ポケットモンスターNAVY ~暴投モンスターボール~   作:サンダーゴリラ

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レポート31 スズの塔/ハートゴールド

 エンジュシティの北。関所を越え、赤や黄色の紅葉が並ぶ「スズねの小道」。少女は風情を楽しむこともなく、バクフーンとともに並木道を速足で歩く。

「最初に戦った舞妓……タマオって言ったっけ。『ホウオウを招き寄せる』、とか言ってたわね。つまりそういうことか」

 アルフの遺跡で軽く謎を解いてみた結果、アルファベットを模したアンノーン文字は「HOUOU」という言葉を示した。

 伝説のポケモンの名は、「ホウオウ」。

 舞妓たちがホウオウを呼び出す理由ははわからないが──はっきりしているのは、彼女たちの計画にはチリアが組み込まれているということだ。

「そ、そ、それは……!」

 スズの塔の入り口に立っていた僧が、チリアの姿になにやらうろたえている。──彼の目線は、少女が肩に下げたバッグに向けられていた。

 虹色の羽。

 ロケット団から助けた礼にと、ラジオ局局長から受け取ったものだ。チリアの黄色いバッグに、虹色の羽はアクセサリーとして違和感なく溶け込んでいる。

「これがなにか?」

「よくぞ見つけて来なさった……さあここをお通りなさい」

 僧は深々と頭を下げて、塔への道を空けた。

「……舞妓たちは?」

「すでにいらしています。あなたのことをお待ちです」

 10階建ての、木造建築の多重塔。僧たちにより封鎖されていたこともあり、およそ人間の気配はない。代わりに野生ポケモンが棲みついているが、特に強力な種族はいないようである。

「観光地かと思ったらダンジョンか……しかもやけに複雑な内部構造ね。めんどくさ」

 単純に階段を上っているだけでは最上階まで到達できない。侵入者への対策だろうか、塔内部は迷路のように複雑だ。

 面倒だとため息をつきつつも、そこは天才・チリア。足を止めることなく、脳内で最短距離を行く地図を描きながら廊下を歩く。

 ほどなくして、チリアたちは最上階へ到達した。

 屋上には、5人の舞妓たちが揃っていた。

「ホウオウ──それが来るというの?」

「そうどす」

 舞妓のひとりが頷いた。ほかの姉妹と見分けがつかないので、彼女がだれなのかわからない。

「ここがホウオウをお迎えするところ。うちらが毎日修練を積んできた踊りと、あんさんに授けた『透明なスズ』が響き合うとき、大空を舞うホウオウがふたたび舞い降りて来るのどす!」

 チリアはサロペットのポケットから、先ほど受け取った鈴を取り出した。

「……どうしてわたしを選んだの?」

「うちらが選んだのやおまへん。これから、ホウオウが選ぶのどす」

 いつしか日が傾いていた。空は茜色。一瞬、影が差したが、夕日を遮るのは雲ではなく巨大な翼であった。

「透明なスズ」が不自然に光る。それを合図にしたように、5人の舞妓たちは踊り出した。

 柔らかく、それでいて激しい風に煽らせて、紅葉が屋上まで舞い上がってくる。

 塔の屋根に仕掛けられた、金の鈴が「シャン」と鳴る。

 鈴の音につられるように。

 あるいは、初めから段取りが決まっていたかのように。

 巨大な翼が、少女の眼前に現れた。

「あれこそはホウオウ……」

 鋭い眼光。丸い鶏冠。赤い翼は陽の光を受け、虹色に煌く。

「この地に古くから伝わる空の守り神……」

「これまで何人ものひとが挑戦しながらも果たせなかったことが……」

「チリアはんの心と透明なスズが響き合ってとうとうできはった……」

 舞妓たちは恍惚とした表情でホウオウを見上げている。まさしく、神を前にしているように。

「『神様』……ね。なるほど」

 信仰を持たず、そもそも偶像を信じないチリアであるが、ホウオウの放つ『プレッシャー』には神性というものを感じずにはいられなかった。

「たかがポケモン──なんて言えないわね。人間の手には負えないわけだ」

 しかしホウオウの目はまっすぐ、チリアを睨んでいる。威嚇。測定。興味。このような視線はよく知っている。

 野生ポケモンのそれだ。

「チリアはん、見て見なはれ! ホウオウは……あんさんのようなお方が現れるのを待っていたんと違いますか……?」

「わたしに、これを戦えというの?」

「ホウオウは主を持たぬ、野生のポケモンどす。戦うというのであれば……」

 舞妓は一瞬、チリアのバッグに目を落とす。

()()()()()()()()()は、あんさんの自由どすえ」

「わたしがノーコンだと知った上で言ってるの?」

「………………」

 少女はおさげをひと撫でして、深くため息をつく。舞妓たちの期待の視線に、さすがに折れることにした。

「常人には手に負えなさそうなポケモン……つまり天才であるわたしにとって、相応しいポケモンってことね」

 バクフーンが前に出る。ホウオウの『プレッシャー』に圧倒されつつも、背負った炎は轟々と燃える。

「挑戦させてもらうわ、ホウオウ。あなたはわたしの伝説になる」

 ホウオウは高々と鳴き声を上げ、戦闘態勢に入った。

 

