常識は通じない。
何故なら相手は自分では無いからだ。
孤児院から退避したミゾレと楯無。一先ず、逃した子供達の無事を確認した後に楯無は近くの民家の電話を借りロシア政府に孤児院の子供達の引き継ぎをした後、その場を後にした。色々と説明が必要になるかも知れないが今はゴタゴタでそう言う状況では無いのだ。
「あのクーリェって子は如何したの?」
「後は好きにしろと言って放置した。頼もしい
「……10歳の子供をその場に放置するって中々、酷い真似するわね」
「咄嗟だったんだ。……それよりもお前の方が問題だ。幻覚や幻聴が発症したんだろ? 高レベルの侵食地帯に立ち入った場合、最初に起こる精神異常がソレだ」
「ええ……自分の声は兎も角、簪ちゃんの声で責められるのは中々堪えるわ……。あんなの戦うことすらままならないわね」
「……さて、目的は滅茶苦茶になっちまったしな……この後、如何する? 帰るしか無いと思うが?」
「侵食現象が発生したと言う事実はまず間違いなくロシア政府に知られた。……現場に国家代表である私もいたし、説明責任があるのよね……面倒だけど、切り抜けるしか無いわ」
「この世界の政治事情は其方に丸投げする。……俺が口を挟む道理は無いだろう」
「本当、興味が無い事には無責任ね……。まぁ、侵食現象其の物が無責任な限りなのだけど」
積もった雪を掻き分ける音が聞こえた。音のする方向に視線を向けると其処には巨大な熊のぬいぐるみに抱えられたクーリェの姿が見えた。
——やはりこうなったか。
「……ルーちゃんが、貴方に着いて行った方が良い、って言ってくれたの」
「ルーちゃん?」
クーリェの言葉に楯無は疑問符を浮かべる。
「背後霊とか守護霊とかそう言う認識で良いだろ。カウンター能力者は時偶に訳の分からん能力に目覚める奴も居るから」
——単独で次元跳躍する奴とか。
「そ、そう……。と言うかコレは想定の内?」
「想定と言うか確信。あの状況を説明出来る奴は俺しか居ないからな。と言うかお前さんの武器、壊しちまった。すまんな」
「ううん、良いの……。IS、乗りたく無いし……戦いたくも、無いから……」
「そうか……。ま、その歳でいきなり戦闘とか言い出す方がイカれているだろうな」
「あーもう、本当に状況がややこしくなって来たわね……。ロシア政府やIS委員会への説明……はぁ、頭が痛い話になって来たわ」
「このタイミングで露見する事になったのは俺達としても完全な想定外だったしな。其処ら辺は適当に誤魔化しとけば良いだろ」
「他人事だと思っているわね⁉︎」
『ミゾレさん、孤児院周辺の地域は依然としてCSEレベル3を維持しています』
其処でモネカから通信が入る。その内容は想定通りの内容だった。
「だろうな。しかし、現状如何する事も出来ない」
『はい。座標と繋がるカウンターサイドの位置は特定出来ますが、次元艦船自体の修理がまだ終わっていません』
「騒ごうが何だろうが今は手が出せないからな。放置する」
『分かりました』
「えーと、クーリェちゃんだったかしら? 貴方の居た孤児院はもう如何しようも無いわ……。アレだけの状況だもの……再建は無理だと思うわ」
「…………そう、なの?」
「ええ……かと言って如何したモノかしらね? まさか此処までの事態になるとは思ってもいなかったもの」
流石によもやこんな辺鄙な所で侵食現象に出喰わす事になろうとはミゾレも楯無も想定していなかった。
「取り敢えず、この子の今後も考えなきゃ行けないわね……」
「任せて良いか? お前の世界の住人だろ?」
「本当に、良い性格しているわね、貴方は……‼︎ 取り敢えずクーリェちゃんの事は私が如何にかするわ……元々そのつもりで来たんだし」
「え……? それは、如何言う事?」
其処でクーリェに楯無とミゾレがこの地に訪れた目的を説明した。この地に現れたカウンター能力者、その人物を探しに来たと言う。その結果、そのカウンターとはクーリェであると言う事。
