ポケットモンスターNAVY ~暴投モンスターボール~ 作:サンダーゴリラ
「舞妓さんたちはね、踊りの力でジョウト地方の伝説のポケモンを呼び出す役目を担っているんだ」
ホウオウと別れた翌日。
エンジュシティに留まったチリアは、ジムリーダーであるマツバを訪ねた。
「ホウオウと──そしてもう一対の、海の神と呼ばれるポケモンをね」
「ふうん。踊りで……?」
「実際のところ、演舞だけでポケモンを呼び出すことができたのは、ずいぶんとむかしの話らしいけどね。彼女たち舞妓は、そういう一族の末裔さ」
「もはや神話じゃん」
チリアとマツバは、『焼けた塔』を訪れていた。あちこち焦げている、壊れてしまいそうな塔。人間の気配はまるでなく、静寂な雰囲気は落ち着いて会話ができる。
「一旦、その話は受け容れるとして──どうして、現代では踊りでホウオウを呼び出すことができないの? 血が交わることでで踊りの力が弱くなった、とか?」
「その可能性もあるけど、ぼくは人間側の変化が原因だと思うな」
マツバは塔の壁に空いた穴から、エンジュシティを見渡す。
「文明が進化すれば、ひとびとの考えかたも変化する。いくつかの文化は失われて行く。神を信じる人間も減っていって、神の存在は曖昧になっていく」
「わたしもそういうの、信じないしね。──ホウオウは、人間たちにだんだん嫌気が差していったのかもね」
ますますわからない。
伝統を信じず、ポケモンも嫌いな自分が、どうしてホウオウと戦う機会を与えられたのか。
「きのう、ホウオウを呼んだのはきみかい?」
不意のマツバの質問に、チリアは動揺することなく、妖艶な笑みを返す。
「それ、
「否定しないんだね」
「いいでしょう。認めるわ。わたしはきのう、舞妓たちと一緒にホウオウを呼んだ」
ホウオウの降臨はエンジュシティに知れ渡っている。マツバは以前、自分こそがエンジュシティで伝説のポケモンを呼び寄せたいのだと言っていた。
10歳の少女に先を越されてしまったことに、特に落胆も憤慨も無いようだ。
「舞妓たちは、わたしにホウオウを捕まえさせようとしていた」
「きみ、ノーコンなのに……?」
「うっさいわね。事実とはいえ」
チリアもこのノーコンを完全に諦めているわけじゃない。野生のポケモンと戦っている際、チャンスがあればゲットに挑戦している。いまのところ成功例はないが。
そんな少女にどうして舞妓たちが期待したのか、はなはだ疑問であった。
「
「わけがわかんない。どういう根拠よそれ」
「曲がりなりにも神を呼ぶ一族。舞妓さんたちにしか見えない可能性があったんじゃないかな」
「……そもそもホウオウを捕まえちゃうって、ありなの?」
神と称されるほどのポケモンだ。
信仰を信用していないチリアといえど、実際に戦ってみて、「神」と喩えるに相応しい存在だと感じた。
「いくらわたしが天才だからって、人間の手に落とそうだなんて」
「それは、ぼくにもわからない。彼女たちにとって、ホウオウを人間と共存させることは大きな意味があったのかもね」
「あるいは……」
チリアは、窓の景色から目を逸らした。
「役目から解放されたかった……とか」
「………………」
「ホウオウがひとの手に渡れば、もうあの舞妓たちは、ホウオウを呼び出す必要がなくなる。相応しい人間を探さなくてよくなる。好きに踊れる。なんなら、踊らなくってもよくなる」
おさげを指でくるくるといじる。
「終わらせたいのかな。与えられた役目。自分で選んだ目標。いろいろあると思うけど、それらから解き放たれて、一瞬でも自由が欲しい。だれでも、そういうものなのかも」
「そうか」
少女の曖昧ながらも大人びた意見に、マツバは深く頷いた。
「きみはいろんなところを冒険し、ぼくの知らないものをいろいろ見てきたんだね……それも羨ましいな」
「肯定も否定もしないんだ」
「しないさ。きみのことも舞妓さんたちにも、ぼくは一切、文句はない。だってぼくの
ホウオウを望むマツバは、いつの日か自身がホウオウに選ばれることを強く信じている。
「それで、チリア。きみの目標は?」
「最強。最強のポケモントレーナーになる」
臆面もなく、宣言する。
「すごいね……だったらこれから、ポケモンリーグに?」
「え? 行かないわよ?」
マツバとチリアの両者とも、不思議そうに首を傾げた。
「でも、バッジは8つあるんだろ?」
「……あ、行くけど、行かないわよ」
「なに……?」
「いずれ行くけど、まだ行かない。だってマツバ、
ただの言葉のすれ違いだった。マツバは思わず苦笑する。
「バッジが揃ったらすぐに行く、なんてあまりにも軽率じゃない」
「ああ、なるほど……じゃあ
「不本意ながらね。たぶんまだわたしたちは、ポケモンリーグに通用するレベルに達していない。ホウオウにもずいぶんと苦戦させられた。ハクリューとバルキーもまだ育ってない」
