午前、午後共に適当に過ごしたミゾレ。騒めく教室の時間を過ごして今、現在は放課後。急遽予定が組まれたクラス代表を争う試合の話題で各所は持ちきりの様な状態となっていた。
何せ、世界初の男性操縦者とイギリス代表候補生との試合。
最も、対戦カードとしてはやり過ぎでは無いのかと思う程の実力差ではあるのだが……それを差し引いても話題性としては昨今の女子達からすれば上位に位置するのか何処もかしこもその話題で溢れ返っていた。
状況的にもズブの素人の織斑 一夏が何処まで喰らい付けるのかと言う事に重点が当てられているのも言うにも能わず。
ならもう1人居るミゾレに関してはそんな話題はからっきしの状態であった。そもそも、初日の行動から彼の周りには閑古鳥が泣く様な有様でありのほほん達だけしか寄り付かない状態であったからだ。その為、完全に彼はこの話題からは蚊帳の外であった。
そして、かく言うミゾレ本人はと言うと……。
「よう。昨日ぶりか?」
第四整備室。その場所に簪の専用機である『打鉄二式』が未完成のまま、簪が独力で開発を進めていた。
「あ、ミゾレ……君」
姉の楯無から病院に行った事は聞いた。生身で侵食地帯に居たのだ。どの様な後遺症が出るか分かったモノでは無い。例え今は無くとも
第四整備室は侵食地帯に侵されたが千冬が手配して侵食体の残骸は片付けられている。後の残骸は好きにしろとは言いたいが、後で面倒な事になるのは目に見えていたので如何にか処分したいがそれは別の話。
「……特に何も無かったみたいだな」
「う、うん……。まだ、話してくれないんだね」
「……知った所で今のお前さんが如何する事も出来ない」
当事者であるからこそ、知る権限は無い。知れば……関われば、終わらない惨禍に身を晒す事になる。ミゾレから見て、簪と関わった時間は数える程しか無いが、それでも『関わる』事は避けたいと言う比率の方が上回って居る。
故に厳しくも冷たく突き放した。それは事実だ。戦う術が確立出来ていない今の簪では侵食体に相対する前に侵食地帯により侵食変異を起こして死ぬのが関の山だ。
「…………」
「仮に聞くが、何故知りたい? 知った所で、陸な目には遭わんぞ?」
——大浄化戦争の時は大半の軍隊がマトモな対抗が出来ずに壊滅した例は枚挙に暇が無かったそうだ。そして夥しい犠牲を出したとも言う。
「それは……」
「前以て言っておくが、面白半分で踏み込んだバカは須く死に絶えた。その覚悟が無ければ来ない方が良い……何も見なかった、何も知らなかった、何も……関係が無かった。
——カウンターならば、尚更だ。
「…………」
「厳しい事を言った自覚はある。昨日見た事はもう忘れておけ。仮に見かけたらさっさと逃げる事だ」
「……何で貴方は私をアレから遠ざけようとするの?」
「そうだな……。関わって欲しく無いと言えば良いか。無関係は無関係のままの方が良い。その場合ならば第三者からは白を切れるからな」
——死を遠ざけて何が悪い? 死にたがりの自己犠牲神話はクソッタレな程に嫌いなんだよ。
「無関係じゃない」
「?」
「……コレ」
「!?」
簪が取り出したソレを見たミゾレは其処で目を見開いた。ソレは間違いない。自分達の中では常識であり当然の概念。
——まさか、このタイミングで覚醒するのか……‼︎ いや……そもそも謎が多い。いやでも天文学的数字だぞ……だが、しかし……現実として眼前に存在している。認めざるを得んか……‼︎
「……昨日、病院から……学園に帰って……来た時に……ポケットに入っていた。私は懐中時計なんて持って居ない……。それに、針の位置は現在の時刻を指して居ない……。不可解。現状で、接点が、あると、すれば……昨日の件」
簪が見せたモノ。それは時計。懐中時計の貌を成す『ウォッチ』であった。何の変哲も無い懐中時計……大半の人間が見れば古臭い懐中時計だと認識してその程度の反応しか示す事は無いだろう。
しかし、ミゾレは思わず目を見開いたのだ。普通の人間とは違う反応。そして、その懐中時計を知って居る事を示す証明だった。
「知って居るんだね、この奇妙な懐中時計を……」
——ようこそ、最悪の世界へ。
「はぁ……。ああ、知って居るとも」
簪の質問にミゾレはYESと答えた。そして内心では『最悪だな』とも応えた。それは簪が終わりの見えない戦いを宿命付ける証明ともなり得るモノだったからだ。
「やっぱり……‼︎」
「……ったく。悉く、陸でも無い方向に針が向いて行くな……侵食体が現れた事もそうだが……まさか、エタニウムの概念が無い世界で『カウンター』が現れる事になろうとは……‼︎ 想定外の事が起き過ぎている。今なら、第四種侵食体のヴリトラが大挙として現れても驚かない自信があるな……‼︎」
「えっと……?」
ミゾレの呆れ気味に発した言葉の羅列。その大半が理解出来ない内容ではあるのだが、1箇所だけ分かる単語があった。カウンター、と。言葉の並びから自分は『カウンター』と呼ばれる存在らしい……?
