ポケットモンスターNAVY ~暴投モンスターボール~   作:サンダーゴリラ

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レポート29 ワカバタウン/帰郷

「ウオリャ! だあー! やられた!」

 2体目のポケモン、エビワラーが戦闘不能になり、カラテ王は膝をついた。

「おつかれ。さすがは見事な戦いぶりじゃない。ミニリュウにも教えてあげるといいわ」

 アーボックは得意げに胸を張った。胸の模様がまるで笑っているようだ。

「むむ……無念っ! まだ修行が足りぬか……! 悔しいが負けは負け! 潔く認めるぞ!」

「当然よ。どっかのジムリーダーじゃないんだから」

 根に持っているわけではないが、直近の出来事であったためイブキを思い出した。

「じゃ、わたし帰るから。おつかれさま」

「待て!」

 背を向けるチリアを、カラテ王は呼び止めた。

「おぬしもまた、修行中の身と見た!」

 先鋒に繰り出したミニリュウを育てていることは、2匹目のアーボックとのレベル差があったことから一目瞭然だったのだろう。

「ドラゴンタイプやどくタイプも良いが、かくとうタイプも最高だぞ!」

「最高とか言われても……持ってないし」

「なにい!?」

 男の剣幕がだんだん鬱陶しく思えてきた。チリアは露骨に顔をしかめる。

 チリアにはチリアの事情というものがあるのだ。ノーコンという、複雑な事情が。

「もうわたし行くわよ? 早くお風呂入りたい……」

「まあ待て待て! おぬしにもぜひかくとうタイプの魅力を知ってもらいたい!」

「いやべつに……」

「そこでだ! わしに勝った証として、大事な格闘ポケモンを渡す!」

 少女は踵を返して、カラテ王に急接近した。

「マジ?」

「ま……マジです」

 思わず敬語になってしまったカラテ王。おずおずと、少女にモンスターボールを差し出す。

 チリアはさっそくボールを開けてみた。なかから出てきたのは、小柄な人型のポケモン。シルエットだけ見れば、人間の子どもみたいだ。

 ポケモンの種類としても、子どもだ。

「バルキーはかくとうタイプ! 育てるとつよーいポケモンに進化するらしいのだ!」

「育てると」

 バルキーはチリアを見上げると、機嫌が良さそうに飛び跳ねる。

「おぬしもがんばれっ! わしも修行を続けるのだ! ウオッス!」

 ありがたいとは思っている。

 なんなら、嬉しいとも思っている

 しかしチリアはうっすらと、しかし明確に、「めんどくさい」とも思ってしまった。

 

 

「タスクが増えた……」

 フスベシティのポケモンセンターに一泊して、翌朝。

 開けたスペースで6体のポケモンを放ち、彼らが遊ぶさまを眺めながらチリアはため息をついた。

「まあその……元気を出しなさいよ。いままでの倍、がんばればいいってだけじゃない」

 隣にはイブキがいる。慰めは得意ではないらしい。

「まったく贅沢な悩みだわ」

 チリアは自嘲するように冷笑する。

「このあいだまでポケモン4匹でどうにかやってきたのに、幸運にも6匹揃ったと思ったら、こんどはその育成が億劫だなんて」

 バルキーは陽気にほかのポケモンと触れ合っている。ミニリュウはどうにか先輩風を吹かせようとしているが、愛想の良いバルキーはすこしも臆していない。

「でもねチリア。世の中には、ポケモンの育成すら嬉々として楽しむ人間もいるのよ。兄さまの知り合いにそういう男の子がいたわ」

「へー。気が知れないな。すくなくともわたしはその部類の人間じゃない」

 おさげから指を離して、チリアは立ち上がる。

「ところでイブキ。ダンジョン籠りのほかになんか良い修行ないの? 砂とかほこりに汚れないタイプの」

「呼び捨てにしないで!」

「ないの?」

 少女の大きな瞳にじっと見つめられ、やがて重々しくイブキは口を開く。

「あなたが期待するような手っ取り早い方法じゃないけど……やっぱりトレーナーとのバトルは経験を積めるわね。フスベから南下して、45・46番道路にはけっこうトレーナーがいると思うけど、もう行った?」

