「侵食症候群……?」
「カウンター以外で侵食地帯に立ち入った者が発症する病状を総称してそう呼んでいる。今回は低レベルだったから確率は低いと思うが……この手の確率ってのはアテにならないからな」
「侵食症候群。急速か緩やかかは個人差はあるが大抵の場合は身体の細胞を蝕み、破壊、変異させてその身体能力を喪って行き、最終的に死に至る」
「僅かな可能性を考慮して、か。なら、その生徒は発症している可能性が……⁉︎」
「ああ、ある。初期では外見上からでは全く分からんし俺は医者じゃないから余計に分からん」
——正直な所、周りがカウンターばっかりだったからな。後、人工知能とか。だから、侵食症候群は話程度にしか縁が無い。最も別の意味で死の危険は孕んでいるんだけどな。
「ミゾレ。その生徒の名前は? 聞いていないのか⁉︎」
「……簪、としか聞いていないな。苗字があるのかどうかは知らんが……」
「やっぱり……‼︎ この時間帯で整備室。そして、あの未完成の機体……当たって欲しくは無かったのだけど……」
「何だ、知り合いか? 顔とか似て居るなとは思っていたけどよ……」
「織斑先生。私、直ぐに簪ちゃんの所に行ってきます‼︎」
「ああ……行ってこい」
簪と言う名前を聞いた直後、楯無は飛び出すように整備室を後にした。
「……………侵食症候群か。治療法はあるのか?」
「残念ながら、完治したと言う話を聞いた事が無い。精々、延命措置するのが精一杯の状態だ。オマケにその治療と言うか悪足掻きの処方は社会保険とかの保険適用外だから金銭的負担が大きい」
——同僚の中にやたらと金に五月蝿い奴が居たな。
「……不治の病、と言う訳か。一応、ISにはシールドバリアと言うエネルギーによる防護壁があるのだが、その侵食とやらをシールドバリアで防ぐ事は出来そうか?」
シールドバリア。それはISに備わるエネルギーバリアの事。その存在故にISは世界最強の兵器の名を欲しいままにして居る。
「……命を担保にした実験になるだろうな。上手く行く保証は出来ないし、無数の死者を出す可能性の方が高いだろうよ。だが、カウンター能力者以外で侵食に対抗する防護策は既に確立されている」
「本当か⁉︎」
「だが、造るにしても材料が足りない」
「そう言えば更識はお前が艦船を修理するのに鋼材が足らないと言っていたそうだな。その類か?」
「いや、この世界では手に入らない資源だ。本音を言えば、コレの概念を説明したくは無かったが……背に腹は変えられん。必要なのはコレさ」
——この世界でなくてもエタニウムの無い世界では確実に内紛が起きるだろうな。主に新たなエネルギー戦略と言う名目で。
そんな事を内心、抱えながらミゾレは懐から紫色に光る鉱石の欠片を千冬に見せた。
「コレは、一体何だ?」
「俺達の世界では重要な戦略資源に該当する希少鉱石、エタニウムだ。主に裏世界、カウンターサイドで産出される鉱石で多量のエネルギーを内包している。そしてその最大の特徴は侵食を防ぐ能力を持って居ると言う事だ」
「‼︎⁉︎」
エタニウムはカウンター以外で侵食現象に対抗する唯一の手段であるが為に少量であっても非常に高価な金額で取引される。その為、違法採掘が後を絶たないわ海賊が強奪行為に精を出すわと騒乱の火種にもなり得る。
「各種の装備品にも使われるし、艦船の各所にも使用されるし、抽出したエネルギーを用いれば強固なシールドを形成したり次元跳躍も可能となる。だから年々、エタニウムの価値は高騰するばかりだ」
「ミゾレ。仮にISにそのエタニウムとやらを用いた技術を搭載したら……」
「少なくとも侵食現象に抵抗力を付与する事は可能だ。事実、エタニウム技術による人工知能を搭載した機械兵器は既に実戦配備されている。不可能では無いさ」
フィーチャーアットウォーは最もたる企業と言える。あの企業は決戦兵器と呼ばれる人工知能搭載の機械ロボットを作り上げたのだから。
「そうか。しかし、この世界には無い鉱物……か。然も次元跳躍も可能にする技術。本当にお前の世界は科学技術が進歩しているな……」
「その代わり血反吐を吐きながらのマラソンを続ける事になる。世界を跨いでな」
——モネカが偶然見つけてしまったあるデータ。其処には信じたくない現実が記録されていた。恐らく元准将殿も何処かで似た様なデータを発見してリプレイサー事件を以って救済を求めたのかも知れない。
「此処まで知れば俺の計画も大凡、読めるんじゃ無いのか?」
「そうだな。この世界で艦船を修理して裏世界に飛びエタニウムを確保して更に跳躍して帰還を目指す……そんな所か」
「大体、その認識で間違いは無い。本当はエタニウムの話はしたくは無かった。侵食体が現れた件は希望的観測であっても当たって欲しくは無かった。最低でも脅威と認識するのは当然……そして昨日、織斑教諭は言ったよな? 俺の世界の話はするなと言う事。ソレも理由の1つさ」
異世界人の上に未知の技術。エタニウムによる革新的なエネルギー戦略の向上性。化石燃料に頼り切りでエネルギーの枯渇問題の解決は人類の夢だ。
「…………ああ、そうだな。だが、その侵食体が現れる事象が増えれば自ずと対策を練らねばならんくなる。恐らくだが最初からISを繰り出して」
「搭乗者の死亡を悪戯に繰り返す事になるだろうな」
「…………」
その光景は2人とも容易に想像出来た。お互いの想像の仕方は異なるがいずれにせよ地獄の様な光景である事に変わりは無い。
「……なぁ、侵食ってのは無差別なのか?」
「無差別と言えば無差別だな……」
「そうか……次も起こるかどうかも分からないんだな」
「ああ、その通りだ」
「頭の痛い話だな……。はぁ、昨日今日だけで内容が濃い限りだ」
「想像出来ない光景だろ? 異世界の技術を目の当たりにしても必ずしも良い方向に行くとは限らない……」
——この世界で侵食体が現れた。恐らくいつの日か『ゲーム』は始まる事になるかも知れない。それは明日か、それとも数百年先か……それは分からない。
「………かも知れん。話は理解は追い付かないが分かった。一先ず、その残骸は隠蔽する他に無い。お前以外で異世界の存在の証明となってしまうからな。そうなれば世界は瞬く間に嫌な意味でパニックだ」
「任せて良いか?」
「ふん。良いだろう。全く、今年は厄年だな……もし、侵食体や裏世界……カウンターサイドか。その存在が公になってしまったら……隠し通すのは無理になるやも知れん」
「その時はその時、どうするかまた考えるさ。だが、そんな日は来ない事を願う限りだ。本音を言えばそうなる前に帰還を目指したい所だよ」
「…………そうだな。コレばかりはお前に文句を言っても仕方の無い事だ。お前は我々から見て異世界からの客人に過ぎない。何れはこの世界から去るのは分かりきって居る事だからな。この世界で起きる事はこの世界に住む者達が解決する事だ」
「………………そうか。無責任と言うよりもそうであってくれ」