ポケットモンスターNAVY ~暴投モンスターボール~ 作:サンダーゴリラ
事件のほとぼりが冷めるまで。
そして衣服のクリーニングが完了するまで。
チリアとポケモンたちは、コガネシティポケモンセンターの宿泊施設にこもっていた。
なにをしていたかというと、ひたすら眠ったり、ポケモンたちにシャンプーしたり、毛並みを整えたり、じつにのんびりした時間を過ごした。
疲れていたのだ。
その休息を無為な時間と思えないくらいに。つまりチリアには珍しく、この停滞は「必要な休息」と扱っていた。
「おお、やっと会えた」
ある日。
ポケモンセンターの食堂。ジャージ姿で朝食を摂っていたチリアに、壮年の男性が話しかけてきた。
「………………」
咀嚼していたパンケーキ(調味料なし)を呑み込んで。
「局長。お元気そうね」
ラジオ局の局長は、とりあえず少女が自分を憶えてくれていたことに安堵する。
「お話、いいかな?」
「食べながらで良ければ」
パンケーキをひと口分、ナイフで切り取って、口に運ぶ。
「構わんよ。では失礼して……」
局長はチリアの向かいの席に座る。食堂は賑わっているものの、ジャージの少女とキッチリしたスーツの男が同席にする光景は、はたから見て滑稽であった。
「事件からもう4日か……きみがなかなか見つからなかったから、もうべつの街に旅立ってしまったかと思っていたよ」
「ここの宿泊施設の部屋にこもってたわ。“だいばくはつ”に巻き込まれて服がめちゃくちゃ汚れたから、クリーニング中なの」
「そ、そうか、それはそれは……クリーニング代、出そうか?」
「結構。金銭の授受はお互いのためにならない」
“だいばくはつ”で局長室が半壊した件には、触れないことにする。
「なにはともあれ……礼を言うよ。ほんとありがとう。きみの勇気ある行動が、全国のポケモンを救ったんだ」
「そんな大げさな……」
と思ったが、そういえば地下通路で彼からカードキーを貰う際、チョウジタウンの事件を引き合いに出したのだ。もし、ポケモンを操る電波をラジオから発信させられてしまえば……と、なかば脅かしで。
「ははは! 謙遜することはない。若いのに物怖じせず、それでいて奥ゆかしいその態度! ますます気に入った!」
奥ゆかしい、なんて初めて言われた。態度が大きいとはよく言われるのだが。
「よし! きみだったらこれを持つのに相応しいだろう。受け取ってくれたまえ!」
局長は、重厚なアタッシュケースをテーブルに乗せた。パンケーキが乗った皿が揺れる。
「……さっきも言ったけど、金銭の授受はイヤよ。金銭的な価値がある物品も受け取らない」
「まさか! このアイテムの価値はお金じゃ測りきれまい!」
アタッシュケースが開けられる。そこにあったのは──
「なにこれ?」
虹色に輝く、一本の神秘的な羽根だった。
「むかし、ここにあった古い塔を建て替えてラジオ塔にしたとき、塔の天辺で見つかったのがその『虹色の羽』なんだ」
「ふうん……」
チリアは羽根を摘まみ上げて、灯りに照らしてまじまじと見つめる。
綺麗ではあるものの、正直なところアクセサリーとしては好みのセンスではない。
「その虹色の羽があれば、エンジュのスズの塔に登れる──そんな話を知り合いから聞いたことがあるよ」
「エンジュか。あそこには伝説のポケモンにまつわる話が残っていたっけ。つまり、そういうこと?」
「察しがいいね。そういうことさ……!」
周囲に聞こえないよう、局長は小声になった。やたら嬉しそうだ。
「きみならきっと、伝説のポケモンと出会えるさ……!」
「……はあ」
「さて、そろそろわたしはラジオ塔に戻るよ。じゃあね!」
立ち上がり、去って行く局長。しかし途中で足を止め、回れ右をして戻ってきた。
「そうそう! 危なく忘れるところだった! その虹色の羽でスズの塔を登っていっても、それだけでは伝説のポケモンは来ないらしいんだ」
「まだなにか条件が?」
「うむ。なにかもうひとつ、必要なものがあるって……言ってたような……言ってなかったような……」
煮え切らない態度に局長に、チリアは露骨に眉間にシワを寄せる。
「なんだっけかなあ……忘れてしまいました!」
思わず、テーブルナイフを握りしめた。
「ひっ! ごめんよお!」
「……忘れたんならしょうがない。行ってよし」
「う、うん……じゃあね!」
ふたたび去って行く局長。しかしふたたび、途中で足を止め、回れ右をして戻ってきた。
「どうしてもひとつ、気になってたことがあって」