「理解は追いつかないと思うわ、私でもまだ理解し切れて居ない部分も多いのよね」
「……えっと、ルーちゃんが、話したいって。だから、
「え?」
その時、クーリェを抱き抱えていた熊のぬいぐるみが頽れる様に倒れる。その直後、クーリェの纏う雰囲気が変わった様に見えた。
『初めまして。クーリェからルーと呼ばれている者です』
クーリェの身体で別人が乗り移ったかの如く別人のように振る舞うルーと言う存在。
「に、二重人格?」
『いいえ、私はクーリェからはイマジナリーフレンドと呼ばれています。……言い方は悪いのですが解離性同一性障害と考えて頂ければ』
「…………成程。続けてくれ」
——最初に見た光景から考察するに、多大なストレス故に精神を守る為に生まれた『保護者』。
『確かミゾレさんでしたね?』
「ああ、そうだ。聞きたい事、答えられる範囲であれば答えよう。山ほどあると思うが」
『はい。先ずはクーリェの生い立ちから説明させて下さい。クーリェは今より幼い頃に両親と死別しました。良くある交通事故でした。その後、クーリェは孤児院……現在の孤児院に入所する事になりました。あの孤児院は少々特殊でして、将来IS操縦者を輩出する側面があり入所条件に高いIS適性が求められました』
「クーリェちゃんは高かったのね……IS適性が」
『はい、その通りです。歴代でも最高値となるSランク適性でした。それが理由でクーリェはあの孤児院に入所し新たな家と、なりました。……それがある種の悲劇となりました。高い適性である事からロシア政府より専用機『スヴェントヴィト』がクーリェに与えられ、専用の訓練カリキュラムが課されました』
「……しかし、クーリェは戦闘行為に向かない性格だった」
『仰る通り、クーリェは戦闘と言った荒事が苦手な性格でした。……ISに乗る事すら嫌気がさしており、孤児院の職員から叱責が飛び交い『落ちこぼれの専用機持ち』とも揶揄されました。……その時にクーリェはイマジナリーフレンドである私、ルーを創造しました。IS訓練に費やされ心身共に疲弊するクーリェを励まし続け……更に月日が流れ……今日、貴方達と出会いました』
「成程、その子の生い立ちは理解した。さぞ、大変だったのだろう……部外者である俺からはこの言葉しか送れん。
で、改めて聞きたい事……。そうだな、何故……熊のぬいぐるみにイマジナリーフレンドたる自身が宿れたのか?と言う質問か」
『はい。本来ならば、解離性の二重人格としてクーリェの主人格の代わりに私が表に出るパターンは少ないですがありました。
しかし、あの時の様に無機物に私の人格が宿ると言うのは物理的にも現実的にもあり得ない筈です』
「そうだな。解離性同一性障害の別人格が本人の主人格の代わりに出て来るのならばまだしも、本来無機物の存在に意思が宿ると言うのはあり得ない。……が、クーリェがカウンター能力者でその能力……CRFを行使したのであれば説明は可能だ。似た様な能力を持つカウンターは確認されている」
『具体的には如何言う能力の方なのですか?』
「電子上、強いて言えばスマホのアプリゲームとかのキャラクターを
「……ゲーム内の姿のまま、現実に飛び出すって光景はシュールだわ」
「俺の考察込みではあるが現時点で言えるのは人格の転移能力と行った所か。この手の能力は召喚された方の人格は曖昧であり意思疎通が難しい事が多いんだがな……」
——詳しい事は専門家に聞かんと分からん。
『……人格の転移能力、ですか』
「確実な事は言えないが、見た限りではそう考えられるな。他に使い方があるかも知れないが……多用はしない方が良いだろう」
『何故ですか?』
「簡単な事だ。クーリェもウォッチを持っているだろう?」
『この懐中時計の事ですか? いつの間にかクーリェの手元にありました』
