ポケットモンスターNAVY ~暴投モンスターボール~ 作:サンダーゴリラ
レポート1 マサラタウン/冒頭
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これから始まる世界であなたは、ひとりの主人公となって、冒険をすることになります。
町や道、洞窟、家の中など、いたるところにいる人たちに話しかけ、いろいろなものを調べて、ヒントや情報を集めましょう。
そして困っている人を助け、謎を解いていくことで新たな道が開かれていきます。
どんどん先に進んでください。
時に勝負を仕掛けられたり、野生の生き物たちと戦うこともあるでしょう。
冒険を通じて、様々な人とコミュニケーションをとりながら成長すること。それが最も大きな目的です。
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ポストに届いたトレーナーカード。同封されたパンフレットには、そんな文言が添えられていた。
マサラタウンに住む少年、アクタ。彼はパンフレットを繰り返し読みつつ、リビングの母親にそれらを示した。
「届いたよ」
「あら、トレーナーカード。早かったわね」
「早いもんか。ネットで申請してから3日もかかった。待ちくたびれたよ」
文句を言いつつも、アクタは興奮を抑えることができなかった。速足で二階の自室に駆け上がる。赤いジャケット、赤い帽子を装着し、必要最低限の荷物を入れた、黄色いリュックを背負う。
準備万端。一階に降りて、母に向き直った。
「それじゃ、行ってきます!」
「早い早い早い!」
アクタの母は、思わず立ち上がった。
「え、きょう行くの? 3日前から準備してたのは知ってたけど……もうちょっとこう、適切な間を開けてもいいじゃない」
「だって、お母さん。もうすっかり準備完了しているし、気持ち的にも、出発する気まんまんですけど」
「えー、ママは気持ちの準備できてないなー。子離れってそんなに簡単じゃないんだからね?」
とはいえ、これは母としてのわがままだ。もはや逸る息子を抑えることはできない。
「……まあ、楽しみにしてたんだもんね。男の子はいつか旅に出るもの、ってテレビでも言ってたわ」
アクタは外の世界への関心が人一倍強く、旅をすることに憧れていた。その執念たるや、十歳の誕生日を迎えると同時に、トレーナーカードの取得を申請したほどだ。
「でもその前に、隣のオーキド博士のところに行きなさいな。グリーンくんと、いろいろと教わることになってるんでしょ?」
「あ、そうだった! さっそく行かなきゃ!」
家を飛び出すアクタ。背後から「出発の前に一旦は帰って来なさいよ!」と母の声が聞こえた。
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この世界には、ポケットモンスターと呼ばれる生き物たちが、いたるところに棲んでいる。
その「ポケモン」という生き物と、ひとは共存している。ペットにしたり、勝負に使ったり──マサラタウンに住む著名な研究者、オーキド博士は、ポケモンの研究をしている。
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ここはマサラタウン。
マサラは真っ白、始まりの色
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アクタは隣の家、オーキド博士の自宅を訪れた。
「あらアクタくん。いらっしゃい」
迎えてくれたのは、物腰柔らかなヘアバンドの女性。オーキド博士の孫娘、ナナミだった。
「あ、こ、こんにちは、ナナミさん。えっと……」
むかしはよく彼女に遊んでもらったものだが、思春期の入り口に立つアクタは、最近、ナナミへの接し方がわからなくなっていた。
