ポケットモンスターNAVY ~暴投モンスターボール~ 作:サンダーゴリラ
エンジュシティの北。関所を越え、赤や黄色の紅葉が並ぶ「スズねの小道」。少女は風情を楽しむこともなく、バクフーンとともに並木道を速足で歩く。
「最初に戦った舞妓……タマオって言ったっけ。『ホウオウを招き寄せる』、とか言ってたわね。つまりそういうことか」
アルフの遺跡で軽く謎を解いてみた結果、アルファベットを模したアンノーン文字は「HOUOU」という言葉を示した。
伝説のポケモンの名は、「ホウオウ」。
舞妓たちがホウオウを呼び出す理由ははわからないが──はっきりしているのは、彼女たちの計画にはチリアが組み込まれているということだ。
「そ、そ、それは……!」
スズの塔の入り口に立っていた僧が、チリアの姿になにやらうろたえている。──彼の目線は、少女が肩に下げたバッグに向けられていた。
虹色の羽。
ロケット団から助けた礼にと、ラジオ局局長から受け取ったものだ。チリアの黄色いバッグに、虹色の羽はアクセサリーとして違和感なく溶け込んでいる。
「これがなにか?」
「よくぞ見つけて来なさった……さあここをお通りなさい」
僧は深々と頭を下げて、塔への道を空けた。
「……舞妓たちは?」
「すでにいらしています。あなたのことをお待ちです」
10階建ての、木造建築の多重塔。僧たちにより封鎖されていたこともあり、およそ人間の気配はない。代わりに野生ポケモンが棲みついているが、特に強力な種族はいないようである。
「観光地かと思ったらダンジョンか……しかもやけに複雑な内部構造ね。めんどくさ」
単純に階段を上っているだけでは最上階まで到達できない。侵入者への対策だろうか、塔内部は迷路のように複雑だ。
面倒だとため息をつきつつも、そこは天才・チリア。足を止めることなく、脳内で最短距離を行く地図を描きながら廊下を歩く。
ほどなくして、チリアたちは最上階へ到達した。
屋上には、5人の舞妓たちが揃っていた。
「ホウオウ──それが来るというの?」
「そうどす」
舞妓のひとりが頷いた。ほかの姉妹と見分けがつかないので、彼女がだれなのかわからない。
「ここがホウオウをお迎えするところ。うちらが毎日修練を積んできた踊りと、あんさんに授けた『透明なスズ』が響き合うとき、大空を舞うホウオウがふたたび舞い降りて来るのどす!」
チリアはサロペットのポケットから、先ほど受け取った鈴を取り出した。
「……どうしてわたしを選んだの?」
「うちらが選んだのやおまへん。これから、ホウオウが選ぶのどす」
いつしか日が傾いていた。空は茜色。一瞬、影が差したが、夕日を遮るのは雲ではなく巨大な翼であった。
「透明なスズ」が不自然に光る。それを合図にしたように、5人の舞妓たちは踊り出した。
柔らかく、それでいて激しい風に煽らせて、紅葉が屋上まで舞い上がってくる。
塔の屋根に仕掛けられた、金の鈴が「シャン」と鳴る。
鈴の音につられるように。
あるいは、初めから段取りが決まっていたかのように。
巨大な翼が、少女の眼前に現れた。
「あれこそはホウオウ……」
鋭い眼光。丸い鶏冠。赤い翼は陽の光を受け、虹色に煌く。
「この地に古くから伝わる空の守り神……」
「これまで何人ものひとが挑戦しながらも果たせなかったことが……」
「チリアはんの心と透明なスズが響き合ってとうとうできはった……」
舞妓たちは恍惚とした表情でホウオウを見上げている。まさしく、神を前にしているように。
「『神様』……ね。なるほど」
信仰を持たず、そもそも偶像を信じないチリアであるが、ホウオウの放つ『プレッシャー』には神性というものを感じずにはいられなかった。
「たかがポケモン──なんて言えないわね。人間の手には負えないわけだ」
しかしホウオウの目はまっすぐ、チリアを睨んでいる。威嚇。測定。興味。このような視線はよく知っている。
野生ポケモンのそれだ。
「チリアはん、見て見なはれ! ホウオウは……あんさんのようなお方が現れるのを待っていたんと違いますか……?」
「わたしに、これを戦えというの?」
「ホウオウは主を持たぬ、野生のポケモンどす。戦うというのであれば……」
舞妓は一瞬、チリアのバッグに目を落とす。
「
「わたしがノーコンだと知った上で言ってるの?」
「………………」
少女はおさげをひと撫でして、深くため息をつく。舞妓たちの期待の視線に、さすがに折れることにした。