 

「“ふんえん”!」

 先手を取ったバクフーン。まずは得意のほのおタイプの技で様子を見るが──

「効果はいまひとつ……やっぱりか」

 ホウオウが現れた瞬間、明らかに気温が上がり、羽ばたくたびに熱気を感じる。

 そしてほのおタイプの技が弱い効果だったことで、ようやく確信を得た。ホウオウはほのおタイプを持っている。

「ひこう・ほのお。戦ったことのないタイプの組み合わせだわ」

 確信に証左を示すように、ホウオウは翼に炎をまとい、バクフーンを打ち据えた。

「“せいなるほのお”!?」

 舞妓たちが叫ぶ。初めて聞く技だった。バクフーンにとってもほのおタイプの技は効果がいまひとつなのだが、それでもダメージが決して軽くない。

「やはり伝説のポケモン。強いわね」

 いままでライコウ・エンテイ・スイクンと対峙したものの、いずれもバトルとして成立しなかった。いま戦っているのは、その3匹の主たるポケモン。これまで戦ったどんな相手より強力な敵だ。

「まともに戦って勝てる相手じゃないわね。いっそ諦める──と言いたいところだけど」

 バクフーンとホウオウは睨み合っている。

 ポケモンたちは、自分ほど物分かりが良くない。

「しょうがない。覚悟を決めて、泥くさくやりましょう。どうにか勝ち筋を探さなきゃ」

 深呼吸をする。ホウオウ。そして、バクフーンの動きに集中する。

 ホウオウは翼から、「大」の文字を象った炎を撃ち出した。

「バクフーン、こっちも“だいもんじ”!」

 おなじ技がぶつかる。相殺──とはいかず、やはりバクフーンの“だいもんじ”が押し負けた。火の粉が雨のように降る。

 続けて、ホウオウが“じんつうりき”を発する。バクフーンはどうにか踏みとどまるが──

「ここが引き際か。バクフーン、交代」

 繰り出すのはハクリュー。最近進化したばかりでレベルも高くないが、ドラゴンタイプなだけあって、ほのおタイプの技は効き辛いはずだ。

「それに、みずタイプなら効くでしょ。“アクアテール”!」

 水をまとったハクリューの尾がホウオウを打つ。ここで初めて、ホウオウの巨体がぐらついた。

「効果抜群! やっとまともにダメージが入ったわね。ハクリュー、続けて……」

 連発しようとしたが、不意にホウオウの背に太陽が輝いた。否。それは夕日とはまたべつの小太陽。

「“にほんばれ”!? まずい……」

 強い日差しが生じたことにより、みずタイプの技の威力は半減し、反対にほのおタイプは上昇する。

 続けて“せいなるほのお”なる技に襲われる。ハクリューは『やけど』の状態異常を負う。

「このポケモン(トリ)、わりと頭が良い……!」

 悪態を吐くチリア。舞妓のひとりが「失礼な!」と声援を飛ばす。

「ハクリュー、もういい。退いて……」

 このままハクリューが戦っても大したダメージは与えられない。チリアは交代を提案するが──ハクリューは振り返って、キッとチリアに強い視線を送った。

 反抗とはまた違う。

 自分にはまだ、やれることがある。それを示しているのだ。

「……意地や気合いなんて、無駄になるかもしれないのよ」

 それでもハクリューは後退しない。『やけど』と日差しで鱗が焼かれているのに。

「……オッケー。泥くさくやるって決めたのはわたしだもんね」

 ハクリューが、育成途中の未熟なポケモンであるという認識を放棄する。

 大切に扱うことばかりが、仲間とは言わない。

「ハクリュー、“でんじは”!」

 角から発する電流が、ホウオウに『まひ』の状態を与える。

 それでも放たれる“せいなるほのお”。炎の翼を受けて、ハクリューは戦闘不能になった。

「よく仕事をしたわ。あの『まひ』は大きい」

 チリアは思わず、つぎのモンスターボールを投げた。後方に飛んだボールは塔から落ちそうになるが、トゲチックは空を飛んで、チリアのそばに戻ってきた。

「“げんしのちから”!」

 この技はいわタイプ。

 すなわち、ひこうとほのおタイプのホウオウにとって、この技の威力は4倍になる。

「その『プレッシャー』の特性であまり回数は使えないけど、いわタイプならキツイでしょ」

 岩石を浴び、ホウオウは地に落ちた。が、まだ『ひんし』には至らない。反撃の“せいなるほのお”が、トゲチックを『やけど』にした。

「わかった。その技、『やけど』の付与率が高いんだ」

 おさげを撫でて、一瞬で思考を巡らせる。

 つぎの一手でトゲチックはとどめを刺すことができるだろうか。そもそも攻撃を繰り出せるだろうか。ほかのポケモンは? アーボック、ブラッキーで勝てるだろうか。バルキーは実力的に戦力として計算できない。