「なんだ、アクタか。オーキドのじいさんならいねーよ」
奥から、黒い襟付きシャツの少年が現れた。彼もオーキド博士の孫であり、そしてアクタの友だちだった。
「その様子だと、トレーナーカードが届いたんだろ」
「うん。グリーンは?」
「おれなんか、とっくのむかしに受け取ってるよ。お前の出発とタイミングを合わせてやろうと、わざわざ待ってたんだからな!」
「わあ、じゃあふたりとも、やっと旅に出られるのね!」
天真爛漫に喜ぶナナミ。
「うち、タウンマップがちょうどふたつあるのよ。ちょっと探してくるね」
家の奥へ下がっていくナナミ。グリーンは、自分たちよりも舞い上がっている姉に呆れつつ、「行こうぜ」とアクタを外へ引っ張った。
「博士は、研究所?」
「ああ。ちょうどきのう、トキワシティからなんか届いたらしくてさ。研究所で、ずーっとなんかの機械を組み立ててる」
「ふうん……忙しくなきゃいいんだけど」
「まあ大丈夫だろ。旅立つ前に顔を出せ、って約束してきたのは、じいさんなんだから」
民家に比べて格段に広い、オーキド研究所。膨大な資料の詰まったキャビネットと、用途のわからない機材が並んでいる。小さい頃はここでかくれんぼをして、よく怒られたものだ。
研究所の最奥、テーブルに向かっている白衣の背中に、グリーンは「じいさん」と声をかけた。
「グリーンか? なんじゃ、忙しいのに」
「アクタにトレーナーズカードが届いたらしいからさ、おれたち旅に出るんだけど」
「ほー、そうか。アクタも十歳になったもんな」
「はい。もう、すぐにでも旅立ちたいです」
「…………」
不思議な沈黙のあと。
「……おおそうか、わしが呼んだのじゃった!」
ようやく約束を思い出したのか、オーキド博士は立ち上がって振り向いた。白髪に、顔に刻まれた深いしわは、歳相応の年季を感じる。祖父の物忘れに呆れつつ、グリーンは「トシだな」とアクタに耳打ちした。
「ほれ、アクタ! そこに3匹ポケモンがいるじゃろう!」
「3匹?」
オーキド博士が示した広いテーブルには、赤と白の部品が組み合わさった、掌ほどの球体が三つ、置かれていた。
「ほっほ、モンスターボールの中にポケモンが入れてあるんじゃ」
「ポケモン!」
アクタは机に飛びつく。球体──モンスターボールの透けた部分からは、ポケットモンスターの姿が覗いていた。
「研究用に取り寄せたんじゃ。必要なデータは取ったから、お前に1匹やろう。さあ選べ!」
「いいんですか、博士!」
「あっ、ズルい! じいさん、おれにもくれよお!」
白衣の袖を引っ張る孫に、オーキド博士は意地悪そうな表情を浮かべた。
「お前、さっきわしのこと、トシだな、とか言ったじゃろ」
「い!? それは……はは、まだまだお若いですね、おじいさま……」
オーキド博士は露骨なお世辞を笑い飛ばし、グリーンの頭を撫でた。
「まー、慌てるなグリーン。お前も好きなものを取れ!」
「よし!」とグリーンもテーブルを覗き込む。
「……アクタ、先に選んでいいぜ」
「いいの?」
「へへーんだ! おれは大人だからがっつかないのさ」
グリーンはアクタより一歳年上だったが、アクタは内心「そうかなあ」と首を傾げた。
「そういうことなら、お言葉に甘えて……」
ポケモンは3匹。
くさタイプ。ほのおタイプ。みずタイプ。ボール越しにこちらを見上げる六つの目。どれを選ぶべきか、少年はしばらく悩んだが──
「──きみに決めた」
手に取ったモンスターボールは、フシギダネだった。
「ほほう、フシギダネにするか。そのポケモンはほんとに元気がいいぞ」
「じゃ、おれはこれ!」とグリーンもボールを手に取る。
「おれの選んだポケモンのほうが強そうだぜ」
「はあ? ぼくのポケモンのほうが強いし」
「言ったな? よーし……せっかくじーさんにポケモン貰ったんだ」
グリーンは挑発するように、外を指さした。
