「ああ、別れの時が来るまではな。それで、何を頼みたいんだ? 単純に情報料を支払いに来た訳じゃ無いだろう?」
——視線がある事に意識を割いていたからな。
「……! 何時、気付いたの?」
一度閉じられた扇子は再び開かれると『吃驚』と言う文字に差し替えられていた。如何言う手品かは知らないし興味は無い。
「視線がな……。その動かし方は何か別の事に意識を割いている動き方だったからな」
「……そう。気付いたのなら話は早いわ。ええ、折行って頼みがあるのよ。妹……簪ちゃんの事なの」
簪。整備室で発生した侵食現象に居合わせてしまった女子生徒。侵食地帯に滞在してしまった為に侵食の影響を危惧して病院に行く様に促した。後で知ったが楯無の妹であった、と。
「簪……ああ、彼女には悪い事をした。急を有するとは言え彼女のISの武装を借用した挙句にぶっ壊してしまったからな……。病院には行ったのか?」
「ええ、命に別状は無いし、特に目立った負傷は無く頗る健康体よ」
「………そうか」
その節では負い目を感じて居る。得物が足りなかった為に使って粉砕してしまったからだ。
「……話を戻して機体其の物やISコアが粉砕されなかっただけ僥倖よ。武装が壊れただけなら遥かにマシよ。一応、言っておくと試合の度に武器とかガタが来るのは当然なのよ。装甲も何回かオーバーホールする位だから其処の点は皆、一々、気にしないわ。私が言いたいのは別の事」
「別、か? 何だ?」
「……見たら分かると思うけれど、あの子のIS……まだ未完成なの」
簪本人も『まだ未完成』と言っていたのを覚えて居る。確かに色々と配線絡みが露出していた。
「ああ、本人から聞いた。ISとやらは見た限り、1人で造ろうと言える代物では無さそうだが……」
「…………言い難い事なのだけど1人で造らざるを得ない状況になっちゃった、と言えば良いのかしらね……」
「あん?」
——如何言う意味だ?
「ISってのは、国であれ企業であれ複数人の技術者が共同作業の末に完成するモノなの。専用機と呼ばれるモノならば尚更……企業専属では無い国家代表や代表候補生の搭乗機体なら認可した開発施設に製造依頼を発注して開発が進められるのが通例。でも……」
「トラブったか?」
「……そう、ね。ええ、説明するのに隠す訳にはね。トラブルが発生したのよ、簪ちゃんにとって、ね」
何事も滞りなく進めれば御の字ではある。しかし、何かしらの不具合やトラブルは付き物だ。それが不完全を完全とする人間の手で動かされる事象ならば当然の帰路。
しかし、人間は何事も完全や完璧を求めたがる。それが当然だと称して止まない……。
「簪ちゃんの専用機、打鉄二式の製造元は倉持技研と言う企業。本来ならば倉持技研で専門の技術者が機体を完成させて簪ちゃんに納品、受領される予定だった。ある大きな出来事が舞い込んじゃったの。それが、予定を大きく狂わせてしまったの」
「出来事ぉ?」
「……世界初の男性操縦者の発見、よ。織斑 一夏君。彼の登場で世界の認識は激変してしまったのよ。この世界は女尊男卑でISは女性にしか使えないと言う認識だった……それ故に唯一の男性操縦者である彼は様々な思惑の渦中にあるの。その一つが専用機の存在だった」
「…………命を狙われるから、か?」
「ええ、女尊男卑の風潮は恐らく貴方が考えるよりもずっと根深いの。過激と言っても良いかしらね……ISがあるから女尊男卑とも言うけれど何の関わりも無い女性も偉くなったと勘違いしているの。それ故にISを使えるのは女性だけと言う理由で本人は自覚は無いけれど命を狙われる状況にある」
「……自分が強くなったと考える奴は大概、早死する。良くある光景だろう」
粋がってくたばる若造は腐る程、居る。カウンターとして初仕事で死亡する例は後を絶たない。
「其方の常識はさて置いて。専用機が用意される事は前々から決まっていたわ。IS操縦者を養成すると言ってもISには数の限りがある。いざと言う時に何時でも使える訳じゃない。
でも専用機と言うのは何時でも携帯する事前提。万が一の時の為に自衛出来る状態とデータ取り……その両方の目的を達成出来ると言う事で専用機の受領はベストな判断なの」
「ふむ。それで、簪に何の関係が?」