「常人には手に負えなさそうなポケモン……つまり天才であるわたしにとって、相応しいポケモンってことね」
バクフーンが前に出る。ホウオウの『プレッシャー』に圧倒されつつも、背負った炎は轟々と燃える。
「挑戦させてもらうわ、ホウオウ。あなたはわたしの伝説になる」
ホウオウは高々と鳴き声を上げ、戦闘態勢に入った。
:
「“ふんえん”!」
先手を取ったバクフーン。まずは得意のほのおタイプの技で様子を見るが──
「効果はいまひとつ……やっぱりか」
ホウオウが現れた瞬間、明らかに気温が上がり、羽ばたくたびに熱気を感じる。
そしてほのおタイプの技が弱い効果だったことで、ようやく確信を得た。ホウオウはほのおタイプを持っている。
「ひこう・ほのお。戦ったことのないタイプの組み合わせだわ」
確信に証左を示すように、ホウオウは翼に炎をまとい、バクフーンを打ち据えた。
「“せいなるほのお”!?」
舞妓たちが叫ぶ。初めて聞く技だった。バクフーンにとってもほのおタイプの技は効果がいまひとつなのだが、それでもダメージが決して軽くない。
「やはり伝説のポケモン。強いわね」
いままでライコウ・エンテイ・スイクンと対峙したものの、いずれもバトルとして成立しなかった。いま戦っているのは、その3匹の主たるポケモン。これまで戦ったどんな相手より強力な敵だ。
「まともに戦って勝てる相手じゃないわね。いっそ諦める──と言いたいところだけど」
バクフーンとホウオウは睨み合っている。
ポケモンたちは、自分ほど物分かりが良くない。
「しょうがない。覚悟を決めて、泥くさくやりましょう。どうにか勝ち筋を探さなきゃ」
深呼吸をする。ホウオウ。そして、バクフーンの動きに集中する。
ホウオウは翼から、「大」の文字を象った炎を撃ち出した。
「バクフーン、こっちも“だいもんじ”!」
おなじ技がぶつかる。相殺──とはいかず、やはりバクフーンの“だいもんじ”が押し負けた。火の粉が雨のように降る。
続けて、ホウオウが“じんつうりき”を発する。バクフーンはどうにか踏みとどまるが──
「ここが引き際か。バクフーン、交代」
繰り出すのはハクリュー。最近進化したばかりでレベルも高くないが、ドラゴンタイプなだけあって、ほのおタイプの技は効き辛いはずだ。
「それに、みずタイプなら効くでしょ。“アクアテール”!」
水をまとったハクリューの尾がホウオウを打つ。ここで初めて、ホウオウの巨体がぐらついた。
「効果抜群! やっとまともにダメージが入ったわね。ハクリュー、続けて……」
連発しようとしたが、不意にホウオウの背に太陽が輝いた。否。それは夕日とはまたべつの小太陽。
「“にほんばれ”!? まずい……」
強い日差しが生じたことにより、みずタイプの技の威力は半減し、反対にほのおタイプは上昇する。
続けて“せいなるほのお”なる技に襲われる。ハクリューは『やけど』の状態異常を負う。
「この
悪態を吐くチリア。舞妓のひとりが「失礼な!」と声援を飛ばす。
「ハクリュー、もういい。退いて……」
このままハクリューが戦っても大したダメージは与えられない。チリアは交代を提案するが──ハクリューは振り返って、キッとチリアに強い視線を送った。
反抗とはまた違う。
自分にはまだ、やれることがある。それを示しているのだ。
「……意地や気合いなんて、無駄になるかもしれないのよ」
それでもハクリューは後退しない。『やけど』と日差しで鱗が焼かれているのに。
「……オッケー。泥くさくやるって決めたのはわたしだもんね」
ハクリューが、育成途中の未熟なポケモンであるという認識を放棄する。
大切に扱うことばかりが、仲間とは言わない。
「ハクリュー、“でんじは”!」
角から発する電流が、ホウオウに『まひ』の状態を与える。
それでも放たれる“せいなるほのお”。炎の翼を受けて、ハクリューは戦闘不能になった。
「よく仕事をしたわ。あの『まひ』は大きい」
チリアは思わず、つぎのモンスターボールを投げた。後方に飛んだボールは塔から落ちそうになるが、トゲチックは空を飛んで、チリアのそばに戻ってきた。
「“げんしのちから”!」
この技はいわタイプ。
すなわち、ひこうとほのおタイプのホウオウにとって、この技の威力は4倍になる。
「その『プレッシャー』の特性であまり回数は使えないけど、いわタイプならキツイでしょ」
岩石を浴び、ホウオウは地に落ちた。が、まだ『ひんし』には至らない。反撃の“せいなるほのお”が、トゲチックを『やけど』にした。