「……ちょっとおれの相手してみろ!」
「相手って……」
「ポケモンバトルだよ! お互い、ポケモンを持ったんだ。戦わせるに決まってんだろ!」
「やれやれ……まったくしょうがないヤツじゃのう」
オーキド博士はため息をつくも、その表情には笑みがあった。
「よろしい! わしが審判に立とう。ほれ、ふたりとも外に出ろ!」
「わ、じいさん、押すなよ!」
それどころか、少年ふたりよりも楽しんでいる様子だ。博士自身、昔はトレーナーとして名を馳せていた。いまや孫の世代がポケモンを手に取るようになり、「研究」や「仕事」を差し置いて、嬉しさが勝っているのだ。
「ポケモン勝負は初めてじゃろう? バトルとは、ポケモントレーナーがポケモンたちを戦わせることをいう……」
オーキド研究所の外。相応しい規模の広場で、アクタとグリーンは向かい合う。
「相手のポケモンの体力をゼロにしたトレーナーが勝ちとなる。まあ、話を聞くより体験しながら学んだほうが、覚えるのも早いじゃろう。さあ、ポケモンを出してみなさい」
「よし! 出てこいヒトカゲ!」
グリーンが投げたモンスターボールからは、尾に炎を灯した、小柄なとかげポケモンが現れた。
「……じゃあぼくも」
モンスターボールを握りしめる。
「行け!」
アクタが投げたモンスターボールは。
指先から真横に逸れて飛び、研究所の壁にバウンドした。
「あれ?」
「はあ?」
「おや?」
モンスターボールは地面に転がる。オーキド博士は、わざとらしく笑った。
「ほっほっほ! 緊張しすぎじゃ、アクタ! なんにせよ、開閉のスイッチを押してから投げんと、ポケモンは出てこんぞ!」
「あっ、そっか」
赤面して、ボールを拾うアクタ。グリーンだけは、神妙な面持ちであった。
「アクタ、そういえばお前って……」
「こんどこそ行け! フシギダネ!」
前に投げたはずのボールは、アクタの背後へ飛んで行った。
モンスターボールは、歩道に着地してフシギダネを呼び出した。ちょうど通りがかった太めの男性が驚愕する。
「うわあ!? 科学の力ってすげー!」
「すいませんすいません!」
アクタはフシギダネを抱き上げて回収し、広場に戻った。改めて、ヒトカゲと向き合わせる。
「さ、バトル……」
「待て待て待て!」
先ほどまで乗り気だったオーキド博士が、冷や汗をかいて割って入る。
「な、なんなんじゃアクタ、いまのは!」
「…………」
アクタには自覚があった。
だから、押し黙るしかなかった。
「そいつ、すっげえ
すっかり呆れた様子のグリーンは、ため息交じりに暴露する。
「昔、ボール遊びしたとき、ゲームとして成立しなかったもんな。でもお前、いまだにひどいな」
「……ノーコンっていうか、ちょっと物を投げるのが、苦手なだけで」
「苦手ってレベルじゃねえだろ! なんで投げたモノが横とか後ろに飛んでいくんだよ!」
「うう……」
完璧な人間はいない。
裏を返せば、どんな人間でもなにかが不足しており、あるいは致命的な欠落がある。
さしずめ、アクタには「投げる」能力が欠如していた。
「……まあ、まあ、よい」
オーキド博士は事態を呑み込めなかった。なので、無理やり話を戻すことにした。
「ポケモンバトルじゃろう。さあ、ふたりとも」
審判の位置に戻る。2匹のポケモン、ふたりのトレーナーは、ようやくバトルらしく向き合う姿勢になった。
「自分のポケモンに技の指示を出してみろ! ヒトカゲは“ひっかく”と“なきごえ”。フシギダネは“たいあたり”と“なきごえ”が使えるはずじゃ」
「よーし! ヒトカゲ、“ひっかく”!」
「フシギダネ、“たいあたり”!」
小さなポケモンたちが、衝突する。
「“ひっかく”!」
「負けるな、“たいあたり”!」
「そこだ、“ひっかく”!」
「まだまだ、“たいあたり”!」
「うむ。あー、“なきごえ”で相手の能力を下げたりも……」