「さて、如何したもんかねぇ……。何も知らないズブの小娘ならば放置一択だったんだが、まさかカウンターとして覚醒しちまうとは、どんな確率だよ……‼︎」
「ね、ねぇ⁉︎」
「ん、ああ。考え込んでいた」
1人で思考に耽るミゾレに簪は声を張り上げて思考を現実に引き戻させた。
「……コレで、無関係……じゃない」
「そうだな、認めてやらぁ。お前さんは知る権利がある……。だが……いや、知っておくべきだろうな……知らない間に死んでいる可能性があるからな。知らず知らずに死んでいるバカは腐る程、居るからな」
「え……?」
「さて……正直無視出来ない案件がいきなり飛び込んで来ちまったが、本来の要件があったんだな」
「……本来の要件?」
ミゾレは簪がまさかのカウンターに覚醒すると言う重大事変に直面したが今はその件は一旦、後回しにする事にした。
「そうだよ、お前さんのISの件だよ。曲がりなりにも一部、壊しちまったからな。謝罪と言ってはアレだが、手伝いに来たって訳だ」
「……私の、ISの……?」
「ああ、理由はさっき言ったろ。そして、もう一つ理由が出来た。簪、お前さん、戦闘経験は?」
ミゾレは簪がカウンターとして覚醒した為に更に踏み込んだ質問を投げる。そして、コレは……コレだけは聞いておかねばならない。この世界の死生観は把握して居ない。しかし、この認識だけは此方の世界基準で聞かせて貰う。
「い、一応……訓練機での訓練は、して居る」
「そうか……ならば聞こう」
——……。
「簪。お前さんは戦う覚悟はあるか? 死ぬまで戦う覚悟が……。絶対的な死を前にしても戦うと言う覚悟はあるか?」
——コレが無ければ、十中八九、初戦で死ぬ可能性が飛躍的に高まる。
「………………」
凄みを効かせた質問。それは『死ぬ事を承知で戦えるか?』と言うかなり理不尽にも等しい質問だった。まだ、15、6の年齢の少女に迫る質問としては余りにも残酷な問い掛けだ。
「怒る気は無い。まぁ、その反応は当然だろう。いきなりそんな質問をされて『出来る』なんて宣言する方が余程、頭がイカれているとしか思えない」
——……そう言うバカが俺の周りには溢れ返って居るけれどな。
「……すまんな、場の空気を悪くした。流石にこんな空気のままでは作業は捗らんだろう。申し出をしたが、了承は得て居ないので俺は失礼する」
「ま、待って‼︎」
「お前さんには知る権利がある。が、2度も同じような説明するのは疲れた。俺は教師役には向いてねぇ……知りたければ織斑教諭に聞くと良い。『カウンター能力者』と言えば伝わるだろう」
簪の静止を振り切りミゾレは第四整備室から足早と立ち去った……。