ポケットモンスターNAVY ~暴投モンスターボール~ 作:サンダーゴリラ
「お前がポケモンを嫌いになった理由って……具体的に、なにがあったわけ?」
シルバーの意を決した問いに。
「いいわよ。教えてあげる」
少女はあっさりと頷いた。
「たしかに、とてもつらい話ではあるんだけど──だれかに話したほうが、わたしのなかで整理がつくかもね」
月光の下。踊り続けるピッピたちの鳴き声は、いつしかシルバーには聞こえなくなっていた。固唾を呑んで、チリアの言葉に集中する。
「好きなひとがいたの」
:
「わたしが5歳のときだから、だいたい5年前かな。
母の友人である女性とその子どもが、お仕事の都合でジョウトに来て……ほんの半年くらい、一緒に住んだの。
その子はわたしよりひとつ年上の男の子だった。
わたしは幼くしてすでに天才だったから、町の子どもたちとは気が合わなくて、友だちなんかできたことなかったけど──どういうわけかその子とは、すぐに仲良くなった。
優しくて、格好良かった。
わたしはその子を兄のように慕って、やがて気持ちは恋慕に変わっていった。
──まあ、その子のほうはそうでもなかったけどね。6歳と5歳。両方が恋に目覚め、両想いになるにはちょっと幼過ぎる。
わたしだけがガチだった。
もちろんその子はその子なりに、わたしをかわいがってくれた。最低でも、妹くらいには思ってくれたんじゃないかな。
その子は──ポケモンが好きだった。
あの年代の男の子って、みんなそうなのかな。ポケモンがかわいい、カッコ良い、キレイだ、なんて言いながらさ。おとながヒヤッとするくらい草むらに近づいて、野生ポケモンたちを目をキラキラさせながら眺めていたわ。何時間も、飽きもせず。
わたしはポケモンなんてどうでもよかったけど──その子の隣で、楽しそうにポケモンを眺める彼自身を見ているのが、楽しかった。
それこそ何時間でも、飽きずに見惚れていたわ。
ずっと一緒にいたかった。
あの青春が永遠であってほしかった。
でもやっぱり永遠なんてものはないわけで──最初のほうに言ったけど、その親子がジョウトに滞在したのは半年間。あっという間に時間が過ぎて、彼らはべつの地方に行くことになった。
別れの日、わたしは気持ちを伝えることにした。つまり告白ね。
どうせ別れるのならば、いつかもう一度で会うために、なにか約束が欲しかったの。
特別になりたかった。
ワカバの東の海岸のほとり──いつもみたいにみずポケモンを探す彼に、わたしは気持ちを伝えた。
『わたしはあなたが好きです。いちばん好きです。あなたにも、わたしをいちばんに想ってほしい』
10歳になったいまでも断言できる。人生であんなに緊張したことはない。
それでも噛まずにはっきり言えたはずよ。だけど、その子の答えは──
『うーん。ぼくは、ポケモンがいちばん好きだな』
──だってさ。
ねえ、わかる?
わたしはポケモンに負けた。
ポケモン以下だ。
去り行く彼に、まともに「さよなら」と言えなかった。それだけショックだったんだもん。
その日をきっかけに、わたしはポケモンのことが嫌いになった。彼の「いちばん」を奪っていったポケモンを見ていると、憎くて、悔しくて、妬ましくて、イライラするようになった。
そしてなにより──わたしは彼から愛されるのに失敗した、自分自身のことが嫌いになった。
たった5年しか生きていないのに、その後の人生が
なにもかもが簡単で。
なにもかもがくだらなくて。
なにもかもが色あせて見えた。
わたしがポケモンを嫌いなのは、八つ当たりであり逆恨み。
深々と刻まれた痛みを、忘れることができない。
胸に渦巻く黒い気持ちを、忘れることができない。
最上の青春が最悪のかたちで帰結したことにより、はじめて理解したわ。これこそが絶望であることを」
:
「え、終わり?」
少女の話が意外なタイミングで途切れて、聞き手であったシルバーは目を丸くする。
「終わりよ。以上」
チリアは目に浮かんだ涙を拭った。過去を思い出してみると、しかも語るとなると、さすがに悲しみがこみ上げてくる。
魔女の目にも涙──などと揶揄する余裕はシルバーに無く。
「つまり……失恋?」
「そうね。そう言ってるじゃない」
「………………」
赤毛の少年は、息を吸って。
「
悲鳴のように叫んだ。
湖の周りで踊るピッピたちは驚いて、オツキミ山の内部へ逃げておく。逃げ遅れたピッピが『つきのいし』を落としたが、そんなことは少年少女は気に留めない。
「ええ……?」
「だってお前……散々引っ張った挙句、失恋って! なんだそれ! てっきりオレはすげえ重いエピソードが背景にあるもんかと……」
「勝手なこと言うのね」
「お前が好きだっていうやつ、死んじゃったのかと思ったんだよ! 海岸に行ったあたり、ちょっとドキっとしたからな!? 水難事故に遭うもんかと!」
「ひどいこと言うのね」
少年の激しい文句に涙も消え失せ、チリアは肩をすくめる。
だいたい、引っ張ったつもりなんてない。なにやら勝手な思い込みを招いてしまったようだ。
「ま、恋愛の話はシルバー坊やには理解できないかしら。そういう経験なさそうだもの」
「だとしても……だとしてもだよ! たかが恋愛で、どうしてそんな深いトラウマを負っているんだ! なにが絶望だ!」