ため息をつくチリアを、マツバはなんだか楽しそうに、羨ましそうに思った。
「めんどくさいけど、やることやらなきゃ、終わらないもの」
:
二週間が経った。
二週間、ジョウト地方中を回って戦った。
「気持ち、二周か三周くらいしたんじゃないかしら。トレーナーや野生ポケモンが多いところを集中して行き来したわね。ずいぶんと力がついた」
「みんなのおかげで……かい? トレーナーたちの間できみのこと、なんだか噂になってるみたいだよ」
ウツギ博士は、久しぶりにワカバの研究所を訪れたチリアをお茶でもてなした。
「そうでしょうね。こんな強い美少女が各地を行脚してるんだもの。話題性になるわよね」
「……うん」
決して印象の良い噂ではないのだが、それは黙っておいた。
悪い噂というわけでもないのだが。
「そうそう、きょう来たのはね。レポートの提出と──」
「わざわざありがとう。いつもみたいにメールで良かったのに」
「これを返しに」
チリアは、マスターボールを机に置いた。
この紫色のボールは、ほかでもないウツギ博士に譲られたものだ。
「舞妓さんたち、言ってたわ。──『いろいろとご苦労様でした。ウツギはんに会ったらよろしゅうお伝えくださいね』だって」
「えっと……」
「わたしに嘘をついた? ウツギはん?」
少女の静かな威圧に、ウツギ博士の背筋が凍りついた。
「う、嘘なんてついてないよ! ただぼくは、チリアちゃんがそのボールを有効活用してくれればなあと……」
「舞妓たちがホウオウを呼び出すこと、そしてわたしをそのトレーナーにしようとしたことは、知ってたんでしょ? 秘密を持っていたのならば、騙していたのとおなじこと。マスターボールを渡したのは、そうするように舞妓たちから唆された? なんにしても、もしわたしがホウオウを捕まえたならば、あなたの研究にはとても得よね」
「待って待って待って!」
ウツギ博士は思わず椅子から立ち上がる。やがて、深くため息をついた。
「そんな悪しざまに取らないでくれよ……秘密にしていたのは悪かったけど、きみのためになると思ったんだ」
「余計なお世話──と言いたいところだけど、反省してるみたいだから許してあげる」
チリアは笑みを隠すように、お茶をひと口飲む。
ちょっとした冗談のつもりだった。他人の厚意を信用しないほど、ひねくれ者ではない。
「そもそもわたしは、あなたの研究で協力するつもりで旅に出たんだもの。ちょっとくらい、言うこと聞くわよ」
「まあ、そうか……」
「言ってくれれば、言うこと聞くわよ」
ホウオウの件にしても、そうだ。
最初から──否、途中からでも事情や狙いをすべて共有していれば、チリアはホウオウのゲットを諦めなかったかもしれない。
それとも、辿る経緯が違えばホウオウはチリアに挑戦権を与えなかっただろうか。
「……これから、ポケモンリーグに行くのかい?」
「ええ。
ポケモンリーグのレベルがどれほどなのかは知らない。
が、チリアの手持ちはそれぞれが満足に戦えるほどに育った。この二週間、ジョウト中を飛び回ったが、いまではおよそ敵と呼べるポケモントレーナーはいない。
「つぎにここに来るときは、ポケモンリーグ制覇の報告になるでしょうね」
敗北を計算していないチリアに、ウツギ博士は一層の頼もしさを覚えた。
「きっと、そうだろうね。がんばってくるんだよ、チリアちゃん」
もはや、応援しかしてあげられることはない。
『ポケモンを連れ歩き、ジョウト地方を飛び回る魔女』。
そんなふうにあだ名されているチリアが、ポケモンを手にして数ヶ月の新人であり、そもそもポケモン嫌いであることが、いまとなっては信じられなかった。
:
ワカバタウンから西の海を渡って、27番道路。
「きみはいま! カントー地方への第一歩を踏み出した!」
道路の真ん中に立っていた男が、突然声をかけてきた。
「……来るひとみんなにそれ言ってるの?」
「うん。だってきみ、ジョウトからカントーに初めて来たんだろ? そうそう、タウンマップで確認してごらん!」
ポケギアのタウンマップ機能を立ち上げると、見慣れたジョウト地方ではなくカントー地方の地図が表示された。
「へえ、自動で切り替わるのね。位置情報で判断してるのかな」
ポケモンリーグは、ジョウト地方とカントー地方の間、セキエイ高原に存在する。2つの地方のポケモンリーグは統合されているので、いずれかの地方のバッジを8つ集めればその挑戦権を得られるのだ。
「チャンピオンロードへの道は──けっこう遠いわね。この27番道路に、26番道路も踏破しないといけないわけか。それからチャンピオンロードを潜り抜けて、四天王戦。その4人に勝った後に、ようやくチャンピオン戦」
チリアは、深くため息をついた。
「めんどくさい」
「いろんな人間がこの道を通ったけど、きみみたいにテンションの低い子は初めてだよ」
