「ねぇねぇ〜。ミゾッチ〜」
その陰鬱と恐怖の空気を打ち壊すかの様なのほほんとした声音が一際、強く印象に残る様にミゾレの鼓膜を叩いたのであった。
「ん? それは俺の事か?」
「ん〜、そだよ〜。ミゾッチ〜」
ミゾレの視界に入ったのはチンチクリンの様な少女だ。ダボダボな袖を振り回している小動物みたいな言動。ミゾレが引き起こした空気を丸っ切り無視して恐れる事なく声を掛けて来たのだ。
——……コイツ。一切、表情を変える事が無かったな……。骨があると思った奴の正体はコイツだったか。
ミゾレが教室に入って来て千冬に攻撃して今に至るまで目の前の少女はその表情を一切変えて居なかった。周りが動揺や恐怖と言った感情が変動している中で唯一と言って良く変わらなかった為に印象に残っていた。
「初めまして〜、のほほんだよ〜」
「見た目と雰囲気と名前を纏めて言うのか……で、何か用か?」
「え〜? 用が無ければ話しちゃダメなの〜? 友達になりたかっただけなのに〜」
のほほんと名乗ったのほほんとした雰囲気の少女はそう切り返した。その返答にミゾレは
「ぷっ」
「あっはッはっはっ‼︎‼︎」
盛大に吹き出す様に大笑い。その唐突な光景に何事かと教室全体の視線が釘付けとなり事の顛末を遠巻きに見ていておりその行方を見守っている。
「む〜、笑う事無いじゃん〜‼︎」
盛大に笑われたのかのほほんさんは抗議のつもりダボダボに余った袖を振ってミゾレに叩いて来る。
「いや、済まん済まん。俺に自分から近付いて来る奴はどいつもこいつも『戦争しようぜ』見たいな連中ばっかだったもんでな……チミっ子、お前見たいな奴を見たのは久し振りでな……そうか、そうだよな。
——スカベンジャーの連中然り、紅茶爆弾然り、ホライゾン然り、鮫然り、付き合いがある連中は大概、そんなノリだったからな。
「む〜、ミゾッチ、変〜」
「同年代とは感覚や認識がズレて居るのは自覚しているさ。こう言うのは縁が薄くてな。中々、新鮮な光景だ。チミっ子」
——思えばカウンターでは無い10代の人間ってのはこう言うのが普通なのか。此方の世界だと10代の前半で既に銃火器を持って生死の淵を彷徨う生活が当たり前だったからな……。死が遠いとこうも違うのか。
「のほほんさんはチミっ子じゃない〜‼︎」
「悪い悪い、チミっ子」
「む〜〜‼︎ チミっ子じゃないよ〜‼︎」
千冬との喧嘩染みたやり取りとは打って変わって打ち解けている様子。本人の言の通りならば『喧嘩を売られなければ危険性は薄い』と言う事の証明している様にも見える。
そう考えた一部の女子生徒が恐る恐ると言った形でミゾレの元に近付いて来る。
「ね、ねぇ。ちょっと良いかな?」
「ん? 今度は誰だ? 喧嘩の押し売りなら完全閉店セールの末に建物諸共、壊滅させてやるぞ?」
「いや、何で初見でそうなるの⁉︎ 君の交友関係ってそんな殺伐とした雰囲気になるの⁉︎」
「……いや、織斑教諭から女尊男卑云々とか言って居たからな。そう聞けば喧嘩を特売して来る連中かと考えるのは妥当な判断じゃないのか? 人間と言うのは主観的な物事で判断しがちだ。客観的な視野を持たず伝播する情報を鵜呑みに正論と見做す。この場に居る人間、何人が野郎を敵と最初から決めつけて居ないと言い切れる?」
「それは、ごめんなさい。分からないわ……」
「詰問する気も糾弾する気も無いさ。昔から殺伐とした環境だったモノでな。温度差があるのは分かっているのだが……そう簡単に割り切れるモノじゃない」
——戦場に立って居る奴が平和な世界で生きられないのと一緒だ。傭兵達が良く言う話として聞いて居たが、本当だな。初手で失敗ったからな。
「えっと……興味本位で聞くけど、例えば?」
怖いモノ見たさ。平和であるが故に刺激を求める。退屈な日常に嫌気を指して非日常を求めるのは良く見られる光景。その逆も然り、しかし一部の連中は挫折を味わう。
「聞いた所で無意味。世の中にはクソ見たいな世界は幾らでもあるモノさ。見ていないだけで、な」
適当にはぐらかしておく。綺麗事も必要だし汚れ役も必要だ。要はバランス……均衡が崩れた世界では転がり落ちて行くだけなのだ。この世界の女尊男卑ならもっと簡単に認知出来る筈だ。
「諸君。待たせたな、思いの外に早く終わらせる事が出来た(更識が先に視聴覚室の日程設定を変更してくれていたさら手間が省けた)」
そのタイミングで千冬が骨が折れた右腕に包帯等を処置を施した状態で教室に戻って来た。
「……む? 山田先生が見当たらないが」
