「さてと、貴方の所属クラス云々とかは学園長に任せているとして」
学園長室から退室したミゾレ。その隣には案内を担当する事となった楯無が並んで歩いていた。こうして並んで見ると目線が少し低い様に見える。
「何だ?」
「貴方は元の世界に戻ると言う目的だけど、その間は何処に滞在するつもり? 如何なるかはまだ未定だろうけどIS学園は全寮制なの」
「そんな事を聞くのか?アンカレッジの修理もあるからな……。ああ、アンカレッジは俺の艦船の事だ。一応、休憩室程度の設備はあるから其処で過ごす。ま、酷い有様である可能性はあるから直さないと話にならないかもな」
「……アンカレッジって事はアメリカ製?」
「名称に関してはそうなるな。特に拘っては居ない」
「1人で修理なんて大変なんじゃないかしら? IS学園には操縦科の他にISの整備員専門の技術を学ぶ整備科があるの。彼女達も勉学の為にもあるし、次元の概念は空想科学の範疇だから何とも言えないけど、人手も必要だろうから双方に理があるんじゃない?」
「申し出は有難いが、恐らく技術観点から勝手が異なるだろうな。単に頭数を増やしても居るだけで邪魔になる」
「あらら、辛辣ね」
「其方の整備科の腕がどれ程かは把握して居ないから何とも言えんが。自分の愛船をズブの素人に弄られて良い顔はしねぇよ」
楯無の申し出をミゾレは断った。そもそもアンカレッジは次元潜航の艦船の中でもブラックボックスの旧管理局の遺物たるデータを裏に建造されている。その時点で勝手が異なる。
それらが無しとしてもISの整備技術とは訳が変わって来るのは明白。そもそも戦艦の整備は専門の整備員が行うのが基本であり素人がどうこう出来る代物でも無い。
「信用出来ない?」
「アンタは仮に自分の車の整備をスパナを持った事のない奴に任せる事は出来るのか?」
「……任せないわね。普通は」
ミゾレの例えの例に対して楯無は間髪入れずに即答した。そう考えればミゾレの言わんとしている事は理解出来た。
「それと一緒だよ。だから好意だけは受け取っておく。それに、現時点でも艦載ドローンによる修理作業を行なっている。ま、ドローンで何処まで進むかは未知数だけどな」
「ドローンの遠隔操作……。それ、今も貴方がして居るの⁉︎」
「いや艦船に同期化させた制御システムによる補助で行って居る。何処ぞのマークスマンや顧問殿見たいな真似は出来ねぇよ」
——如何言う脳の構造してんのか、アイツらは。
「それが誰を指して居るのか検討が付かないわね……」
「会う機会は無いから紹介しねぇよ。アンタにとって要らん情報だ」
そんな他愛の無い会話を続けながら廊下を歩いて行くと徐々に騒がしくなって来る。
「ん? 随分と賑やかしくなって来たな?」
「ああ、授業の時間の区切りで休憩時間に差し掛かる頃ね。と言うか貴方、私達と大差ない年齢なのに学校に疎いの?」
「あー……。事情っつーか……カウンターってのは学生時代ってのは無い奴の方が多いのが実情。義務教育の概念すらブッ壊れててな……俺の知って居るカウンターは殆ど学校なんか知らない連中ばかりだ」
——副社長からも『卒業証明書』位は持っておくべきだ。と言われていたな。今回の単独による作戦が終わればカウンター養成機関アカデミーに編入手続きしてくれる手筈だったんだがな……。
「カウンターとして覚醒して戦い方を覚えたら侵食体に殴り込みに行く様な状態だからな……。それ以前に侵食現象が多発気味で貧富の差が拡大して孤児が多く親の顔すら知らん奴もカウンター、非カウンターの人間問わず多いの事実」
「貴方の世界って思いの外、壮絶なの?」
「だから、学生と言う概念は遠い世界なんだよ。一応、カウンター養成機関のカウンターの学校はあるんだが……侵食体に対抗する企業であるタスクフォースカンパニーに就職してから入学と言うケースが多いらしい。学生しながら傭兵と言うダブルワークもアリらしいしな」
「逆の現象が起きて居るのね……。と言う事は貴方も既に?」
「ん、ああ。管理局公認タスクフォースカンパニー、コフィンカンパニーの正式な正社員。10歳になる前に入社したんだっけな……」
「少年法が呼吸して居なさそうね。ブラック企業が横行してそうなイメージが浮かぶわ……そのタスクフォースカンパニーってのは」
「賃金未払い、最低賃金未満、サービス残業上等のブラック企業の見本市だな。つーか非公認のタスクフォースカンパニーも乱立している位だからな」
「最悪じゃない⁉︎ 何その極悪業界‼︎」
「……その所為か、表面上だけでも平和なこの世界が綺麗に見えちまうんだよな。差別と言うのは何処の世界でもそう簡単には無くならない。それを差し引いてもまだマシかも知れんだろう」
——日本で死体漁りせねば生きて行けない孤児も居る。小学生でも銃火器や武器を手にたたかわないと生き残れない。そして非凡な能力は侮蔑と差別意識を呼ぶ。
「……喋り過ぎた。此方の世界の事情を聞いても理解出来ないだろうから忘れてくれて構わない。所詮は伝聞による向こう側の世界だからな。同情は結構だ、俺も彼ら彼女らも理解してそれが現実として生きて居る。その生き方に後悔はして居ない」
——理解して貰おうなどは思わない。何故なら、彼女達には与り知らぬ世界だ。関与の余地も無くば責任も無い。他人事だ。