「たかがて……」
さすがに顔をしかめるチリアだが、シルバーは依然として、少女よりも不満そうである。
「よくわかんねえけどさあ、失恋ってそこまで引きずるもんか……? 好意が受け容れられないことなんてザラにあるだろうし、ふつう、みんなは上手いこと折り合いをつけたり、嫌なこととして忘れようとしたり、そうやって諦めて、納得して、つぎの恋を探していく……もんじゃねえの?」
「………………」
曖昧ながらも語るシルバーの言葉は、正論のように聞こえた。真剣に考え込むチリア。シルバーは「知らねえけど、たぶんだよ」と自信なさげに付け加えた。
「ふつうは……そうなんだ?」
「……お前はふつうじゃないやつだと思ってたけど」
シルバーは腕を組み、まじまじと少女を見つめる。
「意外としょうもないやつなんだな」
「この野郎。またしょうもないって言ったわね」
チリアの目が、冷徹なものに変わる。言い過ぎた、とシルバーは思わず自らの口元を覆った。
「喧嘩売ってるの? さっきポケモンバトルでこてんぱんにされたのにまだ足りないというのなら、
「嫌だ。お前、目を狙ってくるし……」
ラジオ塔にて目潰しされかけたことを思い出し、一応、シルバーは少女から距離を取る。
「けなしてるわけじゃねえよ。なんていうか、お前は天才であっても完璧じゃないんだな、って。むしろちょっとバカだな、って」
「やっぱり喧嘩売ってんでしょお前」
チリアは少年に近寄る。
「や、やめろ! だからつまり、その……なんか、ずれてる!」
「ほう。ずれとな」
せっかく話した自分の過去が、シルバーには散々な言われようをされてしまったが、怒りよりも好奇心が勝っていた。
これまで母にだって吐露したことがなかった自分の背景を、ふつうのひとがどう思うのか、非常に興味深いのだ。
同情よりも
「だいたいいまの話で、嫌いになるのってポケモンのことか? 自分のことか? そうはならねえだろ」
「そうかしら。でも怒りや恨みを覚えるのは仕方のないことでしょ。その矛先はどこに向ければいいのよ」
「お前を振ったやつだよ」
「………………」
少女は、意外そうに首を横に傾けた。
「だってあのひとは……なんにも悪くないし」
「そういう問題じゃねえだろ。当時6歳のそいつに『振った』って自覚があるのか知らねえけどさ。お前の魅力が理解できないやつなんざ、嫌っていいし、忘れていいだろ」
「なるほど」
チリアは深く、頷いた。
「シルバーはわたしのこと、魅力的だと思ってるんだ」
「そんなこと言ってねえだろ!」
「ごめんなさい。嫌っていいし、忘れていいわ」
「告白もしてないのに振るんじゃねえよ!」
狼狽するシルバーに、少女はおかしそうに笑った。
悪質な冗談ではあったが、なんにしてもチリアの顔に笑みが戻ったので、シルバーはすこし安心する。
「ったく……お前みたいなしょうもない女、こっちから願い下げだよ!」
「そうだね。わたしはしょうもないわね」
「……さあ、この話は終わりだ! どうせおれがなにを言ったってお前は変わらないんだ! そんなしょうもないやつに負けてらんねえ!」
シルバーは踵を返して、少女に背を向ける。
「もう行くの?」
「いつまでも他人の失恋話を聞いてるヒマはないんだよ! こいつら回復させて、あしたからまた修行だ! もっと鍛えるためには、そうだな……」
シルバーに過去のことを話したのは、正解だったか失敗だったかわからない。悩み傷つく自分が「しょうもない」ことはなんとなくわかっていた。「忘れろ」なんてアドバイスも、「それができれば苦労しない」と返したいところだ。
それでも、非常に参考になった。
なので。
「フスベジムの裏手にある、『竜の穴』に行くといいわ」
お礼に、修行場所について情報提供を。
「りゅうのあな?」
「わたしの紹介だって言えば、イブキが入れてくれるはずよ。わたしはあのひとと友だちだし。それに、たまにワタルも修行に来るわ」
「なに!? あいつが!?」
チョウジでワタルに負けて以来、シルバーは彼を目の敵にしているらしい。ロケット団占拠中のラジオ塔にまで乗り込んでくるくらいだ。
「稽古をつけてもらうといいわ。あと、長老のおじいちゃんも良いひとよ。いまのシルバーになら、なにかアドバイスをくれるんじゃない?」
「なるほど……強くなる秘訣とかか」
ずいぶんと都合よく解釈するものだ。
「よーし、待ってろよワタル! あばよチリア!」
去って行くシルバー。あの様子では、夜中なのに殴り込みに行ってしまいそうだ。
「うーん……こんどイブキに怒られそうな気がする。しばらくフスベには行かないでおこう」
ピッピたちもシルバーも去り、すっかり静かになったオツキミ山。月を見上げるチリア。そんな少女を不安そうに見上げるブラッキー。
「ああ……やっぱりダメだ。やな感じのまんまだ」
5年もの歳月で抱え続けていた傷が、他人に打ち明けただけで癒えるはずもなく。
少女を照らす黄金の月は、いまだに色あせて見えた。
「なんにも、変わらない」
残ったままの絶望に、なぜか少女は安心感すら覚えていた。
バクフーン ♂
おくびょうな性格
トゲチック ♂
さみしがりな性格
アーボック ♀
しんちょうな性格
ブラッキー ♂
まじめな性格
カイリュー ♀
なまいきな性格
カポエラー ♂
ようきな性格