 いずれの選択肢も分の悪い賭けだ。その上で、もっとも安全な解決方法があるとすれば──

「チリアはん、()()を使いなはれ!」

 舞妓たちが言わんとする意味は理解できる。チリアはバッグのなかから、マスターボールを取り出した。

 このバトルを即座に終結に導く、たったひとつの冴えたやりかた。それが──

「捕獲すること。いままで論外だと思ってきた選択肢ね」

 ウツギ博士から託された、必ずポケモンを捕まえることができるモンスターボール。それがマスターボール。

 最大の懸念点は、ノーコンのチリアが投げて()()()()()ということである。

「……懸念?」

 違う。

 この違和感の出どころは、成否に対する不安ではない。

 ホウオウは臨戦態勢を保ちつつも、チリアを睨み続ける。

 舞妓たちも固唾を呑み状況を見守る。

 チリアは、手に取ったマスターボールを見つめる。

「なんかさ」

 緊迫した場を破壊するかのように、ため息をひとつ。

「なんかやっぱり、こういうのって違うのよね。ちっともいい感じじゃない」

 ポロリと、その手からマスターボールを落とした。

「チリアはん!? なにを……」

「ねえホウオウ? もうこのへんでいいでしょ」

 すっかり脱力したチリアに、ホウオウは戸惑いつつも威嚇の鳴き声を上げる。

「これ以上、傷つけ合うことに意味はない。十分楽しめたでしょう? わたしも──たぶん、楽しかった」

 ホウオウは、ただチリアを推し量るように睨む。

 ほんの数秒。

 しかし永遠のような沈黙の後に──

 巨大な翼で羽ばたき、空へ舞い上がった。

「……これにて幕引き(チャンチャン)、ってか」

 夕暮れの空に虹を描きながら。

 ホウオウはいずこへと去って行った。

「なぜどすか?」

 少女の背中に、舞妓たちが問いかける。

「ポケモン嫌いのあんさんは、どんなポケモンに対しても公平で厳しい目を持っている。ポケモンを捕まえたことがないあんさんは、だからこそホウオウと対等に渡り合える──現にホウオウはあんさんに強い興味を持っていた! それなのに……」

「やはりあなたたちは、わたしがホウオウを捕まえることを期待していたのね」

 チリアは振り返る。

「ま、いろいろ理由はあるんだけどね。わたしはすでに手持ちが6匹いるし……ホウオウも本気で戦っているように見えなかったし……あと、あなたたちの計画に巻き込まれたのがシャクだった、っていうのもあるわね。説明なしに勝手なこと仕掛けてんじゃないわよ」

「その節は……」

 落胆と、申し訳なさそうな様子の舞妓たちの顔に、すこしだけ「いい気味だ」と思った。

「でも、最強のトレーナーになるには、ホウオウの力がとても役に立つんと違いますか?」

「シルバー坊やだったら大喜びでしょうけど、あいにくわたしはそうじゃない。はじめから強いポケモンより、自分の力で最強のポケモンを育成したほうが、痛快でしょう」

「はあ……最強の道に近道はなし、というわけどすなあ」

「……良いふうに受け取ってくれるのね」

 それでも舞妓たちは、完全に得心していない様子である。当然だ。彼女たちからしてみれば、これまでの自分たちの()()()()()が、無下にされたわけだから。

 ──だからといって、チリアは罪悪感など覚えない。

「ホウオウを呼ぶ前に、選択権について話したわよね。あなたたちがわたしを選んだ──あるいはホウオウがわたしを選んだ──なんてさ。でもわたしに言わせれば、そのどちらも認められないな」

 金色の夕日を背にした少女は、不敵な笑みを浮かべた。

「選ぶのはわたしだ。これはわたしの(たび)だもの」

 不敵というか、不遜な発言。しかし堂々と言い放つチリアの姿に、舞妓たちは不思議と神々しさを覚えていた。

「なんと気高い……黄金の意志」

 諦めがついたのか、舞妓たちは道を開ける。

「それがあんさんのお考えなら、うちらのほうからはなにも言うことはあらしまへん」

「素敵な経験をさせてもらったわ。どうもありがとう」

 マスターボールを拾い上げて、バッグの中にしまう。バッグに差した『虹色の羽』がかすかに煌いた。




バクフーン ♂
 おくびょうな性格

トゲチック ♂
 さみしがりな性格

アーボック ♀
 しんちょうな性格

ブラッキー ♂
 まじめな性格

ハクリュー ♀
 なまいきな性格

バルキー ♂
 ようきな性格
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