「まだ。そのコースだと一回ワカバに帰れそうだな。──全員集合!」

 チリアの号令で、6匹のポケモンが即座に集まってくる。バルキー以外をモンスターボールに戻した。

「バルキー。きみはわたしの後ろに付いてきなさい。バトルのときは先鋒に出て。でもたぶんすぐに交代してもらうからね」

「……そうやってちゃんとポケモンに指示してるところは、まともなトレーナーに見えるのよねえ」

 イブキは呆れたように肩をすくめて、少女に背を向けた。

「わたしはもう行くから。またそのうち、ミニリュウの様子を見せに来なさい」

「ええ……それはちょっとだるい」

「ちょっと!」

「来たくなったときにまた来るわ。ばいばい。ありがとね」

 イブキと別れて旅を再開する前に、チリアはウツギ博士に連絡を取ることにした。ワカバタウンには遅くて明日にでも到着するだろう。帰省する前にひと声かけておくべきだ。

「──というわけで、これからフスベからワカバに向かうから」

『わかったよ。楽しみだなあ。ジムバッジを短期間で8つ集めるなんて、すごいじゃないか。それに、手持ちのポケモンは6匹集まったんだろう?』

「まあね。わたしは天才だから、なにかと、なんでも、上手くやれるのよ」

『そ、そっか……で、帰省することはお母さんには?』

「言ってない。わざわざ伝える意味ある?」

『……ぼくから伝えておくよ』

「ご苦労さま」

『じゃあ到着を待ってるよ。──そうだ、良いものが手に入ったんだ。きみの役に立つか……立たないのかわからないけど、それも取りにおいでよ! じゃね!』

 ポケギアの通話が終了した。

「……ウツギ博士の言う()()()()って、たいがいわたしには興味がないものなのよね。まあ、くれるっていうのなら貰っておきましょうか」

 バルキーはチリアの言葉の意味がわからず、首を傾げている。

「気にしないで。そんなことより道中のバトルはきっとしんどいわよ。覚悟しなさい」

 

 

 ミニリュウとバルキーの育成を意識しながら、45番道路を南下していく。野生ポケモンやポケモントレーナーが数多く出没する、それなりに過酷な道のりだった。

「ワカバタウンまで“そらをとぶ”で飛んで行っちゃおうかしら」

 そんなズルが頭をよぎる程度に、過酷だった。

 せめて、その努力に対して明確な「成果」が現れたのが救いであった。

「スリバチ山で集中して鍛えた甲斐があったわね。なかなか立派じゃない。イブキの持ってるやつにも見劣りしてないわ」

 ミニリュウは、はやくもハクリューに進化した。

 ハクリューは身体をいっぱいに伸ばして胸を張り、アーボックを見下ろしている。進化したことで体長がアーボックを追い抜かしたのだ。

 アーボックはそんなハクリューに、自分も胸を張って『いかく』の模様を見せつけた。まだ模様が恐いのか、ハクリューは委縮している。

「それにしても、6匹ともにどこまで育てればポケモンリーグに相当するレベルになるのかしら。せっかちなつもりじゃないけど、育成に何ヶ月、何年も時間をかけたくないな」

 チリアはゼリー飲料で栄養を補給して、アーボックたちをボールに戻して旅を再開する。

 つぎは46番道路。草むらを歩いていると。

「……びっくりした」

 いつものように野生ポケモンが飛び出してきた──と思ったら、鎧のような甲殻を背負い、頭部には王冠のような飾りを持ったポケモン──あの焼けた塔にいたエンテイというポケモンだった。

「なによ。やる気?」

 チリアとバルキーは、一応戦闘態勢に入る。バルキーのレベルはまだ低く、伝説のポケモンなんてとてもじゃないが相手にできない。及び腰のバルキーだが、逃げ出さないだけ上等だ。