「そのウォッチこそがカウンターである証明だ。カウンターは怪力を発揮する、エネルギーの放出と言った特異な能力を行使する、侵食現象に抵抗している状態と言った現実を改変する能力、現実改変力……或いはCRFを行使するとそのウォッチが計測している数値が減る。
クーリェで言えばルー、お前さんを熊のぬいぐるみとかに人格を移すとその力が消費される。何処までの行為がクーリェのCRFかは俺には判断しかねるが、その数値が0を示した時、クーリェは死ぬ」
『……このウォッチが示す先が0になれば、クーリェは……死ぬ、と』
「ああ、カウンターであれば全員がその運命にある。俺も例外では無い。だが、エタニウムと呼ばれる裏世界、カウンターサイドにて侵食体共を殺したり採掘出来る希少鉱石をウォッチに取り込めばその数値は回復する。……だが、この世界では裏世界にダイブする手段が無い」
「…………」
「無闇に力を使い続けると、早死にする事になる。一度動き出した針は止まる事は無い。ただ、一切CRFを使わなければ……人並み程度には生きられるだろうな。……確信は持てないがな」
人と違う力があれば使いたくなる。と言うよりもそんな話、憶測でしか聞いた事が無い。
『…………残酷、ですね。その人並みと言うのは、本当に
「……すまんな、俺は平和と言う概念は理解できなかった。と言うよりも平和と言う単語自体、知らない世界なんだ」
「…………つまり、短命になると言いたい訳ね。……本人の前では有耶無耶にしたのは気遣い?」
カウンターに覚醒した簪相手にも『人並み』と言った。しかし、寿命の長さに関しては伏せていた。ミゾレの世界がかなり過酷な事は楯無は憶測ながらも理解している。つまり、この世界よりも死が近いと言う事。
「……此方の世界の事情も知らない奴から『死物狂いで侵食体を狩り続けなければ死ぬ』と言われて納得出来るか?」
「それは、ちょっと理不尽ね……」
「この世界で自力かつ恒常的にエタニウムの確保出来る手段は無い……。ならば何も出来ず時間と共にジリジリと数値が減っていき最終的に死ぬ。……なら、知らずに死ぬ方がまだマシだと考えたまでだ。世の中、知らない方が前を向いて生きていける。この事実を知って、前を向いて生きていける性格か? クーリェも簪も」
ミゾレが元の世界へ去った後でもこの世界の時間は続いていく。その時、如何言う光景が広がるか予想は出来る筈だ。
「『…………』」
『貴方は、怖くは無いのですか?』
「当然、そんな事は承知の上だ。侵食体だろうが世界の滅亡だろうが、残りの人生戦場で過ごす事になろうとも決して後悔しない理由がある。カウンターに覚醒すると言うのはそう言うモノだからな」
『……エタニウムを得る事が出来れば生きられる時間が伸びる。そう考えて宜しいのですね?』
「簡単な計算なら、そうなるな。……実際の所は、微妙な所ではあるがな」
『……差し出がましく負い目があるのですが、1つお願いがあります。その事を話したくて私はクーリェに貴方の下へ向かう様に言いました』
「おや、副社長。どうされました?」
「アキヤマ君ですか……。少々、厄介な事になりまして」
「あ、すみません。ちょっと足の小指が痛くなりまして」
「そんなに仕事をしたいのですか。良いでしょう、やる気のある社員は多いに越した事はありませんね。何、簡単な事です」
「副社長の言う簡単な事は一般論から無理難題ですよ?」
「ちょっとハートベリーのセンターの方を止めて来てください」
「え?いや、僕ではそれは荷が重いかと……」
「大丈夫です、今すぐに未だに行方不明のミゾレ君の首根っこを掴んで連れて来るか、疲れ果てるまで彼女を抑えるか選ばせてあげますから」
「出来れば師匠を呼んできた方が早いんじゃないかな〜と」
「アルト小隊と師匠は今は別々の仕事で出ています。エディー隊はあっという間に叩きのめされました」
「アレ? もしかして嵌められました?」