其処で話を無理矢理、切った。やはり未知の概念に関して説明するのは苦手だ。
『ミゾレさん。アンカレッジの修理具合は8%。思いの外、進捗は宜しくありません』
——……やはり人力でやるしか無いか。出来る範囲で進めてくれ。その後、優先順位を決めて纏めておく様に。
モネカから定期連絡が入りその報告を受けて次の指示を飛ばした。こう言う脳波での通話は隠密を期すに役立つ。
その時、廊下にチラホラと楯無と同じ様な白い制服を纏った女子生徒達が湧き出して来る。彼女ら全員があのISの搭乗者訓練生と言う事からその人員は多い様だ、それはつまり。
——人件費が安く補充が効くと言う事を意味する。コスト的に見れば使い捨て前提の者も現れるかもな。
カウンターで裏世界の最前線に立てばその様に使い潰される者達を嫌でも見る事となる。ブラック企業の様に従業員が潰れたり死んだら直ぐに次の人員を補充して使い潰す事を繰り返す。
「あ、生徒会長‼︎」
「本当だ⁉︎ あれ、隣の男の人は……‼︎」
「もしかして2人目……⁉︎」
「嘘⁉︎ 2人目が秘密裏に現れたの⁉︎ コレはニュースよ⁉︎」
湧いて現れた女子生徒達は姦しく騒ぎ立てる。10代女子と言うのはこんなに喧しいモノなのか辟易したくなる。いいや、自分が見て来た10代の女性カウンターは頭のネジが変な方向でブッ刺さっている様な連中ばかりなので比較対象にならない。
「……やれやれ、野郎を見てこんなに騒ぐモノなのか? 珍しいモノでは無かろうに」
「ごめんなさいね。IS学園に来る子達は優秀なのだけど……その女尊男卑の影響で義務教育も女子校からのパターンも多くてね。殆ど男子を見て居ない子も現れて来る訳で……」
「将来苦労する光景が目に浮かぶな……」
女子達の騒ぎ様を見てミゾレは半ば呆れた面持ちとなる。何と無くではあるが心配にはなるが本人の人生なのでその程度に留めた。
「更識会長⁉︎ 其方の人は誰なんですか⁉︎ 2人目の男性操縦者なんですか⁉︎」
気付けばあっという間に女子軍団に囲まれる形となる。廊下全体に溢れんばかりの女子達の群は中々、壮観な光景だ。過去の女性関係の都合上、面倒臭い連中ばかりだった為にちっとも嬉しくは無かったが。
「はいはい。気になるだろうけれど、彼はちょっとした特別枠って奴なのよ。まだ用事があるから道を開けて頂戴な」
楯無がそう告げると前方に敷き詰めて居た女子達が左右に割れて道が出来た。生徒会長故にカリスマ性が無ければ務まらない様だ。
「……さてと、騒ぎが大きくなっちゃった見たいだし案内は出来そうに無いわね」
「この様子だと今後も案内もクソも無いな。適当に座標データを寄越してくれや。それで把握する」
「…………味気ない真似だと思わないの?」
「現実を見てから言え」
この時の女子達の騒ぎで騒動が大きくなり案内所では無かった為に校舎を抜けてアンカレッジが不時着した地点に急行する事となった。
「……ごめんなさいね。如何やら今年の新入生はテンションが高くてね。世界初の男性操縦者の件で余計にヒートアップしちゃっているの」
——織斑先生には同情しちゃうわね。実弟の織斑君の事だから。余計に心労に負担が掛かってしまっている。それに自分でも言う通り、IS学園は倍率が高い超人気の高等学校。箱庭育ちの子も多いものねぇ。
「暗いよりは良いでは無いか。此方では誰彼が死んだとか、カルト宗教で肉体が崩壊したとか暗いニュースばっかだからな。ああ言う馬鹿騒ぎ出来る余裕があるのは良い事だ。張り詰めた空気に晒され続けると精神が磨耗するからな」
「……一応、聞くけど……貴方、何歳?」
「……生まれた年月は知らんからな、10代後半って所だな」
——話の節々から、彼の居るべき世界は文明レベルは私達よりもそれ以上に発展して居るけれど貧富の差が凄く義務教育も崩壊している……。まさか、誕生日すらも把握して居ないなんて……彼も孤児なのかしら?
そうこうして居る内にミゾレはある地点で立ち止まった。その視界の先には不自然に木々が捩れ倒れた光景が広がって居る。
「不時着の際に周辺の木々がクッションになってくれたか。そのお陰で墜落時の損傷を最小限に留められたか。モネカ、ステルスモードを解除してくれ」
『命令受付完了。ステルスモードを解除します』
ミゾレがそう告げると目の前の空間が滲む様に蠢きその全貌が顕となった。壁面は夥しいまでに生物の爪が深々と食い込んだかの様な傷跡が無数に刻まれて居るが軽巡クラスの艦船だと見受けられた。
「レーダーに感知されない高性能なステルス機能⁉︎ 然もこの損傷って最早、大破レベルじゃない⁉︎」
「まぁな。ギリギリ無茶を重ねた結果って奴だな。修理せねば元の世界に帰れる見込みも見出せない。途方もないがやるしか無いからな」
そう言いながらミゾレは黒い上着を脱ぎ中の白シャツの袖を捲る。
「更識会長さんよ。見送り済まんな。後は所属云々は其方でテキトーに頼むわ」
「え、ええ……その手筈だけど貴方は?」
「何ってアンカレッジの修理を始めんだよ。俺の現況が早急に解決する訳では無いが手を拱いて居る時間は無駄だからな」
ミゾレはそう言いボロボロの状態と化しているアンカレッジの内部へと入って行くのだった。