「こんどはなに?」
「……そのパンケーキ、なにも乗せなくていいのかい?」
局長は、あと皿の上に数口ばかり残った、チリアのパンケーキを不思議そうに見つめていた。
「ふつう、バターを塗って、メープルシロップかけたり……ベーコンや目玉焼きなんかを乗せたりしても美味しいよ?」
「べつに。わたし、味とか興味ないから」
「そ、そうか……じゃ、こんどこそ、じゃあね!」
:
翌日。
クリーニングから帰ってきた、赤のトップス、サロペット、白いキャスケット帽を装着する。ランニングシューズも洗ってピカピカだ。
ポケモンたちは、見慣れた服装に戻ったチリアを喜びつつ、しかし服からただよう洗剤の香りに違和感を覚えた。
「さて、旅を再開するわよ」
先ほどからチリアに、手持ち4匹がひたすらにおいを嗅いでくる。
「ええい、鬱陶しい。引っ込みなさい」
ポケモンたちの鼻先を振り払い、それぞれをモンスターボールに戻す。たった1匹、トゲチックだけが取り残された。
「トゲチック、“そらをとぶ”。チョウジタウンまで行くわよ」
ラジオ局局長から貰った「虹色の羽」は、装飾としてバッグに差している。アタッシュケースに入れられていた頃とは、真逆ともいえる待遇だ。
伝説のポケモンを呼び出すのに使えるらしいが、恐らくいまは条件が整っていない。それにチリアは伝説のポケモンにこだわりがあるわけではない。
「興味がないわけじゃないんだけど……ロケット団との戦いとその休息で時間を浪費したし、そのうちでいいや」
しばらくはアクセサリーだ。
トゲチックともに空を飛びながら、エンジュシティはスズの塔を素通りした。
チョウジタウンに到着してから、すぐに東に進んで44番道路へ。大きな池の周辺には、ポケモントレーナーが集まっていた。
トレーナーたちはいずれも実力者ぞろいであったが、ロケット団との戦いを潜り抜けたチリアにとって、強敵になるような相手はいなかった。
問題は、その先のダンジョンである。
「さっっむ!!」
44番道路とつぎの街をつなぐ、「氷の抜け道」という洞窟。
内部は壁や床のあちこちが氷に覆われており、気温は氷点下に及んでいる。チリアは急いで防寒用のジャケットを着込んで、バクフーンのモンスターボールを投げた。
ボールは壁に跳ね返ったあと、氷の床の上で開いた。バクフーンは氷の床をすーっと滑っていく。
「バクフーン! どこ行くの! こっち来なさい!」
半ギレで呼びつけるチリアだが、バクフーンが遠距離に現れたのは彼女自身のノーコンのせいである。バクフーンは困り顔で、しかし急いで氷上を滑り、主人のもとに駆けつける。
「うー、寒い寒い。氷の抜け道……そのネーミングから覚悟はしてたけど、予想を上回る寒さだわ」
チリアはバクフーンの背中に抱き着いて、首元で燃える火で暖を取る。珍しく主人のほうから密着されて、正直、バクフーンは嬉しかった。
洞窟にはおよそ、ひとの気配がない。修行中のポケモントレーナーもいないようだ。
「当たり前か……わざわざこんな寒い場所を修行場所に選ぶようなひとは、ストイックを通り越してマゾヒストだわ。わたしもさっさと抜けちゃお……」
凍りついた床の移動は、チョウジジムを彷彿させる。足を踏み入れればそのまま滑り、満足に歩行はできない。
「ここもジムチャレンジのときみたいに……いや、そこまで行儀よくする必要はないか。さすがに炎で氷を溶かすのは乱暴かな?」
寒さに震えながら、ダンジョン内を俯瞰して脳内でマップを構築していく。
「地下もあるのか……ちっ、長丁場になりそう。風邪を引いたらどこに責任を追及すればいいのかしら」
少女はうんざりした表情で、カイロの封を開けた。
:
氷の道の攻略。野生ポケモンの相手。寒さに凍えながらも障害をクリアして、1時間ほどが経過した時点で、ようやくチリアの眼前に出口らしき光が見えた。
「あれまチリアはん。こんなところでこんにちは」
その前に、舞妓がいた。
話しかけられなければ、幻だと判断していただろう。いままでいろんな場所で舞妓と出会ってきたが、こんな極寒の洞窟にも生息しているとは思わなかった。さすがにあの着物では寒いのではなかろうか。
「……なにしてるの?」
舞妓は、氷の床の真ん中で立ち止まっている。
「じつは……草履が氷に張り付いて、動けなくなってしまったのどす」
「なんで草履でこんなところに来るのよ」
というか、なんでこんなところにいるのだ。
「ゾーリがコーリに……ププッ」