「自習って叫んで何処かに消えました」
「……ミゾレ。お前、山田先生に対しても威圧して教室から追い出すな」
真耶が逃げ出した事に関して千冬はすぐさま、ミゾレに文句を言う。ミゾレからすればとばっちりに等しい。
「おいおい、そりゃ無いだろ……。俺、何もしてねぇぞ?」
「……この場の空気を凍らせてほざけれる度胸は感心する。目の前で壁を粉砕させれば生身の人間からしたら逃げ出したくなるわ」
「……………………えー( `ェ´)」
「何だ、その釈然としない顔は……。まぁ、良い。諸君、先程伝えた通りこの教室は修繕工事に移る為、1組は暫くの間に視聴覚室で授業を行う。工事中は教室に入れんから忘れ物は無いようにしろ。それから、ミゾレ。これ以上問題を起こすな。後始末が面倒だ」
「何か釈然としねぇ……‼︎」
「それと、織斑と篠ノ之は何処に行ったんだ? 仕方ないあの馬鹿2人は今は放置だ」
何とも納得出来ない理由で怒られた。その後、1年1組の生徒は仮の教室で視聴覚室で授業を行う運びとなった。因みに織斑と篠ノ之と言う生徒は30分遅れて視聴覚室に現れて千冬の有難い出席簿の一撃を叩き込まれるのであった。その間は、特にこれと言ったアクシデントには見舞われる事は無かった。
某刻。グランド・ワン。
タスクフォースカンパニー・コフィンカンパニー会議室。
「まだ、あの馬鹿力だけなら師匠と同じくらいあるミゾレ君は見つからないのですか?」
『はい。先週末からミゾレ君の行方は五里霧中の状態です。其方から送って頂いた次元艦の写真、及びデータを元に此処1週間の次元艦の浮上履歴を洗いましたが該当例は0です』
「浮上履歴が無い……。未だに裏世界に居るのでしょうか?」
『その辺りは私達、警察よりも本業であるタスクフォースカンパニーの方がお詳しいのでは?』
「……そうですね。少なくとも彼は師匠の様に黙って失踪する様な子ではありません。何らかのトラブルが発生したと見て良いでしょう。何処かの辺境で浮上したは良いが不時着したのかも知れませんね」
『何だかんだ言いつつも協力した仲です。あー、アキヤマ君の件は其方が先に見つけて事なきを得ましたけど……今度こそ見つけ出して見せます‼︎」
「分かりました、捜索に関しては其方に任せます。刑事さん」
「やれやれ、シリュウの次は今度は馬鹿弟子2号が行方不明か……」
「その件は、掘り返さないでくれません?師匠。結構、シビアなピンチだったんですから……」
「……単独の作戦行動中に次元特務艦アンカレッジ共々、失踪。生死は不明のまま……。何処かの深度に漂着している可能性の方が高そうですね」
「でも、裏世界全域となると砂漠の中から1つだけの米粒を掘り出せと言う位、無謀じゃありません?」
「ええ、アキヤマ君の意見は最もでしょう。かと言って警察の方々が裏世界でも活動域を広げる事は不可能。それに私達にも業務がありますので人員を割く余裕はありません」
「まぁ、奴の場合はくたばり損なうタイプだ。知らぬ間にひょっこり帰って来るやも知れん」
「それ以前に師匠みたいに急に居なくならないだけマシだと思いますが?」
「…………」
『待たせたな。愚かな従業員諸君‼︎』
「社長、巫山戯るのならばそのロボ缶をゴミ収集車に回収して貰わなくてはなりませんね」
『ま、待ちたまえ‼︎ この対人忌避用ロボット。マシーン:甲をその様な粗雑に扱うんじゃない‼︎』
「それで、社長。待たせたとは一体、どう言う意味なんですかね? もしかして行方が判明したとか?」
『行方は、と言いたい所だが……遭難地点を洗った所、裏世界の極めて深度が深い座標であったと判明した。其処には第四種侵食体がウジャウジャ居る様な危険地帯中の危険地帯だ。リプレイサーの者達でもそんな場所には赴かんだろう座標だ』
「あの馬鹿弟子め。何をとち狂ってそんな深度まで潜った」
『一体のみならいざならず……第四種侵食体に複数で囲まれれば高位カウンターであっても極めて危険だ。しかも単独であれば尚更。恐らく緊急のランダムダイブを敢行したと思われる。座標の設定もままならん事も容易に想像出来る』
「「…………」」
「おい。何故、其処で私を見る?」
「やはり彼も師匠の弟子だ、と痛感したまでです」
「そう言う意味だと彼は師匠にソックリですからね。過激と言う意味で」
『流石にそれ以降は追跡は出来なかったが、生存の可能性は上がっただろう?』
「行方が分からないと言う意味では進展無しですね」
『……だが、死んだと言う事実も挙がって居ない。難しいかも知れんが今後も捜索を続けよう』