「わかった。その技、『やけど』の付与率が高いんだ」
おさげを撫でて、一瞬で思考を巡らせる。
つぎの一手でトゲチックはとどめを刺すことができるだろうか。そもそも攻撃を繰り出せるだろうか。ほかのポケモンは? アーボック、ブラッキーで勝てるだろうか。バルキーは実力的に戦力として計算できない。
いずれの選択肢も分の悪い賭けだ。その上で、もっとも安全な解決方法があるとすれば──
「チリアはん、
舞妓たちが言わんとする意味は理解できる。チリアはバッグのなかから、マスターボールを取り出した。
このバトルを即座に終結に導く、たったひとつの冴えたやりかた。それが──
「捕獲すること。いままで論外だと思ってきた選択肢ね」
ウツギ博士から託された、必ずポケモンを捕まえることができるモンスターボール。それがマスターボール。
最大の懸念点は、ノーコンのチリアが投げて
「……懸念?」
違う。
この違和感の出どころは、成否に対する不安ではない。
ホウオウは臨戦態勢を保ちつつも、チリアを睨み続ける。
舞妓たちも固唾を呑み状況を見守る。
チリアは、手に取ったマスターボールを見つめる。
「なんかさ」
緊迫した場を破壊するかのように、ため息をひとつ。
「なんかやっぱり、こういうのって違うのよね。ちっともいい感じじゃない」
ポロリと、その手からマスターボールを落とした。
「チリアはん!? なにを……」
「ねえホウオウ? もうこのへんでいいでしょ」
すっかり脱力したチリアに、ホウオウは戸惑いつつも威嚇の鳴き声を上げる。
「これ以上、傷つけ合うことに意味はない。十分楽しめたでしょう? わたしも──たぶん、楽しかった」
ホウオウは、ただチリアを推し量るように睨む。
ほんの数秒。
しかし永遠のような沈黙の後に──
巨大な翼で羽ばたき、空へ舞い上がった。
「……これにて
夕暮れの空に虹を描きながら。
ホウオウはいずこへと去って行った。
「なぜどすか?」
少女の背中に、舞妓たちが問いかける。
「ポケモン嫌いのあんさんは、どんなポケモンに対しても公平で厳しい目を持っている。ポケモンを捕まえたことがないあんさんは、だからこそホウオウと対等に渡り合える──現にホウオウはあんさんに強い興味を持っていた! それなのに……」
「やはりあなたたちは、わたしがホウオウを捕まえることを期待していたのね」
チリアは振り返る。
「ま、いろいろ理由はあるんだけどね。わたしはすでに手持ちが6匹いるし……ホウオウも本気で戦っているように見えなかったし……あと、あなたたちの計画に巻き込まれたのがシャクだった、っていうのもあるわね。説明なしに勝手なこと仕掛けてんじゃないわよ」
「その節は……」
落胆と、申し訳なさそうな様子の舞妓たちの顔に、すこしだけ「いい気味だ」と思った。
「でも、最強のトレーナーになるには、ホウオウの力がとても役に立つんと違いますか?」
「シルバー坊やだったら大喜びでしょうけど、あいにくわたしはそうじゃない。はじめから強いポケモンより、自分の力で最強のポケモンを育成したほうが、痛快でしょう」
「はあ……最強の道に近道はなし、というわけどすなあ」
「……良いふうに受け取ってくれるのね」
それでも舞妓たちは、完全に得心していない様子である。当然だ。彼女たちからしてみれば、これまでの自分たちの
──だからといって、チリアは罪悪感など覚えない。
「ホウオウを呼ぶ前に、選択権について話したわよね。あなたたちがわたしを選んだ──あるいはホウオウがわたしを選んだ──なんてさ。でもわたしに言わせれば、そのどちらも認められないな」
金色の夕日を背にした少女は、不敵な笑みを浮かべた。
「選ぶのはわたしだ。これはわたしの
不敵というか、不遜な発言。しかし堂々と言い放つチリアの姿に、舞妓たちは不思議と神々しさを覚えていた。
「なんと気高い……黄金の意志」
諦めがついたのか、舞妓たちは道を開ける。
「それがあんさんのお考えなら、うちらのほうからはなにも言うことはあらしまへん」
「素敵な経験をさせてもらったわ。どうもありがとう」
マスターボールを拾い上げて、バッグの中にしまう。バッグに差した『虹色の羽』がかすかに煌いた。
バクフーン ♂
おくびょうな性格
トゲチック ♂
さみしがりな性格
アーボック ♀
しんちょうな性格
ブラッキー ♂
まじめな性格
ハクリュー ♀
なまいきな性格
バルキー ♂
ようきな性格