 ──だが、エンテイは厳しい眼光でしばらく少女を睨んだかと思うと、背中を向けて去って行った。

「……なんなのよ」

 怪訝な顔のチリアとは裏腹に、バルキーはほっとした様子であった。

 そんな意味不明なイベントをはさみつつ、チリアたちは46番道路を抜け、懐かしの29番道路へ。

 チリアが初めて戦った場所。

 ヒノアラシやシルバーとここで出会い、そして最強のポケモントレーナーになると決め、旅を始めた。

 あの日まで、自分がポケモントレーナーになるとも思っていなかった。ジョウト地方各地を踏破しそうなほどに、冒険することになんて。

 

 

「へえ。じゃあぐるっと一周して帰ってきたんだ」

 その日の夜、チリアはワカバタウンに到着した。

 数ヶ月振りに自宅へ戻ると、予想通りに母親は堕落した生活を送っており、家中にはゴミが散乱していた。

 久しぶりに娘の顔を見て、母は気まずそうに愛想笑いをした。チリアは笑わなかった。

 掃除もそこそこに、その夜の食卓は、デリバリーで彩った。母としては久しぶりに娘と再会したパーティのつもりだった。

「ピザだのスシだのオードブルなんて……カロリーが高いわ。わたしはこんなに食べれないわよ」

「ポケモンたちに食べさせれば?」

「ダメに決まってるでしょ」

「そういえばポケモン、何匹捕まえた?」

「どうにか6匹。そういえばお母さん、わたしってものすごくノーコンなのよね」

「あー、そうだったっけ」

「なんで?」

「さあ? 父親のせいじゃない?」

 有用な答えは得られなかった。──そもそも、この放任主義の母親に期待などしていない。

 チリアは生まれてからずっとこの母親と一緒にいたが、面倒は見られても「育てられた」という感覚がない。

 チリアは自分で天才に育った。

 母はそんな自分を見ていて──見守ってくれていた。それだけで十分だと、すくなくともチリア自身は思っていた。

 アルコールで酔った母親は、チリアのポケモンたちと戯れた。それを放っておいたまま、チリアは数ヶ月振りに自室で戻った。

 ()()()()()──という感覚はなかった。

 この家にいて「懐かしい」とは思っても、「ずっとここにいたい」と思えるような愛着はなかった。

 ならば、旧い自分はどこに行ってしまったのだろう?

「……ふっ。どこにもいないよね。この世界にいるわたしは、現在のわたししかいない。あの日、絶望するほど傷ついたわたしは、もうどこにもいないんだ」

 自嘲するように吐息を漏らして、やがて少女は眠りに就いた。

 

 

 朝起きると、リビングでポケモンたちと母親が一緒に眠っていた。

「……良かったわねきみたち。酔っ払いに相手してもらえて」

 ポケモンたちをモンスターボールに戻し、家の掃除や朝食を済ませて、やがてチリアはウツギ研究所を訪ね──ようとしたところで

「チリア!」

 研究所の前に黄色い帽子の少年、ヒビキがいた。

「あれ、ヒビキじゃん。なんであんた、ワカバにいるの?」

 ヒビキのマリルは嬉しそうにチリアに駆け寄ってくるが──その後ろに控えているバクフーンの姿に驚き、足を止めた。

「最後に会ったのは……育て屋に泊めてもらって、初めてコガネに行ったとき以来よね」

「うん。チリアはもうバッジ8つ、集めたって? すごいじゃないか!」

「なんであんたが知ってんのよ」

「ウツギ博士に聞いたんだよ」

 最初の問いの繰り返しになるが、どうしてヒビキは、ワカバタウンにいるのだろう。てっきり彼も、チリアとおなじように各地を旅しているものだと思っていたのだが。

「ぼくなんかはジムに挑戦もせずに、有名な都市を回ったところで満足したからなあ。ほとんど旅は切り上げたものさ。たまに、じいちゃんばあちゃんに会いに、コガネのほうまで行くけどね」

「……いままで興味がなさすぎて尋ねなかったけど、ヒビキが旅に出た理由ってなに?」

「特にないよ? しいて言うなら……チリアが旅に出たし、なにかしら手伝ったりアドバイスをできたらなあ、と」

「つまり便乗しただけってことか」

 チリアは深めにため息をついた。

 ヒビキに呆れているわけではない。

 チリアはかつて、オーキド博士やウツギ博士に旅を提案されても、モチベーションやそれらしい理由がないことからまずは断った。まさかすぐ近くにいた幼馴染のヒビキが、そんなにカジュアルに、そんなに軽いフットワークで、故郷からの出発を決めていたなんて。

