件だが、ヒ15船団とヒ17船団の出航を大幅に繰り上げる。恐らくは1月には内地に戻れると思うから八幡製鉄所も間に合うだろう」
「……良いの?」
「なぁに、構わんさ。困っている女の子を助けるのは男の役目さ」
「ッ」
ニカッと笑う長谷川に思わず井上は顔を紅く染めてしまうのである。なお、海上護衛総隊の編成は以下の通りであった。
海上護衛総隊
司令長官 長谷川清大将
参謀長 島本久美少将
参謀 大井敦美中佐
総旗艦『龍田』
第一護衛艦隊(内地~シンガポール)
旗艦
『夕張』
第一護衛隊
『神風』以下8隻
第二護衛隊
海防艦18隻
護衛空母『神鷹』『冲鷹』
護衛巡洋艦『香取』
特設水上機母艦2隻
第二護衛艦隊(内地~南洋諸島)
旗艦
『天龍』
第三護衛隊
『峯風』以下11隻
第四護衛隊
海防艦18隻
護衛空母『大鷹』『雲鷹』
護衛巡洋艦『平群』(旧『龍田』)
特設水上機母艦2隻
第三護衛艦隊(内地~満州)
旗艦
『若竹』
第五護衛隊
『若竹』以下8隻
第六護衛隊
海防艦12隻
なお、海防艦の建造配備はまだまだ増える予定である。それはさておき、同じ月の中旬頃、一人のパイロットがこの度復帰して第50航空戦隊の教官として赴任する事になった。
「せや、そろそろ新任の教官が来るんやったな」
今は50航戦に派遣されている淵田未央中佐であった。元は『赤城』乗組だったが『赤城』が改装中の今は練習航空戦隊に派遣されてヒヨコパイロットを海鷲に育てるのが仕事になっていた。そして0900頃に空母『瑞鶴』の上空を1機の零戦が現れた。零戦はゆっくりと『瑞鶴』上空を周回すると最後の第四周回の時に着艦したのである。
「お、一段目で決めよったやんか。こらおもろい奴が来たな」
着艦装置である制動策の一段目で着艦出来る奴は淵田も中々見なかった。そしてペラが止まった零戦の風防が開いて中から一人の男が這い出てきた。
「お、男やんか…………」
淵田は男を見てから脚を見て固まった。男の左脚は木の義足を装着していたのだ。男は右翼からゆっくりと降りて飛行甲板をガチャガチャと歩き淵田を見つけると敬礼をした。
淵田も慌てて敬礼をするのである。
「本日付で第50航空戦隊教官に赴任しました三好中尉です。宜しくお願いします」
「あ、こらども御丁寧に……淵田中佐です」
「成る程。淵田中佐でしたか、父からもよく聞いています。宜しくお願いします」
男ーー三好中尉はそう言ってガチャガチャと中に入っていくのであるが淵田は気にかかる言葉があった。
「父……って誰や?」
首を傾げる淵田であった。そして数時間後、将和が視察のために『瑞鶴』に乗艦する。淵田らは登舷礼で将和を出迎え将和も返礼する中、見知った顔を見つけた。
「将斉!? 将斉じゃないか!! 復帰したんだな!!」
「あぁ、まぁ何とかね。飛行の腕も大丈夫そうだから取り敢えずは教官からとしてやろうかなと」
「成る程な。いや、それでも俺は良いぞ。怪我しても生きてりゃ良いことはあるもんさ。それで真香ちゃんはどうした?」
「あー……それが……」
将和の言葉に三男の三好将斉中尉は言いにくそうな表情をする。それを将和も直ぐに察したのか済まない表情をした。
「済まない。此処で言うべきじゃなかったな。また後で話そう」
「うん」
そう言って将和がまた歩いていく。将和が物陰に消えると隣にいた淵田が驚きながらも将斉に口を開いた。
「あんた……三好長官の息子なん……?」
「まぁそうですね。一応三男ですよ」
淵田の言葉にアハハハと笑う将斉である。
「それじゃあんたも相当な腕なんやろな」
「さぁ……親父や兄達に比べると自分の腕は何とも何とも……」
淵田の言葉に肩を竦める将斉である。そしてその後、たまたま将斉は淵田と共に将和に呼ばれて久しぶりに親子の対面を果たしたのである。
「ニューカレドニアで負傷して佐世保の軍病院に見舞いして以来か?」
「あぁ……まぁコッソリとマリアナ沖大海戦にも参加していたけどな」
「何? 本当か?」
「うん。343空の笹井さんにお願いしてね。まぁ海戦終了後にコイツ(左足切断)の傷口が開いちゃったし軍病院から抜け出していたのバレたからまた入院してリハビリをしていたけどね」
「ハッハッハ。相変わらずの神出鬼没になっとるなぁ……マリアナでは何機落とした?」
「転移する前に聞いたのは74機落としていたみたいだね。まぁこれで漸く150機近くの撃墜は更新したけども……親父にはまだまだかな」
「何を言う。時代が時代だよ、俺のは複葉機だ、お前のが立派さ」
謙遜する将斉に将和はそう褒めるのである。
「それで……真香ちゃんとは?」
「……うん……左足切断のが向こうに響いたのかな。親御さんから婚約取り消しの手紙がマリアナ沖大海戦前に来てね……仕方ないっちゃ仕方ないかな。んで半場暇だから343空に参加しちゃった。ヌハハハハハ」
「お前な……まぁ命があるんだ。次があるよ」
ヌハハハハハと笑う将斉にそう慰める将和である。そして将和は淵田に視線を向ける。
「淵田中佐、まぁこんな奴だが教官でも構わんからビシバシしごいてやってくれ」
「ハッ誠心誠意やらせて頂きます!!」
淵田は将和に敬礼をし将和は満足そうに頷いて『瑞鶴』を退艦するのであった。将和の退艦後、淵田はボソッと将斉に喋る。
「あんた……凄いんやな」
「なに、たまたまですよたまたま」
「それでもやで。あんたは凄い事をやってるんや、自信を持ち自信を……な?」
いつもは眼を瞑っている位の糸目の淵田だが今は両目を開いて将斉を見つめる。その表情に将斉もフッと微笑むのである。
「な、何や。何か文句あるんか?」
「いえいえ何も……チャーミングだなと」
「う、うちがチャーミングやて!? アホ抜かすな!!」
「ハイハイ……」
恥ずかしさからポカポカと将斉の背中を叩く淵田であった。
実はなろうを含めて劇中初参加の三男将斉だと思う。
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