「よし“なきごえ”!」
「こっちも“なきごえ”!」
「“ひっかく”!」
「“なき……”あ、やっぱり“たいあたり”!」
まさに泥仕合。
しかしオーキド博士には、こうなることがわかっていた。お互いに新米トレーナー。ポケモンのレベルも低い。本人たちの知識に関係なく、行動の選択肢が少ないのだ。戦略もなにもあったものじゃない。
「微笑ましいもんじゃのお」
ぽつりと呟いた。
やがてヒトカゲもフシギダネも、どちらかともなく力尽き、地面に座り込んでしまった。「そこまで!」とオーキド博士は勝負を止める。
「体力が尽きた──『ひんし』と呼ばれる状態ではないようだが、このへんでいいじゃろう! 今回は引き分けじゃな!」
「はあ、はあ……し、仕方ねえな」
「げほっ……ああ、もうちょっとだったのに……」
さんざん指示を叫んだ少年たちも疲れていた。ふたりはそれぞれ、ポケモンをボールに戻す。
「今回は中断という形をとったが、外の世界ではこうもいかん。勝つか負けるか、じゃ。バトルに勝つとポケモンは強くなっていく。野生のポケモンや、ほかのトレーナーと勝負して、ポケモンを鍛えていくといい」
「……おつかれ、フシギダネ」
アクタは、バトルが切り上げられたことに、内心で胸を撫で下ろしていた。負けるのを恐れたのではない。フシギダネが傷つく姿に、心が痛んだからだ。
ふたたび、オーキド研究所。
フシギダネとヒトカゲは、回復装置で休まされた。
「お前たちに頼みがあるんじゃ」
アクタとグリーンには、赤い装置が渡された。携帯電話やパソコンではない、見慣れないデバイスだった。
「それはわしが作ったポケモン図鑑! 見つけたポケモンのデータが自動的に書き込まれて、ページが増えていくという大変ハイテクな図鑑なのじゃ」
「へえ、すごい。いいなあ」
アクタはさっそく装置を開く。図鑑には、さっそくフシギダネとヒトカゲのデータが書き込まれていた。
「アクタ、グリーン。これをお前たちに預ける!」
ふたりは顔を見合わせる。
「いいのかよ、じいさん。こんな便利なもの貰っちゃって」
「いやいや、これは言うなれば、仕事の依頼じゃ。お前たちには、各地のポケモンのデータを収集してほしい」
「あー……そういうことか」
「この世界のすべてのポケモンを記録した完璧な図鑑を作ること。それがわしの夢だった。しかしわしももうジジイ! そこまでムリはできん。そこで、お前たちにはわしの代わりに夢を果たしてほしいのじゃ」
「でも、オーキド博士」
自信なさげに、アクタはポケモン図鑑を見つめる。
「図鑑のデータを取るには、ポケモンを捕まえなくちゃダメなんでしょ?」
「……そうじゃな。ただ見つけただけでは、詳しいデータを手に入れることはできん。必ず捕まえなければならん」
「ぼくには、難しいかもしれない。だってさっきの、見たでしょ?」
アクタには、ボールをまっすぐ投げることができなかった。
ポケモンを扱うトレーナーとしては、致命的ともいえる弱点だ。しかし、オーキド博士にはそれを突きつけることはできず──そもそも、この役目を取り上げるつもりもなかった。
「困難に挑戦することは、それだけで意義がある。そう重く受け止めるな、アクタ。お前たちにとっての一番の仕事は、ポケモンたちと共に旅をして、自分自身を成長させることなのだ」
「……はい」
「ほれ、さしあたって必要な道具を渡そう! 空のモンスターボールじゃ」
アクタとグリーンは、ボールを5つずつ受け取った。腰に装着すれば、いかにもポケモントレーナーらしい格好になった。
「いろいろくれるなあ、じいさん」
「ほっほ! 次からは、フレンドリィショップで自分で買うのじゃぞ」
ポケモンたちの回復も終わった。アクタは元気になったフシギダネのボールを、腰に収めた。
「さあふたりとも、さっそく出発してくれい! これはポケモンの歴史に残る偉大な仕事じゃー!」