「……倉持技研が製造する事になったの。先に簪ちゃんの専用機を製造する予定があるにも関わらず、世界初の男性操縦者の織斑 一夏君の専用機の製造依頼の契約締結しちゃったの。2つの専用機の製造を並行して進められるのならば何も問題は無かったのだけど……」
「……契約破棄したか」
「ええ、その通りよ。読みが良いのね。倉持技研は織斑君の専用機の製造を進める為に人員を全て其方に割いたから、人手が無くなった簪ちゃんの専用機の製造計画を無期限凍結したのよ。数ある代表候補生の専用機よりも世界初の男性操縦者の専用機の開発した企業としてのネームバリューの方が絶大だから」
結果、簪は未完成の機体装甲とISコアだけ受け取り1人で製造する事を決めたのだ。
「成程、仕事を受けておいて『此方の方が実入りが良いから、其方の件は無かった事に』と言って放り捨てたと言う訳か」
「……ええ。その癖、私の事を意識しちゃって居る節があるのよ。私も7割は自分で自分のISを組み立てたから……」
「姉妹仲、悪いのか?」
「……うーん、ちょっとした擦れ違いが膨れに膨れちゃって……ね。其方の件は別件よ。それで、貴方に頼みたい事は」
「言わんとする事は分かった。つまり……」
——成程。姉妹仲が悪いと言うよりも距離感がぎこちない、か。詳細は興味は無いが公には動けない事情があるんだろ。しかし、感情的には気に入らん話だろうよ。
ミゾレは腕を組み楯無が頼みたい内容を告げた。
「倉持技研とやらを地図上から影も形も無く消し去って欲しい、と言う事だろう? 任せておけ」
——何だ、随分とお誂え向きの依頼じゃないか。開発やらの組織なら修理材料の足しにもなるから個人的には一石二鳥だな。
「全然違うわよ⁉︎ 何を如何したらそんな発想に至るの⁉︎」
「あ? 企業としては最悪にも程があるだろ。仕事を受諾して置いて個人的理由で放棄するとか……信用もクソも無いだろう? 信用無くして1発倒産でも文句は言わせんよ。つーか、信頼無ぇだろ、そんなクソ企業」
——副社長が見ればそれはそれはどエラい目に遭わすだろうな。
「いや、その。色々と込み入った事情が」
「金が発生している以上、こう言うケースは謝って済む問題じゃねぇよ。姉貴としても倉持技研ってのは妹さんの面子を踏み潰したんだ。内心では我慢出来ないと言う感情は理解は出来る。仮にも俺が同じ立場であればとっくにキレてソイツらを全員纏めて燼滅させているさ。
が、表立って動けない事情があるからソレを頼みたいんだろ? 何だ水臭い、荒事の需要は無いとか言っておきながらあるじゃないか。やはり生徒会室でも部屋の外や周りに警戒する姿勢は見事だな」
「何か盛大に勘違いして居ない⁉︎」
「ああ、俺は確かに傭兵だ。が、今回は先の情報料に依頼料に換算してマケておくから気にしなくて良い。で、その倉持技研ってのは何処だ? 今から潰して来るからよ」
「そう言う問題じゃなくて、勝手に話を進めないでくれる⁉︎ と言うか自販機に飲み物買いに行く感覚で倉持技研を滅ぼす頼みじゃないから⁉︎」
「じゃあ何だって言うんだよ?」
「……簪ちゃんの専用機の開発を手伝って欲しいのよ。仮にも貴方はその艦船の修理を自力でやっているんでしょ? だったら、可能なんじゃ無いかなって……」
「何だそりゃ。それなら先にソレを言えよ……」
「貴方が盛大に勘違いしたからでしょうに」
白地に落胆するミゾレを前に楯無は呆れた様に額に手を当てる。危うく倉持技研の存在が抹消される所であった。蹴り1発であの千冬の骨が折られたのだ。世界最強でコレなのだから生身の人間がミゾレの暴力に晒されたら良くて複雑骨折級。悪ければ暴行による死亡だ。
「……ったく。折角、その倉持技研からボッタくれると思ったのによ……でも良いのかい? 倉持技研を放置してよ」
「個人的には納得していないわ。でも、色々と事情があってね……。IS学園に授業として使われる訓練用、緊急時の戦闘用として配備されている第二世代量産型IS、打鉄の製造元は倉持技研なの。つまり、ISの開発企業としては最大手とも言える企業なのよ」
「………………」
IS業界では最大手の企業。IS企業は数あれどその企業が倒れれば何かしらの混乱が起こる事は想像に難くは無いと楯無は見ていた。
「……まぁ、アンタがそう言うのならこの件は
「ええ、だけど私の事は言わないで頂戴。私から依頼された事も含めて」
「……そうか、分かった。自然に接点を持てるように努めよう」