——本音を言えば寝たいと思う時なんて殆ど無かった。
——理由は……今、見て居る夢だ。
『…………』
——昨日の様に思い起こさせる光景。それは黒土の砂埃が舞う倉庫みたいな場所。いいや、倉庫だ。其処には大勢の人間が居た。
『…………』
——大半は子供。ボロボロの服とも言えない布切れ程度の粗雑な服。焼け跡や千切れた跡は其の儘の見窄らしい服装。いいや、この
『…………』
——夢とは記憶の整理とも言われて居る。そして忘れていた筈の記憶は本当は忘れて居ない。
それは思い出せないだけだ。思い出せないから忘れたと言うし忘れたから記憶に無いと言う。
そして忘れたい記憶は思い出したくないから忘れようとしている。
『…………』
——時折、何人か出て行くが、誰かが何人か入って来る。出て行った人は、2度と帰って来なかった。初めて来た人は初めは泣いたり悲鳴を、嗚咽を上げていた。毎日、咽び泣く声音が響いていた。
『…………』
——だが、大人の声が聞こえると隅で蹲る。理由は簡単だろう。だが、殺しはしなかった。何故なら、使うのに能力は必要無かったからだ。
『…………』
——その時、出会った。あの子、彼女と。出会いと言えば偶々、隣に居た、と言う理由だった。
『…………?』
——脱色した色。無表情で霞んだ眸だったのを覚えて居る。良く目が見えないのか外の光景に関して余り興味を示して居る様には思えなかった。
でも、物音には過敏に反応したのを覚えて居る。仲良くはなれたのか思えば結構、不思議だった気がする。
『…………』
——……。断片か。夢と言うのは繋がってくれない事の方が多い。唐突に全く別の光景に切り替わる事なんてザラだ。
『……全く、妙なチビも居たモノだな』
——はは、今度はコレか。
『死にたくないなら強くなれ。戦い方は教えてやる。言っておくが、死ぬ気でやらないと強くなれんし、加減する気も無いからそのつもりでいろ』
——逆に死にたくなるんだけど、コレ? 思い返すだけで普通に黒歴史級。
『…………ほう、随分と粋がったガキが現れたな。軍の敷地に真正面から殴り込んで来るバカが居ると聞いて来て見れば……ふむ、良いだろう。私自らその力を測ってやろう』
『司令官⁉︎ 何を仰いますか⁉︎ あの者は部隊の半数を』
『だが、死んでは居ないのだろう? 昨今の情勢、生きて病院送りになるのは良い方だ。それに……中々、良い目をしたガキじゃないか。その挑戦を受けてやるのも年長者の務めと言うものだ。カイル、シルビア、ジェイク。それとドミニーク。手を出さないでくれよ?』
——うげ……今度はコレかよ。今、思い出しても怖かったんだけど。あの時は結構、無茶だったよな……普通に銃殺喰らっても可笑しく無かった。
『ミゾレさん、良く眠れましたか?』
「残念ながら、寝起きは宜しく無い。普通に過去の悪夢を見たからな……‼︎」
——……後半は兎も角、前半はクソにも等しい記憶だった。誰が好んであんな記憶を再録したいと思うか。
『……過去は過去です。私達は今、今日、そして未来へ向けて生きています』
「……ああ、そうだな。過去の事実は変えられんし、嫌な記憶とてその過去があったから今の自分が居る……」
——その過去が無ければ、俺は何処に居た? 考えるだけでも無意味な考察のifの世界だ。
『それはさておき、15,479,523,644時間42分ぶりにマトモな睡眠ですね。睡眠は貯金は出来ませんが、定期的に睡眠を取る事を推奨します』
「不眠症な上にショートスリーパーなんだ。寝過ぎで頭が痛いんだ……。それと」
「……野外で平然と寝れるなんて随分と図太い神経して居るわね」
艦船の上から見えたのは此方を見上げる楯無の顔であった。相変わらず扇子で口元を隠して居る。因みに扇子には『早朝六時』と書かれていた。
「生憎と、職業柄で何処でも寝れないとやってられないのでね」
——廃墟街なんて何処にでもあるからな。風雨や砂塵を凌げるなら何処でも構わない。家を持っていても……侵食の前では塵芥に同じ。
「さて、昨日の約束を見せに来たわよ」
楯無は指を鳴らすと光の粒子が集約され、楯無の隣にトランクケースが姿を現した。
「開けて見れば分かるわ」
楯無は片目を瞑りトランクケースを開ける様に促す。その通りに開けて見れば中身はトランク全てに埋め尽くされる日本銀行券の山だった。
「何の真似だ? いや、如何やって用意した?」
「やん♪ 乙女の秘密よ。言ったでしょ、ちょっとダーティな方法を見せて上げるって。私は生まれた家柄、綺麗事だけでやって行ける程に優しくないの」
「……そんな真似をする理由は? 単純な慈善と言う理由じゃねぇだろ」
優しさと言う言葉程、恐怖を抱かせる感情は古今東西、存在しない。理由無き優しさならば尚更だ。全ての『優しさ』は理由があるのだ。
「情報料」
「何?」
「貴方の世界の話の値段。理由としては充分でしょう?」
「随分と高く付けたな。返って裏があると公言して居ると思うが?」
「……極限状況下で理性と言うモノは制御出来るモノかしら? そう考えれば安い方じゃない? ほら、良く言うじゃない。『金か暴力』って。貴方の言葉は本気そうだし、それらの被害額に比べたら安上がりよ」
「…………成程。まぁ、間違いでは無いな。情報料、か」
——俺が無茶な真似をするのを事前に阻止したかった訳か。確かに建物を複数、潰すだろうな。パイセンに至ってはブッタ斬るし。
「この事は皆には内緒でお願い。まぁ、貴方は秘密主義っぽい所あるけど」
「使い道は艦船の修理費用だけで結構だ。艦船の修理が終わり次第、エタニウムの確保して速やかに退散するさ」
「……よっぽど早く帰りたいのね」
「言っただろうが、悠長に構えていられる余裕は無いと。余った金は其の儘、返金する。彼方に持っていても管理局に二束三文で買い取られるだけだからな」
——無論、材料があっても直ぐには、と行かないのが悲しい所だな。それにエタニウムもそんな都合良く見つかる保証も無い。
「……そう。まぁ、その時が来るまでは宜しくね。貴方にも貴方の世界でやるべき事があるみたいだし。それを止める権利は私には無いし、私の住む世界の誰でも無い。あるとすればその世界に住む人よ」
ミゾレはこの世界にとっては招かれざる客人。この世界には本来、居ない存在。故に、何れは去る。それを引き留める権利は誰にも無い。
「ああ、別れの時が来るまではな。それで、何を頼みたいんだ? 単純に情報料を支払いに来た訳じゃ無いんだろう?」
——視線がある事に意識を割いていたからな。