チリアは二週間きっちり修行したが、チャンピオンロードを目前にした27番道路、26番道路のエリートトレーナーたちは非常に戦い甲斐のある相手だった。
「当然か。このひとたち全員、ポケモンリーグを目指してここに来たんでしょうからね。この際、もう1レベル上まで修行させてもらうわ」
カポエラーの“トリプルキック”が敵のポケモンをなぎ倒した。目に見えてわかる「修行の成果」が、バルキーの進化である。
カポエラーは陽気なステップで、チリアの周囲で小躍りする。すこしだけ鬱陶しかった。
:
チャンピオンロードへの道のりは長かったが。
「あなた、良いところに休めそうな家があってラッキー! ──って思ってるでしょう? いいのいいの。ポケモンリーグに向かうひとの、そんな笑顔を見るのがわたしの楽しみなんだから。さっ、ポケモンたちを休ませてあげて行って!」
道中にあった物好きな女性の民家で休ませてもらった。チリアはお礼にいくつかの種類の笑顔を見せてみたが、これで満足だったのだろうか。
とにかく、無事にポケモンリーグのバッジチェックゲートに到着した。
「ここから先はほんとうに強いポケモントレーナーだけ通れます。──おおーッ! それはジョウトの8つのバッジ! どうぞお通りください!」
荘厳な建物から一変、洞窟の内部へ。
ここが、チャンピオンロード。ポケモンリーグへとつながる試練の道である。
「よほど複雑なダンジョンなんでしょうけど、絶対に一日で踏破してやるわ。野宿はしたくないもの」
洞窟内は、耳がキンとするほどの静寂に包まれていた。
人間の気配がない──まずチリアが違和感を覚えたのはその点だった。
「ポケモントレーナーで溢れてる、とまでは思ってなかったけど……ぜんぜんひとがいないじゃない」
進めど進めど、出てくるのは野生のポケモンばかり。洞窟にチリア以外の人影は無い。
「直前の26番道路にはあんなにトレーナーがいたのに、バッジチェックゲートを抜けた途端に……それだけバッジを8つ集めたトレーナーがいないってことかしら。大丈夫かよ、ポケモンリーグ」
などと、リーグの将来を憂いている余裕はない。チャンピオンロードは複雑怪奇。はしごを登ったり降りたり、あるいは穴に落ちてみたり。当然チリアは闇雲に進んでいるわけではない。暗い洞窟をどうにか見渡し、辿った道から脳内でマップを構築する。
常人なら必ず迷い、踏破に丸一日以上を要するチャンピオンロードであるが、少女は慎重に、確実に攻略を進めていた。
「ずいぶん遠いところまで来たと思わない? バクフーン」
しばらく歩いた後、開けた空間でレジャーシートを広げた。休憩だ。野生ポケモン相手は苦戦するほどでもないが、回数を重ねるとさすがに疲弊する。
「ワカバタウンで出会ってから……って意味だよ」
主人の言葉の意味がわかっているのか、そうでないのか、しかしバクフーンは肯定するように鳴いた。
「最強のトレーナー。最強のポケモン。それを目指してここまで来たわけだけど、この道の先がゴールなのかしら。チャンピオンに勝てれば、わたしは満足できるのかな」
チリアは膝を抱えて、うつむく。
「いや。いま悩むのは違うな」
が、すぐに顔を上げる。
「わたしが決めた道なんだから、正解に決まっている。──さあ、休んだからとっとと行くわよ。こんなほこりっぽい洞窟はおさらばだ」
バクフーンはチリアの後ろに付き従って、背中の炎で道を照らす。
最強。それを目指すことにしたきっかけについては、チリアもバクフーンも忘れてはいない。
一番初めの戦い。たった一度の、ちっぽけで、それでも大きな敗北。
バクフーン──当時ヒノアラシにとっては友だちだった。友だちはさらわれて、ライバルになった。
「待てよ」
チャンピオンロードの出口を目前にして、チリアたちは数時間ぶりに他人の声を聞いた。
「シルバー」
赤毛の少年が、チリアたちに追いついた。
「……いまからポケモンリーグ挑戦か?」
「うん」
「たしかにチャンピオンロードの出口はもうすぐそこだ。しかし気がついただろう? ここまでにトレーナーがひとりもいなかったことに」
「そうなのよ。ポケモンリーグって、思ってたより賑わってないのね」
「フン! どいつもこいつもだらしがない……まあそういう意味では、ここまでたどり着けたお前は見所があるのかもな」
虚勢にも似た、自信満々な態度。ついこの前、舞妓たちに負けて落ち込んでいたシルバーだが、どうやら持ち直したようである。
「だが! それももう終わりだぜ! なぜなら……ここでオレがお前を叩き潰すからだ!」
「なんでもいいから、やろうシルバー」
チリアはバクフーンに目配せをする。
「あんたに勝たないと、ほかのだれに勝っても最強を謳えない」
バクフーン ♂
おくびょうな性格
トゲチック ♂
さみしがりな性格
アーボック ♀
しんちょうな性格
ブラッキー ♂
まじめな性格
ハクリュー ♀
なまいきな性格
カポエラー ♂
ようきな性格