「………………」
「笑いごっちゃおまへん!」
「わたし、もう行っていい?」
「あ、ちょっと待ってえな。どうか背中を押して、助けてくださいましな……」
かなり不可解な状況ではあるものの、舞妓が困っているのはたしからしい。チリアは適度に勢いをつけて氷上を滑り──
「よっと」
滑走する勢いののままに、舞妓の腰のあたりを押した。
「あーーーーれーーーー」
草履は氷上から離れて、舞妓はフィギュアスケートのようにくるくると回りつつ、出口の方向へ滑っていった。
「ああ、助かりました。あんさん、エエおひとどすなあ」
「……キキョウシティか、ウバメの森か、歌舞練場か、コガネの地下通路で会った?」
「いいえ?」
「でもあなた最初、わたしこと名前で呼んだじゃない」
「ほなおーきにー」
舞妓は去って行った。
「……やな感じ。あの舞妓たち、ほんとにみんな別人だとしたら……5人目か。なんなのかしら」
意味不明な人物のことを考えていても、意味がわかる答えにはたどり着けまい。いまはとにかく、チリアも暖かな空気を求めて洞窟を抜け出した。
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ここはフスベシティ。
静かな山間の街
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氷の抜け道を踏破した先には、すぐに街が広がっていた。山々に囲まれた、看板の通り静かな街だ。
「日差しってあったかい。まずはともあれ、ポケモンセンターね。お風呂入りたい」
防寒具を脱ぎ、カイロを引っぺがし、チリアたちは赤い屋根のポケモンセンターを目指す。街には家々の数はすくないが、それだけ広く感じる。田舎というよりも、意図的に豊かな文明とは隔絶されている様子だ。
旅のトレーナーの数も多くはないのだが、それだけに粒ぞろいだ。明らかに「エリートトレーナー」といった雰囲気の旅人が多い。
「ここに8つ目のジムが……期待できそうね」
ポケモンたちを回復させている間、チリアは宿泊施設の大浴場で、心身ともに温めた。間違いなく、チリアがこれまで訪れたポケモンジムのなかで最大の強敵が待っているだろう。柄にもなく楽しみに感じていた。
:
「おーす! 未来のチャンピオン!」
その日のうちに、チリアたちはフスベジムに挑戦することにした。
「このジムは足場が不安定でキケンだから、ポケモンはしまっておいてくれよな」
いつものジム男に言われるまでもない。すこしジム内を見渡せば、その危険性は一目瞭然。煮えたぎる真っ赤な溶岩──その上を移動する足場を操作し、先へ進むかたちらしい。
「寒い洞窟を抜けたと思ったら、こんどは熱い場所か。極端な街ね」
「へえ! 氷の抜け道から来たのか! うんうん、さすがだ。お前もポケモントレーナーとしてけっこう凄腕だもんな。おれもいろいろと教えた甲斐があったよ!」
「………………」
露骨に少女に睨まれて、男はさすがにたじろいだ。
「さ……さて、ジムリーダー、イブキが使うポケモンは伝説の生き物。聖なるドラゴンポケモン! ちょっとやそっとじゃダメージを与えられない!」
看板にはこう書かれていた。
『フスベシティポケモンジム。リーダー、イブキ。聖なるドラゴンポケモン使い』
チリアには「聖なる」という表現がいまいち理解できない。さまざまな特長はあれど、ドランゴンタイプは単なるポケモンのタイプのひとつではないのだろうか。
「……だがな、こおりタイプの技には弱いって話だぜ!」
「あなたってたまに真摯に仕事するわよね」
「たまに、は余計だ! どうだ? 今回もおれのアドバイス、役に立ったろ?」
ポケモンのタイプ相性に関しては、チリアの頭のなかに完璧にインプットされている。だから各ジムの得意タイプが明らかになっている以上、相性の優劣は既知情報でしかない。
とはいえ善意で授けられているアドバイスを「役立たず」「不要」「邪魔」と跳ねのけてしまうほど、チリアは幼くはない。
「………………」
「え、なんで黙るの?」
「とにかくあなた、このわたしを応援しているだけでセンスがあるわ。このまま期待していなさい。未来はもうすぐそこまで来ている」
いつものように男の横を素通りして、少女は8つ目のジムへの挑戦を始めた。
バクフーン ♂
おくびょうな性格
トゲチック ♂
さみしがりな性格
アーボック ♀
しんちょうな性格
ブラッキー ♂
まじめな性格