「あなたってすごいのね」

「い、いや? チリアがすごいっていう話だったじゃん……そんなことより、ほら! 研究所に行こうよ。博士が待ってるよ!」

 嬉しそうなヒビキに連れられ、ウツギ研究所へ。

 かつては毎日のように出入りしては読み物に耽っていた。数ヶ月振りの研究所は懐かしい。ほんのちょっとだけ資料が増えただろうか。一見してほとんど変わりはない。

「やあチリアちゃん! ホント、きみにはびっくりさせられちゃうよね。連れ歩きについて研究のためのレポートを記録しながら、ジョウト地方のジムを制覇するなんて!」

「レポート? あんなのべつに、驚くことじゃないわ」

 チリアは自由に旅をしながらも、ウツギ博士の研究のことは忘れていない。連れ歩くポケモンたちの様子は詳細に記録しており、毎日レポートにまとめ、そして数日に一度、ポケモンセンターのパソコンを経由しウツギ博士に送付している。

 レポートなんて、日記を書くようなものだ。なにも難しいことはない。

「そうだ、これ最近のレポートね。ミニリュウ・ハクリューとバルキーの記録も入ってるから。取り込んどいて」

 ウツギ博士にUSBメモリを渡した。

「お、おお、ありがとう……いやあ、おかげでぼくの研究もはかどってるよ! ええと……」

 ウツギ博士はデスクでなにやらごそごそする。さっそくパソコンにレポートを入れるのかと思ったが、引き出しからなにかを取り出して。

「これはぼくの気持ち。ぜひ使ってよ!」

 チリアにモンスターボールを差し出した。

「いやがらせかよ。わたしにモンスターボールを渡すなんて──」

 と言いかけたが。

 この紫色のモンスターボールが、ふつうのものでないことをチリアは知っていた。

「マスターボール」

 ギリギリ、名前も知っていた。

「そう! そのマスターボールは、どんなポケモンでも絶対に捕まえられる究極のモンスターボール。ポケモンの研究を認められたひとに贈られるものらしいけど……ぼくよりきみに必要なものだと思うからね。チリアちゃんにあげるよ!」

 ノーコンに気を遣ってくれているのかもしれないが、ポケモンを絶対に捕まえるというこのボールの性能は、()()()()()()()意味がないのではないだろうか。

「まあ、せっかくだから貰ってあげる。宝の持ち腐れかもしれないけどね」

「ところで……」

 ウツギ博士はふと、話題を変える。

「きのう、この研究所にきれいな舞妓さんたちがゾロゾロとやってきたんだ」

「……すけべ」

「自分で呼んだんじゃないよ!?」

 研究所でお座敷遊びをするほど、ウツギ博士は豪胆な御仁ではない。

「チリアちゃんのことを探してるって言ってたなあ……」

「そのことだったら……チリア、噂は聞いてるよ!」

 ヒビキには、この話題に心当たりがあった。

「舞妓さんたちのこと助けてあげたんだって?」

「そんなことが噂になってるの?」

 旅の途中、各地で出会った舞妓……たち。どうやら彼女たちは同一人物ではないらしい。助けてあげた、というよりも助けさせられた、というほうが正しい顛末だったが。

「すごいなー、みんなのために大活躍だもんな! ぼくも友だちとしてすっごく嬉しいな!」

「失敬な誤解をしているわね。わたしは自分のためにしか動かないわ。ま、他人が勝手に救われようがどうでもいいけど……それより博士」

 気になるのは、その舞妓たち。

「彼女たちから用件は聞いてる?」

「いや、詳しくは……ただ、舞妓さんたちはエンジュの歌舞練場で待ってるって言ってたよ!」

「なるほど。やな感じがしてきた」




バクフーン ♂
 おくびょうな性格

トゲチック ♂
 さみしがりな性格

アーボック ♀
 しんちょうな性格

ブラッキー ♂
 まじめな性格

ハクリュー ♀
 なまいきな性格

バルキー ♂
 ようきな性格
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